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ドジ男の自転車旅行

自転車の旅を写真付きで書きます。

第5日 イフレン・メルズーガ

2019-11-19 20:55:19 | Maroc
2019年10月4日(金)晴れ 20.4℃~

フェズFezーイフレンIfrane-ミデルトMidelt-エルフードErfoud-メルズーガMerzouga

GPS記録 登坂累計高さ:2,826m 最高標高:2179m 移動距離:341Km 移動時間6時間32分
最高時速:100Km/h 停止時間:1時間55分 (走行中に電源が切れたので実働より走行距離が短いようです)

宿:Auberge Yasmina Merzouga

今日は砂漠に向けて殆ど1日移動の日です。朝8時にホテルを出発です。バスのアシスタントのムハンマドさんは挨拶だけの日本語と、アラビア語、ベルベル語、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語が話せるそうです。彼はスーツケースのバスへの積み下ろしと、毎朝の500ccのミネラルウォーターを出発した車内で一人づつに配ってくれます。その後は最前列のドアの補助席で前方を監視しています。彼に「自分はサイクリストで世界を走りたいと思っている」と話すと「モロッコでも自転車旅行者を見掛ける。出会ったら教えるよ」と言ってくれました。
バスの席は左の中央でした。


9時20分、イフレンのホテルでトイレ休憩。この街は軽井沢の様な森林の保養地です。気温は20.4℃で涼しくて清々しいから「アフリカ」なんて思えない環境でした。


道路わきにアトラスライオンの像があります。ローマ時代は見世物としてこの大型ライオンを捕獲したことと環境変化で絶滅したと思われていましたが、亜種がラバトの動物園に今でも居ると文献には書かれています。


ダイヤモンドの大きさを示す単位としてカラットがあり、その元となった豆がイフレンにもありました。日本語ではいなご豆ですが、ギリシャ語でキャラティオンと言い、この種の重さが約0.2gほどで一定だったことから豆の名前がダイヤモンドの単位の「カラット」になったそうです。


添乗員の小松さんはアトラス山脈の「アトラス」という言葉の意味をギリシャ神話から説明し、カラットの豆から貴重品としての金の地球上の総量とエジプトのピラミッドなどの墓から盗掘された金の流れも説明。本当に物知りだなあと恐れ入りました。

土獏の様な不毛の土地に見えますが少しは羊の餌になる様な草が生えていて、ベルベル族が羊の群れを連れて移動いるそうです。


羊が道路わきに居たのでバスを停めて現地ガイドのサイドさんが聞いてみると、水道があり水飲み場になっているので羊に水を飲ませているとのことでした。






イフレンからミデルトへ向かうN13の道路は車2台がすれ違うことは出来ますが細い道です。でも車が殆ど通らないからマイペースで走れそうです。
国道番号の表示や速度制限の標識は見かけません。


移動しながら羊を飼うベルベル族の人達はかまぼこ型のテントで生活しているそうです。11時過ぎ、道路の左にそのテントが見えました。


車窓の景色は真っ平でなくて起伏もあります。斜面のアラビア語はここの地名??車内温度は27.8℃でした。




12時前にミデルトMideltにあるレストランでマス料理の昼食を食べました。


 

この町はリンゴが取れます。飲み物はこの町のアップルサイダーにしました。イスラムの国だからこの店にはアルコールがありませんでした。


1時間20分の昼食が終わってバスが南へ走り始めると、街はずれに名産のリンゴのオブジェが交差点のサークルの中央にありました。


イフレンからミデルトのほぼ中間地点にはZAD峠(2178m)がありましたが、ミデルトから約20分走るとタンゴット峠TANGOUT(1907m)を越えます。


午後3時前、ズイズ川によって削られてグランドキャニオンの様な景観となったズイズ渓谷ZIZでバスを降りて写真タイム。




エル・ラシディアER RACHIDIAは1060m。大地が赤っぽく見えるのは鉄分が含まれるから。NHKのチコちゃんが「鉄が錆びるのは、錆びたがっているから~」とテレビでやっていたそうですが、鉄は自然界では錆びようとする。これを製錬して兵器に使った部族が銅剣の相手を撃破した。その歴史や、サハラ砂漠は鉄分が多くて赤い砂だが、リビアやエジプトの砂漠の砂は白い・・と説明する添乗員の知識にまたまた関心しながらバス旅行が続きます。


大切な水の蒸発を少なくして効率的に使える様に建設されたムハンマド5世ダムがありました。


地下水が湧き出るオアシスでなくて、川が流れる所は川オアシス。ズイズ川の恵みを受けてナツメヤシが群生している場所でバスを降りるとお土産を売っているオジサンが全員に味見をさせてくれました。1箱50DHでカルフールで売っていた高級品の46DHより高いけど、甘さは強くて10箱も買ってバスに持ち帰る人が居ました。






