ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

股関節の痛みとストレッチ、その恵み

2018年10月19日 | 健康・スポーツ
船橋から横浜の親族宅まで、約60キロある。そのルートはほぼ、東京湾岸を走り続ける。都内を走り抜けるだけに、そのルートのほとんどは高速道路となる。しかしその日、6月22日は高速道路代の節約と併せて、一般道を1度は往復して走ってみようと決めていた。一般道も走ってみるとなかなか、景色が良いのだ。ただし、時間は倍以上かかる。(湾岸と横浜の都市高速を使った場合)

体の異変はすでに往路で現れていた。妙に右足の付け根、股関節が痛むのである。そのサインを甘く見た私は、それでも計画通り、帰り道まで一般道を走った。するとものの1時間もしないうちに、右足の股関節が痛く、痛みをこらえながらの必死の運転になった。運転を続けたのは、痛んでもブレーキなど操作そのものには危険を感じないからであった。

「日数が経つと治るだろう」と当初軽く考えていた私は、逆に運転する度に痛みが増してくるのにうろたえた。とうとう我慢できなくなり、7月9日に船橋整形外科で診察を受けた。この近辺でこの病院はすごく有名な病院で、ちょっと難しそうな今回の症状にも、対応して診てもらえるのではないかという希望からである。(二階のリハビリセンターこれでも半分くらいしか映ってない)

検査や診断の結果、私は二階の広いリハビリセンターに回され、トレーナーから幾つものストレッチ指導を受けた。翌日からは毎日自宅でもしなければならなかった。リハビリのストレッチを続けながら三カ月通ったが、病院へ行った頃の痛みを最大10とするなら、8月で8割くらいに減り、9月で6割 、10月で4割程度に徐々に直ってきた。

各ストレッチを毎朝しながら、右股関節から座骨を通って、臀部に至る筋肉が痛んでいるということはわかった。直ってきつつあるとは言うものの、毎日自宅でストレッチをしながら、筋肉ってずいぶん時間がかかるものだなぁ、とあらためて思い知らされる。4か月経っても完全ではないのだ。

しかし何事も感謝である。そしてこの事も益に変えられると言うのが、私たちの信仰である。で、これって本当である。まず、確かに体の回復は進んでいる。神さまがこのことに治癒力を与えてくださっていること。次に今回のストレッチする習慣を通して、課題であった下半身の筋肉の衰えが、相当改善されたことを感じる。これはやろうとしても、力のない私はすぐに三日坊主になるのだから。おかげでかなり戻ってきた。なんと感謝なことだろうか。



ケパ


コメント

テニス、奥深く狭き門

2018年10月01日 | 健康・スポーツ
猛烈な台風一過の今日の午後、テニスに行って来た。何しろ昨夜は、南向きの住まいのガラスが暴風雨に「割れるんではないか?」と心配するほどだった。こうなるとなぜか、「明日は絶対いい天気」になると反対に思ってしまう。

風が少し残っているが青空が広がって、10月にしては最高気温をマークしかねない上々の天気。テニスはサークルなど固定したメンバーでするより、テニスオフ(パソコンでこの指止まれっ的な募集で集まったメンバー)のような、いつも初対面のメンバーの方が好きだ。(今日のテニスオフ)

テニスは以前は貴族のスポーツとか呼ばれていた。なぜか?
まず第一に、テニスは難易度が高い競技で、初心から入ると、ゲームができるようになるまで少なくとも二百時間、本当はその倍はかかる。つまり毎日のように何時間も練習して、半年近くかかる。しかしそれでも超初心者レベルの段階でそうなのだ。こんなに入り口までに時間がかかるスポーツは、昔は貴族階級でないと不可能であった。

時間が、かかる理由は、走りながら、ラケットを振りながら、どこかに跳んでくるボールを、ただ返すだけでなく、きちんと意図通りに打ち返す難しさにある。時には数時間に及ぶ体力と集中力、それだけでない、テニスは人が違えば、すべて異なるプレースタイルがある。私はいろんなプレーに接するのが楽しみなので、テニスオフが好きなのだ。
また卓球とかバドミントンなどと比べても、一人がカバーする面積は最大である。だからテニスは囲碁のような頭脳的な《予測という読み》が欠かせない。難易度の高いテニスは、フィジカル(身体能力)よりメンタル面(精神や意思力)の力が大きいので、私のような年齢でも若い人などとも対抗できるのである。

