幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

「あるとき脳は羽ばたく」茂木健一郎著 ”自分で限界を決めるとそのような脳になる!”

2019-02-19 02:45:55 | 本の紹介
・脳はさまざまな性質を持っているが、とにかく「暗示」や「思い込み」に弱い。「私の脳にできるのはこの程度のことだ!」と思い込んでしまえば、本当にその程度の脳になってしまう。「私には、まだまだ可能性がある」と多少強引でも暗示をかけていると、それに対応して「のびしろ」が増える。

・「固定観念」の外に、脳を解放してあげる必要があるのだ。そこで、お薦めなのは、普段自分がやっていないような脳の使い方を体験してみることである。たとえば、自分の利き手と反対の手で箸を握ってご飯を食べてみる。
脳の可能性を活かす上での最大の敵は、「どうせこの程度」という思い込み、思い込みから解放してあげることで、あなたの脳は翼をひろげることだろう。

・「情報の整理術に卓越したければ、英語を勉強せよ」

・英語をネイティヴのように話す「英語脳」は、一日にして成らない。英語を読み、書き、話すという環境に脳をさらす。そのような日々を積み重ねなければ、脳の中に英語を支える神経のネットワークという「植物」は育たない。目に見える進歩がないからと言って、あきらめてはいけない。日々の変化はわずかずつでも、ふと気付いてみればある日大きな花が咲いている。植物も脳も、同じことである。

・脳の潜在能力を活かそうと思ったら、自分の無意識と対話する必要がある。今日、私の中にはどんな風が吹いているか。そのような無意識との対話を通して、風をつかまえてみよう。

・オバマ氏を当選させたのは、人種でも、お金でも、若さでもなく、その言葉に表れた政治思想の卓越であった。
「私たちの国が偉大なのは、摩天楼があるからでも、軍が強大だからでも、経済規模が大きいからでもありません。私たちは、200年以上前に打ち立てられたごく簡単な原理に基づいて生きている。『私たちは、次の真理を自明なものと認める。すべての人間は、平等に創られている』と」

・人間の脳は、さまざまなことに喜びを感じる。たとえば、美味しいものを飲んだり、食べたりするとき、あるいは、新しいことを学ぶとき。社会的に認められたり、地位を得たりすることでも喜びを感じる。大切な人と時間を共有することが喜びになることは、誰でも経験することであろう。

・ビールを飲むと、脳の中で喜びを表す物質であるドーパミンが放出され、もっとビールが飲みたくなる。これが、「ビールの強化学習」である。素敵な異性に出会うと、脳の中でドーパミンが放出され、その結果「素敵な異性に会う」という行動が強化される。これが、「恋愛の強化学習」である。

・孔子
 「遠き慮(おもんばか)り無ければ、必ず近き憂い有り」(論語)
 受験勉強というものはつらいものだが、「志望校に合格する」という遠くの目標があるからこそ、がんばれる。目の前の勉強の苦しさばかりに気を取られていると、最終的なゴールに向かうエネルギーが失われてしまう。入学試験の日という「遠く」を見捉えることができてこそ、つらい勉強にも耐えられるのである。

・私たち一人ひとりの人生において、多くの「できない」「無理だ」という思い込みが邪魔をしている。先に進むためには、「もう一人の自分」をつくる必要があるのかもしれない。「できない」と思い込んでいる自分を離れて、「とりあえずやってみよう」と前に進む自分をつくる。自分の分身が切り開いてくれた道を、疑心暗鬼の自分がよたよたとついていく。

・NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」(司会)
 心を動かされるのは、どの方も仕事に対して真摯であり、また自分のためというよりも他人のために努力しているということである。

・相手の名前をしっかりと呼ぶことは、人間関係を築く上での基本中の基本。「自分を覚えてくれている」と脳が認識することで、うれしいときに放出される報酬物質であるドーパミンが作用する。