午後5時半、エルフードの街にある化石の加工工場を見学しました。昔海の底だった場所が近くにあり、そこにはアンモナイトやオーム貝の化石が集積しているので切り取ってテーブルや洗面台に加工したり、置物やブローチに加工・販売しています。
ミデルト以後、15時35分のトイレ休憩から、2回目のトイレ休憩でした。オーム貝は巻貝として知られていますが、古代のオーム貝はストレートだったそうでそれが進化してアンモナイトの様なクルクル巻いた貝になったそうです。以前に引率したグループの中の書道の先生が居て、文鎮として丁度いい大きさと重さだったので、生徒へのお土産に30本のオーム貝の化石を買ったことがあったとか。




三葉虫の化石。


 

アンモナイトの化石がある洗面台。


17時55分、工場を出ると6台の4輪駆動車が停まっていて6人づつに分乗してメルズーガへ出発しました。


暫く舗装道路を走りましたが、途中から舗装が無い平原を進み始めました。


他の5台の4WDは窓を閉めて、多分エアコンを入れて走っていましたが、私が乗った車の運転手はワイルドな運転が好きなのか、エアコン無しでドアは開けたままで他の車とは違うルートを突っ走りました。砂ぼこりを吸いこんでエンジンが傷まない様に、空気の取り入れ口がエンジンルームから煙突の様にフロントガラスの横を天井まで伸びていて、特殊装備のパジェロです。前の車の後を走ると砂埃の中を走ることになるので、バラバラにばらけて並行して走ると砂漠ではありませんが、パリダカの気分に少しづつなってきました。


丘の稜線で車が停まり、他の5台も同じ稜線に停まりました。特に添乗員から説明が無く、運転手はフランス語しか話さないので何故停まったのか理由は分かりませんでしたが、日が暮れる前の土獏とこれから向かうサハラ砂漠の方向を見せたかったのかな?






10分ほど停車後、また乗れと言われて4WDに乗り込むと6台が好き勝手に走るのですが、GPSの画面を拡大すると点線で道路らしいものが描かれているのに「道」という感覚でない平原でした。砂漠の際の集落メルズーガMerzougaまで同乗した5人はエアコンが無いし、乱暴とも言える運転で乗り心地は良くなかったかも知れないけれど、助手席に座ってほんの少しですが運転手とGPSを見せて会話してラリー車のナビゲーター気分で楽しい夕陽の中の疾走でした。
 

19時、メルズーガの「オーベルジュヤスミナ」Auberge Yasmina Merzougaにチェックインしました。ロビーでミントティーを配られて、テーブルに置いてあったレーズンとピーナッツを頂きました。




ホテルの部屋は2階にベランダがある広い部屋。エアコンも効いてリゾートらしく素晴らしい雰囲気です。洗面台はエルフードの工場で見たアンモナイト付きでした。旅行社の資料ではスタンダードクラス。このホテルのホームページでは一人35ユーロとなっていました。この安値でこの豪華な部屋?モロッコの南は物価が安いのかな。wifiはありませんがプールのあるホテルです。




7時半にバイキングの夕食を食べました。夕食後はホテルの裏の砂漠へ星空観賞に出かけました。ホテル「ヤスミナ」は土獏と砂漠の境目に建っているので、ホテルの裏は砂漠そのものです。懐中電灯で足元を照らすとラクダのウンチがいっぱいです。サンダルでも砂の上を十分歩けました。月が出ておらず、晴れていましたが、ホテルの明かりが近くにあるので、天の川まで見えるほど多くの星は見ることが出来ませんでしたが、それでも日本の自宅では見られない多くの星が見えました。
 

第6日 サハラ砂漠・カスバ街道・ワルザザード

2019-11-19 20:53:37 | Maroc
2019年10月5日(土)晴れ 30.2℃~26.2℃

メルズーガーサハラ砂漠日の出鑑賞ーエルフードErfoudーティネリールTinghir-ワルザザードOuarzazate

GPS記録 登坂累計高さ:1,695m 最高標高:1,579m 移動距離:319Km 移動時間5時間52分
最高時速:95Km/h 停止時間:2時間11分

宿:Hôtel Ouarzazate Le Zat

今日のメルズーガの日の出は7時12分です(AccuWeather)。日の出を観る為に34名のパック旅行の中の22名が歩かずにラクダに乗ることになりましたが、我々が参加した阪急交通公社だけでなくて全ての日本の団体旅行の旅行社はここでの駱駝を紹介はするけれど、オプションとして旅行に含んでいるのでなくて離脱申請書にサインをさせて、例えばラクダから落ちて怪我をしても旅行社は補償をせず、自己責任となります。事前にバスで希望を確認し、昨日の夕食時に離脱申請書を提出させました。料金はアメリカドルなら45USD、ユーロなら40euroです。
朝5時半にロビーへ行くと、ホテルのスタッフがターバンを巻いてくれます。日本を出発する前に調べたAccuWeatherの天気予報では最低気温が16℃でしたが、暖かくて風も無いからターバンは巻く必要が無いのかも知れませんが、景色に合う服装としてターバンがいいので同行したカミさんも他の人達もターバンを巻いてもらいました。まるで盗賊の一団の様?


