花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

痩せたいと思う女心

2021-11-30 08:41:29 | 女って不思議
 女性は太ったり痩せたりする。
 自分では毎日鏡を見ていても気づかなくて、人に言われ、ハッとして気づく。
 昨年の夏頃、太ったことにショックを覚えて一大決心し、ダイエットと縄跳びと美容体操を始めて3か月ほど経ったころ、スリムになったといろいろな人から言われて嬉しくなってしまった。
 その後は安心して縄跳びはやめてしまったが、ダイエットは続けていて油料理や甘いお菓子は現在も控えているし、間食もしない。
 ところが、私は胃潰瘍気味の体質なのか、空腹感が強くなると腹痛が起こる。
 痛くなってから慌てて食べても、30分ぐらい痛み続けることもある。
 それで、腹痛を避けるために食べる時がよくある。
 何故なら、誰かと一緒にする食事は楽しいけれど、一人で食べるのは味気なく面倒で、食欲を満たすというより、
(お腹が痛くなりませんように)
 という願望と共に食事するような感じで、消化に良くないと言われるが、軽い本を読みながら食べる。
 最近、下着も試着が可能で、先日デパートの下着売り場で店員さんから試着を勧められた。
 狭いスペースの試着室に入ると、何と店員が、「失礼します」と言って入って来るのである。もちろん女性店員である。
 ブラジャーやスリップの試着を手伝ってくれながら、サイズや素材や私の身体のラインなどを、ていねいに説明しながら、
「お客さんは華奢ですから」
 と言うので、一瞬、自分の耳を疑い、
「えええええっ、華奢ア?!」
 と、思わず不信をこめた声をあげてしまった。
 華奢だなんて誰からも言われたことがなく、現在もダイエットに励んでいる私に向かって、セールス・トーク&お世辞には騙されないわよという気持ちだった。
 ところが、女性店員は言葉を続け、
「いえ、肉付きはムッチリ(何てショックな言葉)してるんですけど、骨格が華奢なんです。ですから、この部分はこのサイズで、こちらのほうは……」
 と言ったので、私は納得した。決して、お世辞を言ってくれたのではなかった。
 でも、考えてみれば、骨格が華奢でも肉付きが良ければ、やはり太っているということになり、しかもその肉付きは二十歳のころと違って、贅肉なのである。何て絶望的なことだろう。
 かつて、私は、太った女性に憧れていた。もちろん私自身も、どちらかというと、ふっくら体型だったのにである。
 何故かというと、好きになる男性が皆、ポッチャリ体型好みだったからである。
 痩せた身体の女性は嫌い、太った女性は抱き心地がいいと、そう言う男性ばかりだったので、安心して太っていた。
 そして太った女性は若くても中年でも、私の眼には魅力的な女性に見えたのである。もちろん、肥満という意味の〈太った〉ではなく、スリムな体型に対して、〈比較的、太った〉体型という意味である。
 けれど、当然であるが、残酷なことに20代の太り方と30代の太り方は違う、ということを悟ってしまった。
 そこで――。
 太っていると誰かにあからさまに言われたわけではないが、急に痩せたくなった。
 それで、意志薄弱な私が、縄跳びだの美容体操だのを、毎日根気よく続けたのである。
 恋の悩みは、女性の身体を本当に痩せさせるだろうか。
 または、仕事の悩み。
 それだったら私は原稿を書くことに一日だって悩まない日はないし、プラトニック・ラブだってしている。
 でも、もっともっと情熱的に恋をして、もっと締切に追われたら、ダイエットも美容体操もしなくても痩せるだろうか。
 なんて考えている私を、人は笑うかもしれない。
 痩せたい。スリムになりたい。
 痩せたいと願う女の気持ちは、男性にはわからない。いや、わかるかもしれない。
 痩せようとする、その努力を認めて欲しい。
 そう。痩せることより痩せたい気持ちと、その努力が素晴らしいと、誰か言ってくれないだろうか。
 あと5キロは痩せたい。贅肉がなくなって、スリムな体型になって、いろいろな服を着て、パーティーや飲み会で会う人会う人、皆、痩せたねとかスリムになったねと言ってくれて、私ってイイ女になったんだわと自惚れたい。
 ところで、先月、引っ越しをして、約1か月間、苦手な整理整頓と雑用で、もう、〈阿鼻叫喚〉とか〈無間地獄〉などという言葉が思い浮かぶような日々だったから、絶対少し痩せたような気がする。
 これで、素敵な男性に恋をして熱い想いに胸がいっぱいで何も食べられないデートの時に、ため息ばかりつき、眠れない夜に悶々としたら、もっと痩せられるだろうか――と考えたりしている。