・アイザック・ニュートン
 「もし私が遠くまで見ていたとしたら、それは巨人の肩に乗っていたからである」

・本を読むということは、先人の体験を濃縮した形で知るということである。

・いのちは変化し続ける。だから美しい。

・いのちに満ちた世界では、「いま、ここ」と思ったらそれをつかまなければ、もう二度と戻ってこない。

・「ゲシュタルト崩壊」のような脳の逸脱作用が、いままでにない発想の飛躍をもたらす。脳は、「不自由であるほど自由になる」のである。

感想
自分の脳を羽ばたかせる。
そのために、意図的に利き腕でない左手で食事をして脳を活性化させる。
「100マス計算」や「音読の効果」などは、脳を活性化させる方法だそうです。
脳に刺激を与え続けることが必要なのでしょう。
コメント

「即断力が身につく数学おもしろセンス」関根章道著 ”出会った人の何人目にプロポーズすれば良いか?”

2019-02-18 02:22:22 | 本の紹介
・見知らぬ会社からのダイレクトメールを簡単にうのみにしてはいけません。
 ある会社が2つの内容のダイレクトメールを5万人に送ります。その内容は、25,000人には「A社の株価は絶対に上がります」、残りの25,000人には「A社の株価は絶対下がります」というもの。でたらめな情報ですが、株価は上がるか下がるかのどちらかなので、すると、その25,000人に送った予想は必ず当たります。すると、その25,000人は「ダイレクトメールの情報は正しかった」と思いますね。そこですかさず、予想が当たった25,000人の半分12,500には「B社の株価は上がります」を、残りの12,500人には「B社の株価が下がります」と書かれたダイレクトメールを送ります。すると、2回とも正しい予想が書かれたダイレクトメールを受け取った12,500人は、「このダイレクトメールを送った会社の情報は、かなり信頼できる」と判断するはずです。
このように信頼させてしまい、あとでお金をとおなう取引を持ち出してくる悪質な商法があります。

・視聴率 信頼限界95%
 視聴率の誤差=±2×√(視聴率×(100-視聴率)/標本数)
視聴率    標本数による視聴率の誤差
       600世帯   200世帯
5or95%    ±1.8%   ±3.1
10or90%    ±2.4%   ±4.2%
20or80%    ±3.3%   ±5.7% 
30or70%    ±3.7%   ±6.5%
40or60%    ±4.0%   ±6.9%
50%     ±4.1%   ±7.1% 

・幸福な結婚の法則
「最初の37%は切り捨てよ」
あなたの目の前にこれから100人の結婚候補が現れるとします。一度出会った人とは、もう二度とめぐり会うことはできません。順番に1人ずつ候補者と会って生き、この人こそ最良と思う人にプロポーズをします。プロポーズした時点で、残りの候補者に会う権利を失います。さあ、あなたならどうしますか?
正解は、最初に出会う37人ととりあえず1人ずつ順番に付き合ってみて、その37人の中で最良の人のイメージを記憶に留めます。そして38人目以降の出会いの中で、その最良だった人にまさる人が現れたときにプロポーズするのが、最良の相手選びの方法です。
この100人中の「37」という値は、確率の世界で頻繁に登場する重要な数値で、「自然対数の底」であるe(=2.718…)を用いて計算される1/eの近似値です。つまり1/e(≒0.37)は、調べたい集団の中から最良の人を探すために必要な、「基準」を決めるための見本の数なのです。

・クラスに同じ誕生日の人がいる確率は?
40人クラスでみんなの誕生日が違う格率は、
(364/365)×(363/365)×・・・×(326/365)=0.108…
よって同じ誕生日の人がいる確率は、
1-0.108…=0.891…
つまり、約90%の確率で誰かと誰かの誕生日が一致してしまうのです!
人数  同じ誕生日の人がいる確率
10人   11.59%
20    41.149
30    70.639
40    89.129
50    97.049
60    99.419
70    99.929

・あなたの誕生日の曜日がピタリ!
W=[c/4]-2c+[y/4]+y+[25(m+1)/10]+d
c;西暦年数の上2桁
y;西暦年数の下2桁
m;月(1月は前年の13月、2月は前年の14月として計算します)
d;日
[];ガウス記号と呼ばれるもので、[]内の整数部分を表す記号です。
日曜日から始まる。
この公式は1900年から1999年までしか使えません。

・降水確率は四捨五入されている
降水確率10%の場合、実際は降水確率5%~14%までの幅があるのです。
どの天気予報がベスト?
1)70%の確率で当たる天気予報
2)50%の確率で当たる天気予報
3)20%の確率で当たる天気予報
20%の確率で当たる天気予報ということは、外れる確率は当然80%。最初からこの天気予報が必ず外れるものと考えて、予報の逆の結果を予想すればよいのです。すると、80%の確率で当たる!

