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「ワクチン有効期限切れ?」変更のスタンプ、説明なく接種…「3か月延長」周知足りず<新型コロナ> ”コロナワクチンはこれまでのルール関係なし、異物あろうが、使用期限切れていても、特採!”

2022-02-14 19:30:30 | 新型コロナウイルス
https://www.tokyo-np.co.jp/article/159935 2022年2月13日 12時00分 東京新聞

紺藤義光さんが受け取った予防接種済証のコピー。右下に「有効期限3カ月延長」とのスタンプが押されていた

 新型コロナワクチンの3回目接種が本格化する中、接種済証に貼られたワクチンの個別シールの有効期限を「3カ月延長」とスタンプなどで変更したものがあり、接種した人から不安の声が上がっている。昨年に国が有効期間の延長を決定していたが、周知が徹底されていなかったためで、厚生労働省は「薬事承認し、安全性や品質に問題はない」としている。 (青木孝行)

 「これで納得しろとは、あまりにも行政の思い上がりでは」。東京都世田谷区の会社役員、紺藤義光さん(80)から本紙に届いた接種済証のコピーには「最終有効年月日 2022/01/31」と印字されたシールの右下に「有効期限3か月延長」と書かれた赤いスタンプが押されていた。
 紺藤さんが区内のクリニックで3回目のワクチンを接種したのは2月6日。クリニックで期限延長についての説明はなく、帰宅後に赤いスタンプに気付いた。不安になり東京都の「ワクチン副反応相談センター」に問い合わせると「厚生労働省のホームページを見てください」と言われたという。「1日経過し幸い副反応もないが、余りものを接種したみたいで気持ち悪い」と、国や自治体からの情報不足を憤る。
 埼玉県の70代女性からも同様の意見が電話で寄せられた。
 厚労省によると、ワクチンの有効期間は当初、ファイザー社製もモデルナ社製も6カ月だったが、「貴重なワクチンを無駄にせず有効活用する観点から」、一定の温度の下で品質管理されたものについては昨年11月までに両社製とも有効期間を9カ月に延長。同月16日付で自治体に事務連絡した。
 既に流通し、有効期間が6カ月間または7カ月間を前提に印字されたワクチンシールについては「被接種者に対して有効期限切れのワクチンを接種されたなどとの不安を与えぬよう、適切に情報提供を」と記載。厚労省の担当者は「事務連絡とオンラインでの自治体向け説明会で、有効期間を延長したことを周知するように促した」と釈明した。厚労省はホームページで有効期限を変更したワクチンのロット番号を公開している。
 世田谷区は「(国からの)事務連絡は、昨年12月21日付で区内の医療機関に周知した」とした上で、「ワクチンの個別シールの有効期限後に接種する場合は、被接種者に説明し、区が送付した『有効期限3か月延長』のスタンプを個別シールの付近に押印するように対応した」と、広報広聴課を通じて回答した。


事務連 絡 令和4年2月1日 厚生労働省健康局健康課予防接種室
ファイザー社ワクチン及び武田/モデルナ社ワクチンの有効期限の取扱いについて
https://www.mhlw.go.jp/content/000892217.pdf


1 ファイザー社ワクチン(12歳以上用)の有効期限について
(1)有効期限の変更について

ファイザー社ワクチン(12歳以上用)については、令和3年(2021年)9月10日に-90℃~-60℃での有効期間が6か月から9か月に延長されました。
他方、有効期間が6か月であるという前提で有効期限(最終有効年月日)が印字されているバイアルも、現在、流通し、使用されているところです。
新型コロナワクチンは、貴重なワクチンであり、これを無駄にせず、有効に活用する観点から、このようなバイアルについては、有効期間が9か月まであるバイアルとして取り扱って差しつかえないこととしたため、次の取扱いをお願いします。
2)見分け方及び取扱いについて
有効期限が令和4年(2022 年)2月末まで又はそれ以前となっているバイアルについては、有効期間が6か月であるという前提で印字されているものですので、新しい有効期限は印字されている有効期限より3か月長いものとして取り扱うよう、お願いいたします(別添1)。
また、被接種者に渡される接種済証に貼用するワクチンシールには、バイアルに印字されたものと同じ有効期限が記載されているため、被接種者に対して有効期限切れのワクチンを接種された等の不安を与えることがないよう、適切に情報提供していただくようにお願いいたします。

