ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

見分け

2018年09月24日 | 示されたこと
インターネットの記事や、毎日、大量に送られてくるメールには、見分けが必要である。それができなくて痛い目に遭って、スマホやパソコンはもうこりごりという人もいる。またはそれを聞いて、自分はやんないと尻込みする人も・・・・。

しかしちょっと授業料を払う場合もあるだろうが、見分けの目を養えば大丈夫。それを逃げてしまっては、情報化がますます加速する中、他者に依存するしかない時代になるはずである。

《私の見分け方》インターネット(検索サイト)〜
前回の私の記事で、中国では検索エンジンで全世界の人が使うGoogleを使わせず、自国製の百度(パイドゥ)を使わせている。Googleは必ず正と負の記事を並列させ、検索者に選ばせるからである。つまり「主の十字架クリスチャンセンター」と調べれば、「東京アンテオケ教会の公式サイト」が出るが、その横に「カルト団体」と言うのも並んでいることになる。プラスとマイナスの評価を並べて、検索者に判断させるわけである。

これを中国でやると、中国という国が戦車で国民をひき殺すようないかに非民主的か、政治、生産、文化などあらゆる点で自由と国民の権利(人権)を剥奪しているかが明瞭になってしまう。だから国民には知らせないよう、百度で一切共産党に都合の悪い情報を排除し、統制するわけである。知らなければ批判することすらできないからだ。

逆に自由な国では、Googleでのブラスとマイナスの、どちらの情報が正しいか、常に見わけなければならない。残念ながら国民性というかこの国では、プラスだけでなくマイナスが存在するだけで、否定的な見方を取る。見わける力がないのである。もし、本当にマイナスが正しいのであれば、何らかの事件になったいたり、社会的な制裁が加えられているはずなのだが。
つまり根拠も裏付けもない偏向したマイナスが、Googleでは堂々と載る。これは主の十字架クリスチャンセンターが、名誉毀損とかの法的対抗処置を取らないからである。これはそのようにせよと言われる神に従っているためであり、また真に神を知っている人なら、どちらが正しいか必ず見分けられるはずである、そう信じているため、あえて放置しているのだ。

ここに見分けのポイントがある。アマゾンで実物を見ないで製品購入する時も同じなのだが、「この品物は最高!」とレビューなどで良い評価があっても、百度のような情報統制されているかも知れない。そこで製品のレビューの内容を精査しなければならない。百パーセント礼賛している良い評価は怪しい。むしろ多少の問題点は指摘しているぐらいの方が、それでも良いとする評価を信じられる。

もしその製品が希少で一切のレビューがなかったとする。その時はデータを良くチェックし、実物を近くのお店に見に行く努力をするべきである。それができないなら、そのメーカーとか、取扱店を調べ、提供されている情報が信頼できるかチェックする。
そのすべてがわからなければ、基本、買っていけない。どうしても買う場合は、それは後悔しない捨て金のつもりで。

以上のことは、Googleなような検索エンジンでも、アマゾンでの買い物でもすべて同じである。そしてこれが一番大切なことだが、自分の判断を過信せず、神に祈り、平安を得ていることが基本である。



ケパ








コメント

連鎖祈祷会

2018年09月23日 | 祈り
今日は礼拝会場で、感謝と賛美の連鎖祈祷会してます。

なぜなら
午後には、ここでpeacefulの練習もあります。
お近くの方どなたでも来てくださいな〜


ドルカス



コメント

礼拝

2018年09月23日 | 教会のこと

おはようございます。
今日は、第二音楽室から礼拝です。始まりますが、オンラインは始まりますが、不都合が生じましたら、午後の保存版でおねごいします

今日は、証しはm姉が立ちます。


今日はオンラインも順調のようです。


聖書は、ローマ12章1-2節 から
神のみ心を知る。をテーマにメッセージです。


コメント

映画「ヒットラーと戦った22日間」(原題 Sobibor)

2018年09月22日 | 映画•映像

この映画はホロコースト(第二次大戦中に、ナチスが行ったユダヤ民族抹殺)関連の映画であって、この分野では「シンドラーのリストなど」数々ある中での、劇場公開中の最新版である。題名の絶滅収容所ソビボルは下の図の通り、ポーランド領だがウクライナの国境近くにある森林地帯のただ中にある。ナチスの作った収容所の規模としてはビッグ3に入る規模である。

