Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

柴犬ペースト。 【こんな夢をみた。】

2007-03-04 | 夢十六夜
 かつて、私は「弟」と呼ぶポメラニアンと暮らしていた。7歳のときから26歳までの間だから、大事な季節をともに暮らしていたと確信できる。人語をそのまま解し、本音とタテマエの違いまで理解できる不思議な犬だった。私は彼の庇護者ではないから、彼は私に世辞を使うことはなかった。けれど、私が怪我をしていたり体調を崩していたり、精神的に参っている折などには、決して足元近くにまでは寄らないものの、ある一定の距離を置きながらも必ず目の届く範囲で、知らん振りをするようなポーズで私の様子を窺っていた。その距離感の確かさが、私はとても好きだった。
 
 彼と一緒に暮らさなくなってからも、久々の帰省時の「あと一時間くらいで帰るから」という電話を、聞こえるのか気配で察するのか、その電話の意味を一方的に理解し、私が家の扉を開ける際には玄関の端に寝そべり、さも面倒そうに出迎えてくれるのが常だった。

 彼が居なくなってから久しい。彼は犬だったが犬ではないようだった。
 そして、彼のような犬と暮らすためには、今の経済状況と勤務状況では不可能だ。それが判っているから、折々の散歩のついでに、犬という形状をしたころころした可愛いものたちをガラス越しに眺める程度で彼を思い出すことにしている。


 その店は、不思議な店だった。柴犬を専門に扱う店で、しかも柴犬は生後数週間から数ヶ月まで多岐に渡り、顔立ちや血統のみならず「どこから育てるか」を自由に選択できるようになっていた。もうかなり育っている「一年もの」などもあった。
中でもやはり可愛らしいのは3ヶ月から4ヶ月くらいのころころした丸い物体だ。人気が高いらしく、この時期の子たちは何頭もいる。しかもまるでカラーひよこのように色まで自由に選べるらしい。淡い桃色をしてお腹のところだけ白く、まるで本物の桃さながらの子。柴犬の色に近いながらも、どこか光沢を帯びた狐のような金色の子。春に似合うさわらび色をして、眉にあたる部分に濃茶の斑がある子。違う色をした子たちを同じ檻の中に置くとその色の純粋さが失われてしまうため、それぞれご丁寧にも別の檻に「梱包」されている。

 とりわけ私の気を引いたのが、極々淡いラベンダー色をした柴犬だった。内側の柔らかい毛は殆ど白に近く、比較的長い毛のみが上品な藤色をしていた。その色をした子は二頭いて、その中の、睫毛が長く鼻先の短い子が私の好みであった。

「これは着色ではないのですよ。妊娠中の親犬の食事や置かれる環境、親犬に見せる風景などによって色を変化させることができるのです。」と店の主人は説明をしてくれた。
「大人になるまで、こんな色をしているのですか?」
「個体によりますが、2年から3年で概ねは普通の柴犬の色になりますね。ごく稀に、子犬を育てる環境や、子犬自身の夢見がちな資質によって、今の色を維持したりあるいはよりその色を強めることもあるそうです。」

 大きくなったラベンダー色の柴犬は、どんなに優しい香りがするのかしら。いつかそれを確かめてみるのもいいかもしれない、と私は思った。


 その欲望を店主に悟られないようにと目を逸らした先に、クッキーかパン種のような10cm四方くらいのペーストが幾つも並んでいた。
「これは、何ですか?」
「ああ、ご存知ないですか。これは、柴犬のペーストですよ。まだ柴犬の形になる前のものなので、どんな色の子に育つかは判らないのです。顔立ちも色も育ってみてのお楽しみですから、そのドキドキ感がお好きな方には人気なのです。でも、子犬も子犬、というか子犬の前の状態ですから、育てるために最大のケアが必要なので、実際に買ってゆかれる方はそう多くはないですけれど。」

 このペーストが少しずつ膨らんで、そこから手が生え、足や尻尾が生えて、ぼんやりと顔ができて、繊毛のような柔らかい毛で少しずつ覆われてゆき、ついには小さな柴犬の姿になるのだ。よくよく顔を近づけて見てみると、まだのっぺりしているペーストは、ほんの僅かな蠕動と呼吸を繰り返していた。そっと指を当てると柔らかな反発があり、人間の体温よりも僅かに温かかった。




最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (pita)
2007-03-06 23:44:26
微笑ましく読んでいたら、ぞくりとする最期ですね★
こうゆう話、好きです。
返信する
夢って。 (マユ)
2007-03-07 11:03:34
>pita さま

断じて夢判断とかされたくない夢ですね(笑

いやほんとに、ラベンダー色の柴犬、超可愛かったのですよ。
ラベンダーですよラベンダー(しつこい)。

ペーストには我ながら、目覚めた後かなり参りました。どうして、夢の中ではこういうホラーなことを全て自然に受け容れることができるのだろう。
現実世界でも、そのくらいの許容量があればよいのになあ。
返信する
傑作です (lapis)
2007-03-08 21:12:57
マユさん版「観用少女(プランツ・ドール) 」という感じで、楽しく読ませていただきました。
特にペーストから育つというところが、ユニークでした。
やはりこの柴犬も「ミルクと砂糖菓子と愛情」を栄養に育つのでしょうか?(笑)
返信する
夢に犬 (マユ)
2007-03-09 12:54:03
>lapis さま

が登場することなんて、滅多にないことなのですけどね。
私の夢は、フルカラーは勿論のこと、嗅覚までもしっかりとしているので、どんなに不思議な光景が展開されていても無茶苦茶リアルです。

ペーストには、我ながら参りました。
理想のものに育て上げる、などという光源氏症候群は持っていないはずなのですけれど。おかしいですね(笑
返信する
夢十夜 (Leliel)
2007-03-13 03:09:08
『夢十夜』風味ですなぁ。最後に解説するあたり。
俺は、あの女が花になってキスするんじゃないか冷や冷やものだったよ。
返信する
意識して (マユ)
2007-03-13 11:50:04
>Leliel

拙blogの「夢十六夜」は、夢十夜みたいなやつを、実際に見た夢のネタだけでどれだけ書けるかなぁという試みカテゴリです。

おかしな夢ネタが増えてくるのはよいことだけど、纏めて読むと、自分の脳のオカシサにゲンナリします。


月夜にぽんと咲く白い百合、逃げられませんね。
返信する