簡単にできるものはすぐに飽き易い。逆に、なかなか難しいものは奥の深い。選ぶなら困難な道が優れている。
その、「困難な道」に関して以下の話を・・・・・・・・・・・

キリスト教は世界最古にして、世界最大の宗教だ。今日の人類の普遍的価値観である平等と人権、民主主義、博愛はすべてこの宗教から出たものだ。
しかしこのキリスト教は、すべての人は罪人であり、キリストの十字架による救いを受けなければならないとする。「自分はまあまあの良い人生を送っている」「(法的な意味で)自分は罪を犯してないし、税を納めることで社会に貢献し、正しい生活を送っている」と思っている人には狭き門なのである。

狭き門より入れ、滅びに至る門は大きく、その道は広く、これより入るものおほし。命に至る門はせまく、その道は細く、これを見出すもの少なし。」(文語文聖書 マタイ伝第7章13節〕




ケパ





コメント

前代未聞、全米テニス大会大荒れ

2018年09月11日 | 健康・スポーツ
昨日は書かなかったが、日本人初の四大大会タイトルに、光と影、明と暗のようなことが起こった。それは稀に見る荒れた試合になったことだ。

原因の発端は対戦者の王者セリーヌ・ウィリアムズにある。出産をして1年、テニスに復帰して半年、彼女は再び好調を取り戻していたし、詰めかけた何万人の観客もセリーヌの勝利を信じて疑わなかったはずだ。「あれだけの王者が、二十歳そこそこの、しかも四大大会に一度も勝ったことのない国の選手に負けるはずかない」と。言わばセリーヌの独壇場ショーを観に来ていたのだった。

ところが最初からどうもおかしい。攻め続けるなおみに守勢に回り続け、第一セットを2-6であっさり落としてしまう。第二セットでも一度は優勢に立ってもすぐに挽回され、この時点でおそらくセリーヌは負けを悟ったと思われる。
となるとこれは、完全に世代交代の分岐点となる転換点の試合になりかねない。二十歳の挑戦者であるなおみは怖れを払拭し、さらに伸び盛りとなるだろう。一方自分は36才で、体力的には下がるばかりだ。
この焦りが審判の軽い注意(観客席のコーチから指導を受けないように)に切れてしまった。それは逆上に近いものだった。審判に文句を言い、ラケットをコートに叩きつけてぶっ壊し(これで一ポイントペナルティ)、挙げ句の果ては審判に「謝れ、私の人格を傷つけた!、許さない」「嘘つきの盗っ人」と大声で罵ったので、なんと一ゲームのペナルティを受けた。大会最高の見せ場である決勝戦でこれは、まさに前代未聞である。これは戦わずして試合を投げ出したも同然である。

さらに悪いのは観客であった。セリーヌショーを観に来たのだから、セリーヌに味方し審判に大プーイングをして敵対した。最悪なのは勝敗が決着しての表彰式で、なおみに対して「お前はチャンピオンではない」とばかりブーイングしたことである。これにはなおみはサンバイザーを傾けて隠しながらも泣き出してしまった。これだけでも最悪なのにもっと汚点は、この時の表彰式スピーチで全米テニス協会の会長が、「私たちが求めた結末ではなかった」「セリーナは王者の中の王者」と述べるなど、勝者を侮辱するような対応をしたことである。

だからなおみが「皆さんがセリーヌを応援していたのは知っていた。勝ってごめんなさい」と涙ながらに謝罪させられたわけで、これはあってはならない勝利者スピーチになったことである。
翌日のアメリカの新聞はこのことを「アメリカの恥」「真の勝利者はなおみで、みんな謝罪すべき」と題して一斉に報じたのは当然であった。
唯一評価できるのは、表彰式会場の大ブーイングに対し、冷静さを取り戻したセリーヌが、「チャンピオンにリスペクト(尊敬)をすべきだ」と観客をたしなめ、それでブーイングが終息したことだろう。