2 武田/モデルナ社ワクチンの有効期限について
(1)有効期限の変更について

武田/モデルナ社ワクチンについては、令和3年(2021年)7月16日に-20℃±5℃での有効期間が6か月から7か月に延長されたところですが、令和3年(2021年)11月12日にこれが7か月から9か月へと更に延長されました。
他方、現在流通しているバイアルは有効期間が6か月又は7か月であるという前提で印字されたものになります。
新型コロナワクチンは、貴重なワクチンであり、これを無駄にせず、有効に活用する観点から、このようなバイアルについて、有効期間が9か月まであるバイアルとして取り扱って差しつかえないこととしたため、次の取扱いをお願いします。
(2)見分け方及び取扱いについて(別添2参照)
有効期限が令和4年(2022 年)3月1日まで又はそれ以前となっているバイアル(ロットNo3004733 のバイアルを除く。)については、有効期間が6か月であるという前提で印字されているものですので、新しい有効期限は印字されている有効期限より3か月長いものとして取り扱うよう、お願いいたします。
また、別添2中「有効期間7か月のロット一覧」に掲げるロット No のバイアルは、有効期限が7か月であるという前提で印字されているものですので、新しい有効期限は印字されている有効期限より2か月長いものとして取り扱うよう、お願いいたします。

被接種者に渡される接種済証に貼用するワクチンシールについては、別添2に記載したバイアルのうち、ロット No3002180 からロット No3004230 までのバイアルのワクチンシールに、バイアルに印字されたものと同じ有効期限が記載されているところです。そのため、ワクチンシールに有効期限が印字されている場合には被接種者に対して有効期限切れのワクチンを接種さ
れた等の不安を与えることがないよう、適切に情報提供していただくようにお願いいたします。
3 有効期限の短いバイアルの優先使用について新型コロナワクチンは、貴重なワクチンであり、これを無駄にせず、有効に活用する観点から、有効期限の短いバイアルから使用していただくよう改めてお願いいたします。

感想
医薬品の有効期間変更は一部変更申請になり、一般に1年かかります。
今回は特例なのでしょう。

かつ、承認され、承認書が製造販売会社に届き、その後出荷したものから適用です。
かつ有効期間のラベルの表記を変えて出荷されます。

今回のように、既に出荷された製品にまで、有効期間を延ばすのは異例です。
なぜなら、既に承認された製品は前の有効期間で承認されていますので、承認書との齟齬になります。
通知で齟齬は問題ないですと言っていることになります。

今多くの製造所では承認書との齟齬で製品回収を監麻課がさせていますが(実際は自主回収)、今回はそんなことを言っておれないのでしょう。
齟齬を通知一つで問題ない。
スタンプで有効期間延長。

延長などしなくても、3回目のブースター接種をもっと早く行っていれば、問題なかったのです。
それを7か月経過してからとか、厚労省が専門家の意見で決めて、しかし、コロナ感染者増えたら急遽6か月と短くしました。
海外では6か月で3回目のブースター接種行っていたのですから、なぜしなかったのでしょう。

在庫管理とは、倉庫に温度管理しているだけではなく、有効期限切れになる前に活用するとの計画があっての在庫管理です。
食品を例にすると、使用期限切れたけど、食べたら問題なかったので、延長します。
スーパーに並んでいる使用期限切れもスーパーで1か月延長のスタンプを押して販売してもらって問題ありませんと言っているようなものです。

異物はステンレスだから、医療機器にも使われているからと安全課が問題ないと説明されました。
その前に、日本薬局方の不溶性異物試験不適合でしょうと言いたくなります。
適合しないものは不良医薬品になり回収になります。
過去に同じことがありました。
乾燥 BCG ワクチン(経皮用・1人用)の添付溶剤(生理食塩液)の品質問題に関する議論のとりまとめ "規格に適合しないのは不良医薬品?”

日本の官僚は、しっかりしていたと思ったのですが・・・。
改竄や証拠隠滅の方にエネルギーをかけることが増えたので、本来の業務ができなくなってきたのでしょうか?

犠牲の清掃員4人、停電で避難路見失い死亡か 新潟・三幸製菓の火災 ”停電時の避難誘導灯は?”