現実と想像の間

2021-11-25 09:04:05 | 女って不思議
 最近、自分が作家になったと自覚させられることの1つに、バーやクラブやスナックでお酒を飲んでいる時、その店のママやホステスやマスターから、
「私の体験を書いて欲しい」
 とか、
「小説のネタになるような面白い話がある」
 などと言われる時が多くなったことである。
 もちろん、客に対するリップ・サービス&トークとわかっているけれど、今後、他人から聞いた話をヒントにして書いていこうかしらと考えたりする。
 というのは、私の書く小説が、特定のモデルがいて、そのモデルとの体験を書いていると、数人の先輩作家から冷やかされ、困惑したというか恥ずかしくなったというか、結果的には面白かったのだけれど、何故面白いかというと、私の作品には実在のモデルはいないからである。
 好みのタイプとか、書きやすいタイプの男性というのはいて、そんなタイプの男性をたびたび書くから、実在のモデルと勘違いされてしまうのだろう。
 自分の体験を書いている、ということに関してはどうかというと、画家であり作家でもあるK氏は、
「第一、体験がなくちゃ書けないよ」
 と、私が、実在のモデルがいて彼との体験を書いていると信じ込んでいるのだが、それなら作品によっては異常な関係や行為の内容もあって、それらのすべてを体験しなくては書けないことになる。
 私はあくまでもノーマルな行為や関係が好みなので、ややアブノーマルな内容の原稿を書く時は、もちろん想像である。
 ノーマルなベッドシーンを書く時でも、私に限らず誰だって、根本的にその行為の経験がなくては書けないわけで、小説にするには、その経験をアレンジしたり誇張したり脚色したりして書くものだと思う。
「間違いなく、きみの小説にはモデルがいるよ」
 とか、
「90%は体験、あとの10%がフィクション」
 などと冷やかして酒の肴に、というか、酒席を盛り上げるネタにされたりするが、あまりにもいろいろな人から同じようなことを言われるので、根が真面目な私は、先日、掲載誌の短編を何本か読み返してみた。
 確かに同じようなタイプの男性が登場するし、描写に重複があったりして、自分の作品を客観的に批判して頭から血の気が引くというか、いったん引いた血がまた昇って頭の中が熱くなった。
 こんなことではいけないと思った。いろいろなタイプの男性と女性を書けなくてはと――。
 ところで、半年ほど前に、「少年のようにあどけない寝顔」と書いたら、熟年女性編集長のTさんが、
「この男性って、〇〇さんのことでしょう」
 と、キャッキャッと喜び笑いながら冷やかすように言ったのである。
 この男性は〇〇さんのことと、共通の知人の名前を出して彼女は言ったが、そんなふうに作品の中のモデルを推定するなら、それは信憑性が薄いというもので、だいたい、男性は少年みたいな寝顔、女性は少女みたいな寝顔と決まっていると思うのだけれど――。
 もっとも、そんなふうに、これは誰がモデル、これは作者の体験――と、想像したりニヤニヤしながら読むのでなければ編集者たちは、毎月、多くの生原稿を読んでいく辛い作業に耐えられないのではなどと同情したくなった。
 本当に、実在のモデルを、自分の体験を、一度ぐらい書いてみたいものである。
 言ってみれば、あのベッド・インのひとときを、思い浮かべ追体験しながら書く原稿であれば、編集者のそういう読み方と同じように、私も執筆という孤独な作業を耐え忍べるというものである。
 ――と、そんなふうに、甘えてはいられない。プロとしての厳しい自覚を持たなければ。
 好みのタイプであれ嫌いなタイプであれ、さまざまな男や女が書けなくては一人前の作家と言えないような気がする。
 そうは言っても人間、想像には限界がある。
 それで、今後は周囲の人間をよく観察し、面白い話をたくさん聞き、告白もしてもらって、それらをヒントにして書こうかと考えたわけである。
 ところで――。
(ここまで書き、このあと何を書けばいいかわからなくなった。雑念が、湧いたのである。あと数行)
 書くという作業は、湧き上がる雑念との闘いである。
 いつも、そう思う。
 雑念を振り払い振り払い、来る日も来る日も原稿用紙のマス目を文字で埋めていく、気力と体力と根気と集中力が勝負の辛い辛い執筆作業――。
 この辛さに耐え忍べば、いいことあるでしょうか。

