浅い眠りの途中で、目覚めたら雪だった。
暖かい土地で生まれ育った私にとって、雪は異世界からやってくるものだ。科学とか自然現象とか、そういうものの向こうからやってくるものだ。
聞こえるはずもない遠くの機織りの音が幾重にも重なりあうような、はたはたという声が眼の中に響く。それは片田舎の生娘やそのおとうとたちが笑う無邪気な声。
はたはたと、途絶えることなく。
ただはたはたと、十重二十重に重なり合って。
ガラス窓に映る自分の肌の向こうで、雪が縦横に舞う。
肌が表面からしんと冷えてゆくのに構わず見詰めていると、はたはたという声に誘われて私は向こうに吸い込まれる。
ぼた雪の舞う中空に、衣服の一切を纏わないままの私の身体がふうわりと浮かぶ。激しく舞い踊るぼた雪は私の身体を貫いて、同時にはたはたと笑う声が私の身体の中を軽やかに駆け抜けて、笑い声のリズムと振動を身体の中に残してゆく。
驚くべきことだが、私は寒さも風も感じない。風も雪も私の身体に何ひとつの欠片も余韻も残すことなく、まるで虚ろなまま自由気ままに通り過ぎる。鼓膜には決して聞こえない笑い声だけをわんわんと反響させて。
できるなら、こちら側にいる私の中にも、吹き抜けてくれないだろうか。
虚ろとは程遠いくらいに色々な澱を滞らせた私の中を縦横に吹き抜けて、その無邪気な笑い声に不似合いなものを全て、風に運ばせてはくれないだろうか。
きらきらとした雪の結晶のようなはたはたいう笑い声の残響だけを私の中に残して、要らないものは氷の風に絡みつかせて、どこかへ。
空は桃色に垂れ込め、笑い声は尚も続く。
音の全てを吸収し、光の全てを拡散させながら。
眼を閉じれば、視覚でしか感知できない笑い声はぱたりと止むから、私はそれに気付かないふりをする。眼を閉じて布団に滑り込むとそこにある暖かい背中に身体を重ね、「向こう側」にゆけない自分の肌を自覚する。
目蓋の裏にきらきらと光を飛び散らせる笑いの残響が、暖かい温度の向こう側に見えて、それを追いかけるように再びの眠りに落ちた。
暖かい土地で生まれ育った私にとって、雪は異世界からやってくるものだ。科学とか自然現象とか、そういうものの向こうからやってくるものだ。
聞こえるはずもない遠くの機織りの音が幾重にも重なりあうような、はたはたという声が眼の中に響く。それは片田舎の生娘やそのおとうとたちが笑う無邪気な声。
はたはたと、途絶えることなく。
ただはたはたと、十重二十重に重なり合って。
ガラス窓に映る自分の肌の向こうで、雪が縦横に舞う。
肌が表面からしんと冷えてゆくのに構わず見詰めていると、はたはたという声に誘われて私は向こうに吸い込まれる。
ぼた雪の舞う中空に、衣服の一切を纏わないままの私の身体がふうわりと浮かぶ。激しく舞い踊るぼた雪は私の身体を貫いて、同時にはたはたと笑う声が私の身体の中を軽やかに駆け抜けて、笑い声のリズムと振動を身体の中に残してゆく。
驚くべきことだが、私は寒さも風も感じない。風も雪も私の身体に何ひとつの欠片も余韻も残すことなく、まるで虚ろなまま自由気ままに通り過ぎる。鼓膜には決して聞こえない笑い声だけをわんわんと反響させて。
できるなら、こちら側にいる私の中にも、吹き抜けてくれないだろうか。
虚ろとは程遠いくらいに色々な澱を滞らせた私の中を縦横に吹き抜けて、その無邪気な笑い声に不似合いなものを全て、風に運ばせてはくれないだろうか。
きらきらとした雪の結晶のようなはたはたいう笑い声の残響だけを私の中に残して、要らないものは氷の風に絡みつかせて、どこかへ。
空は桃色に垂れ込め、笑い声は尚も続く。
音の全てを吸収し、光の全てを拡散させながら。
眼を閉じれば、視覚でしか感知できない笑い声はぱたりと止むから、私はそれに気付かないふりをする。眼を閉じて布団に滑り込むとそこにある暖かい背中に身体を重ね、「向こう側」にゆけない自分の肌を自覚する。
目蓋の裏にきらきらと光を飛び散らせる笑いの残響が、暖かい温度の向こう側に見えて、それを追いかけるように再びの眠りに落ちた。
またメンドクサイ名前にしたわね(笑)
