花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

不満なデート

2021-12-29 07:28:35 | 官能トーク
 女性が薄着をする季節になった。電車の中では痴漢が増えているかもしれない。
 女性にとって迷惑極まりなくゾッとする存在の痴漢は、大半の男性が秘めている本能的で潜在的な欲望の表れらしい。
 学生時代とOL時代、私も被害に遭った経験がある。
 服の上からでも手で触れられると全身に鳥肌が立ち、すぐ場所を移動するか、ラッシュの時は身体の向きを変えて避けるようにする。
 短大時代、クラスメートたちとお喋りしていて、痴漢が話題になったことがある。
 学生寮で生活するクラスメートを除いた全員が痴漢された経験があって、ペチャクチャペチャクチャとそれぞれの体験話が途切れなかった。
 その中で、大胆な発言をしたクラスメートがいた。
「私、チラッと顔を見てハンサムだったら、イタズラされても逆らわないで、じっとしてるの」
 そう言ったとたん、爆笑が起こった。
 また、別のクラスメートが、電車の中で露出変態男を見た経験を喋った後、
「あんなに大きなモノが女の身体に入るんだもの。痛いはずよねえ」
 と言い、皆を笑わせたが、彼女がいない時に、
「ね、彼女って、もう体験者ね。痛いって言葉に実感こもってたものね」
 クスクス笑いながら、ひそかに噂し合った。
            ☆
 では、女性はどんな時に性の欲望を覚えるかと、酒席で親しい知人男性から質問されたことがある。
 満員電車の中で男性が痴漢になるのは、女性の身体のラインがあらわになったブラウスやワンピースなど裸体を想像させる薄着姿に挑発されてしまうからだと思う。 
 女性だって、痴漢的要素があるかもしれない。けれど女性の場合は、男性の裸を想像してではなく、男っぽいその身体に触(さわ)りたいのである。上着の上からでもズボンの上からでも――。
 それは女性が視覚より触覚によって性的欲望を刺激される生き物だからかもしれない。
            ☆
 OLのC子は、その日、恋人とのデートが、たった1時間。
 いつもはホテルでたっぷり愛し合うのに、彼の仕事の都合があり、今週、1度も会わないのは寂しいから、ホテルで愛し合わなくても喫茶店で会うだけでもいいからとC子が甘えて言ったのだった。
 ところが、店の片隅にテーブルをはさんで向かい合っているうち、C子は次第に落ち着かなくなった。
 彼の煙草をはさんだ指を眼にしていると、その指が肌をまさぐる時の感覚がよみがえり、熱い欲望がこみあげてくる。
 彼の唇を眼にすると、唇にキスされたくてたまらなくなる。
 彼のネクタイや胸元を眼にすると、あの胸に顔を埋めたくなり……。
 彼が左右の脚を組み替えると、胸がドキンとする。あの脚、膝、太腿……。
 C子は呼吸ができなくなりそうなほど、息苦しくなってくる。
「ねえ、どこか行きたい」
 口走るように小声で言った。
「今日は1時間だけの約束だろう。無理だよ。この後、仕事がある」
 腕時計に眼を落としながら彼が答える。
「少しぐらい延ばせばいいじゃないの、その仕事」
「相手のある仕事だよ。時間の変更はできない」
「だって、どこか行きたいもの、ねえ、行きたい、行きたい、いつもみたいに行きたいのよう」
 どんなに甘えても駄目とわかっていて言わずにいられないC子。
「今度、埋め合わせするよ。ゆっくり会おう」
 彼が、なだめるような口調で言う。
「もう、あたしのこと、愛してないのね」
「愛してるよ」
「あたしの身体に飽きちゃったのね」
「違うよ。いつも言ってるじゃないか。セックスだけが目的で会ってるんじゃないって。C子だって言っただろう。セックスしなくたって、一緒にいられるだけで幸せって。だから、いつか、そういう会い方もしてみようって。ぼくの気持ちを試すんだって」
 確かに、C子はそんなことを言ったことがあった。
 欲望を満たすだけのために会うのは虚しい。本当に愛があれば、セックスしなくても、会ってお喋りするだけだって満たされるはずと。
 でも、こんなはずじゃなかった――とC子は思う。ホテルへ行かないで、もの足りないのは、きっと彼のほうで、そんなデートでも自分は満足できると思い込んでいた。
 それなのに――。
 C子は彼の身体のどこかに触りたくてたまらなかった。彼の手、彼の胸、ズボンの上から膝や脚に少しだけでも触ってみたい。けれど……。
 人目のある喫茶店の中で、そんなことはできない。
 ついに1時間が経ってしまい、店を出て、C子は彼の身体に寄り添い、腕に腕をからませた。彼の体臭や整髪料の香りが、かすかに伝わってくる。心身共にC子はせつなくてせつなくて、また息苦しくなりそうだった。
 傍に愛する男性の肉体があるのに、抱かれることなく別れるなんて蛇の生殺し――と、こんな会い方をしたことをC子はつくづく悔やんだらしい。