・友愛数
2つの自然数a、bに対して、「aのa自身を除く約数の和がbに等しい」
a=284、b=220(約数に1を含める)

・完全数
「その数自身の除くすべての約数の和が、その数自身に等しい数」
6と28

・婚約数
「aのa自身と1を除く約数の和がbに等しい」「bのb自身を除く約数の和がaに等しい」

感想
数学は、事実を教えてくれるものなのでしょう。
降水確率が四捨五入だとは知りませんでした。
そう言えば端数がなかったです。
降水確率10%と20%。
ひょっとすると、14,9%と15.0%のたった0.1%の違いで倍にもなっているのでした。

10人とお見合いすると決めたら、3~4人までは決めずに、それから決めるということなのでしょう。
ということは、先ずはいろいろな人とお付き合いしてみることが必要なのでしょう。
家を買うときも、多くの場所を見て回りなさいとのことですから。
家は後でも決められますから。
お付き合いも、一人と決めずに、数人とお付き合いあるいは友だちとして確保しておくのも良いのかもしれません。
コメント

「わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か」平田オリザ著 ”人間は演じわけることができるサル!”

2019-02-17 08:42:58 | 本の紹介
・企業が求めるコミュニケーション能力は、完全にダブルバインド(二重拘束)の状態にある。
 「きちんと意見が言えること」
 「人の話が聞けること」
 「空気を読むこと」
たとえば「わが社は、社員の自主性を重んじる」と。
何かの案件について相談に行くと
「そんなことも自分で判断できんのか! いちいち相談に来るな」
いったん事故が起こると
「重要な案件は、なんでもきちんと上司に報告しろ。なんで相談しなかったんだ」と怒られる。

・一番いいのは体験教育だ。障害者施設や高齢者施設を訪問したり、ボランティアやインターンシップ制度を充実させる。あるいは外国人とコミュニケーションをとる機会を格段に増やしていく。とにかく、自分と価値観やライフスタイルの違う「他者」と接触する機会を、シャワーを浴びるように増やしていかなければならない。
ただこれには、予算や人員の制約がある。セキュリティの問題もあって、なかなか子どもたちを簡単に学校の外に出すことはできない。ここに、演劇、あるいは演劇的な授業の大きな役割がある。演劇は、常に他者を演じることができる。

・コミュニケーション問題を大きく2つのポイントから見ていくべきだと考えている。
1)「コミュニケーション問題の顕在化」
 コミュニケーションが求められる仕事が増えてきて、「無口な職人」のようなコミュニケーションより技術が求められる仕事が減ってきた。
2)コミュニケーション能力の多様化
 いま、中堅大学では、就職に強い学生は二つのタイプしかないと言われている。一つは体育会系の学生、もう一つはアルバイトをたくさん経験してきた学生。要するに大人(年長者)とのつきあいに慣れている学生ということだ。
ここで求められているコミュニケーション能力は、せいぜい「慣れ」のレベルであって、これもまた、人格などの問題ではない。

・人間は何かの行為をする時に、必ず無駄な動きが入る。たとえばコップをつかもうとするときに、最初からきちんとコップをつかむのではなく、手前で躊躇したり、一呼吸置いたりといった行為が挿入される。こういった無駄な動きを、認知心理学の世界ではマイクロスリップと呼ぶそうだ。すぐれた俳優もまた、この無駄な動き、マイクロスリプを、演技の中に適切に入れている。要するに私たちが、「あの俳優はうまい、あの俳優はへただ」と感じる要素の一つに、この無駄な動きの挿入の度合い(量とタイミング)があるということがわかってきた。この無駄な動きは、多すぎても少なすぎてもいけない。うあみ(と言われる)俳優は、これを無意識にコントロールしているのだろう。
この無駄な動きは、練習を繰り返すうちに少なくなっていく(埋没していく)という点だ。

