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ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

地図と拳

2022年10月20日 | 本を読んだで
小川哲     集英社

 ぶっとい本である。1200枚600ページハードカバー。小生は電車ではいつも読書するのだが、さすがにこんなぶっとい本は持ち歩くのはしんどいから、自宅の書斎だけで読んでた。
 ジャンル分けすればSFのカテゴリーに入るだろうが、読んでいてSFっ気は感じない。歴史小説だ。架空歴史小説といっていい。お話の舞台は戦前の中国東北部=満州である。満州の架空の都市李家鎮=仙桃城で繰り広げられる、戦いと夢と野望と理想と絶望の物語である。
 登場する人種はロシア人、中国人、そして日本人である。ロシア人は日本の関東軍がやって来るにも関わらず、現地にとどまってキリスト教の信義を説く神父。中国人は国民党と共産の人民解放軍=八路軍=抗日ゲリラ。日本人は軍人は国粋主義者の憲兵将校はでてくるが、メインの登場人物は現地に都市計画にやって来た若い日本人建築家。こういう満州小説によく出てくる石原莞爾は出てこない。山本五十六や甘粕正彦はちらと出てくる。
 背後に戦争という暗い影。進駐してくる日本軍。北からソ連軍。そして中国国内で跋扈する八路軍。いろんな要素人物がくんずほぐれつしながら戦争へ戦争へと時は流れる。若き建築家たちは満州に理想の都市を創ることができるのか。

SFマガジン2022年10月号

2022年10月05日 | 本を読んだで

2022年10月号 №753 早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 八000メートル峰  ジェイスン・サンフォード 鳴庭真人訳
2位 金属は暗闇の血のごとく T・キングフィッシャー 原島文世訳
3位 無能人間は明日を待つ  上遠野浩平
未読 プロトコル・オブ・ヒューマニティ 長谷敏司
未読 ツインスター・アピアロンザ・プラネット 小川一水

連載
戦闘妖精・雪風 第五部〈第3回〉 内省と探心  神林長平
マルドゥック・アノニマス〈第44回〉       冲方丁
さわやかに星はきらめき〈第5回〉        村山早紀
小角の城〈第65回〉               夢枕獏
幻視百景〈第39回〉               酉島伝法
戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡
第4回 仁木悦子、藤木靖子、戸川昌子―推理作家の挑戦(後編)

特集企画はスタジオぬえ
 なんでも創立50周年だそうだ。ふうん、それがどうした。

愛しのワンダーランド

2022年09月27日 | 本を読んだで
野田昌宏              早川書房

「スペース・オペラの書き方」に続く、野田大元帥の「SFへの愛情たっぷりエッセイ」の2冊目の本。小生がSFもんになった、ん十年前、SFマガジンでまず目を通すのは野田さんのエッセイだった。小生にとって野田さんはSFの面白さ楽しさを教えてくれた大恩人といえる。
「スペース・オペラの書き方」では、スペース・オペラ=宇宙冒険大活劇の楽しさをノダコウ節で堪能させていただいた。
 本書はスペース・オペラに限定しないで、SFの魅力をたっぷり満喫させてもらう。それもSFの黄金期といってもいい、1950年代のアメリカSFを基調にSFの魅力を語る。特に御三家というか3本柱ともいうべき、クラーク、アシモフ、ハインラインの読むべき代表作を紹介。これらの本はSFもんとして必須科目だ。あと、ブラッドベリ、ブラウン、シェクリイ、そしてもちろんハミルトンにも言及されている。いやあ、SFっていいもんだなあ。