女の目覚め

2021-12-28 08:43:45 | 官能トーク
 かつて専業主婦をしていたころ、離婚を経験した男性の友人がいて、彼の口癖は、
「一度、家庭を持った人間が、独身生活に戻るというのは辛いことなんだ」
 という言葉だった。
 その後、私も離婚し、時々、彼の言葉を思い出すが、
(男と女って、違うのね)
 つくづく、そう感じた。
 彼の場合は、30歳を過ぎた男性が、洗濯や炊事や食料と日用品の買い物をしなければならない侘しさのような気持ちが、こもっていた。
 さらに彼の場合、サラリーマンではなく、仕事が定期的に入るミュージシャンだったが、夜中に帰宅した時、疲れきった精神と肉体を癒やしてくれる妻がいないということは、そのような安らぎを経験しているだけに、身にこたえただろうと思う。
 私の場合は独身になって、ああ、この生活が私にはピッタリなのだ、夫からの制約も束縛もない、自由にのびのびと呼吸することができる――という、この上なく自由で新鮮で輝かしい新生活だった。
 そのうち寂しくてたまらなくなるのではとも思ったが、5年経った現在も、その心境は変わらず、もし専業主婦を続けていたら、家事の手抜きはできないし、夜の外出もできず、精神的に疲れ果て、とても原稿など書けないだろうと思う。
 けれど、やはり時には、耐え難いほどの孤独感に包まれる夜がある。
 1日の終わりに、ベッドで、何も言わず黙って顔を埋められる男性の暖かい胸があったら――という想い。やさしく抱き寄せてくれる男性の腕が、本当に欲しい、切実に欲しいと心底思う。
 ところが男性たちは、離婚女性に対して偏見や先入観を持っていて、性的欲求不満なのではないかと想像する傾向があるようである。
          ✩
 離婚女性M子は、シングルに戻り自由になったとたん、もう誰の束縛もないからと、次々、男性と関係を持った。
 離婚した女性というのは、男性たちにとって口説きやすかったようだった。
 絶えず、同時に付き合っている複数の男性が、彼女にはいた。
 男たちはベッドの上で、
「ご主人と別れてから久しぶりなの?」
 などと言って刺激と昂奮に包まれるらしかった。
 M子の肉体にも火がついた。初めて知る愛撫や体位によってもたらされる快楽。
 恥ずかしい言葉も口にするようになり、いろいろな男性と付き合ってから、彼女は女として成熟したのである。
 そうなると、1日も男なしではいられなくなる。会社勤めをしていたが、昼休みにラブホテルに入ることもあるし、その夜、別の男性とベッドを共にすることもあった。
 お酒を飲みながら口説かれるのも楽しいし、それ以上にベッド・インが楽しくてたまらないのである。
 ホテルの部屋に入って、男性から抱き締められ、キスをされただけで身体の芯が熱くなってくる。
 ベッドの上に、やさしく押し倒され――。
 2人とも、まだ服を着たまま。
 ルームライトは、ついたまま。
 全身から力が抜け、何もかも忘れて、欲望の嵐に襲われそうになっていく。
      ✩
 関係を持った男たちは、M子の離婚の原因を、性の不一致だと推測し、別れた夫に同情した。
 セックス好きの女というのは、ある意味で男にとって理想のタイプかもしれない。
 けれど、一夜だけとか、たまのデートなら、ベッドで激しく燃える彼女は理想的な女だが、毎晩ではかなわないと、男たちは誰もが思った。
 女性はセックスだけで男性を惹きつけておくことは、できないものではないだろうか。
 ある時、彼女は、そのことを悟った。
 風邪を引いて寝込んでいた日である。
 会社を休み、風邪薬を飲んで、1人でベッドで寝ているのは、たまらなく寂しいなどというものではなく、もう死んでしまいそうなほどの寂しさと孤独感だった。
 男好きになってしまってから、M子には、女友達が1人もいなかった。
 男性に電話したくても、皆、家庭のある男ばかりだった。
 寂しくて寂しくて眠れない夜、気がついてみると、電話をかけられる男性が、この世にただの1人もいなかったのである。
 それ以来――。
 M子は男遊びをやめた。
 そして、心身共に愛せる恋人を見つけた。
 彼には家庭があり、決して精力的に強靱ではなかったが、そのやさしさと思いやりと愛情に、彼女はもう寂しくはなく、生きる喜びを感じるようになった。
 男性と次々、関係を持っていたころから、M子は心の底で、真に愛せる男性を求めていたのではないだろうか。