サハラ砂漠を観光すると一言で言いますが、実はサハラとはアラビア語で砂漠を意味するので、「サハラ砂漠」は「砂漠砂漠」と言っている事になります。砂漠には我々日本人が一般に想像する「砂丘」と土漠、礫漠、岩石砂漠があり、70%は礫漠で、砂丘はほんの少ししかありません。サハラ砂漠の最高点は、ティベスティ山地のエミクーシ山(3,415メートル)です。今回、メルズーガから出かけるのはジェビ砂丘です。

5時50分、4WDに分乗してラクダが待っている場所まで行きました。真っ暗で道も無いのに、ドライバーは轍や景色の微妙な差で位置を認識している様です(GPSなど見ないで走りました)。ラクダは高価なので親方が持っていて事前に連絡しておくと必要な頭数を揃えておくそうです。


脚を曲げて座っているラクダに跨り、ラクダが起き上がる時に大きく前後にガクン、ガクンと揺れるのでハンドルをしっかり持っていても落ちる人が居るらしい。十分それを説明しているので、添乗員の小松さんが引率する団体では落ちた人は居ないそうです。カミさんも無事に立ち上がれました。


私はラクダに乗らない残りの12名のグループと日の出鑑賞の場所に向けて真っ暗な砂漠を歩き始めました。ラクダに乗っている人の列を写真に撮りたいと申し出ましたが、危険なので許可されていないとの回答。ラクダとは別のルートを歩きました。足腰が弱い人を援助する為にベルベル人が随行します。運動せずにラクダに乗る人達は防寒具としてダウンを着る人もいますが、歩くと暑くなるのでダウンは必要ありません。汗をかいて濡れてしまって、日の出を待つ時間に寒ければ着ようと薄い雨具を腰に巻いて出発しましたが、着ることはありませんでした。
ラクダが歩くルートも人が登るルートも踏み固められるので普通に歩けますが、少しルートを外れて歩いてみると、ズボズボ足が砂にめり込みます。まるで雪道を歩く様な感覚です。砂がサラサラしているので、パウダースノーの様な感じでサンダルに入る砂を蹴飛ばしながら気楽に歩ける事が出来ました。何キロも歩いたり、走るのは厳しいと思いますが、観光客が行く程度の短い距離なら強健な人でなくても十分歩けます。自分はライトを持っているし、援助なんて全く必要無いのですが、親しげに話しかけるので面倒だから「英語は解らん」とドイツ語で言うと彼はドイツ語で話しかけてきました。聞いてみると、英語もフランス語もスペイン語もイタリア語もドイツ語も話せると言う。たいしたものです。
ラクダの乗った仲間がまだ到着しない丘で朝陽を待つことになり、ベルベル人の彼が布を敷いて座れと言う。カバンからアンモナイトの皿やサハラの砂を入れる瓶などを出して買ってくれと言う。ラクダに乗る人には御者に20DHのチップを支払う必要があることを事前に聞いていましたが、押し売りの人が歩行者に着いてくるなんて聞いていなかった。手を引っ張ってもらったらチップを渡すべきでしょうが、歩くことを援助してもらった訳ではない。砂に絵を描いてみたり、スマホを要求して写真を撮ってくれたり、サービスしてくれる。彼は「家族を養って行くのにガイドをして収入を得ている。」「夏は暑くて観光客が来ないから仕事が無い」など訴えてくるので根負けして200DHの皿を100DHに値切って買ってあげた。


 

暗くて周りが見えなかったけれど、次第に空が白くなり、やがて日の出を迎えました。






明るくなって周囲を見渡すと他のグループも日の出鑑賞に来ているのが見えます。日本語が聞こえるので日本からの団体も居るのでしょう。


日の出を観終わって移動するラクダはパソコンの壁紙に使えそうないい画像です。




歩行を選択した我々12名は真っ暗だった時に通った道と同じ道を戻りました。砂だけでなくて草も生えているし、飛びネズミ等の小動物の足跡がありました。


ラクダに乗ったカミさんの写真を撮る為に、歩行の団体から外れて待ちました。カミさんのグループでは無かったけれど同じ阪急交通社の人達が乗ったラクダが来ました。ラクダ引きのオジサンに話しかけると「ラクダを引いてみるといいよ」と言ってスマホを預かり写真を撮ってくれました。普通は進行方向を向いてラクダを曳くのですが、嬉しくてラクダの方を向いて後ろ歩きになってしまった。