たかが殺人じゃないか

2022年09月16日 | 本を読んだで

辻真先         東京創元社

辻真先さん、今年で90才。かようなご高齢でこんなみずみずしいミステリーをお書きになるとは敬服のいたり。辻さんは日本のアニメの創成期からかかわってこられた。アニメ、ミステリーをいったSFと親和性の高い分野の大先達である。小生もお目にかかったことがある。たしか星群祭にも一般参加者としてこられたことがあった。たいへんに気さくな人だった。
 サブタイトルが「昭和24年の推理小説」とあるとおり、そのころが舞台が小説である。旧制中学から新制高校に変わった直後のこと。主たる登場人物は男女共学1期生の新高校生5人と彼らのクラブの顧問の先生。
 主人公は料亭の息子でミステリーマニアの高校3年生風早勝利。かれは長編ミステリーを執筆中。あと、勝利の友人大杉日出夫。上海から帰国子女咲原鏡子、お嬢様の薬師寺弥生、優等生神北礼子。この5人の高校生は推理小説研究会で映画研究会。この二つクラブの顧問は別宮操先生。そして探偵役に別宮先生の友人那珂一平。
 殺人事件は2件。一つは密室殺人。被害者は高名な評論家。もう一つはバラバラ事件。被害者は市議会議員。二人とも名のある人物だが、人格高潔聖人君子では決してない。
 で、犯人は?動機は?ヒントは昭和24年ということ。終戦から4年しかたっていない。被害者の一人が生前こんなことをいっていた。「戦争で何万という人が殺された。ワシのやったことは、たかが殺人じゃないか」犯人がいう「私はあいつらを殺したことを、ただ一度も後悔したことはない」

カムイの剣

2022年08月28日 | 本を読んだで

 矢野徹              角川春樹事務所

 国産冒険小説の大傑作である。ハインラインなどSFのみならずデズモンド・バグリイなど英国製冒険小説の翻訳者でもある矢野徹が自ら冒険小説を書いたのが本書である。さすが冒険小説のツボを外さない。その上、日本人が異言語と接し、その異言語を学び、異国人と意思を通い合わせる過程が、練達の翻訳者ならではの描写で安心して読める。
 下北の佐伊の浜に小舟が流れ着く。赤ん坊が乗っていた。不思議な短剣を持っていた。赤ん坊は佐伊の女性と娘に育てられる。次郎と名付けられたくましい少年に成長する。次郎はアイヌと和人の混血児。育ての母と姉に愛情をもって育てられるが、その母と姉が殺され、次郎が母殺し姉殺しのぬれぎぬを着せられ、村にいられなくなり蝦夷へ渡る。
 海賊王キャプテン・キッドの財宝。次郎が持っている短剣がそのありかのヒントとなる。実は次郎の母と姉を殺したのは幕府隠密団の首領天海。天海は短剣が欲しい。次郎は母と姉の仇を討ちたい。戦いの舞台は蝦夷からロシア、アメリカまで広がる。そして次郎はとうとう財宝を手に入れるのだが、物語はまだまだ続く。巻を置くを能わずの波乱万丈気宇壮大血沸肉躍の冒険小説である。

サナトリウム

2022年08月19日 | 本を読んだで
サラ・ピアース 岡本由香子訳        角川書店

 猛暑でんな。暑うおまんな。こないなときは寒い話を読むのも一興や。いわゆるとじこめられもんである。どこぞに複数の人間がとじこめられた。そこでおこる連続殺人。容疑者は判らん。次の犠牲者も判らん。外部の援助は期待できない。孤立無援で戦う探偵役の主人公。サスペンスミステリーの定番や。
 スイスのリゾート地に建つ高級ホテル。元は結核療養施設であったがホテルに改築された。地元では反対運動もおこったらしい。そこで殺人事件。
 弟の結婚のお祝いにボーイフレンドといっしょに来ていたのがエリン。エリンは休職中の警官。なんとか巡査部長まで昇進したが、犯人追跡中にへまやって精神的なショックからたちなおれず警察を休んでいる。
 ホテルの従業員が惨殺された。弟の許嫁は行方不明。実はこのホテルの設計者も行方が判らん。そうこうしているうちに身元不明の死体発見。許嫁は惨殺死体で発見。
 ホテルのオーナーの頼みでエリンは捜査を始める。大雪で風吹。地元の警察はこれない。いささか頼りない休職警官のエリンがこの難事件に立ち向かう。次の犠牲者も容疑者もこのホテルにいる。
 主人公の女デカ。若く容姿端麗で、頭脳明晰、身体能力高く格闘技の達人。というのが多いが、エリンはまったく違う。若くない。30代。容姿はとくだん描写はないが普通だと思う。ウジウジ過去の失敗にとらわれて悩む。頭脳は普通。格闘技はからっきし。犯人に首を絞められて死にそうになる。弟がいるが屈折した姉弟の関係。地元スイスの警察は吹雪でしばらく来れない。こういうエリンが連続殺人犯をつきとめられるか?犯人の動機は?このホテルのサナトリウム時代の秘密とは?