愛の電話

2021-12-27 08:36:57 | 官能トーク
 年に一度ぐらい、ヘンな悪戯電話がかかってくる。
 今年はないと思っていたら、先月、かかってきた。
 受話器をはずし、応答したとたん、妙な喘ぎ声が伝わってくる。男性の声と息づかいである。
 悪寒が走り、慌てて電話を切ってしまう。
 去年も一度、一昨年も一度かかったが、たいてい昼下がり。
 私の家の電話番号は電話帳に載せていないので、相手はデタラメの番号にかけ、その時刻は主婦が応答すると思っているのだろうか。
 3年前ごろ、何日か続けてかかってきたことがあった。男の息づかいと淫らな言葉に、生理的嫌悪感に襲われ、すぐに電話を切ってしまった。
 その日、たまたま男性編集者だったか男友達だったかが居合わせて、受話器をそっと置き、彼に代わってもらった。受話器を耳に当てるなり、
「何してるんだ!」
 と、彼が怒鳴るように言った。相手は慌ててガチャンと電話を切ったらしい。さぞかし驚いたに違いないと、私たちはクスクス笑った。
 学生か社会人かわからないが、見知らぬ女にそんな声と言葉を聞かせて何が面白いのかと思ったが、恋人もガールフレンドもいない孤独な若者かもしれないと、ちょっぴり可哀想な気もした。
          ✩
 愛する男性の声を電話で聞く時、女性は精神的な歓びと肉体的な昂ぶりに包まれるものではないだろうか。
 30歳のOLのS子には、同じ会社に勤める愛人がいた。
 10歳年上の彼は直属の上司であり、妻子がいる。
 1人暮らしのS子のマンションの部屋に、一方的にかかってくる愛人からの電話。
 会社から帰って、S子はその電話をひたすら待ち続ける。
 会社では私的な会話は一言も交わせなかった。
 彼はマンションの家賃分ぐらいを援助してくれた。だからいつも、彼がS子の部屋を訪ねてくる。
 来ない時も、電話がかかる。
 会えない時はいっそう、彼の電話が待ち遠しかった。
 ある夜、彼が出張中の福岡のビジネスホテルから、電話がかかってきた。
 時刻は夜の11時。
 電話のベルに、S子は甘い期待と予感に包まれ、受話器に飛びついた。電話の向こうから、
「もしもし」
 と、少し早口な、男らしくも甘さのある彼の声が聞こえた。
「はい」
 S子もちょっぴり意識して甘い声になる。
「何していたの?」
 と、彼。
「お風呂に入って、ベッドで本を読むところ」
「ミステリーとかサスペンス?」
「そう。妻子のある男を愛した女が、完全犯罪で男の妻を殺しちゃう話」
「ふふ、そういうのを読むのが好きだな」
 うふふとS子も含み笑った。
「ねえ、何か言って」
「愛してるよ。こんな所へ来てもS子のことが忘れられないんだ。早くS子に会いたい」
 囁きに近い彼の声が、まるで愛撫のようにS子の身体を熱くする。ベッドに腹這いになっていた姿勢から、S子は受話器を手にしたまま、あお向けになった。
「あたしも、あなたを愛してる。電話であなたの声を聞いているだけで……」
「今、イタズラしてるな」
「ううん、そんなこと」
「キスしてやる」
 彼が送話口でキスの音を立てさせる。
「ああン、ダメ」
「おれだって、もう、ずっと」
 彼が、露骨な言葉を口にし、まるでテレフォン・セックスみたいなやり取りが続いた。
 無理もない話。電話で聞く互いの声は、会っている時にも増してセクシーに聞こえるものかもしれない。
 しかも深夜で、室内からだ。かすかな吐息も、喘ぎも、呻き声も、みんな伝わってしまう。
 けれどそれは、愛し合っている男女の場合である。
 どこの誰ともわからない悪戯エッチ電話は、女性にとってキモチ悪く、迷惑なだけである。

視覚の効果

2021-12-25 08:42:15 | 官能トーク
 パーティーや飲み会などで、アルコールが入っている時の会話。ベッドシーンを書きながら欲望を感じるかという質問を受けたりする。
 そう聞く相手の想像していることが、ちゃんとわかるので、ついサービス精神から、
「もちろんよ。欲しくなっちゃう。うふ」
 なんて恥じらいの表情を演技しながら答えると、相手はニヤリとして納得した顔つきになる。
 もちろんシラフなら、そんな言葉は出てこない。相手も私もである。アルコールは魔法の薬。
 正直に言えば、少しはモヤモヤとした気分になる時もあるけれど、書くより、読むほうが感じる。
 男性作家の書いたベッドシーンを読んだ時、身体が熱くなったりすることが、たまにあった。
 ただ、男性作家の共通点かもしれないが、いかにも女体がわかっているようなことが書いてあると、興醒めしてしまう。
 男性読者は、そこが面白いのかもしれないけれど、そこに男性と女性の違いがあるような気がする。
 また、アダルトビデオというのは、やはり昂奮させられるに違いない。
 男性は視覚に弱いと聞くし、女性も性的刺激を受けないことはないかもしれない。
          ✩
 以前、社会勉強だからと、親しい知人に誘われてロマンポルノというジャンルの映画を観に行った。
 若干の好奇心がなくもなかったが、男性向けであって女性向けではないと思ったし、どうせ面白くないに決まっているという先入観があった。
 けれど、予想以上に、ストーリーが結構面白くて、ベッドシーンは過剰演技だが濃厚で、思いがけず、つい身体が熱くなったりした。
 短めの3本立てで、2本観たら、飽きてしまった。
 映画館を出て、道路を歩いている時、親しい知人が私の背後に回り、
「スカートに、シミが付いてるぞ」
 と言うので、慌ててスカートの後ろの部分をつまんで見たが、シミなど付いていなくて、親しい知人がクスクス笑った。
「ンもう、嘘つき!」
 頬をふくらませて怒ったものの、思いがけなく映画のベッドシーンに昂奮させられてしまったのは事実だった。
 けれど、裏ビデオなどというのは、見たいと思わない。あまりにも露骨でなまなまし過ぎると、まるで生物の実験のスライドでも見せられるような気分になるのではないかと想像されるからだ。
 もちろん、見たことがないから、先入観だけれど。
 ラブホテルの部屋のテレビにセットされているのは、表ビデオと言うらしい。時間が短く、ストーリーもなく、あまり面白いとは言えないのではないだろうか。
 とは言え、全く性感を刺激されないわけでもなく、好奇心から1度見たことはあるが、愛撫のシーンでは、ちょっぴり身体が熱くなったりした。
 けれど、本格的な行為に移ると、キャストの下手な演技と、どこか滑稽な感じがして、クスクスクスクス笑ってしまった。
 そのベッドシーンが男女の合意のもとに行われたストーリーなど面白くも何ともない。特に淫乱女と好色男が誘い合ってホテルに入ってベッドを共にした様子など、全然、面白くもなく退屈である。
 そんなビデオを見て刺激を受けるのは、やはり男性であって、大半の女性には刺激どころか楽しくも面白くもないと言えるような気がする。
          ✩
 私の女友達が、ある日、ラブホテルに入った。客室に備え付けのテレビで初めて備え付けのアダルトビデオをつけて、ソファに彼と並んで一緒に見たらしい。
 彼女は、彼の興奮度を試そうとして、さり気なく股間に手を触れたら――。
「えーっ、嘘オ」
 と、彼女は驚愕。全く変化のない感触に、彼女は驚いたらしかった。
 すると、
「こんなビデオ見たって昂奮しないさ」
 と、彼が笑った。2人とも面白くも楽しくもないビデオを、すぐ消した。
 その後――。
「うふ、うれしい」
 彼女は、欣喜雀躍。アダルトビデオなどより、現実の愛情表現のほうが、彼の肉体はちゃんと昂奮することがわかって幸せだったらしい。
 男性も女性も、現実の愛情表現こそ最も昂ぶるし、心身共に燃えあがるものである。