暫く待つとカミさんが乗ったラクダのグループがやって来ました。カミさんは、このツアーでラクダに乗れたのが一番嬉しかったそうです。




8時過ぎにホテルに戻り、テントでベルベル風の朝食を食べました。


 

ホテルのテラスの南は星空観賞した砂丘があり、東側には宿泊できるテントがあります。よりワイルドな体験をする為にテントには西欧人が泊まっている様でした。テラスの食事をしたテントは西側にありました。


ホテルのテラスに出る中庭です。


9時半、ホテル前から4輪駆動車のパジェロに乗りエルフードへ向かいました。縦列で走ると先行車の砂ぼこりを被るので土漠では1台づつが並列で走ります。


エルフードでスーツケースを積んだままのバスに乗り換えてティネリールへ向かいました(10:27)地元の人が自転車で走っているのが車窓に見えました。R702号はのんびりした道路のようです。


11時、エルフード郊外に昔の地下水道溝カッターラの跡があるので、立ち寄りました。




12時17~40分、Melaabのレストランでトイレ休憩。トイレは2DH。オレンジジュースの15DHは安いです。気温は26.2℃でした。


13時30分、トドラ川のオアシスが見える丘でバスから降りました。その土地の日干し煉瓦を使って家が出来ているので、遠くから見ると家の色が風景に溶け込んで解らなくなります。


午後2時、トドラ渓谷に着き、バスを降りて歩きました。ロッククライミングをする為にヨーロッパから人が来るそうですが、よく観ると懸垂降下してきた人が居ました。
 

崖の下にレストランがあり、昔はここで昼食を食べたこともあったそうですが、2~3年前に大きい岩が落ちて来て、危険だから営業停止になったそうです。


トドラ渓谷を出発した時、ヘルメットを被りサイクルジャージを着てロードバイクに乗った白人2人がトドラへ下りてくるのと出会いました。荷物を積んでいないから近くの宿から走ってきたのだろうと思います。

午後2時半から約1時間、ティネリールの街に戻ってレストランで昼食を食べました。
 

前菜はモロッコサラダ。そんなに腹が減ってなかったので、少しだけを自分の皿に取りました。
 

メインは卵と肉団子のコフタタジン、デザートはリンゴとバナナでした。
 



ティネリールからワルザザードまでの国道N10は「カスバ街道」と呼ばれますが、昔のカスバらしい建物は車窓に見ることが出来ませんでした。
フッと前方を見ると長距離を走っている装備のチャリダーを追い越しました。写真を撮れなかったのが残念ですが、ターバンを巻いていた様な気がします。休憩出来そうな木陰もガスリンスタンドも無いだだっ広い荒野を走るのは疲れるだろうなあ・・と思いました。


2車線の道路が延々と続きますが、集落がある街では4車線の広い道になります。(午後4時10分通過)


16時50分、Tinghirから57KmのEl-kalaa M'Gouna村にあるバラの香水店に立ち寄りました。(約30分のトイレ休憩)
日本語を話せる店員が居ました。トイレが使える店には日本の団体がよく停まるようです。


18:00、太陽熱発電ノアの塔の一部が道路の右側に一瞬ですが見えました。日本では太陽光をパネルの当てて発電しますが、モロッコのノア発電は湾曲したミラーで太陽光を塔に集中させてお湯を沸かしてタービンを回すものだそうです。

18時18分、カスバが見えましたが、これは映画撮影用に建設されたもので本物ではない。


ワルザザードの空港へ着陸する飛行機が見えるから、目的のホテルまでもう少しと思われる場所でバスが停まってしまいました。大型のトラックが道路を横断している電線を引っ掛けてしまったので、屋根が低い乗用車はすり抜ける事ができますが、バスもトラックも通行できません。何時復旧するのか全く不明なので、バスを降りて現場を見に行きました。電柱によじ登った一人の作業者が電線を吊り上げて35分後に通過することが出来ました。


19時05分ホテルにチェックインすることが出来ました。バスのアシスタントのムハンマドさんは今日4人の自転車旅行者を見掛けたそうです。昨日は2人見たそうです。厳しい環境でも自転車旅行をする人が居るんだなあと思いました。

