ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

速報が❣️

2018年02月24日 | 健康・スポーツ
カーリング女子初の銅メダル。
iPhoneとパソコンでまだ明日の用意中に速報が出て、
ついにTVつけてしまった。



氷上のチェスと言われるこの競技は、長野オリンピックから正式競技となった後、軽井沢会場でも何度か大会が開かれていた。地元では競技人口も多かったと思う。


なので、この3位決定戦が、
2日ほど前の試合に敗れたイギリスとの争いだっただけに、つい気になってしまった。
なんと肉に弱いものだろうと、主に感謝し悔い改めた。


試合後の彼女たちは爽やかな笑顔でした。
が、明日の主日に私たちは、教会で素晴らしい祝福を受けますので、さらに輝く笑顔となりますね。

では明日の礼拝で〜〜

ドルカス


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気になるカーリング

2018年02月24日 | 健康・スポーツ
今夜は明日の礼拝のため、静まり祈ると、思いながら、気になる。

これ頑張ってる〜
対イギリス🇬🇧と、3位決定戦。

1998年の長野オリンピックで目の前で観戦してから、実は結構好きな冬の競技。

投げる瞬間のその目がいい。
とか言って、今夜の3位決定戦を最後まで見るわけにいかない。
キリよくハーフタイム!の5分休憩で、TVから目を離し、



こちらも最後のひと頑張りね。
明日のために時間を使います。

今の会堂での主日礼拝は残すところ5回。
明日も主の御心のままに、礼拝がありますように。
私達が聖霊で満たされ、祝福されますように。


ドルカス



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女子団体パシュート・金

2018年02月21日 | 健康・スポーツ
パシュートとはpursuit:追い越し・追い抜き競争のことで、比較的新しいスケートの団体競技である。3番目の選手が半周を追いつき、相手の3番目の選手を追い越した時点で、勝利が決まるという、言わば追いかけっこ競争と言うことから来ている。
日本女子のパシュートは、NHKの長期取材番組があって、ソチでの悔しさを晴らす鬼気迫る練習と、非情とも言える戦略の積み上げに対し、選手たちが必死に堪え磨いていく姿に感動した。三百日という練習時間は、他国のチームを圧倒するという。

この競技の特徴は風圧による体力消耗対策で、次々と先頭が交代していくことにある。一糸乱れぬ隊列や入れ替えのチームワークなど、この競技日本人に向いた面がある。私たちはこの取材番組を観てからというもの、団体パシュートの日本チームのファンになった。そして今日という日を指折り数えて待っていた。異例なことだか、努力が報われるようお祈りもした。

日本チームは準決勝でカナダに勝ち、遂に宿敵オランダとの決勝戦。この準決勝で菊池は次戦に備え、チームの体力温存のための捨て駒となった。すごい献身である。
決勝のオランダはスケート大国で、日本などには1週間も練習すれば楽勝するなどと豪語していた。オランダ人は特に体格が大きく、アムステルダムの街を歩いていた時、無造作に道端に置いてある自転車のサドルの高さにびっくりしたものだ。彼らは夏は自転車、冬はスケートを常用する。準決勝でオランダと対戦したアメリカは、最初から勝ちをあきらめており、三位決定戦に備えて体力温存を図る消化試合にしていたほどである。
確かに決勝戦を見る限り、オランダは相当強かった。しかし努力は裏切らない。レースは抜きつ抜かれつだったが、ゴールの瞬間では日本はハッキリと勝った。明らかにオランダは、ラップタイムが維持できず、落ちて行ったのである。表彰式で三ヵ国の選手が並んだが、体格差を跳ね飛ばした日本チームに、私たちは深夜にも関わらず、すっごく喜んだ。


おめでとう日本❗🇯🇵


ケパ




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ダウンした

2018年01月06日 | 健康・スポーツ
田舎へ行くとついつい食べ過ぎて、また暮れからのスケジュールに押され、寝不足などで体調を崩すのが常だった私が、最近はとても快調であったのに‥‥

今回は、帰りの車の中でまずいではないかと、思ってたら、やはり帰宅した夜になって悪寒と胃の差し込む痛さ。

あっ〜 やっぱりではなくて
祈らなかったじゃないの〜と、感謝した。

三好での夕食は消化されず、帰宅して2時間過ぎてもそのまま胃に残っていて、
ますます悪寒はひどくあり、胃も痛む。だから荷物は調子見ながらゆっくり片付けるだけ。洗濯もできない。

カンボジアチーム聖会視聴も

ほどほどにして、早めにベットへ。
熱を測るも嫌だ〜(インフルエンザでありませんように)