愛し合う場所

2021-12-23 07:49:49 | 官能トーク
 ずっと以前のこと。男女のカップルが親密な行為に及んでいるらしい乗用車を見かけたことがある。
 その車を見かけたのであって、男女の顔も姿も、最中の行為も眼にしていない。
 東京の郊外。夜の遅い時刻だった。人通りはなく、走り去る車も少ない。
 人家からかなり離れた、〈静寂閑雅〉と言えそうな路上。
 友人が運転する車で送られて帰宅する途中、道に迷った。
「ちょっと聞いて来る」
 と、彼が運転席から降り、停止しているその車に近づきながら声をかけ、すぐに戻って来るなり、
「最中だったよ」
 と、小さな驚きと笑いの声で言った。
「ええっ!」
 と、私も驚愕。
「シートを倒して、男がズボンを下げ、女性の上に重なっていた」
 と、面白そうに笑いながら彼が言った。
 カー・セックスという言葉は知っていたけれど、経験はない。
 そのカップルはどこかの部屋まで待ちきれなかったのか、またはホテルからの帰り道で新たな欲望に身をゆだねたのか。
 さまざまな想像をして私たちはクックックッと笑いが止まらなかった。
 カー・セックスなど興味も好奇心もないかと言えば、そうとも言いきれないが、現実には不可能だと思う。
 誰かに目撃されるかもしれないし、車の中での不自由な姿勢で身体があちこちにぶつかりそうだし、思いきり楽しめないのではないかという気がするからだった。
 人気(ひとけ)のない公園や山道などでもそうだが、手や身体を洗っていない不潔感から拒絶反応が起きてしまいそうである。
 やはり部屋の中のほうが、思いきり楽しめると思ったりする。
 部屋の中と言っても、いろいろある。
 ラブホテル、シティホテル、マンションの部屋など。
          ✩
 シングルのY子は32歳。会社の事務員として働いている。3年前に夫を亡くした彼女は、小学生の男児とマンションで2人暮らし。
 シングル・マザーになってから、彼女には愛人がいた。家庭のある男性で、初めて愛し合ったのはラブホテル。
 その後もたいていラブホテルだったが、会う日が確実にわかっている時はシティホテルだった。予約なしだとシティホテルは空いていないことが多いからだった。
 彼が出張から帰った日など、都心のシティホテルの部屋にY子が先に着いて待っていたりした。
 また、幼い息子が週末や連休前などに、子供の多い姉の家に泊まりに行く。そんな夜は、彼がY子のマンションに来る。
 ラブホテルとシティホテルとマンションの部屋。
 彼女は、それぞれの部屋によって気分が変わることに気づいた。
 ラブホテルには回転ベッドや、鏡張りの壁や天井、浴室にはエア・マットが置かれていたりする。
 ベッドの枕元には避妊具の小袋。
 精力剤ドリンクや性的玩具の自販機が設置されていたり。
 まさにセックスが目的で利用するだけの部屋だった。
 それらを眼にすると、いつもY子は、自分が途轍もなくふしだらで淫らな女になってしまったみたいな錯覚に包まれる。
 抑えることもなく歓喜の声をあげ、鏡の中に自分たちの淫らな姿を見たくて大胆なポーズをしてしまったり。
 中年近い年齢の彼は続けて何度も行うことは無理だったが、淫らな姿態で彼を挑発し、何度も彼を奮い立たせてしまいたくなる。
 シティホテルでは、少し違っていた。ラブホテルより上質素材のベッドやカーペットやカーテン。
 デラックス・ツインやダブル・ルームは室内が広々として、座り心地のいいソファもあり、バス・ルームの横に大きな化粧台とスツールが置かれている。
 窓際に立って外の夜景を眺めると、感傷的で、贅沢で、甘いムードに包まれる。
 ルーム・サービスで選んだ料理とワインを注文し、テーブル・ワゴンで客室に運ばれた後、彼と自分が世界で最高に素晴らしい恋人同士のような気分に包まれてくる。
 さらに、Y子のマンションでは――。
 そこでは、最も自分自身を、さらけ出せる部屋である。
 彼に対して、気取りもポーズもない。夫の死後、移り住んだそのマンションは2LDK。幼い息子と暮らす部屋。
 その生活のすべてを見せることになり、彼女にとっては意外と安心感のような感情に包まれる。彼に秘密は何もない。ベッドも衣服も本棚の本もドレッサーの上の化粧品もチェストの中の下着も――何もかもすべてである。
          ☆
「この部屋で会うと、一番、素直な気持ちになれるみたい」
 セミ・ダブルベッドの上で、彼に寄り添いながらY子は言った。
「外で会うより、甘えん坊になるね」
「献身的にもなるでしょう」
「献身的」
「だって、夜食に、おにぎりやサンドイッチを作ってあげるし、肩を揉んであげたり、爪を切ってあげたり」
「外で会うより淫乱じゃなくなるみたいだ」
「あなたを愛してる自分に素直な気持ちになれるから、自分の欲望より、あなたに喜んでもらうことばかり考えちゃうの、うふ」
「じゃ、献身的なこと、してもらおうかな」
「うふ、うふふっ、くくくくくっ」
 彼がY子の手を取って、身体の部分に押しつけ……。
 結局、ホテルでの時と同じような展開になりそうな予感に、Y子は頭の芯も肉体も熱くなっていくのだった。