今日も添乗員の小松さんは、オリンピックやマラソンの話からアダムとイブにリンゴを勧めた蛇の話、アレキサンダーが10倍の敵に勝った話、アラビアのロレンスの映画の内容など車中で幅広い知識を紹介してくれました。添乗員付きの旅行を殆どした事が無かったので、いつもこんな感じなのかグループの一人に聞いてみると、こんなに映画や歴史に詳しくて話してくれる添乗員は居ないと言われました。良い添乗員の居る旅でラッキーだと思いました。

今日のホテル「ルザット」は、旅行社の資料ではスーペリア(中級)と分類されています。booking.comでは3,703円の安い宿ですが、プールが付いていて部屋もベッドも広くていいホテルだと思います。40分後にバイクングの夕食を食べました。
 

第7日 マラケシュ

2019-11-19 20:51:31 | Maroc
2019年10月6日(日)晴れ 

ワルザザードOuarzazateーアイトベンハドゥーティシュカ峠ーマラケシュ

GPS記録 登坂累計高さ:1,645m 最高標高:2,218m 移動距離:187.4Km 移動時間5時間21分 最高時速:89Km/h 停止時間:3時間40分

宿:ADAM PARK MARRAKECH HOTEL

朝6時半に朝食。モロッコに来て朝食のバイクングでいつも思うにはソーセージが不味いこと。ドイツの朝食はパン、チーズ、ソーセージだけど、ソーセージは何種類かあって美味しい。でもこの国はイスラムの国だから豚を食べない。考えてみればドイツの美味しいソーセージって全て豚ではなかったか。モロッコではピンク色でパサパサで全然美味しくない。


8時にスーツケースを廊下に出し、9時前にホテルを出発しました。町の中の交差点のロータリーには映画のフィルムやガチンコのオブジェがあります。写真はフィルムのオブジェです。


ホテルを出発して約20後、アトラスコーポレーション前に停車。ここワルザザードはアメリカのハリウッドと同じ季候で雨の降らない日が多く、映画ロケで有名な街となっています。アラビアのロレンス、スターウォーズ、グラディエーターなどの映画がこの街でロケが行われたそうです。
中に入る時間が無くて残念ですが、この中に映画で使われたセットがあるそうです。左の方はエジプトのセットだそうです。


10時にアイト・ベン・ハッドウに着きました。川の向こうにある集落がアイトベンハドゥですが、川の手前の集落が見える場所に先ず降ろされました。お土産を売っている屋台があります。
 



アイトはベルベル語で息子、ベンはアラビア語で息子という意味でハドウはこの村に住んでいる人の名前。つまりこの村は、イスラム系アラブ人の侵略によって西に追われたベルベル人のハドウさんが作った要害化された村なのです。外気が40℃を超えても室内の風通しが良くて涼しい空間になっており、古代の建築技法を伝える文化遺産として1987年にユネスコ世界遺産に登録されています。カスバは人が住まない要害ですが、ここはいくつもの塔を持ったカスバの集合体であると共に複数の家族が住む「クサル」と呼ばれます。ここで多くの映画が撮影されました。昔は川に橋が架かっていなかったので、増水すると行けなくなりましたが、現在は橋があるので何時でも行くことが出来ます。




橋の手前にバイク乗り入れ禁止の看板?橋を渡るとユネスコ世界遺産の看板がありますが、アラビア語とフランス語。アラビア語は諦めるとしても個人旅行で来るにはやっぱりフランス語を知っていないと困ることが多そうです。
 

昔の日本の家屋は土壁でした。粘土質の土に藁を混ぜていましたが、ここモロッコのアイトベンハドゥの家も同じ土壁でした。直径2センチくらいの竹が組み込まれていました。でも激しい雨が降ると崩れてしまうので、メンテナンスが必要なようです。修理されていない崩れた場所もありました。
斜面に作られた村だから坂道を登りながら家や砦や下の景色を見ながら一番上の塔まで上がりました。
 

 



家の中庭に羊や鶏が飼われていました。運搬用のロバも居ました。
 

1軒の家に入ってミントティーを頂きました。絨毯を敷いた上で生活するのは今年の春に泊めて頂いたミャンマーの家と同じです。東南アジアと北アフリカは相当離れていますが、トイレも住む場所もよく似ていると思います。ただ、服装はミャンマーが殆ど裸に近いけれど、北アフリカでは砂塵を防ぐ為とイスラムの教えによってターバンを巻き長い服を着る違いがあります。青いターバンは何だか自分には異国情緒満点に見えました。
 

ペットのトカゲを持って撮影モデルになってちゃっかり小遣いを稼ぐ子供。


アイトベンハドゥの観光後、橋を通って対岸にあるレストランでクスクスの昼食を食べました。デザートはバナナとオレンジでした。
クスクスはこれで8人分。別のボウルに入ったチキンのスープをかけて食べます。




