Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

恩師というもの。

2006-03-16 | 徒然雑記
 私は今、少しばかりでないくらいに大仰に幸せだ。

「変わってないね。でも、逞しくなったね。」
その言葉ひとつで。

 先生とのそもそもの出逢いは、それぞれが尊敬の眼差しを向ける某先生の研究室で偶然に「はじめまして」の挨拶を交わしたこと。それから、歩いて20分ほどかかる別の研究室まで、私が道案内をしたことだ。そのとき、研究室内では異端扱いされていた私のテーマを「面白い」と云ってくれたことが、とても嬉しかった。それだけで私は先生が好きになった。
その日は研究室までたっぷり20分の間言葉を交わして、それで別れた。

 次に逢ったのは、研究室の合宿で京都に滞在していた折だった。
派手な蛍光黄緑の開襟シャツを着た先生は、合宿に同行していた訳でもないくせに打ち上げの席には早々から、まるで当たり前のように、居た。
ご機嫌になった先生は自らの席に私を招き寄せ、私が一発で魅入られたあのどこまでも優しくてちょっと鋭い笑顔を向けた。
合宿の合間を抜けて小料理屋に行ったり、地元の友人と逢ったりして余計な時間と体力を使い果たしていた私は、こっそりと抜け帰って二次会を放棄した。
後で聞いた話では、「あいつは居ないのか!おおかた男の所でも行ったか?」とのたまっていたそうだ。先生、結構鋭いですね。私は冷や汗をかいた。

 三度目に逢ったのは、震災後の神戸、三ノ宮。
食事のはずなのに、真っ暗な方面へ連れていかれた。どこへ連れてゆくつもり?と要らぬ疑いを抱いていたら、営業時間後の市役所へ。エレベーターを上がると、
「これが神戸の夜景だよ。震災後だいぶたったから、これだけ綺麗になった。」
私はやっぱりこの人が大好きだ、と思った。

それから、方向音痴の先生に連れられて同じ界隈を三周くらいした。
「動く湖って知ってるだろう。この辺の店はあれと同じで、よく流れるんだ。」
先生と並んで歩くと、正面からくる人々がまるでモーセの海割りのように割れる。言い訳にもなっていない言い訳を聞きながら、歩きやすいからいいや、と思った。


それから今日までの、長い空白。
だけど、逢う日がくると判っていた。いや、切に願っていた。
逢いたくなるといつも、自室の本棚を見上げて黄ばんだ紙の束を手に取った。

大学生の頃、倉庫のようになっていた研究室の整理を頼まれ、その部屋にある書類を全てことごとく処分するように、と仰せつかった。
膨大にある過去の学生の卒業論文や修士論文やその他正体の判らない紙の束。面白そうなものをぱらぱらとめくりながらの作業だから、学生が三人いても作業は遅々として進まない。
気が遠くなる紙の山の中から私の掌ににぽとりと落ちてきたのが、先生の修士論文だった。
「これを持っていたら、私はまた先生と繋がることができる。」
意味もなく、しかし確信的にそう思った私は、処分すべきそれを自らの鞄にこっそりと仕舞い込んだ。


新居の机は、左右の本棚に挟まれている。
その片隅で経年に黄色くくすみ、それでもなお私を導く光を失わない一冊がある。
7年の時間を経てなお、私が先生の背中を見失わずに歩いてこれたのは、この一冊が私の手元にあったから。あのとき先生が私に掛けてくれた言葉と笑顔があったから。そして、私を魅了してやまない美が至るところにあったから。


 先生は私に授業や指導をしたことはないかもしれません。
 だけども私は先生の背中を見てきました。
 背中に手を届かせて、振り向いて貰うことがようやくできました。
 変わらない最高の笑顔と情愛を向けてくれてありがとう。
 
 私はやっぱり、先生が大好きです。
 先生の本棚の片隅にも、どうか私の論文を棲まわせて。



 




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2 コメント

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一期一会 (lapis)
2006-03-17 21:55:51
素敵な先生との素敵な再会だったようですね。

僕の大学院の時の先生は、まだまだこれからという時に、癌で亡くなられました。

今思うと、もっと色々なことを教わっておけば良かったと後悔しています。

何だか少しうらやましく思いながら読ませていただきました。

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素晴らしく。 (マユ)
2006-03-21 15:27:53
>lapis さま



先生に面と向かって云えないことを、全てここへぶちまけてしまいました(笑)

恥ずかしくて云えない感謝を伝えるとともに、先生を大テレさせる為です。



・・目論見はどうやら大成功。



師は、その言葉ばかりでなく、その生きざまから多くを教えてくれます。

こちらにそれを見る目さえあれば。

私も後悔することのないよう、師のジャケットの裾を幼児のような愚直さできゅっと握っていられれば、と思っています。
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