水俣市で開かれた水俣病の患者・被害者と伊藤環境大臣との懇談会で、被害者側の発言が一人3分以内に制限され、オーバーした際に環境省の事務方がマイクのスイッチを切ってしまったという。
これまでも開かれてきた懇談会で、環境省にはそのようなマニュアルが出来ていたことに驚くし、問答無用の恐ろしさを見た。
岸田首相の〝聞く耳〟が嘘っぱちだったことは既に明らかになっているが、今の政府にはこの件に限らず国民の意見を聞くという基本姿勢が欠如していることの端的な表れだ。
「首相の定例記者会見」もそうである。
参集範囲は基本的に内閣記者会のメンバー、共通質問の3問は事前提出、一社1問、首相の日程により打ち切りされる。
毎度のことながら抽象的な役所答弁の棒読みであり、時間切れで中途半端な形で終わる。役人は何事も前例踏襲なので、環境省が〝その場をやり過ごす〟会見・懇談の〝成功事例〟として首相会見のやり方を下敷きにしていたとしても不思議でない。
国会審議も根は同様である。
会派の質問時間は細切れで短く、政府は不誠実な答弁を繰り返すだけで議論が深まらず時間切れ。
一方でアメリカの要求は丸飲みし、法律で処理しなければならない重要な事柄までが閣議で一方的に決定されてしまう。
自民党政治は国民を遠ざけている。様々な悪弊を改めるのは今の政権では無理、政権交代しかない。
あれは本当にひどいものでしたね。
岸田政権の「聞く耳」「聞く力」は羊頭狗肉で単なるパフォーマンスにしか思えません。
患者や被害者の声を聞くためのものならば
一つの団体に30分ぐらいの時間を用意しなければ意味がありませんね。
伊藤環境相の言葉と態度の齟齬は見苦しく真に被害者たちの声を聴こうという態度ではなかったと思いますね。