※過去の隔週刊誌連載エッセイ『官能トーク』より。掲載日不明。20年以上前。

寂しい季節

2021-12-12 09:08:07 | 女って不思議
 秋は寂しい季節。夏が終わった後だから。夏の終わりには、恋が始まったり、終わったりする。私の場合、始まりも終わりもしなかったけれど。
 新しい恋が始まっても、秋は寂しい。
 愛する男性と別れれば、いっそう、寂しい季節となる。
 愛する男性がいても、何故、寂しいのだろう。夫がいても、恋人がいても、愛人がいても、女は寂しい生き物なのではないだろうか。
 毎日、机の前のカレンダーを見たり、何度も壁の時計を見たりして、ため息をつく。
 電話機を見つめていると、今にもベルが鳴り出しそうな気がする。
 寂しい時、電話をかけられる相手がいる女性は幸せだと思う。
 もう発狂しそうなほど深々と孤独な夜、気がついてみると、電話をかけられる男性がただの1人もいなくて愕然とする1人暮らしの女の小説を、かつて読んだことがある。
 夏の終わりのある深夜、ふと、それを思い起こした。
 と言っても、その小説の主人公のように、恋人とか愛人と別れたわけでは、なかった。
 毎日、仕事に追われ、カレンダーを見てはため息をつき、時計を見ては気ばかり焦り、1人で食事をするのも新聞を読むのも家事や雑事をすませるのも億劫な日々の連続。
 1日が、短か過ぎる。
 24時間が、あっという間に過ぎてしまう。24時間のうち、8時間は眠っているけれど。
 楽しいひとときも、あることは、ある。
 何もかも忘れてしまえる、楽しいひとときの後で、耐え難いほどの寂しさに襲われたりする。
 外で大勢で飲んで騒いで、帰宅したとたん、深い孤独感に包まれる。
 けれど――。
 お風呂大好き人間の私は、入浴をすませてベッドに入ったとたん、孤独を忘れたりもする。
 ベッドはセミ・ダブル。〈大の字〉近い姿になって、のびのび~と寝るのが大好き。
 寝相が良くないので、数年に1度ぐらい、熟睡中にベッドから落ちて目が覚めることがある。
 孤独なベッドで寝ているのに、誰かと一緒に寝ている夢でも見ていたのかもしれない。
 本当に、独り寝は寂しい。
 夫婦がうらやましい。手を伸ばせば、いつでも甘えられる相手の肉体があるということほど、幸せなことはないのではないだろうか。
 けれど――。
 愛し合っている夫婦でなくては意味がない。
 愛し合っていなくても、若干の安らぎにはなるのだろうか。
 夫婦が一つのベッドで寝ていて、別々のことを考えていて、それぞれ不倫相手の顔を思い浮かべている、な~んて想像すると、おかしくて笑ってしまう。
 私はシングルだから、私にとって不倫ではない。
 不倫する男性にとって、妻とは何なのか。
 家庭は、安らぎであり、必要なもの、なのか。
 不倫相手の女性は、その男性にとって何なのか。
 セックスか、純愛か――なんて。
 そんなことをいろいろ考える女はきっと、寂しい秋の季節を、案外、楽しんでいるものかもしれない。
 痴話喧嘩が、時には男と女の刺激剤になったりするように。
 何故、男と女は痴話喧嘩をするのだろうか。
 男も女も我がままだからである。
 けれど、不倫関係の男女の痴話喧嘩は、常に別れの危機をはらんでいる。
 夫婦の場合、子供がいたり、ローンで買った家があったり、親戚のしがらみがあったりして、別れの危機は、はらんでいない。
 夫婦は、日常的にも互いを必要としていることが、たくさんある。
 けれども、不倫男女は、日常的には必要とし合っていない。
 いつでも相手を、変えられる。彼らにあるのは、純粋な愛情と、永遠に愛し合うという幻想と、そして愛の行為である。
 ――などと、男と女、しかも不倫男女について、あれこれ思いめぐらせるのは楽しいこと。
 思いめぐらせてばかり、執筆に追われるばかりで、不倫体験できないのは寂しい。
 特に秋の季節は寂しい。