昨日は午前中家にいてくれたケパさんが、出かける前に、かかりつけ病院の受付をしてくれて、
それでは〜〜と、起き出してマスクして出かけるが、
診察では、朝より熱が下がっていて、ドクターから熱が出て来たならすぐ来るようにという事で、初期風邪の診断。
とりあえず、
インフルエンザの判断にも至らないようで一安心して、安静にして家の中で過ごしてたけれど悪寒は引き続きあるので、

ケパさんすいません。夕飯はご自分でね〜

結局今朝も、昼近くまでゆっくり体を休めたら、だいぶ良くなってる。

午後には2日ぶりの、コーヒータイムは、
妹からの頂き物の小布施の落雁と☕️

でした。

まだ、コーヒーの美味しさは味わえませんでしたが〜〜

さあ、明日の準備に励もう

ドルカス








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逃げるより、攻める

2017年10月27日 | 健康・スポーツ
派遣前、今日は隔週で行っている歯科医院へ。こんなにいつも来ていても、その都度ブラッシングでは気づかない汚れがあり指導を受ける。そして医院でしか受けられない歯の生え際周辺の清掃を受ける。この十数年、もしこのように徹底していなかったとしたら、今頃私の歯はどうなっていたのか、ゾッとする。
神が与えてくださった自分の歯に優るものはこの世に存在しない。痛くなって、がまんできなくなってから歯科医院に行く人は、はたして預かった体の良き管理者なんだろうか?
しかしそんなことを言う資格が私にはない。それほ・・・・・。

以前から時折りあったものの、すぐに止まっていた下血が、実は数週間前から常に用の度に出るようになっていた。全く痛くはないものの、奥さんにも言えず、悶々として逃げ腰だったのだ。
しかし派遣が近い中、いつまでもこのままで良いはずがない。それで意を決して月曜日の朝、これを祈った。だいたい問題から逃げて、これまでメリットになったことなど何一つなかった。それがわかっていても、祈るとどうなるか、その予測がつくだけに、祈ることからすら逃げていたのだ。本当に弱い私である。

はたせるかな月曜朝、祈ると「逃げていず、攻めなさい」と示された。私は即刻ドルカスに告白、ネットで調べた病院に予約を入れた。そこは評価が一つも無い(つまりネット評を無視した)医院で、ただ自分の所信を語っていた、一風変わってるところだった。※痔は国民病であり、行くなら多くある専門医に限る。
この結果は劇的で、念のための内視鏡検査が次の日あったものの、医院に行ったその日から、つまり聞き従った途端に私は直ったのだ。立つ前のギデオンそのものだった私に、「攻めなさい」と勇気を与えてくださった神様に感謝。

逃げては結果が悪くなるだけで、精神は追い込まれるし、結局は負け、ダメなのである。しかし私自身は今回、最初逃げ腰で、本当に自分の弱さを痛感した。
神様から与えられた使命を全うするためには、先ず以て自分の体の良き管理者とならなければならない。使命ある者は、体の管理者としてのこの点を見落とさず、絶えず祈って行かなければならないと言うのが、今回私の得た教訓である。




ケパ





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賞金稼ぎではありません

2017年09月22日 | 健康・スポーツ
最近は、参加したテニスの草トーナメントでは必ず優勝レベルの賞品をいただける好調さ。(写真は最近の賞品の数々)昨日はなんとこれまでで最大の賞金(ラケットのガット張り替え代)をいただきました。もちろん必要経費ではあっても、その1割は神様に捧げて、教会財政に微々たる貢献をします。
それにつけても切に願うこと、それは神様からテニスのように「よくやった」賞を受けられるよう世での使命に一心に走ること。「心を定め一心に❗」

でも賞そのものは神様からのあわれみのプレゼントで、決して自分の力ではありません! 皆さん、ご一緒に走り抜きましょう。


†あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。(1 コリ9:24)





ケパ




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ピロリ菌を除菌するぞ

2017年08月04日 | 健康・スポーツ
市の健康診断では胃の検査で、バリウム飲んでのレントゲンと、内視鏡検査のどちらかが選べる。私たちの敬愛する牧師は、バリウム飲みを美味とし、味わって飲まれる達人のようだ。そこまではいかないものの、私も結構ガマンで飲める方だったので、いつもバリウムを選んでいた。

ところでレントゲンで<結腸ガンの疑い〉とされ、結局大腸の内視鏡検査を受けなければならなかった経験から、この手の検査はサッサと内視鏡を受けるに限る、と思うようになった。そこで今回の検診では、どちらかを選択できたので内視鏡を選んだというわけだ。(※内視鏡は少しだけ費用がかかる)