文豪宮本武蔵

2022年08月18日 | 本を読んだで

 田中啓文        実業之日本社

 タイムスリップもんである。タイムスリップはSFの大きなカテゴリーだ。時間を滑ってこの時代からあの時代へスリップしてしまうのである。作者の腕の見せ所は、どの時代からどの時代へ。だれをタイムスリップさせるか。そこのところをうまくやると、面白いタイムスリップもんのSFとなる。主人公はまったく見知らぬ異世界にとつぜんほうり込まれるわけ。どうするか。オタオタする。好奇心に目を輝かせる。そのへんの描き方は腕の見せ所である。
 さて、本書は戦国末期というか江戸初期から明治にタイムスリップ。だれが。宮本武蔵が。
 佐々木小次郎を船島で倒した武蔵。剣豪として名をとどろかせたが、思うように仕官できない。脳裏に浮かぶは小次郎の妹夏のこと。兄を亡き者とした自分としては病弱の夏をなんとか助けたい。武蔵も健康な男子であるから、美しい夏をそういう感情で見ていたのかもしれない。
 仕官がままならぬ武蔵は江戸へ出た。将軍家指南役柳生但馬守と試合する。武蔵、但馬守に負ける。その時タイムスリップ。は、と気がつくと明治時代だった。そこで夏とそっくりの若い女性と会う。夏子という名前も似てる。彼女は小説家だったペンネームを樋口一葉という。武蔵、一葉の作品を読む。感激する。自分も小説を書き出す。こうして武蔵は人力車夫をしながら小説を書く。一葉の縁で夏目漱石、正岡子規、森鴎外らとも知り合いになる。
 主人公、ヒロイン、悪役とエンタメの定石がひととおりそろっていて。それぞれキャラが立っているから面白く読める。主人公の武蔵はマッチョな筋肉男でありつつも文才があってまっすぐな男。ヒロイン一葉はけなげ。貧乏な家を自分の筆一本で支えている。悪役は帝大剣道部の指南の大山志朗兵衛とその黒幕の汚職役人桑本新十郎。大山は示現流の使い手だが、武蔵は示現流なんて知らない。剣の腕はもちろん武蔵の敵ではない。
 武蔵が書く小説というのが面白い。SFなのだ。スチームパンクSFを宮本武蔵が書く。なかなか面白い娯楽SFに仕上がっていた。最後はSFもんならではのくすぐりもあったりして。

