ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

サラダとごはん

2023年12月29日 | 作品を書いたで
 思いのほか時間をくってしまった。あんなにあの商談が長引くとは思ってなかった。午後はあともう一件訪問しなくては。そこは納品の日取りを決めるだけだから簡単にすむだろう。でも約束の時間まであとわずか。
 もう午後二時だ。腹が減った。手早く昼食をすまそう。ちょうどそこに牛丼屋がある。どこにでもあるチェーン店のミナミ屋だ。ここでちゃっちゃと食えば、余裕で間に合うだろう。
 カウンターに座る。私のあとから来た親子が隣に座った。
「牛丼の並み」
 三分ほどで牛丼が前に置かれた。
「サラダとごはんください」
 隣の親子が注文した。
 え、牛丼屋でサラダとごはんだけ?少し驚いた。
 母親は三〇代だろう。上品でなかなかの美人。金のかかってそうな服装だ。イヤリング、指輪といった装身具も派手ではなくセンスの良さをかんじさせる。
 子供は女の子で一〇才ぐらい。母親の遺伝子を濃く受け継いでいるようだ。有名な高級ブランドの子供服を着ている。
 ふたりで一杯のごはんと一皿のサラダを分け合って食べている。
「おいしいね」
 仲の良い親子のようだ。
 私の方が先に食べ終わった。時間がない。さっさと店を出る。車は少し離れた駐車場に駐めてある。そこへ歩いて行くあいだ、頭の周りには盛んに?が飛び交っている。あの親子のことだ。ごはんとサラダだけ。不思議だ。私自身、かような牛丼チェーンでよく昼食を食べるが、いつも牛丼一杯だけ。他のモノなど食べたことがない。
 社用車にキーを入れる。隣はえらい高級車だ。ドアを開けるとき気をつけよう。キズでも付けて弁償させられたら、とんでもない修理代がかかりそうだ。
 その高級車の主がやってきた。あの親子だった。「ごめんあそばせ」そう声をかけて母親が運転席に座った。音もなく走り去った。不思議な親子だ。
 一週間たった。あの時、商談して受注した製品の納品だ。約束の時間は午後二時。駐車場に降りる。ほとんどの社用車は出払っている。重役専用車が二台残っていた。秘書課に電話する。専務と社長が社内にいるそうだが、外出の予定はない。車を使っていいとのこと。
 商品をトランクに入れ、運転席に座る。納品先の電話番号をナビに入力。これで車は自動で目的地まで走る。
 少し走る。そういえば昼飯がまだだった。会社を出ようとしたら、課長に呼び止められて、来週に出張するようにいわれた。来週は見積もりの提出が三件と、納品が二件ある。特に見積もりの二件は他社との合い見積もりで、それなりに見積もりを出さねば、その注文は他社に行く。
 課長と話し合い、出張は課長自身が行くことになった。
 ハラがへった。あの牛丼屋が見てきた。一週間前もここで牛丼を食った。また牛丼というのも芸がないが、私は外出時の昼食はハラさえふくれればいいという考えだ。会社にいるときはどこに行くか考えるが。
 自動運転をオフにしてハンドルを握る。牛丼屋の駐車場に車を入れる。あとは駐車場の誘導システムが自動で空きスペースに車を入れてくれる。
 私の車が駐まった隣のスペースは外国の高級車だ。たしか、この車、見た記憶がある。思い出した。一週間前、この牛丼屋で見かけた親子の車だ。
 店に入る。あの親子がいた。今日は何を食べるのだろう。
 もちろん、その親子は私の家族ではない。
だから何を食べようと、当方のあずかり知らぬことだが、気になるのは事実だ。
 カウンターの椅子に座る。牛丼を注文する。親子はテーブル席にいる。注文した料理を待っているらしい。
 ウェイトレスが親子の席に料理を運んできた。ご飯が一膳とサラダが一皿だ。お金に困っているようには見えない親子だ。それがなぜ昼食がご飯一膳とサラダ一皿なんだ。
 人の昼メシを気にする。上品とはいえない。私の前に牛丼が置かれた。私には仕事がある。人のメシを気にする時間があるのなら、とっととこの牛丼を食って得意先に納品に行くべし。そう自分が私を叱っている。
 昼食をすませて車に戻る。自動運転をオン。目的地をカーナビにセット。三〇分足らずのドライブとなる。いつもは営業用ワゴンに乗っているが、重役用のセダンはさすがに乗りごごちがいい。この車は社長専用車だ。
 ん。スマホが着信音を鳴らした。いや違う。車のスピーカー鳴っている。この車の専用電話が受信している。
 携帯電話スマホの普及で絶滅した自動車電話だが、ハンズフリー機能がついた自動車電話が増えてきた。
「はい」
 返事をすれば電話が認識して電話機能をオンにする。
「パパ」
 女の子の声がする。
「後ろを走っているのはパパですか」
 ディスプレイに幼い女の子の顔が写った。その横に母親と思われる女性が写っている。
 この親子。あの親子だ。牛丼屋でご飯とサラダだけを食べる、あの親子だ。そういえば、前を走るのは、牛丼屋の駐車場にいた高級車だ。社長専用車に向かって「パパ」と電話かけてくる、あの子は社長の娘か。
「ママ、パパじゃない人がパパの車に乗ってる」
 こちらの顔も、相手の車のディスプレイにも写っているわけだ。
「すみません。営業の者ですが、社長専用車を借りてます」
「こちらこそ、娘が遊びの電話して申しわけありません」
「いえ。かわいいお嬢さんですね」
「お願いがあります」
「はい。なんでしょう」
「私と娘の昼食のことなんです」
 あのご飯とサラダだけのことだ。確かに昼食としては、いささか貧弱だ。
「私と娘があんな昼食を食べていることをないしょにしておいてください」
「どういうことでしょう」
「会社が苦しいことをご存じでしょう」
 この業界は競争が厳しい。外国のメーカーとの競争。国内にも同業者が多い。わが社は業界シュア四位だ。生き残りに必死なのだ。社内では経費節減が至上命令だ。
「主人は自分の給料を大幅に下げています」
 私たち社員の給料は、わずかだが毎年昇給している。
「判りました。奥様とお嬢さんの昼食のことはだれにいいません」
 社長の家族があんなにカネに困っているような会社はあぶないんじゃないか。そう取引先に思われると営業活動がしにくくなる。
 あの社長、因業社長と思ってたけど、けっこういい社長なんだな。