 

昼食後はアトラス山脈を越える山岳ドライブです。山脈以南は砂漠地帯だけど、山はイフレンで見た様な森林を想像していましたが、殆ど木がありません。山肌は砂漠で見た様な鉄分を含んだ赤茶けた山と思っていましたが、白っぽい場所や銅を成分として持っているのか緑っぽい山塊、また黒い部分もありました。自転車で走れないこともないけれど、休憩場所が見当たらず延々と続く坂道で標高差1100m?は厳しいように見えました。
アトラス山脈は長さが2400Kmあり、西側が高くて東に行くにつれて低くなります。モロッコでは標高3,000mを超え、最高峰が4,167mだから富士山より高く、冬には雪が積もってスキーが出来る場所もあります。




午後2時20分、標高2260mのティシュカ峠で降りて記念写真を撮りました。


峠から約20分、マラケシュ側に下った所にアルガンオイルの専門店に行きました。アルガンはモロッコの南西部(アガディール)にのみ生育しているアルガンツリーから得られるオイルで、美肌、エイジングケア効果があり、生活習慣病に予防、むくみの改善、ダイエットのサポート効果や便秘の改善がみられると言われています。生産地の村から来た女性がアルガン(どんぐりの一種)の実から種を取り出し石臼で挽いてオイルを取り出す実演を見せてくれます。日本人客が多いのか、日本語を話せるこのお店の女性がオイルの実演を説明し、製品のPRもします。アルガンの種を炒めたものは苦かったですが、蜂蜜やアルガンオイルとアーモンドを混ぜたペーストをパンに乗せる試食は美味しかったです。




30分ほどの買い物で出発する予定だったのでバスに戻りましたが、右後輪のタイヤがパンクしていたらしく、タイヤ交換作業が始まりました。
交換したタイヤを運転席の下に収納して出発出来るまで、この場所で1時間10分居ました。ワルザザード到着時の電線トラブル以来2回目のアクシデントでした。


 

タイヤ交換中に撮った真っ黒い岩。バスが走行中はゆっくり撮れなかったのでカメラを向けてみましたが、くっきり見えていた断層が写っていないのが残念です。


マラケシュに向けて出発するとつづら折れの道を下ります。この場所で日本の俳優役所広司が出ている映画が撮影されたと、映画好きの添乗員小松さんがその映画のストーリを話してくれました。アトラス山脈の南側は禿山でも、峠の北側には森林が広がっているのだろう・・と思っていましたが、マラケシュの街の直前までずーっと禿山のままでした。
 

トイレ休憩が1回あり、午後5時半にマラケシュのホテル(ADAM PARK MARRAKECH HOTEL)に到着しました。


ホテルの南500mにあるスーパー「カルフール」を案内して頂き、土産としてワインを買って帰りました。
午後7時半からの夕食はホテル内のイタリアンレストランでお洒落なコースを頂きました。さすがに五つ星のホテルです。
 

   


第8日 マラケシュ観光

2019-11-19 20:50:15 | Maroc
2019年10月7日(月)晴れ 38.7℃ 

マラケシュ市内観光(メナラークトビアーメディナーサラディーン廟ーバヒアーホテルージャマエルフナ広場ーホテル

GPS記録 登坂累計高さ:134m 最高標高:511m 移動距離:38.2Km 移動時間5時間08分 最高時速:70.9Km/h 停止時間:6時間38分

宿:ADAM PARK MARRAKECH HOTEL連泊

朝7時にバイキングの朝食をプールの奥のホールで食べましたが、今回の旅行で一番豪華でした。


 

出発の9時まで時間があったので、ホテルの外に出てみたり、ロビーでくつろぎましたが、バックパッカーには高級過ぎる雰囲気でした。






マラケシュでの現地ガイドは独身で長身のアブさん。先ず9時20分から約35分、メナラ庭園(Menara gargens)を案内して頂きました。彼の日本語は全ルートを一緒に行動してくれるサイドさんより上手で完璧でした。観光案内の写真では緑色のピラミッド型屋根を持ったパビリオンが出ていますが、行ってみると凄く大きい貯水池でマカケシュから30Km離れた山地から供給され周囲のオリーブ等の庭園に灌漑する為に用いられていますが、乾燥地帯だから水は非常に貴重で昔は戦略的にも用いられたとか。人造湖の中には魚が居て、パンを投げ入れると群がってきました。
 

 

敷地が広く、近くにある空港に発着する飛行機が飛んでいるのが見えます。ガイドのアブさんはとてもフレンドリーでオリーブ畑を歩いて帰る時も写真を撮ろうとするとスマホを要求して自撮りで一緒に写してくれたり、犬や猫の鳴き声はモロッコではミャオーやハウハウと鳴くなど色んな話をしてくれました。
 

