つい数日前、時々使っているレストランでささやかなお祝いをした。もちろん心からお祝いしたのだが、この日はいつになくレストランそのものに気づくことが一つあった。
それは目の前に置かれたロウソク(写真)、ではない。このロウソクは水で満たされた瓶の中で、直立して浮上しており、ロウが減るとその分だけ自重分が浮かび、いつも最適な炎を演出している優れものだが、このロウソクにではない。
実は天井の高さのすばらしさに気づかされた。それはこのレストラン、着座時には満員だったのに、どういうわけか人々の話し声があまり気にならないのである。確かに方々で話がはずんでおり、ふだんならざわめく、時に「うるさいなあ」と思える人混みのはずなのに、どういうわけか声がこちらまで響かず届かず、何か途中でスッと小さく消音されている感じなのだ。不思議だ。
そこで気づいたのだが、天井の高さ(写真)なのだ。このレストラン、やけに天井が高い。このレストラン、通常のようなビルの中にあるのではなく、レストランだけのこだわった建物であり、一階は入り口と駐車場、二階以上がレストランである。目立つこの建物には二階建てでしかないが、十分三階建て以上の容量がある建物だ。二階は中央から窓際に向けて半分のフロアーには結構な段差があって、平面から変化をつけた、立体的な客席になっている。特筆すべきは天井の高さで、これは高い斜めの屋根裏へ、一気に吹き抜け構造になっている。つまり人々の談笑のボリュームは、横にではなく上へ上へと上がって行き、上方の大空間で吸収されてしまっているようだ。だから満員のお客でも、互いの声がよく聞こえるし、全体の声も響かないのだ。
ヨーロッパの教会の建物は天井が高い。パイプオルガンや聖歌隊の声は、いったん上に上がり、次にたてに長い天井を這って他方に行く。そうすると音の位相差が生じ、独特の残響音のある、いわば荘厳な音になる。このレストランは教会堂のような高さはあっても、位相差を生じさせるような長方形ではなく正方形に近い。だからすべての音が上方で混然し、抵抗のない小さめの、その場の環境音にされているのだと推し量られた。
私たちの船橋キリスト教会が将来、大きな会堂を持つとしたら、このような音にも御心の、細心最適な音になるようにと、その時祈らされた。 ケパ