女性が薄着をする季節になった。電車の中では痴漢が増えているかもしれない。
女性にとって迷惑極まりなくゾッとする存在の痴漢は、大半の男性が秘めている本能的で潜在的な欲望の表れらしい。
学生時代とOL時代、私も被害に遭った経験がある。
服の上からでも手で触れられると全身に鳥肌が立ち、すぐ場所を移動するか、ラッシュの時は身体の向きを変えて避けるようにする。
短大時代、クラスメートたちとお喋りしていて、痴漢が話題になったことがある。
学生寮で生活するクラスメートを除いた全員が痴漢された経験があって、ペチャクチャペチャクチャとそれぞれの体験話が途切れなかった。
その中で、大胆な発言をしたクラスメートがいた。
「私、チラッと顔を見てハンサムだったら、イタズラされても逆らわないで、じっとしてるの」
そう言ったとたん、爆笑が起こった。
また、別のクラスメートが、電車の中で露出変態男を見た経験を喋った後、
「あんなに大きなモノが女の身体に入るんだもの。痛いはずよねえ」
と言い、皆を笑わせたが、彼女がいない時に、
「ね、彼女って、もう体験者ね。痛いって言葉に実感こもってたものね」
クスクス笑いながら、ひそかに噂し合った。
☆
では、女性はどんな時に性の欲望を覚えるかと、酒席で親しい知人男性から質問されたことがある。
満員電車の中で男性が痴漢になるのは、女性の身体のラインがあらわになったブラウスやワンピースなど裸体を想像させる薄着姿に挑発されてしまうからだと思う。
女性だって、痴漢的要素があるかもしれない。けれど女性の場合は、男性の裸を想像してではなく、男っぽいその身体に触(さわ)りたいのである。上着の上からでもズボンの上からでも――。
それは女性が視覚より触覚によって性的欲望を刺激される生き物だからかもしれない。
☆
OLのC子は、その日、恋人とのデートが、たった1時間。
いつもはホテルでたっぷり愛し合うのに、彼の仕事の都合があり、今週、1度も会わないのは寂しいから、ホテルで愛し合わなくても喫茶店で会うだけでもいいからとC子が甘えて言ったのだった。
ところが、店の片隅にテーブルをはさんで向かい合っているうち、C子は次第に落ち着かなくなった。
彼の煙草をはさんだ指を眼にしていると、その指が肌をまさぐる時の感覚がよみがえり、熱い欲望がこみあげてくる。
彼の唇を眼にすると、唇にキスされたくてたまらなくなる。
彼のネクタイや胸元を眼にすると、あの胸に顔を埋めたくなり……。
彼が左右の脚を組み替えると、胸がドキンとする。あの脚、膝、太腿……。
C子は呼吸ができなくなりそうなほど、息苦しくなってくる。
「ねえ、どこか行きたい」
口走るように小声で言った。
「今日は1時間だけの約束だろう。無理だよ。この後、仕事がある」
腕時計に眼を落としながら彼が答える。
「少しぐらい延ばせばいいじゃないの、その仕事」
「相手のある仕事だよ。時間の変更はできない」
「だって、どこか行きたいもの、ねえ、行きたい、行きたい、いつもみたいに行きたいのよう」
どんなに甘えても駄目とわかっていて言わずにいられないC子。
「今度、埋め合わせするよ。ゆっくり会おう」
彼が、なだめるような口調で言う。
「もう、あたしのこと、愛してないのね」
「愛してるよ」
「あたしの身体に飽きちゃったのね」
「違うよ。いつも言ってるじゃないか。セックスだけが目的で会ってるんじゃないって。C子だって言っただろう。セックスしなくたって、一緒にいられるだけで幸せって。だから、いつか、そういう会い方もしてみようって。ぼくの気持ちを試すんだって」
確かに、C子はそんなことを言ったことがあった。
欲望を満たすだけのために会うのは虚しい。本当に愛があれば、セックスしなくても、会ってお喋りするだけだって満たされるはずと。
でも、こんなはずじゃなかった――とC子は思う。ホテルへ行かないで、もの足りないのは、きっと彼のほうで、そんなデートでも自分は満足できると思い込んでいた。
それなのに――。
C子は彼の身体のどこかに触りたくてたまらなかった。彼の手、彼の胸、ズボンの上から膝や脚に少しだけでも触ってみたい。けれど……。
人目のある喫茶店の中で、そんなことはできない。
ついに1時間が経ってしまい、店を出て、C子は彼の身体に寄り添い、腕に腕をからませた。彼の体臭や整髪料の香りが、かすかに伝わってくる。心身共にC子はせつなくてせつなくて、また息苦しくなりそうだった。
傍に愛する男性の肉体があるのに、抱かれることなく別れるなんて蛇の生殺し――と、こんな会い方をしたことをC子はつくづく悔やんだらしい。
