テレビでは騒がしく娯楽番組をやっている。
このご時世であっても、動物ものは視聴率が取れるのだろうか、きくらげのような小さい耳をした白い実験マウスが乾いた水槽の中で所在なげにくるくると動いている。恐らくその習性にまつわるクイズでも出題されているようだ。パネラーが居並び、たかがクイズ番組にすぎないのにきゃあきゃあとこちらの心を軋ませる笑い声を上げている。
私は帰宅してテレビをつけたばかりだから、番組の内容と無関係に繰り広げられるお喋りを聞いたところで、その意味を理解するところまで至らない。テレビというのはいつからこんなに不便になったものだろうか。快適でないことを充分知りつつも、見るともなしに画面を見続ける。
マウスの入った水槽は、よく見ると二重構造になっている。金魚でも入れるような小さ目の水槽の中にマウスが居て、その水槽は入れ子のようにもう二まわりくらい大きな水槽の中に収まっており、外側の水槽には10cmほどの水が張ってある。そしてその水と水槽のガラスのほんの隙間に、子供のワニがぽうっとした半眼の瞳をして、起きているのか眠っているのか判らない様子で、居た。画面がズームしてくれなかったら、いつまでもその存在に気付かないであろう沈黙で。
パネラーの回答が出揃って、アシスタントと思しきスタッフが、ごくごく威力の弱い爆竹のようなかんしゃく玉のような小さい紅い粒を、これ見よがしに指でこちらに示したあと、爽やかな笑顔で白い歯まで溢しながらマウスの水槽にぽいと投げ入れた。指からふたつみっつの紅い玉がスローモーションのように、ぱら、と散った。
紅い玉は果たして狭い水槽の中で傍若無人に弾ける。幼児でさえ驚かないであろうほんの僅かな衝撃波でも、マウスにとってはえらいこと。ガラスの檻の中でキィキィと哀れな悲鳴を上げながら残酷に透明な壁をその爪できりきりと引っ掻きながら、ついには水槽をよじ登り、つるりと重心を崩して外側の水槽にぼちゃんと落ちた。
カメラは更にズームする。
空気に溶けていたワニの子が、閃光を浴びたかのようにその尾を俊敏に翻らせて、くわっと白いマウスに歯を剥いた。画面の半分近くは、大きく開いたワニの口の中。それはどこまでも紅く、艶めいてきらきらと光った。そして白いマウスは身体半分をそのぎざぎざの口に収められつつ、なお前足をばたつかせながらガラスを掻いていた。苦しげに呼吸するマウスの口の中も、同じくらいに紅く。実験を見届けるスタッフとパネラーの笑顔は、比してどこまでも青白く。
私はテレビを消した。
妙に醒めた気分だ。
仕事で疲れて掃除が行き届かない部屋、テレビ脇の足元には、自分が描いたらしい鉛筆書きの絵が、画用紙からそれぞれ乱暴に切り離されて積み重なっている。海坊主のような影が壁の向こうから覗いている絵、手書きの精緻なチェッカー模様のひとつが、底なしの罠となってぽっかりと口を開けている絵、軽やかなリボンが絡まって出来ている樹木の絵。
ふん、と足先で踏み潰し、リビングに背を向けてベッドへ向かう。
がさ、がさ。
ぱらり。ぱらり。
こと、こと。がさ。
姿の見えない足音だけが玄関からリビングを通り、部屋に響き渡る。
先程足蹴にした画用紙がめくられ、中空に取り上げられ、再び床に放られる音がする。一枚一枚、ゆっくりと、じっくりと、まるで受賞作品を吟味するような丁重さで、ひとつずつ。
私は扉を隔てただけのベッドの上で醒めたままその音を聞いている。
「掃除を怠けていないでちゃんと捨てておけば、こんなことにはならなかったのだろうな。」
ふぅと溜息をついた。
画用紙をめくる音が消え、足音が私の寝室へと向いた。
目を閉じた私の目蓋の裏に、白いマウスの紅い紅い口が映った。