2022-02-14 10:08:18 | 社会
https://news.yahoo.co.jp/articles/e5ce4e0f6bf1235aa88b0fbcfdd56100445f976e 2/13(日) 22:08朝日新聞デジタル
火災があった三幸製菓の工場では、警察や消防の職員ら60人以上が行方不明者の捜索と実況見分をした=2022年2月13日午後3時10分、新潟県村上市長政、小川聡仁撮影

 新潟県村上市の米菓メーカー「三幸製菓」(新潟市)の工場で5人が死亡した火災で、死亡したアルバイト清掃員4人がいずれも、建物の出入り口の内側で閉じた防火シャッターの手前で倒れていたことが県警や消防への取材でわかった。消防の到着時に建物内は停電していたことも判明。県警は、4人が暗い中で避難路を探していた最中に、煙に巻かれた可能性があるとみて調べている。

【動画】近隣の住民が撮影した火災の様子

 県警によると、火災は三幸製菓荒川工場で11日深夜に起き、同日午後11時45分ごろ、消防に通報があった。せんべいなどの米菓を製造する鉄筋2階建てのF棟の建物が全焼。焼け跡から68~73歳の女性清掃員4人と、工場の従業員とみられる身元不明の1人の計5人の遺体が見つかった。20代の男性従業員2人と連絡が取れておらず、県警は身元の確認を進めている。

 県警や市消防本部によると、清掃員4人は12日午前1時20分ごろ、建物北側の出入り口近くで、2人ずつ重なるように倒れた状態で救急隊員に発見された。出入り口内側の防火シャッターは、閉じた状態だった。

 一方、通報の6分後に消防隊員が工場に到着した際に、建物はすでに停電していた。火災後の消防の調査に対し、出火当時、現場にいた従業員は「(出火直後に)火災警報が鳴り、まもなく電気が消えた」と話したという。

感想
会社勤務時代に防火管理者を10年以上行っていました。
以下の点が疑問です。
1)防火シャッターと横に人が避難できるドアが必ずあります。
  避難用ドアがなかったのか?
  アルバイトの人に防火訓練などでそのことを伝えていなかったのか?
2)停電になっても避難誘導灯が点灯します。
  誘導灯が点灯したかどうか?
  点灯しなかったら、点検はどうしていたか?
3)避難訓練でアルバイトの人を含めて行っていたか?
4)過去に8件の失火があったとのことです。
  それをきちんと生かして防火対策を行っていたか?
  避難訓練を行っていたか?

火災は防げなかったとしても、死亡者を出さずに済んだと思います。
それと非常灯がつけば、近くに消火器があれば鎮火できた可能性が大きいです。
消火器を何の表示もなく置いているところが多いですが、目の高さより高い位置に”消火器”と表記し、すぐにどこに消火器があるか分かるようにしておくことなのですが、それはどうだったのでしょうか?
非常灯はなかったのか、機能しなかったのか。
過去に8件の失火を行っている製造所としては、今の情報からですが、お粗末です。
工場長の防火に対する認識がとても弱かったようです。

夜間の清掃をアルバイトにお願いしていたのでしょう。
弱い人が犠牲者になりました。

死亡者が出ると、消防だけでなく警察が入ります。
そしてしばらく操業停止です。
前に、火薬にもなる医薬品を製造していた製造所を訪問したことがあります。
火災が鎮火より、死亡者を出さないように対応していますとのことでした。
・火薬にもなるので、いつ爆発が起きてもすぐに人が隠れる防御壁を強く造る。
 建物は吹っ飛びやすくするように造る。
・先ずは遠くへ逃げる。
人の命を守ることを優先して、その後に鎮火です。
そういう建物の設計と訓練がされていたかどうか?
消防署もこれまでの指導が適切だったかどうかも問われているように思います。

「悲しみの乗り越え方」高木慶子著 ”悲しみに意味を見出して生きていく”

2022-02-14 04:00:28 | 本の紹介
・生き残った家族が悲嘆に苦しみ、さらにはその後に発生した二次的な喪失によって新たな苦痛を抱え込んでしまうということが起きています。

・悲しみの乗り越え方は、いまや、よりよい人生を生きるために不可欠な知恵のひとつになりつつあるのではないでしょうか。そして、きちんと向きあって乗り越えることができた悲しみは、新しい人間関係や、新しい自分自身との出会いを私たちにもたらしてくれるものです。

・加害者として非難の的になっていたJR西日本から、「自分たちは遺族に対してどうしていいかわからないから、グリーフケア(悲嘆)について教えてほしい」と言ってきたのです。そこから、JR西日本との関わりができました。役員、社員の方々、特に遺族担当の社員に何回か講演をして、グリーフケアとはこういうものですよというお話をしました。
そういうことをやっているときに、改めてJR西日本のほうから、「自分たちはこれだけ大きな事故を起こしてしまった。いま、被害者に対する贖罪と、さらに一般の方々に対する贖罪とsて、自分たちができることは何でしょうか。アドバイスが欲しい」と言ってきました。・・・
2009年4月に「グリーフケア研究所」が、尼崎の聖とマス大学(後に上智大学へ)に設置されることになりました。グリーフケア研究の拠点が大学に設置され、しかもグリーフケアの人材養成コースもあるというのは、世界で初めてのことです。