翌日になって全米テニス協会はセリーヌ対して、三つの処分を出したが、そんなことよりまず第1に総責任者である協会自体がなおみに対して会場全体と会長スピーチに謝罪すること。次にセリーヌが自分の逆上した行為の結果、観客まで巻き込んで試合を台無しにしたことを、なおみに公式に謝るべきであろう。それができるか、私は注視している。
それにしてもこんなことが日本で、決して起こらないことを願う。





ケパ





コメント

歴史的快挙 大坂ナオミ

2018年09月10日 | 健康・スポーツ
テニスと言う1スポーツの話で、聖書や信仰の話とは異なるので恐縮する。関心のない方にも、できるだけ分かるように語らせて頂きたい。

テニスはこの国では、相撲や野球のような国技的なスポーツではない。サッカーが今やその次の位置を目指している。しかしメジャーではないかも知れないし、人気はそれほどでもないかも知れないが、実用人口の面で見れば、テニスはほぼメジャーである。
なぜなら、公営の総合スポーツ公園に行って見ればいい。テニスコートが無い施設はまず見当たらないし、施設の実用稼働率はテニスが他施設を圧倒しているはずである。つまりウィークディの昼間、ママさんたちやシルバー世代でコートは溢れているのである。

テニスがママさんたちとシルバーに、どんなに愛されていたとしても、世界に通用する選手を育てる場としては、まったくなっていない。世界的な選手を育てるためには、子どもの時からの環境、つまりコーチがつきっきりでジュニアから育てていくクラブ組織が必須である。団体競技なら学校の部活で可能でも、個人競技は部活では不向きである。
似た例として体操とか卓球がある。個人に付き添い、個人にあった難易度の高いテニスを教えきることは、えこひいきできない学校では無理なのである。だから日本国内では、開国以来、テニスの選手育成に成功したためしはない。

一昔前だが、私の友人が娘をテニスプレーヤーとして育てるのに、かなり苦闘していたことを思い出さずにはいられない。父親が娘に3.4才からクラブでコーチし育て、小学校時代は向かうところ敵無しになった。しかし中学の大会に出場するには学校単位であって、学校が障壁になって出場できなくなっていた。これは致命的な欠陥である。
もし娘の可能性を信じて伸ばすためには、国内を出てアメリカとか、広く個人で戦える所に出ていくしかなかった。

錦織圭はその代表例で、13才で渡米している。大坂なおみはハイチ人の父と日本人の母で、両親は父が13年間いた日本で出会い、結婚してなおみが生まれた。だから言葉が少し足りなかろうが間違いなく、日本人である。しかし4歳でアメリカに移住したことが益となり、今日のなおみ選手が大成した理由であることは間違いない。
なおみは身長180㎝、錦織圭よりも背が高い。アメリカ育ちの強力なサービスと強打のテニスプレーヤー、全米チャンピオンはこうして生まれた。

テニスの大会には階層があって、昔からグランドスラムと呼ばれる全豪、全仏、全英、全米の四大タイトルがトップである。このチャンピオンシップの一角すら、これまで百数十年、日本人はただの一度も取ることができなかった。

全豪と全米が固いハードコート、全仏がアンツーカーと呼ばれる(クレイ)土のコート、全英がローン(芝生)コートである。これらのサーフェイス(コートの表面)の違いは大きく、例えばナダルはクレイのスペシャリスト、フェデラーは芝と呼ばれるように、プレースタイルにも影響は免れない。

その四大大会の二つをハードが占める、その全米のチャンピオンに今回大坂がなった。日本人初で、どれほど多くの人が待ち望んできたことだろうか。ノーベル賞は数多く取ってきたが、これはそれ以上の歴史的快挙である。しかも世界一の実力者セリーヌ・ウィリアムズを破っての文句なしの勝利である。
実は私は錦織に期待し、その最右翼にいると思っていたのだが、その錦織圭ではなくこんなにあっさりと二十歳の若い女性が、日本人初の四大大会のチャンピオンになるなんて、驚いているが、実は予想もしていたことであった。最近のプロテニスはパワーがないと勝ちきれない。身長があり、抜群のパワーがある若者が乗りに乗れれば、最も確実に期待できるのだ。