このホロコーストによって六百万人以上のユダヤ人が犠牲になったと言われている。キリスト教の求道者であった高校生時代、書籍「アンネの日記」まではまだ良かったが、「夜と霧」では心が痛み、吐きそうになりながらも最後まで読まずにはいられなかったことを思い出す。文明の最先端にいた国が「どうしてこんなことを?」と、解決できない問いを突きつけられたようだった。


映画の方であるが、今回の映画までに私たちが観た映画は、「シンドラーのリスト」「ライフ イズ ビューティフル」「戦場のピアニスト」「サウルの息子」「ユダヤ人を救った動物園 ヤンとアントニーナの物語」などがある。

実話再現の映画なので、ストーリーは手が込んでいない。舞台となったソボビル強制収容所は、唯一収容所の収容者が大反乱を起こし、全員が大脱走した所なのである。この不名誉な事実に驚愕したナチスは直ちにこの収容所を閉鎖したほどである。

大脱走は計画的に綿密に行われた。軍事面と組織化面で、それぞれに卓越したリーダーがいたからである。リーダーの指揮通り、ナチス親衛隊の将校たち主だった者を暗殺してから始まった。
しかし最後のテロップで、全員で400名、脱出の際100名が撃たれて殺され、逃げた現地人に150名が殺されたと出た。現地人に、と言うのにびっくり。かなり残念な数字である。

映像によるインパクトにうながされて、今回あらためて「どうしてこんなことが」と考えてみた。

このホロコーストを行ったのはナチスであり、そのの背景はナチズムである。いま欧米ではトランプ大統領のような自国中心主義、移民受け入れ反対、反ユーロという、いつか来た道が再び大きな運動になりつつある。いわばナチズムという悪夢の再来のようである。
だからここでナチズムと言う国家主義を、もう一度短くおさらいをしたい。

ヒトラーは1919年の段階で「ユダヤ人全体を断固除去することが最終目標」であるという書簡を記しており、その著書『我が闘争(1925-1926)』では「ユダヤ人問題の認識と解決なしには、ドイツ民族体再興の企ては無意味であり、不可能である」と書かれている。ヒトラーは入党前に記した最初の政治的書簡で「ユダヤ人とは即ち、無条件に人種であり、決して宗教団体などではない」という認識を示していた。(以上ウィキペディア)

ここで<人種>という言葉に注目していただきたい。人種的にすぐれたドイツ民族(アーリア人種)と、こじつけた理由で「劣等民族」としたユダヤ人とは、どちらが勝つか相譲れない関係であり、どちらかが生きるか死ぬかの闘争であると定義している。このような狂信的な人物がなんと、世界でももっと民主的なワイマール憲法下、一国の第一党となり、直ちに憲法を停止し、言っていることを実行したのである。この背景には1929年に始まった世界大恐慌がある。第1大戦の敗北で莫大な負債を負わされたドイツは、国全体がどん底に突き落とされ正常な判断ができなくなっていた。またユダヤ人多くが金融業に就いていたのも拍車をかけたようだ。

そして決定的な理由として、科学立国のドイツがユダヤ人撲滅の正当化する理屈として、進化論を奉じていたことである。現在では人類は単一の種であって、人種というのは存在しないことがわかっている。が、当時や私の若い頃まで白人種、有色人種と平気で差別していた(アメリカでお店の入り口、バスの乗車口など)。確かに青い目の遺伝子、金髪の遺伝子があることから、種とは関係ないものをナチズムは民族間の優劣に応用したのである。

もし神がアダムとエバを創られたという、聖書の信仰に堅く立っていたならば、民族抹殺のようなナチズムの狂気は見分けられたはずである。それゆえ、まったく検証も証拠もないにも関わらず、ドイツ人の信仰は科学的に見える進化論の毒牙にかかり、非常に衰えていたのである。
なお付け加えれば、ユダヤ人こそ聖書のローマ人への手紙11章24節
あなたが、本来野生であるオリーブから切り取られ、元の性質に反して、栽培されたオリーブに接ぎ木されたのであれば、本来栽培された枝であった彼らは、もっとたやすく自分の元のオリーブに接ぎ木されるはずです。
によって、ユダヤ人こそ神の祝福を受けるべきオリーブの台木であって、ユダヤ人でないクリスチャンこそ接ぎ木された野生種であることを認識すべきであった。本末転倒とはこのことである。