好きな歌手

2021-12-11 07:34:48 | 女って不思議
 他人(ひと)のことは言えない。男性編集者Sさんが、あるタレント女性と握手して来たと、嬉々として言った時、呆れてしまったが、私も好きな歌手がいる。チェッカーズのフミヤである。
 けれど私はSさんと違い、あくまでもテレビ画面で見るフミヤが好きなので、直接会いたいとか握手したいなんて思わない。
 しかも、歌っている時のフミヤが好きなのである。
 以前、トーク番組に出演したフミヤを見て、その話しぶりや内容には少し失望してしまった。やはり歌っている時だけが素晴らしいと感じる。
 フミヤの魅力は何だろうと考えると、その歌と表情と振り付けのパフォーマンスと感じられる。
 笑顔や、はにかみは、純真無垢な少年のよう。寂しがり屋で、少し不良っぽく、繊細で、あどけなくて――と、そんなところに魅力があると私には感じられる。
 ただし、あくまでもテレビ画面に映るフミヤであって、実際はどのような人間であるかは、一向に関係ないのである。
 だから週刊誌やマスコミが作る虚像のフミヤも実像のフミヤも、全然見たいと思わなくて、ただひたすらテレビに映るフミヤに魅了される。
 映画俳優をスクリーンの中だけで魅了されるのと同じである。性格や人間性や私生活などを知ったら、幻滅してしまいそう。
 先日、文房具店で、歌手のブロマイドが陳列してあり、その中にフミヤの写真もあった。あまり、いい写真ではなかったこともあり、買わなかった。
 けれど、フミヤの写真とかポスターなどを机の前に飾ったら、とても仕事をする気になれないような気がする。
 やはり、机の前の壁には、カレンダーを掛けておくのが、一番いい。
 話は変わるが、1日に何十回とカレンダーを見るのが、私にとっては習慣というより、まるで趣味のよう。見るのが楽しくもあり、さまざまな想いが湧き上がるのである。
 テレビは一日中ほとんど見ないが、映画の洋画劇場とチェッカーズが出演する番組だけは見る。
 現在、ビデオレコーダーに、『神様ヘルプ』『ジョニー君の愛』『涙のリクエスト』『ポップスター』『ソングフォーUSA』『ネクストジェネレイション』『ナナ』などが録画してある。『星屑のステージ』も録画したが、うっかり消してしまった。
 昼食の後、コーヒーを飲みながら、それらの録画の1曲か2曲を視聴するが、毎日見ていて、よく飽きないものだと自分で自分に呆れている。
 先日、親しい知人とお酒を飲んでいる席で、
「フミヤってセクシーで大好き」  
 と言ったら、冷やかされるようなジョークを言われてしまい、まさかと笑ったが、ちょっぴり恥ずかしくなってしまった。私は、あくまでもテレビ画面で見るフミヤが好きなのだという気持ちは、その知人には理解できなかったようである。
 ところで、たまには映画を観に行きたくなり、チェッカーズの『ソングフォーUSA』を観に行く予定だったが、とうとう行けなかった。
 執筆の合い間に映画ぐらい観られるように、今後は時間を無駄なく有意義に過ごそうと思う。
 などと言いながら、今日一日で、このエッセイ5枚しか書けなかった。
 反省しながら寝ようと思う。