テレフォン・デート

2021-11-07 14:46:42 | 女って不思議
 受話器を手にし、メモに書いた番号のボタンを押す。胸がドキドキ。呼び出し音1回で、相手の受話器が、はずされる音がした。
(テレクラに、かかった!)
 と、胸がドッキン。
「もしもし」
 と、未知の男性の、魅力的でセクシーな声。自分の声に自信があるから、こんな遊びをするのか。
「はい」
 と、私。
「こんにちは」
 と、相手の男性。
 羞恥と緊張感で、一瞬、間を置いてから、
「こんにちは」
 と、同じ言葉の挨拶。
「お元気ですか?」
 と、相手の男性。
「はい」
 と、私。
「今日はお休みですか?」
 そう聞かれ、
(とんでもない!)
 内心、呟きつつ、
「はい、あ、いいえ、私、人妻ですから」
 と、言ったとたん、
(自分で、人妻です、なんて言うのは、おかしいわ。主婦です、とか、結婚してるんです、って普通は言うのだろうか。人妻をやめてから6年経つから、うっかりヘンな言い方しちゃった)
 瞬間的に、そう思った。
「ああ、それではね。いつも、この時間は家で何をしてるんですか?」
「テレビ見たり、本を読んだりしてます」
 時刻は午後2時。専業主婦時代を思い出して、スラスラと。
「外出は、あまり、しないんですか?」
「近所のスーパーとか、時々、デパートへ出かけるくらいです。たまに実家とか」
「お酒飲みに行ったりはしないの?」
「年に一度ぐらいです」
 結婚していたころ、文芸同人誌の仲間たちと年に数回会って、例会の後にお酒を少し飲んだことを思い出したが、数回を1回に変えて答えた。
「じゃ、いつも家にいるの? ストレス溜まっちゃうでしょう?」
「でも、チャンスがないから。飲みに行くなんて」
「そう。でも、たまには出かけたいと思うでしょう? 家にばかり閉じ込もってないで」
「ええ、少しは」
 私はずっと、小声で、しかも恥ずかしそうに――実際、恥ずかしくてたまらないのだが――考え考え、言葉を口にしていた。
「外に出る勇気、あまりないのかな」
「……ええ」
「一度、会いたいですね」
 ドキッ!! 見知らぬ男には会いたくない! 怖い! 別にホテル行きを心配してるわけじゃないけれど。どんな男性か、わからないし。身元不明の男性には絶対絶対、会いたくない。
 でも、理知的な話し方をする男性である。声も低くセクシーで素敵。私の恥じらいがちの言葉に、やさしく微笑していそうな感じがいい。
「あのう、今日は会社、お休みなんですか?」
 初めて私から質問。
「いや、今、さぼってるの」
「あら、でも、そんなことして……」
「ぼくは外回りの仕事だから、朝、会社に顔を出せば、あとは時間が自由だから」
「営業のお仕事ですか?」
「そう。ポケットベル持ってて、用がある時は会社に電話して」
「こういう遊び、よくしてるんですか?」
「いや、そんなにでもない。あなたは?」
「初めてです」
 こんなことをさせられるのは、なんて言ってしまいたくなる。
「そう。だけど、素敵なことが起こるかもしれないし、一度会ってみたいな。時間、何時ごろならいいの?」
「えっ、私、あの、でも、でも、主人がいて、子供がいますから」
 結婚何年? 子供はいくつ? 幼稚園に迎えに行くの?――などなどの質問をされ、適当に答えた。
「紅茶、好き?」
 ふいに、聞かれた。
「えっ、紅茶ですか? あ、はい」
「ケーキ、ごちそうさせてくれませんか? おいしいケーキと紅茶。会ってお喋りしましょう」
 電話を切りそうにした私に、彼は自宅と違う部屋があるからと電話番号を教えた。もちろんメモなどしなかった。
 電話を終えて切る。ふーっと深い吐息。
 ふたたび受話器を手にし、そのテレクラの電話番号を教えてくれた漫画家のN氏に電話。
 感想を聞かせて欲しいと言われていたからだった。
 実はその前に、編集者から、テレクラをテーマの短編小説を依頼され、風俗ルポも描く漫画家のN氏を紹介されたのである。飲み会やパーティーで数回会って知っていたが、親しく言葉を交わしたことはなかった。
 電話で漫画家N氏に少し取材後、是非、体験してみるように勧められ、その感想を聞かせて欲しいと、つまり、取材のお礼の取材という感じで約束していた。
「どうでした?」
 と、電話の向こうのN氏が興味津々。
「まだ胸がドキドキしてるみたい。でも、予想以上に感じのいい声で、会いたいと言われて、ケーキをごちそうさせて下さいって言われたんです」
「ケーキですか、可愛いですねえ」
 クックッと含み笑った声のN氏。
「会ってみれば、もっと、書く参考になるのに」
「いえいえ、身許のわからない男性と会うのは、とてもとても怖くて。私って、内気でシャイで消極的なタイプですから」
「内気でシャイで消極的? 本当ですか」
「ええ、正真正銘、内気でシャイで消極的。そんなふうに見えません?」
「う~ん、そんな、ふうに、見えないというか、見えないこともないというか」
 と、2人は声を立てて笑い合った。
 その後もN氏と少しの雑談。テレビ出演するという日にちと時刻を教えてくれたので、見る約束をした。
 原稿用紙に向かう時間の長い日々に、ちょっぴり楽しく有意義なテレクラ初体験の午後だった。

 ※〈残編断簡〉というほどでもないけれど、紙類やファイルの断捨離をしていて見つけた過去の連載エッセイ『女って不思議』の加筆。掲載日は不明。