女性にとって迷惑極まりなくゾッとする存在の痴漢は、大半の男性が秘めている本能的で潜在的な欲望の表れらしい。
学生時代とOL時代、私も被害に遭った経験がある。
服の上からでも手で触れられると全身に鳥肌が立ち、すぐ場所を移動するか、ラッシュの時は身体の向きを変えて避けるようにする。
短大時代、クラスメートたちとお喋りしていて、痴漢が話題になったことがある。
学生寮で生活するクラスメートを除いた全員が痴漢された経験があって、ペチャクチャペチャクチャとそれぞれの体験話が途切れなかった。
その中で、大胆な発言をしたクラスメートがいた。
「私、チラッと顔を見てハンサムだったら、イタズラされても逆らわないで、じっとしてるの」
そう言ったとたん、爆笑が起こった。
また、別のクラスメートが、電車の中で露出変態男を見た経験を喋った後、
「あんなに大きなモノが女の身体に入るんだもの。痛いはずよねえ」
と言い、皆を笑わせたが、彼女がいない時に、
「ね、彼女って、もう体験者ね。痛いって言葉に実感こもってたものね」
クスクス笑いながら、ひそかに噂し合った。
☆
では、女性はどんな時に性の欲望を覚えるかと、酒席で親しい知人男性から質問されたことがある。
満員電車の中で男性が痴漢になるのは、女性の身体のラインがあらわになったブラウスやワンピースなど裸体を想像させる薄着姿に挑発されてしまうからだと思う。
女性だって、痴漢的要素があるかもしれない。けれど女性の場合は、男性の裸を想像してではなく、男っぽいその身体に触(さわ)りたいのである。上着の上からでもズボンの上からでも――。
それは女性が視覚より触覚によって性的欲望を刺激される生き物だからかもしれない。
☆
OLのC子は、その日、恋人とのデートが、たった1時間。
いつもはホテルでたっぷり愛し合うのに、彼の仕事の都合があり、今週、1度も会わないのは寂しいから、ホテルで愛し合わなくても喫茶店で会うだけでもいいからとC子が甘えて言ったのだった。
ところが、店の片隅にテーブルをはさんで向かい合っているうち、C子は次第に落ち着かなくなった。
彼の煙草をはさんだ指を眼にしていると、その指が肌をまさぐる時の感覚がよみがえり、熱い欲望がこみあげてくる。
彼の唇を眼にすると、唇にキスされたくてたまらなくなる。
彼のネクタイや胸元を眼にすると、あの胸に顔を埋めたくなり……。
彼が左右の脚を組み替えると、胸がドキンとする。あの脚、膝、太腿……。
C子は呼吸ができなくなりそうなほど、息苦しくなってくる。
「ねえ、どこか行きたい」
口走るように小声で言った。
「今日は1時間だけの約束だろう。無理だよ。この後、仕事がある」
腕時計に眼を落としながら彼が答える。
「少しぐらい延ばせばいいじゃないの、その仕事」
「相手のある仕事だよ。時間の変更はできない」
「だって、どこか行きたいもの、ねえ、行きたい、行きたい、いつもみたいに行きたいのよう」
どんなに甘えても駄目とわかっていて言わずにいられないC子。
「今度、埋め合わせするよ。ゆっくり会おう」
彼が、なだめるような口調で言う。
「もう、あたしのこと、愛してないのね」
「愛してるよ」
「あたしの身体に飽きちゃったのね」
「違うよ。いつも言ってるじゃないか。セックスだけが目的で会ってるんじゃないって。C子だって言っただろう。セックスしなくたって、一緒にいられるだけで幸せって。だから、いつか、そういう会い方もしてみようって。ぼくの気持ちを試すんだって」
確かに、C子はそんなことを言ったことがあった。
欲望を満たすだけのために会うのは虚しい。本当に愛があれば、セックスしなくても、会ってお喋りするだけだって満たされるはずと。
でも、こんなはずじゃなかった――とC子は思う。ホテルへ行かないで、もの足りないのは、きっと彼のほうで、そんなデートでも自分は満足できると思い込んでいた。
それなのに――。
C子は彼の身体のどこかに触りたくてたまらなかった。彼の手、彼の胸、ズボンの上から膝や脚に少しだけでも触ってみたい。けれど……。
人目のある喫茶店の中で、そんなことはできない。
ついに1時間が経ってしまい、店を出て、C子は彼の身体に寄り添い、腕に腕をからませた。彼の体臭や整髪料の香りが、かすかに伝わってくる。心身共にC子はせつなくてせつなくて、また息苦しくなりそうだった。
傍に愛する男性の肉体があるのに、抱かれることなく別れるなんて蛇の生殺し――と、こんな会い方をしたことをC子はつくづく悔やんだらしい。