クララとお日さま

2022年08月17日 | 本を読んだで

カズオ・イシグロ 土屋政雄訳  早川書房

 イシグロのノーベル賞受賞第一作である。さまざまなジャンルを手掛けるイシグロだが出色のSFも書く。本書は「わたしを離さないで」とならぶイシグロSFの双璧といえよう。いまのところは(今後もイシグロがSFを書いてくれることを期待する)
「わたしを離さないで」はクローンテーマのSFだったが、本書はロボットSFの傑作である。
 主人公クララはAFである。人工友だち。子供の友だちとなるため造られたロボットAIである。クララは最新のB3型ではない。年代落ちの売れ残り。そんなクララを気に入って母親に頼んで買ってもらったのがジョジ―という女の子。ジョジ―は難病で病弱の少女。クララはジョジ―の友だちとして、せいいっぱい働く。クララのエネルギー源は太陽光バッテリー。だから太陽を信仰ともいえる想いで見ている。旧タイプのAIであるため鋭敏な感覚や知覚知能はないが、注意深い観察力を持っていて、ジョジ―や彼女のボーイフレンドのリックと善良な関係を築き、とってもいいお友だちとなる。
 クララは人間ではない。AIだ。AIであるが人との会話もでき、だれからも好感を持って接しられる。意見を求められれば自分の意見をいう。読んでいてクララはじつにけっこうな女の子に思えてくる。でもクララは感情を持ってない。作中、クララが泣き笑い怒るところは全くない。読者に主人公たるクララに感情移入させつつも、クララ本人は何も想っていない。機械なんだから。このあたりの筆さばきはイシグロの超絶的な筆さばきである。みごとなロボットSFであった。

異常論文

2022年08月16日 | 本を読んだで

 樋口恭介編          早川書房

 SFの本質はホラである。筒井康隆師匠がおっしゃてた、「ハードSFなんて真面目な顔してヨタ飛ばすようなもんである」と。
 そのホラをいかにもほんまのように見せかけて、読者のご機嫌を取り結ぶかがSFの出来を左右するといっていい。
 ホラはいわば素材。それをいかに料理して、いかなる媒体を通じて受け手に伝達すのかが大切だ。
 ホラ=SFの伝達方法。映像で伝達する。音楽で伝達する。いろんな伝達方法があるが、文字で伝達するのが王道であろう。文字で伝達する。ここでいろんな料理法がある。韻文に調理したのが、短歌、俳句、詩など。散文に調理したのが小説、エッセイなどである。いずれも「SF」を読者に受容させることに適切である。そういうなかで、本書はSFを文字で伝達する新たな可能性を示したといっていい。SFを論文に調理して読者に提供するのである。書名はごらんのように「異常論文」となっているが「架空論文」とした方がより判りやすいだろう。
 読者をけむに巻く。これはSFにとって大切なこと。いかにホラ大ぶろしきを広げて読者をけむに巻くかがSFを書く者にとって重要である。また小生たちSFの読者も大いにけむに巻かれたくてSFを読むのである。
 23人ものSF者が嘘八百を並べ、盛大にけむを発生させている。ま、おもしろいのもあったり、つまらんのもあったけど、SFの大きな可能性を示した作品集といえる。

SFマガジン2022年8月号

2022年08月01日 | 本を読んだで

2022年8月号 №752   早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 魔法の水         小川哲
2位 奈辺           斜線堂有紀
3位 すべての原付の光     天沢時生
4位 怪物           ナオミ・クリッツァー 桐谷知未訳
5位 殯の夢          森田季節
6位 汝ら、すべてのゾンビたちよ カスガ
7位 モータル・ゲーム      春暮康一
8位 ツインスター・アビアロンザ・プラネット 小川一水
9位 製造人間は省みない     上遠野浩平

連載
戦闘妖精・雪風 第五部〈第2回〉霧の中(承前) 神林長平
マルドゥック・アノニマス〈第43回〉  冲方丁
さわやかに星はきらめき〈第4回〉    村山早紀
小角の城〈第64回〉           夢枕獏
幻視百景〈第38回〉
戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡
第3回 仁木悦子、藤木靖子、戸川昌子―推理作家の挑戦(前篇) 伴名練