 

メナラ庭園の次にクトビアモスクへ行きました。


途中で昔の水売りの衣装のオジサン達と記念写真。本当は写真を撮るとチップが必要なのですが、団体だったので先に支払った人が居たので無料で撮らせてくれました。


ナツメヤシの実が育っています。ひときわ高いヤシの木に似せたものは景観を損なわない様には配慮された電波塔です。
 

アグノー門Bab Agnaouから旧市街に入りました。今回の旅ではマラケシュガイドのアブさん、現地同行ガイドのサイドさん、添乗員の小松さん合計3人のガイドが案内してくれますが、案内板を見てもさっぱり解りません。ひとり旅なら事前に地球の歩き方などで十分地形を理解しておかないと迷子になりそうです。
 

モロッコではマーケットを「スーク」と呼ぶのだそうです。フェズでは道路幅が狭くて曲がりくねっていましたが、マラケシュではそれ程道は狭くありません。
 

ガイドさんが説明したのを聞き逃したのかそれとも説明してくれなかったのか?長い行列に並んでやっと前まで行けて人が2人立てばいっぱいになる様な狭い開口部から覗くと床の棺が見えたので「ははーん、誰かの廟なんだよなあ」と思い、ホテルに戻って日程表を見て初めてサアード朝の王が眠る霊廟「サラディーン廟」だったと判りました。
 

モザイクなどの装飾が緻密で絢爛豪華です。
 

 

11時に大きい土産物店のトイレを借りてショッピング。その後もスーク内を歩いているとカラフルだったり、色んな香辛料や革製品、織物等々、ここには昔からアフリカ全土からの物資が集まっているのではないかと思われました。
 

 

 

お土産に「ファティマの手」のキーホルダーを買いました。モロッコには2週間で消えてしまう入れ墨があります。その入れ墨を手にしてまだ乾いていない時に戦場に出て行く息子を抱きしめて送り出したところ、母親の手の形の入れ墨が息子の体に付いてしまった。その息子が戦争で負傷もせずに無事に帰ってきたから、手の形即ち「ファティマ」がお守りとして大切にされる様になったと添乗員の小松さんが教えてくれました。ネットを調べても、その説は見当たらず他の説明があるので、NHKのチコちゃんではないけど、「そのような説がある」と言う事だと思います。


少ない看板はアラビア文字。スーク内はアラブやイスラム世界なんだろうなあと思います。
 

12時、バヒア宮殿を観光。19世紀末、妃4人と24人の側室を持つ高官が自らの邸宅として建てたイスラム建築の傑作だそうです。ガイドのアブさんがイスラム世界に於ける一夫多妻制の現状も話してくれました。邸宅内にはエレベーターもあります。
 

 

 

午後1時半、旧市街から出てジャマエルフナ広場を通りレストランでピザの昼食を食べました。レストランまで歩いている時の気温は38.2℃でした。暑いけど我慢出来ない訳ではありませんでした。ピザは1人1枚ですが、殆どの人が半分以上残していました。私は完食、残すなんて勿体ない!
 

 

食後、ホテルに戻り自由時間だったので、急いで水着に着替えてプールへ泳ぎに行きました。泳ぐのにちょうどいい水温でした。いいロケーションで雰囲気もいいのに誰も泳いでいなかった。夕方も観光があり、買い物する時間は今しか無いと思ったので、プールでバスタオルを借りて巻き、部屋に戻って着替え、カルフールへ土産のクッキーやチョコレートを買いに行きました。

夕方5時にバスに乗ってジャマ・エル・フナ広場へ行きました。広場が見える3階のレストランで解散です。




グループの2名がパブーシュを値切って買うというので、同行して店や値切り交渉の見学をしました。日が暮れ始める頃になると、広場には人が多くなり、太鼓を叩くパフォーマーが蛇使いの近くで演奏をするなど賑やかになっていました。まだ気温は38.7℃あります。もっと暗くなれば気温は下がるのでしょう。
 

夕食は午後7時40分からホテルのバイキング。さすがに五つ星だけあって今回の旅で一番豪華な料理が並んでいました。


 

