幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

佐川氏への請求額を拡充 赤木さん側「認諾避ける」 森友改ざん訴訟 ”公務員は不正を部下に指示しても罰せられないのか?”

2022-02-09 17:42:17 | 社会
https://news.yahoo.co.jp/articles/c38c39982a9111d75022ba3810153067073e928c 2/9(水) 17:30 朝日新聞デジタル

 学校法人森友学園(大阪市)への国有地売却をめぐる財務省の公文書改ざん問題で、改ざんを強いられ、自死した近畿財務局職員の赤木俊夫さん(当時54)の妻・雅子さん(50)が同省元理財局長の佐川宣寿(のぶひさ)氏に損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が9日、大阪地裁であった。雅子さん側は、賠償請求額を550万円から1650万円に増やした。

 佐川氏側が賠償請求を認め、訴訟を終わらせる「認諾」をすることを避け、尋問などで改ざんの経緯を明らかにするため、という。

 雅子さん側は、この日に陳述した書面で「公文書の改ざんの指示は特別に悪質な行為」と主張。国家公務員が職務の中で損害を与えた場合、公務員個人は責任を負わないとする判例はあるが、今回は適用されるべきではないと訴えた。

 これに対し、佐川氏側は改めて、雅子さん側の請求を棄却するよう求めた。(米田優人)

感想
国家公務員が職務の中で損害を与えた場合、公務員個人は責任を負わないという判例があるとのことです。

もし、それが今回も適用されると、部下に不正を指示してもそれで起きたことは責任を負わないとのことになります。

正しい業務遂行での損害は、公務員個人に負わないのは当然ですが、不正な指示での損害は負うべきものでしょう。
そうしないと不正な指示を指示した(あるいは忖度)時の首相には全く責任がなく、正しい指示(忖度)だったことになります。
国有財産のディスカウト、書類の改ざん、廃棄。
赦されることではありません。
ましてや不正な指示をして出世して退職金が増えたのですから。
この責任を問わないと、ますます不正が増えるのではないでしょうか?

「続ものぐさ精神分析」岸田 秀著 ”違った視点で考える”

2022-02-09 16:42:00 | 本の紹介
人間の精神の仕組みを『性的唯幻論』という独自の視点からとらえ、具体的な生の諸相を鮮やかに論じる岸田心理がの実践的応用編

・人間が死を恐れるのは、生物学的な意味での生命から多かれ少なかれ遊離したところに自己の存在を築いているからであると思う。われわれが恐れているのは自己の終焉であう。

・したがって、自己というものをもたなかったとすれば、死の恐怖はあり得ないであろう。
自己の崩壊がどのような結果をもたらすかは、精神病が如実に示す通りである。人間は、いかなる感覚、感情、欲望も、いかなる義務、責任も、それが自己のものと感じ、認めるかぎりにおいてしか表現できないし、行動化できない。人間にとって、自己とは世界の中心であり、要である。自己が崩壊すれば、世界も崩壊する。

・では、どのようなものが自己化されるかと言えば、それは、他者との人間関係において、他者によって自己と認められる。われわれの自己とは、他者がわれわれの自己と認めてくれるところのものである。

・わたしは歴史を幻想過程と見る史的唯幻論を唱えているわけであるが、ここで一つ奇異なることがある。史的唯物論は、つまるところ、歴史を神の意思の実現過程と見るキリスト教、客観的精神の必然的発展過程と見るヘーゲル哲学などのヨーロッパの伝統の延長線上にあるのだが、史的唯幻論は、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり・・・」と語る『平家物語』や「行く河の流れは絶えずしてして、しかももとの水にあらず、よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりた例なそ、世の中にある人と栖と、またかくの如し」と述べる『方丈記』などの、歴史を何ら必然性のない『春の夜の夢』や「よどみに浮かぶうたかた」と見る日本人の歴史観の線上あるような気がしてならない。

・血縁幻想とは、血のつながりに重点をおく幻想であり、この幻想によれば、人間関係の基本は血のつながりにある。

・わたしのある知人が話してくれたことだが、彼の友人が長患いのあげく、死が迫っていることを悟り、この世の名残の最後のお願いとして申し出たのが、女性器を今一度見たいということであった。事情を話されたある女が承知してくれ、病室から他の人たちを遠ざけて、もはや性交はできない彼に思う存分、性器を見せ、さわらせた。瀕死の彼は「ありがとう」と言い、満足げな表情を浮かべて、それから間もなく死んだそうである。

・他者の主体を消し去ろうとするのがサディズムであり、私の主体を消し去ろうとするのがマゾヒズムである。

・自分が金で動く人ほど、人も金で動くと思いがちなものだが、そう思って相手かまわずその原則を適用すると、逆効果を招いて大失敗したりする。金銭欲より自尊心はさらに複雑微妙であって、同じことで自尊心を傷つけられて怒る人もいれば、高く評価されたと誇りに感じる人もいる。