 前号の次号予告で「SFの訳し方」とあった。これは興味深い企画じゃわいと楽しみにしていたが、この企画は延期となった。それに関連してか、古沢嘉通がエッセイ「SF翻訳、その現在地と十年後の未来」を書いていた。考えさせられるエッセイであった。このままではSF翻訳の未来はない。小生(雫石)思うに十年後、翻訳SFは読めるだろう。ただし読むに堪えない素人翻訳ばかりの海外SFを読まなければならないだろう。プロの翻訳家がいなくなり、そのへんの英文科の学生アルバイトがSFの翻訳をするようになるだろう。
 古沢氏の心配は痛いほどよく判った。作家は食えないといわれるが、翻訳家はもっと食えない。翻訳、とくにSFの翻訳だけで食っている人はごく少数。近年新人のSF翻訳家がまったく出てこない。十年後にはプロのSF翻訳家は皆無となるだろう。まさにゆゆしき大問題である。そのあたりのことを踏まえて「SFの翻訳」をしっかり企画して特集するのがSF専門誌としての責務と心得るべし。
 それはそうとして替りの企画として「短編SFの夏」という特集。いかにも穴埋め企画っぽい特集であったが、なかなか良かった。前編集長のころは、読み切りの短編SFの掲載が少なく、読むところが少なく、誌代に見合う内容ではなかったが、今号は9篇も読めた。満足である。1位にした小川の「魔法の水」は小川の新刊長編「地図と拳」と関連しているとのこと。この「地図と拳」面白そう。詠みたい。2位にした斜線堂有紀はなかなか面白い作家がでてきた。前号で小生は1位にしているし、今号もご覧のように上位にしている。この作家、楽しみ。

   

銀河パトロール隊

2022年07月25日 | 本を読んだで

 E・E・スミス  小隅黎訳       東京創元社

 ワシもこのトシじゃ。ゲホゲホ。老い先短い身となってしもうた。イテテ。昔のことをつとに想い出す。昔は良かったなあ。ウグウグ。老人にとっては昔の想い出がなによりの宝じゃ。ちゅうこって、おりにふれて若いころ読んだ本を再読しとる。
 レンズマン。懐かしいなあ。この「銀河パトロール隊」はワシが生まれて初めて読んだSFじゃ。出版社はこの本と同じ東京創元社。編集者が厚木淳、小西宏訳、イラストは真鍋博だった。1966年のことじゃ。それから36年後2002年、この新版の「銀河パトロール隊」が出た。編集者が小浜徹也、小隅黎訳、イラストはご覧の通り生頼範義である。20年積ん読であったが、上記のごとき心情にあいなって、このたび読んだわけ。
 一読後、思ったこと。レンズマン・シリーズの後世のエンターテインメントへの影響の大きさ。と、いうことだ。スターウォーズ第1作「新たな希望」の日本公開は1978年。ワシは公開初日に観に行ってる。だからワシが小西訳の「銀河パトロール隊」を読んだときはスターウォーズなんてもちろん観ていない。
 で、スターウォーズ(以下SWと記す)とレンズマンの似ているところだが、SWのジェダイはレンズマンのレンズ装着者である。ルークがヨーダの弟子となってジェダイになったように、レンズマン=キムボール・キニスンは師アリシア人のメンターのもとで修業してグレイ・レンズマンとなったのだ。そしてルークたちが銀河帝国を相手に戦うように、レンズマンは宇宙海賊ボスコーン相手に戦うのだ。
原作は1930年代の作品だ。戦前だ。決して現代SFではない。でも、読んでいて古色蒼然とした感じはうけない。小西訳は50年以上昔に読んだから、どんなんだったか忘れているが、小隅訳は現代スペースオペラといってもいい作品に仕上がっている。このシリーズは空想科学な仕掛け、設定、兵器、武器が沢山出てきて、ワシのような空想科学小説大好きな古狸SFファンを喜ばせるのだが、ウソっぽい訳語が一つでもあれば興ざめだが、翻訳が小隅黎=柴野拓美先生だから安心して読めるのである。