・日本語は、
 ・強弱アクセントを(ほとんど)使わない
 ・強調したい言葉を、語頭に持ってきて繰り返すことができる
一方欧米の言語は、感情を強弱アクセントによって表現する。

・私は日本社会独特のコミュニケーション文化を、「わかりあう文化」「察しあう文化」と呼んできた。
「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」
ヨーロッパは「説明しあう文化」と呼んでいる。

・演劇は他者を必要とし、「対話」の構造を要請する。

・本「くりかえしの文法」

・「対話」を意識する
 ・日本語はまだ「対話」の言葉を確立していない
 ・近代演劇は、「対話」の言葉を重要視する

・コミュニケーションをデザインする、コミュニケーションの環境をデザインするという視点を持つということだ。私は、医師や看護師の技量を高めてあげることはできないし、そんなことは期待されていない。しかし、がん告知の朝に、部屋の花瓶の花を活けかえる心遣いを持った看護師を育てている、そのお手伝いくらいはできるかもしれない。

・新しい時代には、「バラバラな人間が、価値観はバラバラなままで、どうにかしてうまくやっていく能力」が求められている。私はこれを、「協調性から社交性へ」と呼んできた。

・科学哲学が専門の村上陽一郎先生は、人間をタマネギにたとえている。タマネギは、どこからが皮でどこからがタマネギ本体ということはない。皮の総体がタマネギだ。人間もまた、同じようなものではないか。本当の自分なんてない。私たちは、社会における様々な役割を演じ、その演じている役割の総体が自己を形成している。演劇の世界、あるいは心理学の世界では、この演じるべき役割を「ペルソナ」と呼ぶ。ペルソナという単語には、「仮面」という意味と、personの語源となった「人格」という意味が含まれている。

・人間のみが、社会的な役割を演じ分けられる。私たちは、演じる猿なのだ。

・若山牧水
いざ行かむ 行きてまだ見ぬ 山を見む このさびしさに 君は耐ふるや

・演劇は、人類が生み出した世界で一番面白い遊びだ。きっと、この遊びの中から、新しい日本人が生まれてくる。

感想
”人は演ずるサル”
まさにいろいろな立場でそれぞれの状況で最適な言動を演じることなのだと思います。

協調性より社会性。
違う価値観の人々が対話を通してより良い社会を築いていくのでしょう。

演劇を通して演じることを学ぶことができれば、上手く社会の中で生きやすい環境を作れるのでしょう。
”対人関係療法”
上司や周りとの対話を具体的なシチュエーションで、どう言葉を返したらよいかを練習し、そして実際の場で使っていくことで、関係性を悪くすることを減らすことを目的としています。

コメント

「技を育む」神田橋條治著 ”不器用だからこそ、自分を生かして学び続ける!”

2019-02-15 01:28:00 | 本の紹介
・ボクの障害は三つに分類できます。
 ・明らかに父からの遺伝である不器用
 ・全体が見えないこと
 ・生真面目

・対処方法
 ・不得意場面を回避すること
 ・障害・不器用を猛練習で乗り越えようとする努力
 ・他の優れた能力を使って、不器用をカバーする工夫です。

・仏教青年会の奉仕活動
 「我々が奉仕する相手は、我々のなかに潜んでいる菩薩心が陽の目をみる縁を与えて下さる方だから、拝む気持ちで接しなさい」

・小野寺直助(九州大学名誉教授)
 ・「処方は、一見して横長になるのがいい。短冊に書くような処方はダメ」
  病む生体のある一点を動かせば後は生体の治癒力が働きだす。だから、対処療法に追われていては医者の上達はない。
 ・「医者の技術と徒手空拳で発揮されるものである。器具や臨床検査のデータは、徒手空拳の技術を確認して磨くための道具であり、それに頼って診断をしてはダメ」
  体温計で測定する前に触って体温を推定することと、血圧計で測定する前に指先で血圧を推定する練習をしてずいぶん誤差が少なくなっていました。