これでマイナーと見なされていたテニスにも光が当たるか? しかしニッボンのテニス界は、まるでアメリカに托卵するカッコーのようである。かなり情けない。テニス協会の方々には、アメリカにナショナルチーム施設を作るとか(笑い)、選手育成を根本的に見直して頂きたいものだ。






ケパ





コメント

運動靴、洗うべし❗

2018年08月20日 | 健康・スポーツ
数日前、ラケットのガット(要するに網の部分)の張り替えに行って、店主が先客に何やら熱心に説明していた。それで順番を待ちながら、しかたなく話を聞くことになった。(ガット張りは、こんなマシーンを使って、オーダーされた張力に張り上げる職人技)

店主「靴は洗わない方が良いです。」
先客「でもうちの子は汗をかくんです。」
店主「その場合はすぐにくつの中敷きを外し、日の当たらない所ですぐに靴を乾燥させてください。」
先客「・・・・・」

そばで聞いていて、先客の「・・・・・」の意味が私には想像できた。大方「だってぇ、どんなにしたって臭いものは臭いんです。それ、どうすればいいんですか・・・。」

その客の後、私は店主に問うた。「どうして洗わない方が良いの?」
「どうしても洗うと変形するからなんです。」
O.K.私はもうそれ以上は問う気にならなかった。

運動靴は洗わない方が、その性能を維持できるというのは大昔から聞いているし、基本、ゴム製品のためある程度本当だと思う。だから過去何十年かは、私は洗わないで来た。しかしその代償もかなり大きいのだ。

とにかく【たまらなく臭い!】のである。
映画「祈りの力」(原題 WAR ROOM )で、主演の女性がクローゼットを祈り専用の部屋にしようと、部屋の荷物を取り出して整理する時、自分のたくさんのヒール靴を一つ一つ嗅いでは「臭い!」を連発して笑いを誘うシーンがあった。私はそれを笑えなかった。
人事ではないのだ。(クローゼットで祈る主演のエリザベス役プリシラ・シャイラー)


人には二種類ある。足の裏にひどく汗をかく人と、それほどでもない人である。ドルカスはかかない。だからiPhoneの画面も、時々反応せずに困っている。私は決してそんなことはない。つまりわたしはかなり汗っかきである。だから季節を問わず、ソックスは相当湿ってしまう(常時替えソックスを携帯)。それが激しい動きのテニスの場合、たちまちかなりの部分が濡れることになる。当然それが靴の布部に移り、たび重なって乾くと靴は・・・ああ、恐ろしい。
店主が「洗わないで」と言うのは、きっとドルカスのような足が発汗しない人に対してなのだろう。それとも、あの恐ろしい臭いを知らないですむ、庶民でない履き捨てられる人たちなのだ。

特にテニスに行く車の中で、臭い靴はお手上げである。満員電車には乗れない。余りに臭うので、家の靴箱に入れられない。
それで結局、対応は二つしかない。短い期間で靴をしょっちゅう買い替えるか、使う頻度にもよるが定期的に洗うことである。(私はスプレー塗布で2カ月に1度)

テニスは手ニスでなくって走ってなんぼの「脚(あし)ニス」である。ここ十年以上、靴は最高と信じるアシックス製に戻しているが、このメーカーはあまり値崩れしないため、そう頻繁に買い替えられない。それで、やむなく洗うことに徹している。

秘伝
洗うことを避けられない、全世界の足汗族に言いたい。洗う回数を減らす方法。
〇可能な限り、プレーの合間をぬってソックスを何度でも履き替えよう。
〇靴の中敷きのスペアを同時に注文、ソックス並みに毎回洗う。
〇中村秘伝❗防水スプレーをかける。
※本来外側にスプレーするものだが、汗を吸わせないために内側の布部全面にかける。(私も使用している有名な防水スプレー)