同志少女よ敵を撃て

2022年06月28日 | 本を読んだで

 逢坂冬馬         早川書房

 アーモンドチョコの広告だったかな、「一粒で二度おいしい」というキャッチコピーがあった。そのデンでいえば、本書は「一冊で何度もおいしい」である。アガサ・クリスティー賞やら本屋大賞を受賞して大変に売れているとのこと。版元の早川さんにはまことにご同慶の至りである。
 冒険小説であり、戦争、アクション小説でもある。お仕事小説でありつつも、少女の成長の物語でもある。師匠と弟子の絆と葛藤、複数の女子がチームで行動する。百合小説の側面もある。まさに「一冊で何度もおいしい」本だ。
 ロシアの農村の少女セラフィマの母は猟師。小さなころからライフルをおもちゃがわりに育った。そのセラフィマの村にナチスが侵攻。ゲリラの疑いをかけられ母をはじめ村人は皆殺し。セラフィマ一人生き残る。ソ連軍の女兵士に救われる。その女兵士イリーナはセラフィマに問う。「死にたいか。戦いたいか」イリーナは戦略的な考えから、母たちの遺体と村を焼く。セラフィマは決意した。村に来たドイツ軍人とイリーナは絶対に殺してやる。イリーナは実在の名狙撃手リュドミラ・パヴリチェンコの盟友にして練達の狙撃手。女性専門の狙撃手訓練学校の主任教官を務めている。こうしてセラフィマは仇のイリーナの弟子となった。
 狙撃手訓練学校には、モスクワの射撃大会優勝者、カザフ人の猟師。ウクライナ出身のコサックの少女。教官のイリーナより年長でママと呼ばれる子持ちの女性。こういった同級生とケンカをしつつも仲直りしつつも一人前の狙撃手として成長していく。そしてイリーナを隊長とするセラフィマたちは独ソ戦の激戦地スターリングラードの前線へと向かう。
 作中でウクライナ人の少女オリガがウクライナの人がロシアに対してどういう感情を持っているかを語っている。本書の初版は2021年11月。ロシアのウクライナ侵攻の前だ。ウクライナの人たちが、なぜあんなに強大なロシア軍に対して勇敢に戦うか判る。
 出色の戦争冒険活劇小説であり青春小説、お仕事小説である。強くお勧めする。

阪神タイガースの正体

2022年06月23日 | 本を読んだで

 井上章一       朝日新聞出版

 阪神タイガースファンは病気である。それもタチの悪い感染症であり不治の病である。ワシも同病の患者で、今もこうして苦しんでおる。
 ワシは西宮市川添町で生まれた。東から風が吹いてくると甲子園の歓声が聞こえてくる場所で生まれたわけ。どうも阪神タイガース菌に胎内感染したようだ。この感染症は風土病といっていい。おもに関西地方に患者は多いが、他地方にも感染者は確認されている。
 この本の著者の井上氏も同病のご仁。その阪神タイガースファン病の人が書いた阪神タイガースの「正体」をセキララにあばいた本である。果たして、ワシらを苦しめる「阪神タイガース」とはいかなるモノか?結論からいう。阪神タイガースの本質は裏切りもんである。「今年こそ優勝や」という患者の期待を裏切るのは当たり前である。裏切りもん阪神タイガースにとって患者の期待を裏切るのは自明の理である。
 この国で一番早く生まれたプロ野球団は読売東京巨人軍だ。2番目が大阪タイガース。この2球団はライバルというよりパートナーといった方が正鵠を得ているだろう。阪神というと宿敵巨人に対して敵愾心をムキ出しにして戦うというが、あれは愛情の表現なのだ。
 今は電鉄会社が親の球団は阪神と西武だけだが、昔は、阪神、阪急、南海、近鉄、西鉄と5球団あった。西鉄以外は関西の鉄道会社だ。この中で阪神の真の宿敵は阪急だった。今でこそ阪神は阪急の軍門に下って同じグループになったが、かっては、本業の電車稼業でも乗客を取り合うライバルだったのである。だから、阪神は阪急にだけは絶対に負けたくなかったわけ。それが阪急ブレーブスが消滅した。で、愛人巨人を仮想ライバルとしたのである。
 2リーグに分裂するとき、鉄道系の球団はみんなパリーグになるはずだった。阪神もその約束をしていた。ところが、いざフタを開けて見ると、阪神タイガース一人、阪急、南海、近鉄たちを裏切ってセリーグにいったのである。なぜか巨人恋しさの方が鉄道仲間との約束より大きかったわけ。
 阪神タイガースは裏切りもんだ。ご同病の諸賢、そのことをしっかり認識したうえで阪神タイガースを応援しよう。

