Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

さんぽ道。

2005-06-18 | 徒然雑記
 誰かに連れられて歩く小学校から家までの道は、僅か15分の道のり。けれど一人ぼっちで歩く同じ道は、歩ききるまで2時間かかる。道の傍で私を日々待ってくれているいろいろなものたちが私に話しかけ、誘惑するからだ。いつものように眉毛をきゅーっと吊り上げた母が自転車に乗って迎えにくる。あぁ、また今日も叱られる。そう思って見回す周囲には既に学校帰りの者は全くおらず、日も僅かに傾きかけている。母の雷はとても怖いのでしゅんとしてしまうが、そっと振り向いて心の中で呟いた。
また、あしたね。

 春。

入学して間もなく耳にする学校の怪談や怖い話。体育館裏から程近い、通学路に面した古い一軒家の前は静かに通らなければいけないと云われた。包丁を持ったオババが騒音に怒って追いかけてくるとされていたから。その家を無事に通り過ぎれば空き地が広がり、運がよければふきのとうが、普通ならつくしが見つかる。地べたに這いつくばって存分に草と遊ぶこの場所で、私は多くの草の名前と形と、遊び方を知った。
草に飽きたら次は藤棚。上を向いて歩くと毛虫が落ちてくるといけないから、足元とゆらゆら風にたわむ藤房とをちらちら交互に見やりながら歩く。本当はこの房を手に取りたいのだけれど、ジャンプしてうっかり木を揺らしてしまったら、たちまち毛虫の大群が雨あられと降ってくるに違いない。美しいものは、手に入らない。いや、手に届かないから余計に美しいのだということを知った。

 夏。

既に毛虫の巣立った藤棚には豆のような形をした種がひょろひょろとぶら下がっている。ジャンプして一本ずつ獲得してゆくのだが、左手が一杯になったところでいつもその始末に困る。いい加減使い道がないことくらい覚えればよいのに、空中で揺れながら私を呼ぶその誘惑には勝てない。未だに、シャンデリアやモビールなど、空中に垂れ下がって魅惑的な形状をしているものに私は弱い。
途中で一本の川を渡る。夏の土手の日当たりがよい片面には蛇いちごがなる。人の歩く土手の近くのは色がよくないので、相当な傾斜のコンクリートブロックに足を掛けて、落ちないように細心の注意を払いつつ斜面を半分くらい降りてゆく。コンクリの蓄える熱と遮るもののない陽光、そして人や動物に触れられない一等地に実る蛇いちごの実のキラキラと綺麗なこと!大事にして家まで持って帰ろうにも、帰宅した時には最早その輝きが失われることを知っているから、一瞬の輝きを愛でた後、すぐにその場で口に放り込んでしまう。好きなもの、キレイなものを摘み取って大事だいじに囲っておくと、それはみるみるうちに輝きを失って爛れて醜くその姿を変えてしまうことを知った。何かが美しいのは、それがそこにあるからだと。

 秋。

空き地に赤とんぼが舞いはじめる。赤の色が濃くなる程に、その動きが愚鈍になることを知っている。息を止めて、利き手の中指と人差し指ですっと空気を切るようにして赤とんぼの羽を捕らえる。20分もあれば、左手と右手で計5~6匹は捕まえることができた。その両手の全ての指を空に向けてふわっと開けば、自分の手から解放された赤とんぼは一瞬散りぢりに花開き、すぐ後には仲間の後を追うように流れてゆく。沢山あること、群れであること特有の侵し難い美には、そのうちのいくつかを中途半端にを所有しただけでは決して勝てないことを知った。
同じ頃、銀杏並木は黄色に染まり、他の枯葉と異なりかしゃかしゃとした骸骨のような音を立てない柔らかい絨毯を形成する。必要以上にそうっと歩きながら、視覚を凌駕するぞくぞくするような触覚というものを知った。

 冬。

雪の降らない冬。刈り取りを終えた水田に残された稲のリズム。地上に10cm程残されたそれを、垂直に足で踏みつけてゆく。じゃく。じゃく。一日につき一列ずつの愉しみ。愉しみを分割することでより欲求と悦びは倍加するというマゾヒスティックなコントロールを覚えた。
すっかり淋しい大きな棒切れのようになってしまった銀杏並木の向かいには、それまで全く存在感を示してこなかった山茶花が艶やかに開花する。毎年この時期に同じように咲くのに、毎年その色彩にはっとする。そして、ごめんね、と思う。都合がいいときしか目を向けなくてごめん。他に艶やかなものがないから君を見る訳じゃなくて、本当に君がきれいだと思っているのに。だけど毎年同じことを繰り返す自分の浅はかさに、山茶花に叱られるわけでもないのに心がきゅぅっとなった。

 
 今でも時折誰かを傷つけたりなぞして、同じ心の痛みが訪れたときには必ずあの紅い山茶花が脳裡に浮かんできて、ごめん、と心の中で謝る。
もういい大人になったというのに、私はまた同じことを繰り返してしまっているよ。こんなときだけ君のそのきれいな花を思い出したりなんかしてごめん。できることなら、心の中にいつもずっと咲いていて欲しいと思うのに、どうしてそれができないのだろう。

 だいすきなんだよ。
 ほんとうだよ。
 ごめんね。