しかしまた、神の計画は計り知れない。この天文学的な犠牲者を出したユダヤ人は、聖書の地、イスラエルに帰ろうというシオニズム運動がますます盛んとなり、二次大戦後の1948年に、国を失って二千年後、聖書の預言通りついに独立を達成した。これは隠れキリシタンどころではない、実に驚くべきことである。



ケパ





コメント

いよいよカンボジアチーム

2018年09月21日 | 派遣
来週から、カンボジアチームが遣わされる。

カンボジアチーム


始まったこのブログから、チーム参加者はだれ?と20名を想像している。
今回はGifts.パトリスの賛美2チームがメンバーにいる。そしてあのパフォーマンスあの楽しい、スプレンダーの森さん。
子供達喜んで歌うよね〜〜

メンバーと一緒にアイススケートorボーリング、みんなが大好きなBBQ。
そして夜には孤児院で聖会。今回も洗礼式あるのかな。
カンボジア聖会はオンラインであるだろうか、楽しみですね。

大きくなった子供達を思いながら、執り成し隊で参加します。

ドルカス


コメント

ベトナム戦争と報道

2018年09月20日 | 本・知識
今はインターネットのおかげで、ニュースや情報は取捨選択できる。ただし、どのニュースが正しいか、見分ける目が大切になったが。

しかし今から20数年前は違った。私の見方ではウィンドーズ95が出る前の時代、多くのニュースや情報は大手新聞社の系列か、またはNHKに独占されていた。それがどんなに偏っていたとしても、何しろそれしか知り得ないのだから、批判の材料なく、巨大情報メディアの言いなりである。お隣の中国が自由なGoogleなどを締め出し、百度(バイドゥ)で情報統制しているのはこのためである。だから大手新聞社の彼らは、政府権力に次ぐ、当時は第2の権力者であった。

ベトナム戦争が終結したのは- 1975年4月30日だった。その日、その時、私はちょうど大学卒業して1年あまり、社会人の2年目に入った直後だった。
私はテレビで観たサイゴン(現ホーチミン市)陥落の様子を忘れることが出来ない。不思議だったのは、戦いの主役であったはずの南ベトナム民族解放戦線(通称ベトコン)の姿は一切なく、赤旗を振りながら戦車に乗った北ベトナム正規軍の姿ばっかりであったことだ。

少ししてその謎が解けた。それまでの20年近く、某大手新聞社らが報じ続けてきた南ベトナム民族解放戦線は、実在しなかったのだ。実態はすべて北ベトナム軍であって、共産主義やゲリラ特有の、西側マスコミを味方につけ戦いを有利に進めるための宣伝工作だったのだ。ところがこの私は、北ベトナムの南への侵攻だとは全く思わず、腐敗した南ベトナム政府に対して、その民衆たちの抵抗運動だと思わされていたのだ。南ベトナム民族解放戦線はそのように謳っていたはずなのだ。

おそらくこの宣伝工作に、最も引っかかって有効だったのが日本の大手新聞社だったのではないだろうか。しかし如何に愚かでも、早晩正体はバレていたはずで、20年近く最後までそれを訂正しなかったと言うのは、最初からの確信犯であったと思わざるをえない。
その偏向報道の流れに乗って学生運動をした私たち若者たちは、私を含めて本当に哀れである。中には検挙されて前科が付き、一生を台無しにした者も多かったと思う。

しかしベトナムで起こったこの1975年の事実すら、某大手新聞社は北ベトナムの正義が勝ったような慶祝扱いに終始した。自分たちが流し続けた南ベトナム民族解放戦線の真実、それを一切読者に知らせず、謝りもしなかった。権力を批判する権力社は、恥も良心もなかったらしい。どうしてそのような新聞社が大手を振って今も存在できているのか、実に不思議だ。