今回の検査は鼻からではなく、喉を通る従来のタイプで、咽頭の麻酔から始まる、私にとっては未体験の検査が始まった。人によってはかなり辛いものらしく、ドルカスは嘔吐することもあるという。確かにしんどいのだが、それを今回体験できたのは大きい。

さて結果は「異常なし」だと思っていたら、胃壁が炎症のように赤くなっており、「ピロリ菌が疑われ、その生検に出します」とのことだった。で、「(名前、聞くことはあったけど)ピロリ菌って何だ?」状態に。しかしまあ、検査結果で「➕=あり」判定が出てから、それから真剣に考えようと、生来の呑気さが出てしまっていた。

さて本日検査結果を拝聴し、結果は見事「➕」をいただいた。これから七日間、ピロリ菌の除菌薬を飲み続けなければならない。思わず、「感謝・感謝」と。確かにピロリ菌がいなかった方が良かったには違いないが、しかし発見することで慢性胃炎、胃ポリープ、胃炎、特に胃がんの可能性を大幅に減らすことができるとのこと。これは良かったことではないのか。さすがは内視鏡検査…さまさまである。

少し調べてみると、あの強力な胃酸に生き物など棲めそうにないと思うのだが、なんとピロリ菌はそこに巣食っているらしい。ピロリ菌は幽門という胃の出口をピロルスといい、そこで発見されたところから名付けられたものらしい。こいつは有害な毒素を出し、胃壁を弱らせ薄くさせるので、前述のさまざまな病気を生み出す悪いものだ。その上、このピロリ菌、何と五十代以上の日本人の50%以上、データによってはもっと罹患している国民病である。

早速明日からの一週間、大した副作用が出ることなく、ケロッと服用を終え、2ヶ月後の検査では(➖)判定となりますように、主に祈ることにする。しかしまたこれは感謝だなあ、そう思う。胃ガンになってからでは遅いのだから。内視鏡検査、命が惜しいというより、体の管理者として、任されている体をいつでも主のご用に立てられるよう最善の状態にしておくのは、これは任されている管理者としての義務であると言える。検査を辛い、しんどいからと避けていたのでは、天で主とお会いした時に「あなたは私が任せた体の管理に、忠実でありませんでした」と指摘されても仕方ないだろう。


ケパ





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テニス

2017年07月17日 | 健康・スポーツ
私は今でも、テニスが好きである。何もかもすべてを捧げて献身し上京したはずだが、どういうわけか捧げたものの多くが、私の力ではなく今は神が備えてくださっている。学生の時代からのテニスももちろん捧げたのだが、上京後、まだ独身のある時、祈りの中で「血肉の体もリバイバルの備え、再び続けなさい」と示された<聖書においても「肉体の鍛練もいくらかは有益です」(1テモ4:8)とある>。するとすぐに不思議なネットワークに導かれ、杉並でも船橋でも、今日までテニスをずっと続けられることになった。(本日の壁打ちでサービス練習の一コマ)

ところで運動する人は、常に勝ち負けの世界に身を置いているのであって、勝つためには運動しない人よりも自分の体についてはよく関心を払っており、管理しようとする。その結果、私の知りうるところでは、スポーツマンは霊肉ともに健康な人が多いことは確かだ。はっきりした勝負の結果の連続が、偽りの自己像を寄り付かせないのだ。スポーツを通じて、Old-ages be ambitious!(老年よ、大志を抱け)の気力の底支えの意味もあったのではないかと思う。(ボールを追う、打つ)

ところで体は正直なもので、六十代のテニスマンとしては、いやでも体の変化を自覚せざるを得ない。スピードと体力、機敏さと柔らかさ、何よりも動体視力においてである。
ただ私は幸いなことに、単に勝つことだけが目的ではない。私の一番の目的はリバイバルの時代に向けての体の鍛錬、備えである。またテニスによって精神的、霊的にも開放されている面を見る。やがてこの世での使命を果たし終えた暁には、不完全なこの体から解放され、まったく新しい天のからだが与えられる希望と喜び、それが日々強くなって行くのを感じる。体と反比例して、衰えれば衰えるほど、私は次の希望へと、本来の使命に立つ・・・・何という神の配慮だろうか!と思う。




ケパ



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30年ぶりのハプニング

2017年07月07日 | 健康・スポーツ
鹿児島の大隅産うなぎが食台に上った。ずいぶん大きめの蒲焼だ。当然「美味しい、美味しい」とよく噛みもせずに食べていて、瞬間、悪い異変を感じた。