SFマガジン2022年6月号

2022年06月16日 | 本を読んだで

2022年6月号 №751          早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 骨刻           斜線堂有紀
2位 我々は書き続けよう!   韓松  上原ゆかり訳
3位 さあ行け、直せ      ティモンズ・イザイアス 鳴庭真人訳
4位 データの時代の愛(サラン) チャン・ガンミョン 吉良佳奈江訳
5位 天使のためのニンジャ式恋愛工学 大滝瓶太
6位 0と1のあいだ       キム・ボヨン 斎藤真理子訳
7位 星々のつながり方      昼温 浅田雅美訳
8位 アスファルト、川、母、子  イサベル・ヤップ 川野靖子訳
未読 三体X 観想之宙 宝樹   大森望、光吉さくら ワン・チャイ訳 

特集 アジアSF

連載
霧の中 戦闘妖精・雪風 第5部   神林長平
空の園丁 廃園の天使Ⅲ〈第14回〉 飛浩隆
マルドゥック・アノニマス〈第42回〉冲方丁
さわやかに星はきらめき〈第3回〉  村山早紀
幻視百景〈第37回〉         酉島伝法
戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡
第2回 光波燿子、安岡由紀子、美苑ふう―「宇宙塵」の熱き時代 伴名練

 いま、世界で一番SFが元気な国は中国だろう。その中国をはじめ韓国のSFも日本で翻訳出版されはじめている。その世界のSFの流れをくんだ特集企画である。実にタイムリーは企画だ。紹介掲載された作品も、中国、韓国、それにフィリピンのSFで、いずれも読みごたえのある短編SFであった。 
 この特集を見て、いずれアジアのどこかで、アジアSF大会が開催されないだろうか。世界SF大会や日本SF大会はある。こえだけアジアSFが盛んになると、アジアSF大会開催というのが自然な流れだろう。ワシは古狸SFファンであるからして、最近のファンダム情勢は知らぬが、だれか中心になって動く人はいないだろうか。昔なら柴野拓美さんや、野田昌宏さんといったファンダムをリードしてくれる人がいたが、現代はそんな人はいないだろう。
 それはそれとして、SFマガジン、編集長が替わって良くなった。前編集長はとんちんかんなことばかりやっていたが、今の編集方針は今後も期待が持てる。

四畳半タイムマシンブルース

2022年05月31日 | 本を読んだで

 森見登美彦  上田誠原案        角川書店

 作森見登美彦、原案上田誠、イラスト中村佑介。安心のモリミ作品である。舞台は京都のクサレ大学生の四畳半下宿。登場人物はクサレ大学生の主人公私、黒髪の乙女明石さん、アパートの主樋口師匠、人の不幸大好物の小津。おなじみの面々が灼熱の京都をくり広げるは、今回はタイムパラドックスの騒動。
 炎熱の熱中症地獄のぼろアパート下鴨幽水荘の209号室は唯一のエアコンがある部屋。主人公が住まう部屋だが、そのエアコンのリモコンに悪魔小津がコーラをこぼして壊してしまう。エアコンが動かなくなった。
 この下鴨幽水荘で映画を撮影しているのが明石さん。彼女は日本のエド・ウッドともいうべき映画作家。ポンコツ映画を量産している。
 と、いうところになぜかわからんがタイムマシンが置いてある。昨日に戻ってエアコンのリモコンにコーラをこぼさなかったら炎熱地獄から抜け出せる。ところがそれは宇宙を破滅させる行為である。タイムパラドックスのつじつまをいかにあわせるか。もんだいである。