旅への憧れ

2021-12-08 08:45:18 | 女って不思議
 毎日、地獄のような日々である。地獄と言っても仕事が多忙でという意味ではない。執筆が苦痛で、一向に捗らないのである。
 執筆量が落ち、家事は手抜き、午後になるとお昼寝。夜は原稿用紙に向かって、ため息ばかりついている。
 周囲では楽しげな夏休みに、羨望の塊の心境。
 とは言え、根は楽天家なので、入浴してベッドで本を読む前に、明日は何枚書こうと決心することで、執筆のことは忘れてしまう。
 というより、その決心が、すでに実現したように錯覚してしまうのである。
 これでは作家として一人前とは言えないかもしれない。締切間際に大半の作家たちは胃薬を飲むと聞くけれど、最近、禁煙し、健康補助食品6種類を毎日飲んでいるせいか、胃痛腹痛が全く起こらない。
 明日こそ明日こそとルンルン気分で思う、この楽天家気質がいけないに違いない。
 そのくせ、電話がかかってくると、暗ーい声を出すらしい。原稿用紙に向かっている最中にかかってくる電話の時である。同じ日のテレビを見ている時や食器を洗っている時にかかってくると、電話の相手から、
「今日はずいぶんお元気ですね」
 とか、
「何か、いいことあったの?」
 などと、言われたりする。
 けれど、大半の作家は執筆中には暗い声になると聞いたことがある。
 私の場合、それが顕著で、死にそうな声とか疲れ果てた声とか、もっと凄い想像をされたりして、おかしくもあり困ってしまう。
 電話には、せめて愛嬌のある声を出したいものである。
 コンクリートの壁に囲まれた部屋で毎日机に向かっていても、いい原稿は書けないから、外へ出なさいと言われるけれど、一人ではツマラナイ。
 外出日には打ち合わせと会食とパーティーなど、たいてい3つぐらいの予定をすませ、翌日は精神的疲労感で超グッタリしてしまう。
 7月から8月にかけて、1枚も書けない日が、週に数日もあった。
 9月からは執筆のスピードを上げて余裕のある暮らしをしたいものである。
 7月初旬、スポーツ新聞社主催の屋形船の会食は楽しかった。作家は数人だけ。さまざまな業界の人たちの集まりで、お酒と美味しい料理とドンチャン騒ぎが延々と。
 中旬、某週刊誌から電話のコメントを求められて受けたが、その後、活字になったら、一般論が体験談になっていて憤慨した。週刊誌って、そんなものと、知っていたはずなのに。
 下旬、編集者から紹介された放送作家の男性と会い、取材のつもりで、いろいろ話を聞いて教えられたり楽しかったり。テレビ番組のシナリオのコピーを下さって小さな感動。シナリオって初めて見た。
 下旬、あるパーティーで、いろいろな人から、痩せたねと言われ、
「恋わずらい?」
 と、誰も聞いてくれなくて、
「仕事、忙しいんでしょう?」
 の決まり文句。
 8月上旬、銀座で久しぶりにカラオケ。チェッカーズの『ジュリアにハートブレイク』を歌うと、
「前より上達したね」
 と皆に言われて、内心、当然よと呟く。最近はどの店へ行ってもチェッカーズとテレサ・テンしか歌わないから、何度も練習したことになる。
 8月中旬、新宿で編集者と飲み、面白い店に行った。
 そして、現在、下旬。一体、いつになったら、夏休みが取れるのだろう。
 机の周囲に資料として買ったギリシャやヨーロッパなどのガイドブックが積み重ねてある。その中に、『海外旅行はこれでOK』という本があり、最後まで読んだら、ため息が漏れ、行く気をなくしてしまった。
 プラン、資料集め、パスポート、航空券、外貨、旅行用品、ホテル、食事――それらについて細々と書いてあり、さらに旅行中のトラブルがいくつも書かれている。
 それらを読んだだけで嫌気がさし、海外の風景のビデオ鑑賞のほうがラクだわなどと思ったりする。
 頻繁に海外旅行に出かけている女友達は、頭が良く、気が強く、積極的で、男っぽい一面もあるから、見知らぬ人たちに交じっても全然怖くなく、楽しめるのだろう。
 方向音痴で気弱で依存心依頼心の強い私は、一体どうすればいいのか。
 行きたい所は、北陸、京都、長野、伊豆など。
 国内なら何とか一人旅ができるので経験がある。車中で未知の人とお喋りしたり、シティホテルの客室やバーで孤独なムードに浸って自分自身を見つめたり、人生のこと、親しい人のことなど想うひとときは新鮮な気分に包まれ、リフレッシュできて楽しい。
 何より、仕事のことをすべて忘れていられる自由と解放感が、最高に素晴らしいからである。