・「精神療法面接のコツ」

・「誤ったデータを正しい論理で処理すると、必ず誤った認識に到達する。粗雑な論理で処理するとまぐれ当たりがあるけど・・・」

・診断は三種
 ・共通言語としての診断
 ・治療行動を導く診断(見立て)
  ・負因と成育史と病前性格
  ・発症状況
  ・現症
 ・当事者への説明としての診断

・観察領域
 ・行動・生理領域
 ・気分・情緒領域
 ・言語領域
 ⇒
・三領域が互いに調和して変動しているなら気分障害を疑います・
 ・三領域間にちぐはぐさがあるならば統合失調症を疑います。
 ・三領域のどれか一領域だけの変動が表に出ずに潜められた状態像なら神経症レベルを疑います。
 ・三領域のどの一つであれ、領域内がまとまっていなくバラバラや矛盾を示している時は身体性の基盤のある病歴を疑います。
 ・異常が一領域に限られるか、それとも二領域三領域にまたがるかは病状の深刻さの指標だと考えます。
 いまひとつ、診断者への心的距離のとり方、「くっ付く」「離れる」「ひねくれる」、を加味すると、秒速で大略の見立てをすることができ、続けて、見立てに合わせた診断面接の手順を選べるようになり、面接に無駄が少なくなることを経験しています。

・面接の有害性
 精神療法に魅かれて精神科医になりましたので、面接に熱中しました。すると、診断名が何であるかを問わず、すべての患者が悪化しました。不眠・不穏だけでなく、夢幻状態や心身症や幻覚が出現しました。
しばらくして、有害であるのは「作用」があるからだと思いつきました。有害作用とは作用の証拠であり、作用メカニズム解明の好機である、と考えるようになり、今日まで続くボクの方法論となりました。

・「わかった!」は患者自身が発する言葉のはずだと気づきました。患者がその言葉を発する、正確には言葉の背後にある体験をする、その方向へ導くのが治療であると考えるようになりました。

・ミルトン・エリクソンの技法
 相手の秘めている可能性を引き出し活用する方策があります。
 フラクタルの考えを援用して、相手の言動のなかから可能性の萌芽を見出すようにしています。

・発生練習は最終段階はホーミー(モンゴルの歌唱法)との出会いでした。
 倍音を伴うので二つの声が発生られる、魔法のような歌唱法です。

・自然治癒力とは「生きている」という機能が異常事態に呼応して発動されている姿である、とのこれもまた平凡な洞察に至りました。

・パデル先生が常に注目しておられるのは、患者の内部に表象として映し出されている外界でした。外界との関わりや葛藤とは「表象として外界」との関わりであり葛藤でした。

・表象(コトバンクより)
  外界に刺激が存在せずに引起された事物,事象に対応する心的活動ないし意識内容のことで,以前の経験を想起することにより生じる記憶表象,想像の働きにより生じる想像表象などが区別される。刺激が現前せずに生じる意識内容という点で,夢,幻覚なども表象の一つとされる。また場合により具体物に対する関係の程度に応じて心像,観念とほぼ同義に用いられる。ただし刺激が現前した場合に生じる知覚像をも表象に含ませ,知覚表象の語が用いられることもある。

・フッサール現象学

・「抵抗」「防衛」などの言葉は治療者のなかに攻撃的な気分を引き起こすことに気づき、抵抗を「馴染めぬ」、防衛を「工夫」と言いかえることで指示的な気分を引き起こせると気づきました。

・フラクタルとの出会い
 自然界がフラクタルの構造をしているなら、人の心身世界もフラクタルで構成されている筈である。

・土井健郎先生より
「神田橋君の文章は、いつも手品だねぇ」

・「『現場からの治癒論』という物語」

・生き物はみな、己の資質と環境の間に、調和を図りつつ生きている。植物は、自ら変化することで環境に順応するだけである。動物はその名のとおり、自分に適した場所へ移動することができる。さらには環境を操作し、自分にあうように変えてゆくこともできる。この第三の能力が異様なまでに肥大シタノガ、ヒトである」