なお靴の性能だが、確かにそれはラスト(足型)が広がったという感覚がわずかに出る。しかしものは考えようである。それは私には当初の硬さがなくなって、自分のラストに馴染んできたという感じがする(これがメーカーの言う〈へたり〉なのだろう)。何より臭い靴をはいてプレーしなければならないという心理的なマイナス面を補って余りある。自分が綺麗にした靴には愛着が湧く。電車にも乗れる。奇麗になった靴を履くと、何だか自分への応援団がいてくれるようで、足に羽が生えたような集中力が高まってくる。

結論】要するにメーカーやショップの話とは、足に汗をかかない人たちへの話。汗っかき人間は、積極的に環境美化【洗おう❗】ではありませんか。


ケパ




コメント

年に一度は検診に

2018年07月13日 | 健康・スポーツ
今日は市の特定健康診査を受けました。誕生日の関係で2人で揃って受診出来るのは、7月がだけなのよね。
毎年2人で近くの病院で受けます。歩いての距離が嬉しいね。


今年は肺がん検診と大腸がん検診がセットされていてね。さらに前期高齢者となった私も対象者「肺炎球菌ワクチン接種」もあるの。
と、同時に受診する内科では、久々の心電図も言われていまして、ケパさんはとうに終わって帰ってるのにね〜。私は診察室前で、待ちぼうけ中。

午後にはもう一つ予定があるのですが〜〜


その午後の予定は、
ここから追加❣️ しました。



実は🎉2日遅れですが、姪のお誕生日を祝いました。でも姪は言うのです。

「いまね、今日のお誕生日より、11月のお誕生が、とても楽しみ〜〜」と
そうなんです❣️
姪の胎には、いのちが(๑˃̵ᴗ˂̵)宿ってます。
11月の中旬には、母となる。


手作り絵本をしながら、賛美し祈るひと月も来週早々には帰ります。
そして、秋に再び里帰り出産にこちらへ来ます。とても楽しまですよ〜。
主のご計画に。感謝します。

ドルカス



コメント

決してあきらめない

2018年07月10日 | 健康・スポーツ
昨夜(7月9日)、錦織圭のウィンブルドン4回戦がNHKでライブ中継された。相手は予選から勝ち上がってきたラトビアのE・ガルビスで、ランクは格下なのに、信じられない素晴らしいプレーの相手だった。

この選手は四年前にはトップ10にまで入っていた選手で、昨年秋に結婚してからというもの、長身を活かした強烈なサービスとフラット気味のスピードボールが復活し、直近の試合ではなんと世界ランキング3位の若手A・ズベレフ(ドイツ)を破っての錦織戦だった。(まだちょび髭の頃のガルビス)

私もなんとなくいやな予感がして観ていたのだが、第2セットの中盤まで観て、後は録画に切り替えて観戦は中止した。錦織は再三ブレークの危機に追い込まれるが、ガルビスは付け入る隙が無い完璧なプレーだったからだ。「ああ、これじゃあこのセットも奪われる・・・」、錦織は右肘を傷めているし、これでは負け目前だ。もう観なくても結果が見え見え、と。

違う番組を観ていたら30分後だろう、「ただ今錦織、1-1,第3セット中です」のテロップが流れた。「えーっ、第2セット、取ったって?」と思わず声が出た。どうやら第2セットの再三にわたるブレークピンチを乗り切って、タイブレーク(6ゲームオールになった場合、7ポイント先取でセットの勝負をつけること。サッカーのPK戦に近い)でものにしたらしい。

再びウィンブルドンのライブに戻してみると、すぐに第3セットもタイブレークに突入した。繰り返すが、猛サーバーの方が絶対有利である。両者一進一退の中、ガルビスの転倒と負傷などのハプニングも、織り込みながら最終的には12-10で錦織が第3セットも制した。ガルビスの怪我は、それが試合の中、どれほどここが試合の行方を決する重要なポイントであるかを物語っていた。(転倒し、打った膝を抱えて痛みをこらえるガルビス)