※過去の連載エッセイ『女って不思議』の加筆。掲載日不明。20年以上前。

お酒と恋と結婚と

2021-12-07 07:14:21 | 女って不思議
 この世には男と女しかいないのに、年頃の女性が、なかなか生涯の伴侶とめぐり会えないというのは、どんな理由からなのだろうか。
 美容師のSさんは、20代後半で、顔も身体もポッチャリしていて、色白で、大きな瞳の小悪魔的な美人である。男性にモテそうな容貌と言っていい。
 ところが彼女は、この世で何よりお酒が好きで、毎晩、繁華街のスナックや居酒屋で飲むと言う。
 一晩でウィスキーのボトル1本空けることもあるというから、かなりの〈女酒豪〉である。
「そんなに飲んだらアルコール依存症になっちゃうんじゃないの?」
 驚いて私は聞いた。
「アルコール依存症なんて、絶対ならないわ。依存症になる人って、仕事をしてない人がなりやすいんだって。キッチン・ドリンカーの主婦の場合も、何時から何時までって、家事とかの時間を制限されてるわけじゃないでしょう? 私の場合は、朝9時から夜の10時までは必ず仕事してるわけだから。毎日、きちんと働いている人間は、アルコール依存症にはならないんだって」
 彼女はそう言い、
「依存症にならないように、長時間の勤務に耐えているってこと」
 と、付け加えた。
「つまり男性より、お酒のほうが好きってわけね」
 冷やかすように私が言うと、彼女はケタケタと笑いながら、何度もうなずいた。
「男の人って、面倒臭くて。多勢で飲んで騒いでいる時はいいけど、2人きりになると、女だから尽くしたり気をつかったりっていうのが、面倒で面倒で……」
「でも、チャーミングだからモテるでしょう?」
「モテてる気分は楽しいけど、恋人とか愛人なんて作る気しないわ。この世で、お酒が一番」
 私のようにお酒を飲む雰囲気が好きとかカラオケ好きとか、そんなものではなく、おつまみもあまり食べずにストレートのオン・ザ・ロックで飲むと言うのだから、正真正銘のお酒好きで、煙草のせいもあるらしく、彼女の声はハスキーである。
 Sさんが変わっているのは、結婚願望がまるでないことだった。
 友人たちの結婚生活を見て、幻滅しているらしい。
 夫の身の回りの世話をしたり、家事をしたり、スーパーへ買い物に行き、料理を作って食器を洗っての繰り返しの生活なんて、とても耐えられそうにないし、そんな暮らしをしたら、それこそキッチン・ドリンカーになってしまう、などと言うのだった。
 彼女は姉と一緒にマンションの部屋に住んでいて、3歳年上の姉はエステティック・サロンに勤めるエステティシャン。
 姉もシングルだから、いっそう結婚願望は、湧かないらしい。
 姉はお酒も煙草も駄目で、テレビ好きだと彼女は言う。特にドラマ番組を、よく見ているらしい。
 Sさんはテレビより本を読むほうが好きだと言う。
 姉妹とも結婚する気が全くなくて、気ままに暮らしているのを故郷に住む両親は、「好きなようにやりなさい」と諦めていると、Sさんは笑いながら言った。
 結婚する前から、結婚生活に幻滅している女性は珍しい気がして、彼女の個性の強さを感じ、私よりずっと達観している一面もあって、感心してしまった。
「お酒を飲んでると、ふわふわあーんてなる、あの感覚が気持ちいいのよね。そんな時は、目の前にどんな美男子がいても男性がいるっていう感じがなくなっちゃう」
 Sさんのその言葉に、やはりアルコール依存症気味なのではと思い、若い時の不摂生を後悔することになるかもよと脅すように言うと、
「一度、肝臓を悪くして入院したことがあるの」
 と、その体験を話してくれた。
 何と22歳の時だと言う。それ以来、健康に気をつけるようになって、食事もなるべく取るようにし、徹夜で飲むのもやめたらしい。
 それから、さすが彼女は美容師らしく、
「飲み過ぎた翌朝なんて、見られた顔じゃないの。目は、くぼんじゃってるし、肌が粉をふいたようになっちゃうし。今もホラ、厚化粧でごまかしてるでしょう。素顔は、ヒドイんだから」
 と、自覚していることを、さらに専門的に説明してみせた。
 チャーミングな容貌なのに、もったいないと、つくづく私は思った。
「でも、わからないわよね。そのうち素敵な男性が現れて素敵な恋をしたら、やっぱり結婚したくなっちゃうと思うわ」
 そう言うと、素敵な恋という言葉に、彼女は少し心を動かされたらしく、
「素敵な恋ができるような男性、現れるかなア」
 と、呟くように言った。
 男性よりお酒のほうが好きなんて、やはり女にとって、不幸というかソンな気がする。
 女に生まれた歓びは、たくさん恋をすること、本物の恋にめぐりあうことではないだろうか。
 Sさんの美容室へ行くたびに、
「素敵な恋人、できた?」
 と、私は聞くことにしている。

間接的な取材

2021-12-06 08:15:04 | 女って不思議
 先日、ある体験者を間接的に取材する機会があった。
 間接的な取材というのは、先輩作家のT先生と特殊な体験者の対談を、創作の参考にするよう、執筆を依頼された編集長から勧められたのである。
 新宿の小料理屋の個室で、男性編集長と体験女性とT先生と私の4人が同席。
 一番口数少なく、一番緊張していた私。
 体験した奥さんは30代後半の女性で、ご主人との性生活のためらいや歓びを、よどみのない口調で語った。
 スワッピング体験なんて私には縁がないが、その体験をする人が現実にいるとわかっていても、その行為の内容や体験者の心理など、私には驚きの連続だった。
 夫以外の男性に抱かれることに、ためらいはあっても、肉体も心も慣れてしまうというのである。もちろん、快楽を貪るわけである。
 私はとてもそのような行為をする勇気はないし、その考え方や感覚の面ではオクテというか、シャイ過ぎるというか、ノーマルというか、あまり関心がない。
 興味や好奇心も、さまざまなことに作家は持つべきとわかっていても、あまり湧かない。
 というより、別世界の人たちのような気がするのだ。
 そういう人たちが、夫婦関係も順調で幸福な生活なら、それはそれで結構なこと。
 誰に迷惑をかけているのでもなく、夫婦同士、カップル同士の約束事、共有の秘密、享楽の分かち合いなのだから。
 私はあまり体験者に視線を向けなかった。意識的にも無意識的にもである。
 話を聞きながら、美男作家のT先生の表情を、時折、チラ見するのは楽しかった。
 また、体験者と対談中、相手へのT先生の質問が、その直後に私に向けられたりすることが数回あった。
「私は聞き役ですから」
 アマノジャクの私は、そう答えて逃げてしまう。アマノジャクというより、人前でそんなこと言えないわと恥ずかしがり屋の自分を、結構、純情なのではないかとチラッと思った。
 またはT先生にそう思われたい深層心理のせいかもしれなかった。
 編集長が録音していたテープを止めてからも、T先生を中心に雑談が続き、終了まで3時間だった。
 その後、T先生から誘われて繁華街のバーのカウンターで飲み、居合わせた他社の編集者たちとも談笑。
 その後は、T先生の若いころの話や現在の執筆の話などを聞いた。
「官能小説とは美しくなくてはいけない。汚いのは駄目なんだ」「編集者は読者読者と言うが、ぼくは読者を意識していない。青春の回顧を書いているんだ」「やるだけの話を書いてるんじゃない。人間を書いてるんだ」
 T先生のそれらの言葉にうなずきながら、その後もずっと記憶に刻み込まれた。
 夫婦、恋人同士、愛人関係――。男と女のことを書くのは、果てしなく興味深く、何て奥が深いことかと思う。