・「いい人」または「まともな人」というのは、自分の期待通りのことをしてくれるか、またそれほどは裏切らない人のことであり、その人たちに対しては好意的に接し、そして、「わるい人」または「変な人」というのは、自分の期待を大いに裏切る人のことであり、その人たちに対しては警戒して接するか、遠ざけるかすればよいわけである。

・わたしは本書でかいているようなことを大学の講義でもしゃべっているのだが、受講している学生たちからときどき、「そのような考え方をしていてむなしくないのか」と質問されることがある。わたしの考えによれば、人類の歴史は幻想をもってはじまり、社会は幻想で成り立っており、恋愛も幻想なら、異性の性的魅力も幻想、親子の愛情も幻想、何でもかんでもみんな幻想というわけで、わたしの講義を聞いていると、一部の学生は、世の中が何となくむなしくなってき、この先生は本気でそう思っているのだろうか、もしそうなら、何のために生きているのだろうか、まるで人生にはそのために生きるに値する価値などどこにもないみたいではないかなどと疑問に思うらしい。
全くその通り、私は本気でそう思っている。まさかふざけて、幻想だ、幻想だとわめいているわけではない。そして、そのために生きる価値なんかどこにもないと思っている。そのように答えると、「それはなぜ生きているのか、なぜすぐ死なないのか」と重ねて質問してきた学生がいたが、わたしにはこの質問は以外であった。
こういう質問が出る前提として、人間が生きているのはそのために生きるに値する何らかの価値のためであって、そのような価値がないなら死んだほうがましだという考え方があると思われる。わたしは、このような考え方こそおかしいと思うのである。いや、ただおかしいだけでなく、きわめてはた迷惑な考え方だと思う。
そもそも人間がそのために生きるに値する価値なんかありっこない。そんなことは、ちょっと考えればわかることである。人類がこの地球上に存在しているということそれ自体が、そもそも価値のないことである。

・親の心子知らずと言われるが「素直になりなさい」と言える親は、子どもの心を知らない親である。

・ベルクソンによれば、おかしさは「生けるものの上に貼りつけられた機械的なもの」に由来する。すべってころんだ人がおかしいのは、彼が、本来なら、生命ある人間として臨機応変の柔軟な行動をとるべきなのに、依然として同じ行動を機械的につづけたからである。

・パニョルによれば、「笑いは勝利の歌である」。その場で突如として発見された優越感の表現である。われわれが、すべってころんだ人を笑うのは、われわれなら注意してバナナの皮をよけることができただろうに、ころんでぶざまな姿をされしたからであす。

・フロイドによれば、笑いは余剰エネルギーの放出である。おごそかな場面でのいかめしい神父や教授はわれわれに尊敬を強い、多大のエネルギー消費を要求する。ところが、屁をひった彼らはありふれた人間となり、もはや尊敬する必要がない。そこで、尊敬のために予定されていたエネルギーが余分となる。それが放出されたのが笑いである。

・梅原猛によれば、笑いは「異なった意味または価値領域に属する二つのもののコントラストにより起こる価値低下の現象」から生じる。老人や子どもがすべってころんでもたいしておかしくない。それはありそうなことである。つまり老人や子どもの属する意味領域でと、ころぶ人という意味領域とはコントラストをなしていない。それに反して、着飾ってすましている紳士や淑女属する意味領域と、転ぶ弱いとんまな人という意味領域とは強いコントラストをなしており、前者の領域に属していた者がすべってころんで後者の領域に転落するこtによって起こる価値低下がおかしくて、われわれは笑うのである。

・わたしの考えを一言で言えば、笑いとは、「共同幻想(疑似現実)の崩壊または亀裂によって起こる、それが要求していたところの緊張からの解放」の表現である。

・人間ほど残忍な動物はいない。同じ種族に属する他の個体はむやみに殺すのも、降参して無抵抗になった相手をあえて殺すのも人間だけである。K・ローレンツが言っているように、今まではげしく争っていた狼同士も、負けた方が喉元や原、すなわちそのもっとも無防備な部分をさらして降参の身振りをすれば、買った方は決してそこに噛みつくことはなく、それ以上の攻撃をさし控えて敵を見逃す。

感想
「ものぐさ精神分析」岸田秀著 ”唯幻論”

人生に生きる価値などないと考えていると、寂しい気持ちも出てきますが、気楽な気持ちも生まれてきます。
価値を見出さないといけないと思うと、価値を生み出せない自分が生きる意味がないように感じてしまうのです。
もともと価値などないと思えば、自分のしたいことをして生きる。
その時に周りの人を犠牲にしない。
したいことをした結果、価値が生まれたらなら、それは幸せなのでしょう。

会社経営でも利益を上げることを目的とするので、そのために不正なことをしてしまっています。
顧客に、社員に、そして社会に満足を与えようと努めた結果、利益が得られたらそれはとても幸せなことです。
利益が得られないのは、顧客に、社員にそして社会にメリットがないからなのでしょう。

エーザイの「人財計算式」 人の価値を見える化する ”人事は種もみを食べる人を評価し、将来のために種蒔きする人を評価しない 人事の評価が会社をダメにする!”