さておき、ご訪問ありがとう。
過去記事でも是非遊んでいってね。
そして、時々貴方らしい無愛想なコメントを頂戴ね。
さて、今回の記事は、失敗です(爆)
だから、判りにくいんです。貴方に責任はありません。
イメージを、思い通りに言葉に変換できませんでした。
・・まぁ、こんなこともあります。
うちの方は週末は降らなかったのですが、けさ起きてひょいと窓から外を覗いたら、田んぼの隅っこに砂糖を撒いたみたいに雪が残っていました。水分の少ない、いかにもサラサラな、「雪だっ」と思って、でも外に出たときにはもう消えていました。日なたの下で、くすくす笑いながら消えていったような気がしました。
失敗を失敗として堂々と宣言すると、それ以上非難や批評をされないのだという小ズルイことを前の会社で学びました(笑)
よって、人から言われる前に大放言。
こちらは頑固な雪が路面を凍らせていて、大学にゆこうかと思って家を出て、コンビニで引き返してきました。ここでの生活の最初と最後を骨折で飾るのは不本意です。
強風に煽られて、屋根や木々から氷の小さな粒がぐるぐる舞って、顔や身体に打ち付けます。痛い痛い。
雪は雪のままなら可愛いのに、氷になると別の性格を持つようです。反抗期か。
視覚的な音。
とても、素敵な表現だと思いましたが。。
あたしは、ここ数年、雪がハウスダストに見えて仕方がないのですが・・・、さては、ごみごみした街に越して来てよりの現象のようです。背景が変わると、異って見えるようです。
お馬鹿な鼻たれの頃は、よく大口をあけて降下ポイントを狙っておりました。今思えば、ほんに頭の悪い・・・。
そうなのよ。
視覚的な音をなんとかしたかったのだけど、思うようにできなかった。読む方の解釈によってどうとにもならぁな、と思ってUPしちゃいましたけれど。
空の綺麗でない土地では、迂闊に大口開けて待てませんね。一見綺麗な雪に、なにが混じっているか判らないご時世ですものね。
近眼のひどい私には、窓から霧雨が見えません。勿論、ハウスダストも見えません。なんともご都合のよい目です。
どっちかっとていうと、お伽噺の中のものですね、僕にとっては。そんなものがほんとにあるはずがない、という驚きをもって、毎年見てます、この6年間。
学生時代、雪が降ると、妙に気持ちがはしゃいでしまったものでした。その頃の僕には、ひょっとしたら、はたはたという声が、聞こえていたのかもしれません。
社会人になり、お客様が減る、という現実的な思考が頭を占めるようになり、雪を疎うようになり、その声は聞こえなくなりました。
いちばんはしゃいだのは、受験のときでした。
記憶も鮮やかな12号館が私の受験会場。
広場に面したいちばん窓側の席だった。
2日目に雪がわさわさと降って、それが静岡ではみたことのないぼた雪で、真剣勝負の最中だっていうのに、まるでクリスマス休戦みたいな気持ちになって「うわぁ綺麗だ」と窓の外に夢中でした。
一問解き終えると、植え込みが白くなってる。二問終えると、コンクリートが白くなってる。三問解くと、植え込みがすっかりふわふわの白い帽子を被っている。
ほんとに素敵な受験だった。
「雪は異世界からやってくるものだ。」というところは、全く同感なのですが、僕がそう感じるのは、辺り一面雪におおわれ、静まりかえり、自分以外の生物の気配が全く途絶えたような状況です。多分積雪量でいうと単位が違っているような気がします。(苦笑)
マユさんの幻想的で美しいコントに対して恐縮ですが、雪つながりということで、過去記事をTBさせていただきますにで、よろしくお願いいたします。
早速ですが、TB返しさせて頂きました。
仰る通り、積雪量はかなり違うことと思いますが、慣れない私は凍結した路面が怖くて、自転車に乗るどころかうまく歩くこともできません。
音を全て吸収してあたりをしんとさせてしまうくせに、物凄く動的で音を感じさせるリズムで降り続く雪は、私に皮肉にも音をイメージさせます。
そして、私の苦手な白。
なににも侵されずに全てをただ浸食する白。
異世界のものでなかったら、恐ろしくて共存できなさそうです。