日本人には判官びいきというのがある。事の真実はどうでも、とにかく弱い者に同調し、味方する。ゲリラ戦の必勝法は、だましなどのような、どんな手を使ってでも、マスコミに同情させ、報道させ、自分たちの支持者を増やす戦い、情報作戦が成否を分ける。もともと力が弱いからゲリラ戦をしているのだし、西側世界の最大の弱点は報道の自由であって、真実は相対化されなかなか伝わらないことだ。ゲリラはそれが狙いである。

今でもISなどの情報作戦がどれだけ効果的かは論を待たない。この情報作戦が日本で非常に成功している例は、私はハマスであると思う。ハマスとはイスラエル南部海岸にあるガザを実効支配している自治政府のことだ。今の日本では、イスラエルは悪で、ハマスはかわいそうと言うのが通り相場だろう。(赤い所がハマスが支配するガザ地区。離れた所でヨルダン川西岸にパレスチナ自治政府がある)

昨日もNHK番組ではガザの女性起業家を日本に招いて、ソーラーパネルでその支援をしようとしている番組があった。電力に事欠く生活を、ガザの住民がなぜ強いられているのか? NHKはうまくその根源を避けていたが、イスラエルは分が悪い。ところが同じ状態にあるはずのパレスチナ自治政府(ヨルダン川西岸地方)では、一切電力状態は困窮していない。この根源である真実は、ガザを支配しているハマス自身にあるのだが、事情にうとい日本人は、あべこべに理解している。

情報は両方からとるのが基本である。ハマスの宣伝工作の目的とはこうだ。強いイスラエル軍が戦闘機などで、弱い一般人を無差別に攻撃し、子どもや女性を殺害している。「こんな非道なイスラエルを許すな!」と、全世界の人、国々がイスラエルに怒り、その応援団でイスラエルとの交渉を有利に進めたい。

以前よく流されたニュースに、イスラエル軍戦闘機がガザ地区の一般家屋に対し、ミサイル攻撃をした。(それがどうして一般人の家屋なのかは問われず)ガザ地区は、このような悲惨な状態にありますと、いたいけな子どもが傷つき運ばれている現場の映像を流しながら伝えるものだ。それを観させられる人々は、当然イスラエルへの敵意を持たされる。

これには訳がある。ハマスのミサイル攻撃は、一般人家屋だけでなく、時には病院とか学校、民家がよく選ばれる。そこには犠牲となるべき家族や人が住んでいる。西側の報道機関は、その時間になると待機させられ、イスラエルの攻撃直後に即座に現場に連れて行かれる。凄惨な現場では、どんなにイスラエル軍がひどいことをしたか、全世界に報道して下さいと言うわけだ。

これには周到な一つの仕組みがある。記憶間違いでなければ、「ハマスの息子」という本でそれは明らかにされていた。ハマスはまず犠牲者を選ぶ。日頃からハマスにあまり協力的ではない人々が選ばれる。選ばれた彼らの住むその住宅から、上空をパトロールするイスラエル軍機に向けて対空ロケットが発射されるが、家族が逃げることは許されない。逃げてハマスに撃たれて死ぬか、それとも名誉の殉教をして死ぬかが唯一の選択だ。運が良ければ生き残れるかも知れない。

攻撃を受けたイスラエル軍は発射先に向けて、当然反撃する。すると直ちに西側の報道機関が、ハマスに案内されて凄惨な現場に到着するわけだ。仕組まれ、お膳立てができているニュースを西側の記者達は、自国のメディアに流すわけだ。
これは一石二鳥の効果がある。つまりハマスに非協力的な態度を取るとこうなる、と見せつけて脅し、何も知らない西側世界の人々を見方につけることで、軍事ではかなわないイスラエルを追い込んでいくものだ。典型的なゲリラ戦の例である。

このような報道を、何も知らされない判官びいきの日本人は、「イスラエルは悪。気の毒なガザの人々を助けなくっては」と善意で行動する。まさにそれこそが作戦の成功なのだ。ある意味、このような効果が報道によって為されるからこそ、カザの人々はハマスによって殺され続けて行くのだとも言える。恐ろしいことだ。

いいですか。わたしは狼の中に羊を送り出すようにして、あなたがたを遣わします。ですから、蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい。」(マタイの福音書10章16節)