2022-02-09 12:54:54 | 社会
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD063VU0W2A200C2000000/?n_cid=NMAIL007_20220209_H 本社コメンテーター 中山淳史 日本経済新聞

2022年の春季労使交渉がたけなわだ。関心はやはり、岸田文雄首相が「3%以上」を求める賃上げの行方だ。しかし議論を見るにつけ疑問に思うのは「人はコストである」ことが、どこか前提にある点だ。

人は本当に単なるコストか。確かに企業会計上は販管費、売上原価など費用の部類に入る。貸借対照表には資産にも資本にも人の価値があまり表れることがない。

とはいえ、労使の対話がコストの話だけで終わって良いわけではない...

人件費を増やすと株価に貢献も
最も顕著に貢献するのが人件費だという。投じるお金を1割増やすと、5年後のPBRは13.8%向上する。研究開発費を1割増額したら10年超で8.2%、女性管理職比率を1割増やすと7年後に2.4%それぞれ改善するとの結果を統合報告書で示している。


上記真ん中の長い数式がそれだ。早稲田大学で教壇に立つ柳良平専務執行役・最高財務責任者(CFO)が「重回帰分析」という手法を使い、考案した。

感想
人への投資は必要だと言われています。
人への投資金額とその結果の利益を計算式で求められたようです。

人件費は今だけ考えるとコストで利益を圧迫します。
しかし、この人件費への投資が未来の成長につながるのでしょう。

種もみを今食べてお腹を膨らますが、それとも我慢して将来の実りに使うかです。
人事が評価で行って欲しいことは、種もみを食べている人を評価せずに、種もみを将来のために使っている人を評価することです。
決して逆にならないことです。

トイレットペーパー盗ませない! 「盗まれるほど人気」と道の駅が50円で販売 「アイデアは盗みました」 ”改善事例を真似る!”

2022-02-09 10:49:18 | 社会
https://news.yahoo.co.jp/articles/c66f11e9a2cb1b6391ce7cb87f16c5bfb93411ac 2/9(水) 6:55 withnews
 トイレットペーパーの盗難に困っていた道の駅が、「貼り紙」をしたことで被害を減らすことに成功しました。作成者に話を聞きました。

【画像】話題の貼り紙がこちら。「盗難」や「警察」「通報」といった表現は使用せず、人の心理に訴えてます

道の駅あわじ
 淡路島の観光とグルメの両方を楽しめる「道の駅あわじ」(兵庫県淡路市)。

 24時間開放しているトイレの入り口には、こんな貼り紙がしてあります。
    ◇
 トイレットペーパー販売中
 盗まれるほど人気な当駅のトイレットペーパー
 あまりにご好評なので販売することとなりました
 道の駅あわじのトイレットペーパーをご自宅でも使用したいというお客様
 お手数ですが、土産店レジまでお持ち下さい
 50円/個

担当者に聞きました
 「昨年6月に女子トイレの入り口に貼ったのが最初です。効果があったので男子トイレにも貼っています」

 そう話すのは企画広報課の関可菜さんです。

 設置のきっかけは、道の駅水辺プラザかもと(熊本県山鹿市)で同様の貼り紙が効果を上げているとのニュースを見たことでした。

 「文章や販売価格も含めて、アイデアをほぼ盗ませていただきました」

 業務用のため市販品より長いトイレットペーパーで、実際に購入するお客さんもいるそうです。

 「キャンプでの使用や、思い出の品として購入されているのではないかと想像しています」

 今後は、購入者向けに感謝の気持ちを込めたメッセージカードを付けることを検討しているそうです。

直接的な表現で注意喚起したことも
 この貼り紙になる以前は、「盗難」という直接的な表現で注意喚起していたとのこと。

 比較すると、現在の方が効果が上がっているそうです。

 先日もツイッターで貼り紙が紹介されて話題になったばかり。

 そのことについては「すごくありがたいです」と話します。

 「盗んだアイデアで恐縮ですが、トイレットペーパーではなくアイデアを盗んでいただければと思います」

感想
アイデアによって効果が違います。
男子小トイレがおしっこが便器から跳ねるのを防ぐ方法に、便器の真ん中にハエの絵を描いたそうです。
そうすると、ハエにおしっこを当てるつもりでそこを目がけておしっこをするので、跳ねる量が減ったそうです。

アイデアを工夫する。
他でうまく行っているアイデアを真似る。
工夫次第で効果は変わるようです。