日本人が食べようとしない料理があったので「何ですか?」と聞くとスタッフの女性が教えてくれたのですが、知らない料理名だったので「知らない」と言うと「美味しいよ」と言うので中央の茶色いものと左の肉の塊を取ってみました。中央の粒粒の茶色いものは豆を煮たものでした。左の肉は羊でした。どちらも慣れてないけど食べれます。きっとモロッコの人が最も好きな食べ物の様な気がします。昔、香港へ出張に行き現地の営業マンと食事した時に「日本人はシューマイの様な同じ物ばかり食べるけど、本当はこれが旨いんだよ」と教えてもらって日本人が現地の食べ物を知らないと学んだことがありました。イスラムの人は豚を食べずにチキンばかりでなくて羊をいっぱい食べているはずなのに、パック旅行の食事で羊は出ない。せっかくモロッコへ行ったのだから、タジンは日本人が知っている「イワシ」や卵でなくて一般のモロッコ人が食べている料理を出して欲しいと思うのは少数派なのかな?ピザを1枚食べれない平均的日本人は北海道のジンギスカン以外に羊を食べようとしないのかな?一人旅で本当のモロッコをもっと知りたいと思った。
 

 

食事が終わって部屋で飲むガス入りミネラルウォーターはフランス系スーパーのカルフールで買ったペリエですが、ラベルにはアラビア語が書いてありました。毎朝バスに乗ると配給されるガス無しの水が右のシディアリです。

第9日 ドバイへ

2019-11-19 20:48:56 | Maroc
2019年10月8日(火)晴れ 25.4℃(バス内)32℃(ドバイ夜中1時地上気温) 

マラケシュー(バス)-カサブランカー(エミレーツEK752)-ドバイ

GPS記録 登坂累計高さ:384m 最高標高:502m 移動距離:115.7Km 移動時間2時間35分 最高時速:109Km/h 停止時間:1時間59分

宿:機内泊

バイキングの朝食はパンの種類が多かったけれど、豚のソーセージが無いのがちょっと不満。イスラム圏だから仕方ない。


8時にカサブランカ空港へ向けて出発するはずでしたが、カメラを紛失した人が居たので部屋の戻って捜したので出発が15分遅れました。バスが出発してから、その人がカバンの中のカメラを見つけました。遅れは短時間だったし、紛失したと思ったカメラが有って良かった。街の中を走っている時は出勤或いは登校する学生がバスを待っていたり、歩いていたり、アフリカと言うより普通の都会の景色です。
 

 

モロッコには砂漠がある事を知っていましたが、それはアトラス山脈以南で山から海までは緑の大地であろうと思っていました。ところがマラケシュの郊外からずーっと果てしなく木も草もない赤い乾燥した大地が広がっていました。


googleマップでマラケシュからカサブランカ空港までの距離は高速道路のN9を経由して217Kmです。GPSの電源を入れ忘れて途中でONしたので記録では僅か115.7Kmとなってしまいました。スペインに近いタンジェからラバト、カサブランカまでのルートは海沿いですが、マラケシュは相当内陸部になるので、緑が少ないのかも知れません。GPSの登坂累計高さの384mも電電が入っていなかった時間が累計されていませんが、バスの乗って走った印象として坂はあまり無かったように思えました。自転車で走ると考えた時、カサブランカーマラケシュ間は山越えは無いけど、赤い大地が延々と続く中を走る覚悟が要ります。厳しいけれど、何とかなりそうに思えました。高速道路のN9は勿論自転車走行禁止でしょうが、ほぼ平行したA7という国道があります。マラケシュの地図を航空写真で見ると砂漠に近い色になっています。アトラス山脈を越えて砂漠を自転車で走るのは若者には可能であっても熟年自転車旅行者には厳しいから、カサブランカからマラケシュまで走れば十分アフリカを実感できるのではないか?と思います。
山の麓をカサブランカからマラケシュに向けて走る列車が見えました。


走っても、走っても、赤い広い大地がいつまでも見えます。街は遠くにある様に見えました。




10時にガソリンスタンドで約20分のトイレ休憩。
 

11時半、カサブランカ空港に着きました。8日間車を運転してくれたマハルビさん、アシスタントのムハンマドさん、ガイドのサイドさんとお別れです。正味7日間のモロッコ滞在でしたが、ヨーロッパとも東南アジアとも北米大陸とも違う大地の広がりを感じた国でした。14時45分発エミレーツEK752ドバイ行きはT2からの出発です。


wifiを使う為にプライオリティーカードで入れるラウンジを利用しましたが、飛行機に乗ればすぐ食事が出るのでラウンジでは食べませんでした。
 

ほぼ定刻通りにカサブランカ空港を出発してアフリカ上空を飛んでドバイに向かいます。午後4時前、遅い昼食です。


座席前のスクリーンに映し出される地図を見て、アフリカはヨーロッパの国々と比べて広いんだなあとつくづく実感しました。


着陸前の夜9時10分(ドバイ時間24時10分)サンドイッチの軽食が出ました。
ドバイの夜は電灯の明かりが多くて都会だなあと思いました。個人旅行ならトランジットを3時間でなくて1日にしてゆっくり観てみたかった。
1時12分、ドバイ空港にランディングしました。