さて、第3セットまではどう見てもガルビス優勢であった。しかし錦織が勝てたのは、最後まであきらめなかったからである。
冷静にサービスのコースを読み、タイブレークのような重大局面では、ここぞという集中力を見せて、相手がミスするまで拾いまくった。

こうして3時間28分、23年ぶりに、錦織圭は日本人最高のベスト8まで勝ち進むことができた。この試合は、本当に感動ものである。試合後のガルビスが、「自分がどうして負けたのか、よく分からない」風の表情をしていたのが印象的だった。

それは観ていた誰もが感じるもので、「柔よく剛を制する」といった不思議な、しかし心に熱い火をつけるような戦いだった。優勝という偉業まで後3つ。次戦は高い壁、似たプレータイプのジョコビッチ戦で、これまでほとんど勝てたことがない。しかし昨夜の観ていると、希望が持てる。右肘がそれまでに直っているように。

あきらめないで戦う、これなくして逆転勝利や、奇跡は起こらない。クリスチャンの場合は、自分ではなく、神を信じて最後まで戦い続ける。その時、勝利はもはや人間的には奇跡でも、当然のものとなる。神の勝利だからだ。
しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」(ローマ8章37節)



ケパ



コメント

夏雲の下、整形外科に行く

2018年07月09日 | 健康・スポーツ
梅雨明けは先月の終わりだったが、七月に入って初めて夏の雲の積乱雲(入道雲)を見た。見た所は船橋整形外科病院の初診者用の待合コーナーからだった。

この病院、並みの整形外科病院ではない。何しろ診察室がずらっと15も並んであるのだ。整形外科オンリーだが、その大病院なのだ。当然、質の高い専門的な医療が受けられると聞いている。(写真の奥、15の番号がついている診察室)


私がなぜここに来ることになったかというと、家から近いということもあるが、診断が難しそうだと思ったからだ。
発症は5月15日、横浜まで往復して走った時だった。その時は高速道を使わずに、行き帰りとも下道を5時間あまり走った。すると帰路、初めてアクセルペダルを踏んでいた右の股関節から臀部にかけて、経験のない鈍痛が始まった。いくら運転姿勢を変え、シートをずらし、足を内股にしようとも、痛みはなくならかった。

はじめは、日が変われば収まって治っていると思い、ドルカスにも言わずにいたが、それから以後、運転する度に鈍痛がするようになった。これだけ日数が経っても快方に向かわないので「これでは白馬まで運転できない」そんな、心配が生じた。そこで最初から民間療法に頼るのでなく、まず病院で診断してもらい、その上で治療に専念することことにしたのだ。


診察室に入って、医師の診断を受けた。レントゲンを撮って、またすぐ診察に戻る。近頃のレントゲンはフィルムを使わないので、瞬時に医師の元に届くようだ。
結局私は、骨には問題が無く、痛みも運転時だけなので、腰部の老化と、特定の筋のトラブルだとされたようで、単にストレッチをして経過を見ることになった。それでこの病院の二階にある、体育館よりも広い?リハビリ&トレーナー施設に案内された。アクセルペダルを踏む右足だけでなく、股関節全体のストレッチ四種を実地に指導された。

そのリハビリ&トレーナー施設で周囲を見たとき、若い人は皆、故障したスポーツ選手のようだった。それ以外の九割は私を含めて、老化が原因の人たちで、そのリハビリはある程度、痛みに耐えながらするものだ。皆、真剣で各自の課題に頑張られている。それを見ながら思うことがあった。

高齢者にならなければ、分からないことが沢山ある。混雑時の駅のトイレで、どうして年寄りは用が長いのか? ちょっとした段差で、どうしてつまづくのか? 達観しているはずの年寄りに、イライラする人がどうして多いのか?
その時、聖書の次の一節を思い出した。

「血肉のからだは神の国を相続できません。朽ちるものは、朽ちないものを相続できません。」(第1コリント15章50節)