このご時世であっても、動物ものは視聴率が取れるのだろうか、きくらげのような小さい耳をした白い実験マウスが乾いた水槽の中で所在なげにくるくると動いている。恐らくその習性にまつわるクイズでも出題されているようだ。パネラーが居並び、たかがクイズ番組にすぎないのにきゃあきゃあとこちらの心を軋ませる笑い声を上げている。
私は帰宅してテレビをつけたばかりだから、番組の内容と無関係に繰り広げられるお喋りを聞いたところで、その意味を理解するところまで至らない。テレビというのはいつからこんなに不便になったものだろうか。快適でないことを充分知りつつも、見るともなしに画面を見続ける。
マウスの入った水槽は、よく見ると二重構造になっている。金魚でも入れるような小さ目の水槽の中にマウスが居て、その水槽は入れ子のようにもう二まわりくらい大きな水槽の中に収まっており、外側の水槽には10cmほどの水が張ってある。そしてその水と水槽のガラスのほんの隙間に、子供のワニがぽうっとした半眼の瞳をして、起きているのか眠っているのか判らない様子で、居た。画面がズームしてくれなかったら、いつまでもその存在に気付かないであろう沈黙で。
パネラーの回答が出揃って、アシスタントと思しきスタッフが、ごくごく威力の弱い爆竹のようなかんしゃく玉のような小さい紅い粒を、これ見よがしに指でこちらに示したあと、爽やかな笑顔で白い歯まで溢しながらマウスの水槽にぽいと投げ入れた。指からふたつみっつの紅い玉がスローモーションのように、ぱら、と散った。
紅い玉は果たして狭い水槽の中で傍若無人に弾ける。幼児でさえ驚かないであろうほんの僅かな衝撃波でも、マウスにとってはえらいこと。ガラスの檻の中でキィキィと哀れな悲鳴を上げながら残酷に透明な壁をその爪できりきりと引っ掻きながら、ついには水槽をよじ登り、つるりと重心を崩して外側の水槽にぼちゃんと落ちた。
カメラは更にズームする。
空気に溶けていたワニの子が、閃光を浴びたかのようにその尾を俊敏に翻らせて、くわっと白いマウスに歯を剥いた。画面の半分近くは、大きく開いたワニの口の中。それはどこまでも紅く、艶めいてきらきらと光った。そして白いマウスは身体半分をそのぎざぎざの口に収められつつ、なお前足をばたつかせながらガラスを掻いていた。苦しげに呼吸するマウスの口の中も、同じくらいに紅く。実験を見届けるスタッフとパネラーの笑顔は、比してどこまでも青白く。
私はテレビを消した。
妙に醒めた気分だ。
仕事で疲れて掃除が行き届かない部屋、テレビ脇の足元には、自分が描いたらしい鉛筆書きの絵が、画用紙からそれぞれ乱暴に切り離されて積み重なっている。海坊主のような影が壁の向こうから覗いている絵、手書きの精緻なチェッカー模様のひとつが、底なしの罠となってぽっかりと口を開けている絵、軽やかなリボンが絡まって出来ている樹木の絵。
ふん、と足先で踏み潰し、リビングに背を向けてベッドへ向かう。
がさ、がさ。
ぱらり。ぱらり。
こと、こと。がさ。
姿の見えない足音だけが玄関からリビングを通り、部屋に響き渡る。
先程足蹴にした画用紙がめくられ、中空に取り上げられ、再び床に放られる音がする。一枚一枚、ゆっくりと、じっくりと、まるで受賞作品を吟味するような丁重さで、ひとつずつ。
私は扉を隔てただけのベッドの上で醒めたままその音を聞いている。
「掃除を怠けていないでちゃんと捨てておけば、こんなことにはならなかったのだろうな。」
ふぅと溜息をついた。
画用紙をめくる音が消え、足音が私の寝室へと向いた。
目を閉じた私の目蓋の裏に、白いマウスの紅い紅い口が映った。