ケパ



コメント

感謝な事〜

2018年09月19日 | 感謝
いつかこの数字が来ると願ってました。
ケパドルblogのアクセス解析。

PV (閲覧数〕500超えた時に、IP(来訪者)200人を超える時が近い。その日が来ますように、blogが、持ちいられるように〜と祈った。

2010年10月から、コツコツ2人で日々の事など綴り続けることが出来た。
まずは、10人も見てくれる人はないだろうと思いながら毎日続け〜〜
感謝なことです。

とうとう超えたよ。来訪者200人
ハレルヤ〜〜

さらに続けてますよ。
これは、船橋教会の歩みの記録でもあるからね。
愛読者の皆様。さらにお祈りと、応援とよろしくお願いします。

ケパさんとドルカスは、まだまだ書き綴ります。ハレルヤ


ドルカス




コメント

秋刀魚

2018年09月18日 | 食べる
今朝、ニュースで北海道東部沖で漁獲された秋刀魚が、銚子漁港に水揚げの様子を見た。

魚船横付けに、大型クレーンで持ち上げられた漁獲網が、トラックのシートの上にザザザーと山積み。

銚子に行った事思い出しながら、今日は行きつけのスーパーに、秋刀魚が並ぶぞ〜〜と、

今夜のメニューはこれかな〜〜
焼き魚は骨が嫌だと、あまり食卓に並べないけど〜〜これを見たらね食べたくなる。

一匹では足りないと言うケパさんの声に三匹パックに持ち直して、秋刀魚三匹お買い上げなり〜


約束通りケパさんの皿には二匹並べて、いただきます〜す。
新鮮で美味しかった。。。食べた後にもあの嫌なゲップ出なかった(๑˃̵ᴗ˂̵)

ちなみに付け合わせは、かぼちゃの煮付け。これもケパさん大好きね〜

ドルカス



コメント

人生で一番大切なこと

2018年09月17日 | 示されたこと
ほんの五日前、私は67になった。Facebookはそれを友達にバラまいてくれるので、何通かお誕生日祝いが来る。で、来たものに返事を書いた。

「何を書こうか?」思い巡らすと、どうしても次の言葉しか浮かばない。「生かされている限り、御心を行って行けるように祈ってます」と。

三日してメッセージのために聖書を調べていて、ふと次の箇所目に開かれたと言うか、ストンと 合点し腑に落ちた。これはFacebookで返事したことを、天のお父様がみ言葉をもって「O.K.」と裏づけてくださったのだと。(時々見るNKJV大判聖書 赤線を引いたshameに注意!)


1ペテロ4章1~2節】
キリストは肉において苦しみを受けられたのですから、あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい。肉において苦しみを受けた人は、罪との関わりを断っているのです。
それは、あなたがたが地上での残された時を、もはや人間の欲望にではなく、神のみこころに生きるようになるためです。


確かに私が受けた試練=先の妻が精神の病になって十数年、最終的には、天に召された=ことも、今は最高に感謝することだ。渦中にいた時はどん底の暗く悲しい日々だったのだが、それがなければ今日の聖霊のバプテスマは無かったし、心の底から御心を行って行きたいと思う、心からの願いは起こりようがなかった。
こうして人生最悪は最高の益に変わった。十字架の死が神の勝利に大逆転したように、私の不幸せも最高の幸せに変えられた。

そして、このみ言葉の「もはや人間の欲望にではなく」の部分がきつーく入って来た。そうなのだ。「御心に・・・」「御心の・・・」ばっかり同じ言葉を唱えていても、相変わらず人間的な欲望に囚われ支配されていて、どうして「御心がわかる」のだろうか?

となると私の今の状況はまさに、神の配慮であることを知った。悔い改めなければならない。真に神の【もの】として立ち返らなければならないと思わされた。
ほむべきかな神。神の知恵は、人には図り難し。



ケパ




コメント

メッセージは

2018年09月16日 | 教会のこと
今日のメッセージ箇所は

✝️2ペテロ 2章6節
聖書にこう書いてあるからです。
「見よ、わたしはシオンに、選ばれた石、尊い要石を据える。この方に信頼する者は決して失望させられることがない。」
新改訳2017

今日のデボーションからですね。

ドルカス



コメント