・(JR西日本の福知山線事故で)亡くなった107人の”御霊“の声なき声(著者の使命)
1)「こんな無念な死を、もう二度と誰にも味わせないでくれ」
2)「自分たちはこういうふうに死んでいくのだけど、残された家族(遺族)の悲しみ、苦しみを、もっと理解する社会であってほしい」

・「意味」と「原因」を探す心
人によっては、それ(裁判)によって自分の役割を得て元気を取り戻す人もいます。けれども事故や事件に対する怒りがいつまでも続く状態は、自分で自分の首を絞めるようなところがあり、悲嘆からの回復という点では、精神的な健康につならがないという場合がしばしばあるのです。

・自分を殺人者にしてしまう遺族
 あるご夫婦に男の子がいたのですが、三歳のときに、肩車をしていたお父さんの肩から落ちて(子どもが急に動いて)、首の骨を折って即死してしまいました。
 そのとき、隣にお母さんもいたので、男の子は、自分の両親の目の前で即死したわけです。
 「なんであなたが生きて、子どもが死んだのよ! あなたが死んで、子どもを返してよ!」と叫んだといいます。お通夜ときも、お葬式のときも、人前で、「あなたが死んで子どもを返して!」と繰り返したそうです。
 さらに奥様は、夫の顔を見ることも声を聞くこともできないと言って、実家へ帰ってしまいました。
 三年を過ぎて、だんだんに関係が修復されていきました。・・・。子どももまた生まれ、「自分たちは幸せだ」と感じる生活を取り戻すことができたそうです。
 そんな頃、今度はご主人が50歳でガンになられました。
 「高木先生、主人をこんなに早く死なせるのは、私が殺すんです。息子が死んだときに、ああいうことを言い続けたから、主人はそのストレスで病気になったんです。
 そうしたら、思いがけなくご主人が声をあげたのです。
 「お前、何を言うか! 俺がここまで生きてこられたのは、お前のおかげじゃないか」
  とおっしゃるのです。奥様はささやくように私に話したのに、ご主人が聞きとっていた。
  私はびっくりしました。ご主人は酸素マスクをかけたまま、首を振り振り、続けます。
 「お前が離婚しないで、自分のところにずっといてくれたから、今日まで生きてこられた。何も心配する必要はないんだよ」
 奥様は、ご主人の首を抱き、ひたすら、
 「ごめんなさい。ごめんなさい」
 と謝りつづけていました。
 それから間もなく、ご主人は52歳で亡くなられました。奥様はそれからたびたび私のところに話に来ておられましたが、その三年前(後?)に亡くなられました。奥様の言うことはずっと同じでした。
 「私は子供を亡くしたあと、主人に向かって“あなたが殺人者だ”といって咎めつづけていたけれども本当は、“私自身が殺人者”なんです」

・国立がんセンター名誉総長の垣添忠正先生は、2007年、長年連れ添った奥様を亡くされました。ガンになった奥様が闘病した様子と、死別したあと、ご自身が元気になっていかれる過程を、すばらしい観察眼で『妻を看取る日』という著書に綴っておられます。
何のやる気も起きず、妻のことばかり思い出しては泣いていたとき、この負のサイクルを断ち切るには、何か新しいことを始めるべきだと考えた。
そこで再開したのが、妻と昔から楽しんできた山登りだった。そして、登ったら下りる、というわけで、カヌーによる山下りも再開した。
 垣添先生の場合、思いっきり泣くだけ泣いてから、スクワット、腹筋、居合などで身体を鍛えたといいます。
 また、日記や手記を書くこともよいようです。垣添先生の場合、毎日書かれた日記が『妻を看取る日』として出版されたというわけです。

・私が重ねて強調したいのは、死別した方が元気だった頃の、かつての生活に戻ることは二度とできないということ。亡くなった方は二度と戻ってこられません。亡くなったという時点から、新しいスタートに立って、「新しい自分」との出会いの道が始まっているのです。

・「あなたは、人間が死んだら、どうなると思いますか? 次の選択肢のうち、あなたはどの考えに近いですか?」()内は百人の方がいたとした時の人数
1) 死んだら無になる、なんいもなくなると思う。(35人)
2) 死んだら何かに生まれ変わる、という輪廻があると思う。(25人)
3) 死んだらとうなるのかわからないけど、何かが残るような気がする。(20人)
4) 死んだら、天国とか極楽とか地獄とか、はっきりした別の世界へ行く。(10人)
5) その他。(10人)