「びっくりしたで」
 トイレで隣りに立った営業課の同僚が話しかけてきた。
「きょうな、会社の車がみんな使ってて、社長専用車しかあいてなくて、それで営業に出たんや」
「あ、オレも一昨日社長専用車で納品にいったぞ」
「昼メシにそば屋に入ってん」
「ふうん。お前はそば屋かオレは牛丼屋やった」
「親子が一杯のかけそばを食べとる」
 似たような話だな。
「金持ちそうな親子やったけど、一番安いかけそばを二人で一杯を分けおうて食っとる。なんかおかしいと思ったわ」
「ふうん」
「それがびっくりで、社長の奥さんと娘さんやったんや。社長自分の給料下げてんねんて」
 それから会社の業績は上がった。自分の身を切る社長のもとで社員が一丸となってがんばったのだろう。

「今日はどこで昼食した」
「おにぎり屋で一個のおにぎりを二人で食べたわ」
「そうか。夕食はフランス料理だ」
「ごめんください」
「お、来た。フレンチの名店シェ・イノから井上シェフに来てもろて夕食つくってもらうんや」

 
                   




火星年代記

2023年12月29日 | 本を読んだで

レイ・ブラッドベリ     小笠原豊樹訳      早川書房

 火星といっても、マーズ・パスファインダーや天問1号が行った火星ではない。ブラッドベリの頭の中にある火星である。
 SFの代表的な名作である。SFとは空想科学小説である。と、小生は考える。SFは「科学」でありつつ「空想」でなければいけないのだ。だからSF作家は「科学」もさることながら「空想」することが絶対条件ではないだろうか。で、ブラッドベリはアメリカの代表的なSF作家であるからして、「空想」が巧みなのはいわずもながらだ。そのブラッドベリがその空想力をフルに発揮して「ブラッドベリの火星」を創り上げ、それを舞台にして13編の短編を素材にして編み上げたのが本書である。
 だから、この火星は赤い砂があるだけの無味乾燥な、面白くもなんともない惑星ではない。アメリカ原住民をネイティブアメリカンというように、ネイティブマーシャンズというべき火星人もいる。ただし、その火星人は絶滅危惧種となっているようだが。
 SFの定番の名作として、火星に人類が定住するようになったとしても、後世に残る名作であるが、ブラッドベリが創った「火星」に違和感を感じる人は、良さが判らない作品ではないだろうか。小生は良かった。