・離魂融合
 ・往診や患者の椅子やベッドに寝てみるなど、場を共有する。
 ・間取り図や写真などで場のイメージを共有する。
 ・姿勢や語り口を真似てみる。
 ・離魂融合
 の順序で自分の感受性を育成しなが、平易から何度の高い方へと練習すればだれでも習得できる技術です。

・ドーマン法

・しゃべりながらでも観察と聞き取りが維持できるように努力しました。
 っスーパーヴァイジーの話を聞いていて、中途でどんどん連想をしゃべるようにしていることです。

・自分の資質に最も相性の良かった時代を回想し、そのときの生活のありようを想起して、そのような生活を健康法として、すこしばかり生活の中に呼び戻すことを精神療法の骨格としました。ところが、階層の作業をしているだけで、まだ生活の修正にいたっていないのに病状が軽くなる人、が多いのです。

・焦りに由来する職場復帰は止めるべきで、資質由来の意欲としての職場復帰は後押しすべきですから、両者の見極めが治療者の技量ということになります。

・次の三点を指標にして職場復帰をすすめるようになりました。
 ・職場復帰と仕事復帰は異なるなぁと実感でき、職場以外の日常生活のなかで、仕事したあとの充実感が味わえるようになっていること。
 ・心身の余裕の表れとしての好奇心の発露が増えていること。
 ・治療の中で発見した健康法として生活部分が実現していること。

・屋久島の春ウコン
・ビール酵母
・漢方治療
・バッチ・フラワーレメディ
・操体法

・治療者の作業
 「妨げない」「引き出す」「障碍を取り除く」の順

感想
カウンセリングの達人と言われています。
神がかったような要素があり、評価は分かれているようですが、実績をあげられているようです。

ご本人は障害を抱えておられましたが、それを生かすこと、学び続けられることにより、独自のカウンセリング技術を身に付けられ、多くの人を助けて来られたようです。

何か問題があると思えば、自分が変わっていくことなのでしょうね。
コメント

「雑草はなぜそこに生えているのか-弱さからの戦略」稲垣栄洋著 ”ナンバー1になるにはオンリー1”

2019-02-14 01:40:40 | 本の紹介
・アメリカ雑草学会
 「人類の活動と幸福・繁栄に対して、これに逆らったりこれを妨害したりする全ての植物」

・日本の辞書
 「自然に生えるいろいろな草。また、名も知らない雑多な草」

・日本にはおよそ7,000種類の種子植物があるといわれているけれども、雑草として扱われているのは、わずか500種程度である。

・基本的な特徴は「弱い植物」ということだ。弱いというのは、「競争に弱い」ということである。

・植物は、太陽の光と水と土さえあれば生きられると言われるが、その光と水と土を奪い合って、激しい争いが繰り広げられているのである。雑草と呼ばれる植物は、この競争に弱いのである。

・弱い植物である雑草の基本戦略は「戦わないこと」にある。

・植物の成功要素を三つに分類
 「C-S-R三角形理論」
  Competitive/Stress tolerance/Ruderal(荒地に生きる)

・播いても芽が出ない(雑草の発芽戦略)
 種子を播いても芽が出ないのだ。雑草は「休眠」という性質を持つからなのである。
 ・一次休眠;発芽に適する時期を待つための休眠
  寒さを経験しないと発芽しないなど。
 ・二次休眠;誘導休眠 発芽できる状況になっても発芽環境を待っている。

・種子には個性がある。(不斉一発生)
 雑草は野菜や花の種子と違って発芽のタイミングがバラバラである。

・雑草の中には、発芽に光を必要とする「光要求性」という性質を持つ種子が少なくないのだ。

・植物の葉は光合成のために主に青色と赤色の波長の光を吸収している。植物の葉が緑色をしているのは、緑色が不必要な光だからである。

・雑草は変化する(雑草の変異)。
 ・遺伝的な多様性。環境はさまざまだから、どんな性質が優れているかは、環境によって変わる。生物は多様性を保ち、できるだけ個性ある集団を作ろうとするのだ。
 ・農作物は均一になる。
  稲穂が熟す時期も早いものや遅いものがあってバラバラだとしたら、一斉に稲刈りをすることさえできない。弥生時代の石器で稲穂を摘み取る石包丁というものがある。これは、一斉に稲刈りができなかったから、穂を選んで摘んでいたのである。