そう、実に久しぶりなのだが、小骨がのどに刺さった感覚である。三十年経っていようと、忘れはしないあの感覚である。それでパン切れとか何かを飲み込んでも、アウトである。
まだ食べ残っている蒲焼を調べて見ると、1cmぐらいの細く透明な小骨がザクザク出て来た。後で分かったのだが、これはうなぎを保護しかつ美味にするため、時間をかけてうなぎを成熟させたため、骨まで堅く太く成長したというわけだ。「これだ、これが引っかかたんだ」と。

そう言えば食べ始めてすぐに、これまで蒲焼で感じたことのない、しっかりした小骨の存在に気づいていた。けれども蒲焼の美味に、要注意が吹っ飛んでしまい、こうして手痛い結果になってしまったのだ。

パンを飲み込んでも「取れない」ことがわかったので、前回の失敗を思い出し、即、かかりつけの耳鼻咽喉科に走った。私のかかりつけの耳鼻科は、探しに探した結果の患者目線No1医院である。
今回の引っかかった場所が右下の、非常に深い所にあることはわかっていた。だから医院で細く小さい骨を探し当ててもらえるのだろうか、心配した。そして診察を受けると案の定、発見は難航した。昔のような目視では到底不可能な所で、私としてはどうなるのかと心配し、まさに祈っていた。
すると医師は両鼻に管を通して、麻酔薬や右鼻から内視鏡を入れて捜索。遂に発見し、鼻から通る長い鉗子を挿入した上、除去に成功!
取り出した小骨を私も見せてもらったが、確かに引っかかった直後に見た、あのうなぎの小骨の仲間だった。

それにしても鼻からリモート操作し、画像で捜索したり、鉗子で取るという、以前では考えられない道具と技術の進歩に感謝した。ついでに申し添えると、まったく痛みがない小手術で、以前の、舌が引き抜かれるのではないかと思うほどの辛さとは無縁であった。それと同時に、江戸時代まではどうやって取っていたのか、想像が困難である。

どんなに小さな小さな骨であっても、刺さったままでは精神的に悪影響を及ぼし、化膿したりするとさらに人体に大きな害を及ぼす。今回、技術進歩に伴う恵みに感謝したい。

最後に一つ、小骨が刺さったような人生の過去における罪は、やはり除去しなければ、心は真の健康になりません。そのチクチク刺さる過去から解放される道があります。キリスト教会ではそのためのお手伝いをさせていただきます。

ケパ

PS
うなぎの小骨の報告を購入先にメール連絡しておきましたら、丁寧なお詫びと見舞いの電話がきました。販売元にも報告をしますと。さらに購入代金は返金させて頂くとの事。感謝します。
治療費には足りませんでしたが‥誠意が伝わりましたので、良かった。
とても柔らかなうなぎの蒲焼でしたから、年配者の方に食べ易いですが、是非とも小骨の注意書きも、一言添えられますようにと祈ります。ドルカス





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逆説的「健全なる精神は健全なる身体に宿る」

2017年03月23日 | 健康・スポーツ
ローマの詩人ユベナリスの詩の一節「健全なる精神は健全なる身体に宿る」が、よく知られたことわざとして世界中に知られている。それだけ洋の東西を問わず、的を射ている言葉なのだ。

日曜日の第七礼拝終了後、つまり深夜になりかけのころ、近くの王手スーパーで買ったお弁当をチンして食べた。その後1時間過ぎたあたりから腹部の膨満を感じ「あれぇ」と思いつつ帰宅した。(※下の図絵は本文とは全く関係ありません)

帰宅後数時間すると、腹部の膨満感にはっきりと異常を感じる状態になった。翌朝は完全下痢状態で「くっ、苦しい〜」と、トイレと水分補給の繰り返しがまる一日半続いた。

この間、覚えているのはドルカスが始終祈っていてくれたことだが、私の方は苦しいばかりで、実際、ほとんど祈れなかった。祈ろうとしても、祈りに入れない。これではいけないと祈っても、情けないことに、続かないのだ。

神の恵みとドルカスのとりなしで、42時間後にはほぼ体長を取り戻せたのだが、不思議なことに、その時ドルカスと観たテレビ映画が「42〜世界を変えた男〜」だった。

改めて思うのは「健全なる精神は健全なる身体に宿る」の真理だ。それが信仰の世界にも通じるということだった。クリスチャンは健全なる身体をも神に祈り求めなければならない。そうしないと「祈り」という、もっとも重要な恵みを失ってしまうのだ。



ケパ




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