体が若さを失い老いて行く、それは朽ちて行くスピードを増しこそすれ、決して戻せない希望のない一方通行だ。肉体に関しては、信仰がなければ、おそらく正視できない将来がそこにある。それなのに血肉の体にしがみついている、そんな感じだ。
しかし私たち日本人の大部分、正しくは非クリスチャンの99,8%は、滅ぶ自分の体だけがすべてだと思っているのだ。このリハビリ&トレーナーに通う人々は、自分の体とその最終的な行く先を、どう受けとめているのだろうか。

ところが私たちクリスチャンには朽ちないもの=御霊のからだを相続する希望に、ますます満たされていく。そのからだは、滅びない永遠のいのちと共にあり、幽霊のような霊ではなく、この血肉の体にはるかにまさる実際のからだだ。罪も苦しみも悲しみも無い国にそれはある。

生き方を模索する若い人たちだけでなく、高齢者にこそ福音は必要なのだ。



ケパ





コメント

首から上の惨状

2018年07月06日 | 健康・スポーツ


「首から上」は頭しかない。その頭部が私の場合、ほぼすべてに問題がある。(いっそのことAIに代えたい?)

歯・・・目前の総崩れに気づき、その断崖絶壁上で、悔い改め踏みとどまって十二年あまり。これは最低でも月1の歯科通いをしての年数でもある。
鼻・・・生涯治らないのか、25種検査でもアレルゲンが分からないアレルギー性鼻炎と副鼻腔炎。鼻腔が曲がっているとも。
耳・・・時々来る耳鳴りは別として、たまたま奥さんの声だけが難聴になる(笑い)。身体はLサイズなのに、超耳穴が小さく、適合するイヤホンが無い。
目・・・これだけは、と健康を誇っていたのに、たまたま都の60歳検診に緑内障検査が入っていて発覚。見事に緑内障認定。生涯目薬のお世話になりそう。
その他悪いところ・・・自覚症状 = 顔・滑舌・脳。(ハリーくん、悪いことも感謝しよう。これには祝福がある)

それでも私には最高に大きな希望がある。御霊がその保障としてある、携挙後の「御霊のからだ」である。御霊のからだはあまりにも素晴らしいので、私は期待に胸躍らせている。この世の血肉の体に、あまり希望を持たない方が次の備えとしてすぐれている。これは半強制的な、御霊に属する思いを強くする、恵みなのだと感謝する。

"肉に従う者は肉に属することを考えますが、御霊に従う者は御霊に属することを考えます。"
(ローマ人への手紙 8章5節)
"肉のうちにある者は神を喜ばせることができません。"
(ローマ人への手紙 8章8節)



ケパ






コメント

歯科医も祈りのうちに

2018年07月03日 | 健康・スポーツ
7月に入って、今日は

月に一回受診予約の歯科医に来てます。

歯科医が言われたのですが、
80歳代になっても自身の歯で食事する。そのために治療したいと話して下さった。
そうよね。大切にしたい。

待合室の様子はもう見慣れたもの。

この歯医者さんとのお付き合いは、既に10年目ね。前年に示しで東京に来たケパさんが、歯科医探しの祈り求め示されて歩いたそこにありました。がその時は確信が取れず(平安がすぐになく)
更に祈り確認を求めたその1つとしてインターネットで検索しての評判など、
慎重に祈り続けた後に、平安が与えられ出会った歯科医でした。
私以上に、ガチャガチャ歯の持ち主のケパさんの祈りは、主に届き聞かれた。

祈りによって導かれたここは、おまけの私も脱帽です。
ギリギリまで私は田舎に私の歯科医へ行くから行かないと、拒み続けていた。
ところがある日、顔が変形する程に何度となく治療に手こずっていた奥歯が相当に腫れて痛ませた時、強引程にケパさんが連れてきたここで受診。
それ以来「信頼する歯科医はここです」と思わされました。
なので船橋に引っ越しても、今も月一回片道一時間以上かけても通うのですね〜。

おまけです。

診察台横にあるうがい用に使う紙コップの絵柄が時々変わる。これが私も楽しみなのだけれど、それは子供たちが少しでも飽きない様にの配慮ですって。

ドルカス




コメント