明晰夢というのがある
これはそれだなと思いながら
わたしは
畳の上に散らばった
積み木をいじっていた
わたしは四歳くらいの幼児で
幼い頃住んでいた
なつかしい家の中にいた
後ろで
何かが かちゃかちゃとぶつかる
音がするので
ふりむくと
白いエプロンをつけて
洗い場の前に立ち
食器を洗っている母の背中が見えた
わたしはふと立ち上がり
母の背中に向かって
走り寄ろうとしたが
思いとどまった
つらい思い出が
蘇りそうになったからだ
そうとも
今日から何年か後に
あの人はわたしを捨てるのだ
わたしはもとの積み木の前に座り
胸に生まれた鈍い痛みをいじりながら
思った
ああ
考えてみれば
ほんとうにつらいことの多い人生だった
それでも なんとか
泳ぎ切ることはできた
それでいいのかもしれない
背後で 母が食器を片づけている気配が
何やら悲しく
わたしの頬にふれる
涙が出そうになったが
無理に心を明るくしようとした
いいんだよ
わたしは
何も欲しくないから
すると ふと
背後の音が消えた
ふり向くと そこに女の背中があった
驚いた
そこにはもう
母はいなかった
そのかわり 母とは似ていない
どこかで見たことのあるような
ないような
女の背中がある
わたしは ああ
と 何かがわかったような気がして
ほほ笑んだ
ふふ
そのとたん
夢の景色は 割れて消えた
目を覚ますと
岩戸の中にいた
横になったまま
小窓の方を見ると
瑠璃の籠の中に
プロキオンがいない
だが わたしは
前のときのように
さみしさは感じなかった
夢の名残のせいか
胸の中があたたかい
わたしは寝床から起き上がった
そしてぼんやりとしながら
ひとりで
じぶんの あたたかな存在の
ともしびを 感じていたのだ
そうとも
わたしの生きている間
わたしを愛してくれた人は
いなかった
ただ ひとりをのぞいては
それこそが そう
このわたしだったのだ
わたしだけは
わたしを 愛していた
この まっすぐで
ものごとの真正面しか知らない
馬鹿みたいなわたしを
わたしは 愛していた
だから 生きていけたのだ
どんなにか
ばらばらになるほど
つらくても
これだけで
生きていけた
わたしが
わたしを
愛していたから
だから いいんだよ
すべては
なにもいらない
わたしのことは
わすれるといい
わすれていい
わたしは
目を閉じ
寝床に半身をおさめながら
自分で
自分の灯にあたって
しばしの間
あたたまっていた
ちる と声がして
小窓の方を見ると
プロキオンが籠に戻ってきていた
ああ 帰ってきてくれましたか
と わたしは言って
寝床から立ち上がり
小窓に走り寄った
そして
どうしようもなく
自分の奥からあふれてくる
愛に溺れるまま 籠ごと
プロキオンを抱きしめてしまった
愛しています
あなたを
愛しています
プロキオンは
少し驚いていたようだが
何も言わず
わたしが抱きしめている籠の中で
静かに光っていた
愛しています
愛しています
わたしは
わたしは
わた し は
すべて を
ああ
あいしています