・グリーフケアの研究では、自分の死を前にした人の不安や恐怖の要因を、次のように整理してとらえています。
1) 愛する家族や友人たちとの別れ
2) 自分が遺す家族に対する心配
3) 人生を不完全なままに終えることへの不満
4) 身体的苦痛への恐怖と不安
5) 一人旅立つことの孤独に対する恐怖と不安
6) 体験したことのない未知なるものを前にした不安
7) 自己自身が消滅し無になることへの不安
8) 死語の「審判」や「罰」についての不安

・自分の死は、誰しもが迎えるという意味で、あらかじめ予測されている喪失です。だからこそ私たちは、その最大にして不可避の喪失の前に、一生をかけて大小さまざまの悲しみを経験して、準備を終えているのではないか、と私は思います。
そういう悲しみのレッスンを繰り返して、自分の心を鍛え、身体を鍛えていく、その末に、自分自身の死を迎えた時、その門をどうやってくぐり抜けるか。それが、私たちの悲しみのひとつひとつに与えられた、尊い意味なのではないでしょうか。

・「悲しみの乗り越え方」
1) 悲しみを受け容れて、表現すること
2) 悲しみを誰に話すか
3) 今を生き抜いて、時間をかけること
4) 自分自身を縛り付けているものを手放すこと
5) 他人と、個人と、自分との新しい出会い
6) 出会いに対して開かれていること
7) 他人を評価するのではなく、信頼すること
8) 小さな喪失を積み重ねること

・経験を自分自身のものにし、それを新しいことに活かしているか、ということです。
 人は、その人以外の人生を歩くことができません。地球に生まれ死んでいった、天文学的な数の人生には、その数だけ、悲しみや苦しみがある。けれど、その中にあってたった一度の、私だけの人生を、どう豊かに生きるのか。
そう自分に問いかけることは、人生を豊かに生きる術であるだけでなく、人生において避けることのできない数々の悲しみの、乗り越え方でもあるのです。

感想
38歳の時に胃がんになり、胃を2/3切除しました。
そのため、下痢や便秘を繰り返し、痔にも苦しめられました。
幸い、口は第二の胃袋とのことでよく噛むこととヨーグルトが整腸に合って何とかコントロールできるようになりました。
でもバターは取り過ぎるとすぐにトイレです。
牛乳も合わなくなりました。
そこでチーズを摂るようにしました。
朝ご飯を食べると、よく猛烈な排便が起きてきて、通勤電車で漏らすのではないかと思うような時が何度もあり、途中下りて駅のトイレに向かっても行列でした。
そこで我慢して会社まで行き、すぐにトイレ直行というのも何度もありました。
朝バナナだと、通勤途中に排便が出てこないことがわかり、それから朝はバナナにしました。

”遊びのボランティア”は入院している病気の子どもと遊ぶボランティアです。
子どもを亡くされたお母さん方と一緒に活動することもありました。
亡くなった子どもを覚えていて欲しいとの気持ちを持ち、活動されていました。
どちらかというと男性は、亡くなったのは仕方がないからこれからを考えようとする人も多く、なかなか気持ちが合わない場合もあるようです。
子どもを亡くされた後の夫婦はさまざまのようです。
それがきっかけで離婚される場合もあるようです。
中には子どもを授かっておられる方もいらっしゃいました。

心理学の”ABC理論”が気に入っています。
Aという事象が起きたからCとはならないということです。
AとCの間にはB、すなわち自分の考えと行動があるのです。
Bの考え方と行動によってCは千差万別です。
悲しみの乗り越え方は、このBをどうするかが問われているように思いました。

Aがあったから私の人生はCになってしまった。
今悪いのはAのせいだという生き方もあります。
Aがあってとても悲しかったけれど、新しい人生、新しい出会いCが生まれたという生き方もあります。

ロゴセラピーでは「人生から自分に”さあ、どうしますか?”」と問いかけてくると考えます。
その問いかけには過酷なものもあります。
過酷なものにどう対処して生きるかが問われているのだと思います。
「何故私に?」と神様に尋ねても神様は沈黙されています。
ただ、「神様が私のためにそれを与えて下さった」と捉えると、神様は私に語り掛けて下さったことになります。
神様からの使命は一人ひとり違うのです。
神様からの使命は何だろう?と考え続け行動すると結果として、私に与えられた神様からの使命を果たせるのかもしれません。

「悲しみを生きる力に 被害者遺族からあなたへ」入江杏著 ”悲嘆と和解するとは悲嘆を意味あるものにすること”

「御巣鷹山と生きる 日航機墜落事故遺族の25年」  美谷島邦子著(8.12連絡会事務局長)