・地域によって分かれる。
 シロツメクサは、青酸という毒物質を作るタイプと、作らないタイプの二種類があり、ヨーロッパの北の方では作らないタイプが分布しているが、南の方ではシロツメクサを食べるカタツムリがいるので、それから身を守るために毒物質を生産する。しかし、寒い北の方には害虫のカタツムリがいないので、毒を作らないタイプがあるのである。

・変化はときに偶然起こる。
 ・アレー隔離(鉄アレーから)
  一つの集団が大きく二つに分かれていること。
 ・ハーディ=ワインベルグの法則
  血液型A,B,Oの比率は、世代を経ても大きくは変化しない。このように世代が変わっても遺伝子頻度が変化しないこと。

・人間社会に適応して変化する。
スズメノテッポウという雑草は、畑地型と呼ばれる畑に生える集団と、水田型と呼ばれる田んぼに生える集団とで性質が異なる。一つには種子の大きさが異なる。畑地型が「たくさんの種子」を選択肢、水田型が「少しの大きい種子」を選択している。田んぼは、毎年、いつ頃耕すかという作業が決まっているが、畑は、さまざまな作物を作るので、いつ耕されるかは決まっていない。そのような不安定な環境で子孫を残すために、少しでもたくさんの種子を残そうとしているのである。

・ダーウィン
 「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」

・変化するために必要なこと
 「変えられないものは変えられない。変えられるものを変える」

・春先に咲く黄色い花は、集まって咲く性質がある。集まって咲いていれば、アブは近くに咲いている花を飛んで回る。そうすれば、結果的に同じ種類の花に花粉を運ぶことになる。

・紫色の花はミツバチなどのハナバチをパートナーに選んでいる。

・花と虫の共生関係
 ハチは蜜が欲しいだけで、植物のために働かなければならない義理はない。
密にたどりついたハチは、同じ仕組みでみつを吸うことができる花に付きたくなる。こうして、ハチは同じ種類の花を回るようになる。すべての生物は、自分の得だけのために利己的に行動している。しかし、結果的に、そんな利己的な行動によって、人間から見ると、植物と昆虫とが、いかにも助け合っているかのような、お互いに得になる関係が作られているのである。

・風媒花から虫媒花への進化は、裸子植物から被子植物の進化の過程で起こった。裸子植物は「胚珠がむき出しになっている」のに対して、被子植物は「胚珠が子房に包まれ、むき出しになっていない」ことで特徴づけられる。この子房の中で受精を行うことが可能になったのである。子房の中は安全である。そのため、この子房の中にあらかじめ胚珠を準備しておくことができる。このことによって被子植物は、受精から種子形成までの大幅なスピードアップに成功するのである。

・昆虫に花粉を運んでもらう虫媒花は、効率が良いが、昆虫がいないような環境では、とうすこともできない。そのため、花粉を運ぶ昆虫が少ないような環境では、再び風媒花に進化しなおしているのである。

・もっとも進化した双子葉植物がキク科であるのに対して、単子葉植物の中でもっとも進化していると言われるイネ科植物は、すべて風媒花である。

・自殖を避ける植物
 ・雄しべよりも雌しべの方が長い
 ・雄しべと雌しべが熟す時期をずらす「雌雄異熟」
 ・同じ花どうしでは、交配できないようにする「異形花柱性」という仕組み
  サクラソウには、雄しべが長く雌しべが短い長花柱花と、雌しべが短く雄しべが長い短花柱花の二タイプがある。

・雑草と呼ばれる植物は、わざわざ自殖を発達させているから、本当にややこしい。

・動けない植物が移動するチャンス
 ・花粉
 ・種子

・種子は時間を越えることができるタイムカプセルである。

・チャレンジすることは失敗することである。しかし、チャレンジすることで変わることができる。

・セイタカアワダチソウの悲劇
  ライバルがいなくなってしまうと、セイタカアワダチソウが出す毒物質は、自らの発芽や成長も蝕むようになっていった。そして、やがてセイタカアワダチソウは衰退していったのである。その頃になると、セイタカアワダチソウを追いかけるようにして、セイタカアワダチソウ お害虫も日本に帰化してきた。さらには、日本の植物病原菌も、セイタカアワダチソウに感染するように変化をした。

・日本から海外へ
 ・イタドリは、日本ではまった外にならないが、ヨーロッパに渡って、猛威を奮っているのである。
 ・ススキも、日本からアメリカ大陸に渡って雑草として大暴れしている。

・驚くことに韓国では、この恐ろしいジャンボタニシを田んぼにまいて除草すを行っている。韓国は冬の気温が低いので、田んぼに播いたジャンボタニシは、みんな寒さで死んでしまう。

・理想的な雑草の12の条件
1)種子に休眠性を持ち、発芽に必要な環境要求が多要因で複雑である。
2)発芽が不斉一で、埋土種子の寿命が長い。
3)栄養成長が早く、速やかに開花に至ることができる。
4)生育可能な限り、長期にわたって種子生産する。
5)自家和合性であるが、絶対的な自殖性やアポミクティックではない。
6)他家受粉の場合、風媒かあるいは虫媒であっても昆虫を特定しない。
7)好適環境下においては種子を多産する。
8)不良環境下でも幾らかの種子を生産することができる。
9)近距離、遠距離への巧妙な種子散布機構をもつ。
10)多年生である場合、切断された栄養機関からの強勢な繁殖力を再生力を持つ。
11)多年生である場合、人間の攪乱より深い土中に休眠芽をもつ。
12)種間競争を有利にするための特有の仕組みをもつ。

・雑草イネ
 収穫時の前に種子を落とすので、収穫するときには一粒もお米が残っていない。

・雑草の中には乾燥に強いものがある。それらの雑草は砂漠の緑地化に利用できるかもしれない。

・雑草の定義
 「望まれないところに生える植物」
 ⇒ラルフ・W・エマーソン
 「雑草とは、いまだにその価値を見出されていない植物である」

・本当の雑草魂
 「踏まれたら、立ち上がらない」というのが、本当の雑草魂なのだ。そもそもどうして立ち上がらなければならないのだろう。
 「雑草は踏まれても踏まれても、必ず花を咲かせて種子を残す」
 大切なことは見失わない生き方。これこそが本当の雑草魂なのである。

・生物の世界の法則では、ナンバー1しか生きられない。これが、厳しい鉄則である。「ガウゼの法則」
 同じような環境に暮らす生物どうしは、激しく競争し、ナンバー1しか生きられない。しかし暮らす環境が異なれば、共存することができるのである。
 すべの生物はナンバー1である。そして、ナンバー1になれる場所を持っている。この場所はオンリー1である。つまり、すべての生物はナンバー1であると同時に、オンリー1なのである。

・あなたがナンバー1になれること
 「あなたらしさ」という種目で、あなたにかなう人はいない。そうだとすれば、「あなたらしさ」を磨き、「あなたらしさ」を高めることが、ナンバー1になるもっとも近道ということになる。もっともやってはいけないことは人と比較することだ。誰かを目指している限り、あなたはナンバー1になれることはないのだ。

・「一人勝ちではいきていけない」「助け合った方が得である」これが、激しい競争社会の中で35億年の生物の進化が導き出した答えである。

・あなたは幸運である
 男性が持つ精子は、1回の射精で数億個も放出される。
女性の持つ卵子の元となる原始卵胞は、200万個ある。
あなたは選ばれた卵子と精子との組み合わせで作られた、なんという格率だろう。

・学生に教える立場に立った私は、「教える力」と「教えない力」を意識している。

・恩師 沖陽子先生
「雑草の性質を逆手に取って雑草を利用する」

・井上ひさしさんの言葉
 「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」

感想
雑草は弱いからこそ、生き残るために自らが変わっていったとのことです。
変わる勇気を持って、一歩一歩踏み出すことなのでしょう。

雑草とはまだその価値が見出されていないもの。
自分の価値もまだ見出されていないと思って見つけていきたい。
新しいことにチャレンジしたい。


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