ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

今日のランチタイム

2015年05月31日 | 教会のこと
愛餐は持ち寄りです。今日は🍙に出来なかったのでそのまま運びました。

春バージョンで、桜エビとタケノコの炊込みご飯ね。さらに簡単に頂けるチキンナゲットもありましたよ。感謝なランチタイムがありました。
しかし食事の後には、学びの時でしたが
チョット眠くなったね。
主よ感謝します。 ドルカス
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5月最終日

2015年05月31日 | 教会のこと
今日も礼拝いたしましょう。
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何がこの世で大切か?

2015年05月30日 | 信仰
4月の初め頃、母の葬儀を最後に、私たちに親はもう世には居なくなった。次はいよいよ私たちの番である。そういう年になった。テニスで息子クラスの若い人たちと対戦することが多いが、彼我の身体の違いを実感する。そこで同世代の人たち(退職世代)は、次は自分たちの番であることを、どのように受けとめているのかが私は気になる。

おそらく多くの方は「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿をモットーに、この事に触れない、考えないことに徹しているのだろう。あきらめ、または不吉として避けている内に番が来ると言うわけだ。これは取り返しようのつかない、愚かな選択である。古来、逃げ続けて勝った例はない。避けて逃げてはいけない。事は永遠のいのちの問題なのだ。

死に打ち勝つのは、あらゆる宗教の中でも、唯一キリスト教だけである。独善的と言われようと何と言われようと、そうである事を私は確信している。なぜなら聖書を通してのイスラエルの神が真の神であり、人類に対しての四千年以上の歴史がそれを証明している。
この神を信じる者は、永遠のいのちを与えられ、死なない。ただし今の血肉の肉体は土からできたものだから、土に還る。その後、霊は肉体を卒業して霊の体になって、フワフワしてると思われるかも知れないが、実はそうではない。時が来た時、それまでの血肉の体に勝る、つまりもう老化しない、永遠の新しい体が与えられるのだ。体なのにもはや血肉の体ではない、つまりあらゆる欲(食欲、物欲、肉欲など)からも解放されているのだ。
真のクリスチャンは、この血肉の体の服を脱ぐ事(肉体の死)を「ハレルヤ!」と喜び、天に凱旋したと讃える。だから、天の御父の元に行ける日を、待ち焦がれている友もいる。死は克服されているのだ。

※ここからは興味ある方が読んでください・・・・

ある宗教では聖戦で死ねば、天国で72人の処女と好きな事が出来ると信じている(そこはとても天国とは思えないのだが)らしいし、輪廻転生で、次はどんな動物に生まれ変わるか分からないという宗教もある。仏の慈悲で、生前はどんな人でも死んだなら極楽に行けるとしているのもある。あまり信じていなかったとしても、関わりがあれば行けるらしい。でももし全員がまた集合するならば、そこはシャバ(この世)とあまり変わらないのではないのか?

ではキリスト教はどこが違うのだろうか? ズバリ「十字架」の有る無しである。天国はこの世で果たせなかった肉欲を満たすところでもなければ、今のような自己中心なままの人間が行くところではない。それなら地獄である。
キリスト教には人間のどうしようもない罪性を、人間の造り主である神ご自身に等しい方(神の独り子キリスト)が十字架に身代わりとして架かってくださった。究極の愛である。自分の罪の故にこの十字架を信じ、神を主とし自分を捧げるならば、その罪は完全に赦され、新しい人間に変えられた者となる(これを新生と言う)。自分の一生分の罪、全人類の人間の罪、これを償うのに宇宙と人間を造った神が身代わりになる、これに不足があるだろうか?

多くの人が十字架を頭で理解しようとするが、私の経験では、有限なる人間には、これは無理である。私が全世界の言語を使えて、全世界74億の人間の個々の生活に関わる事ができるだろうか?そんな事は神にしか出来ないのだから。ただこれだけは言える。自分の罪深さでは、到底天国には行けないということを。ならば、キリストの神を信じるしか救われる道(天国へ行ける方法)はないということを。
どうか、信じていない方は、今一度自分は必ず死ぬこと、そして自分の霊はどこへ行くのかということを、真剣に考え欲しい。 ケパ
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金曜日は‼️

2015年05月29日 | 教会のこと
月に2回。午後からのSkypeボイストレーニング。
声が出ない。声が小さい。リズムがイマイチなどと逃げてたら、ダメだ~
ピースフル引っ張っていけないリーダーでどうするの‼️っと、そんな弱い私も神様はご存知度から、感謝してレッスン受け続けてます。
今日はチットばかり褒められた。褒められたら嬉しい。よしやるとその気になるじゃないの。

そして夕方からは神学校授業を受講。まずは「祈り」の授業をうける。
祈りはクリスタャン生活での土台。祈ると祈らないその違いは大きい。1日いち時間は必ず祈りたいね。
この授業は、当たり前な内容!なのだけど、う~ん重要な学び。本気で学んで本気で祈らなくちゃ。学びの中で、一歩づつ引き上げられないとね。
そして9時から、実際深夜祈祷会で実践でした。 ドルカス
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ピアノを再び弾くようになるまで

2015年05月28日 | 生活
この1週間、悩みに悩んだピアノ(と言ってもキーボードタイプのもの)の選定を終え、やっと発注した。
と言っても、ピアノを人前で弾く、なんて五年ぐらい前までは「あり得ない」展開だった。なぜなら確かに私は幼少期に習い、高校生でも習ったが、役に立ったのは教員採用試験の実技テストと、パソコンのキーボードでブラインドタッチを覚える時ぐらいだった。教職時代には音楽専科に頼り、居ない学校ではCDのカラオケで伴奏させていた。逃げていたというか、要するにピアノ弾けない先生で通した。

ところが船橋で開拓伝道し、主日に礼拝をしようとすると伴奏者が居ない。「じゃあどうする?」となり、そこであくまで間に合わせということで私が弾くということになった。慌てて派遣前の教会の某姉妹に教えを請い、コードでジャンジャンと弾くギターのような伴奏を覚えた。これで数年は持った。
しかし待てど暮らせど伴奏者が来ない中、自分のあまりにも拙さに、次のように祈るようになった。「神様、一刻も早く伴奏者が来ますように」「またもし時間がかかるなら、どうかしもべがもう少し恥ずかしくない程度に、弾けるようになりますように!」と。

その祈りの結果だろうか、不思議な仲介でピアノ教室に通うようになり、そこでまたまた、ちゃんと練習するにはちゃんとした楽器、つまりタッチと響きのある楽器がいるこ痛感させられた。本物のピアノの前で、その違いに立ち往生し、何度も弾けなくなった。
ちゃんと弾けるピアノを持っていればと思う反面、それは贅沢ではないかと思って祈ってみると、意外に《ゴーサイン》の示しが続いた。思い返してみれば、その時は「弾けないんだから」と楽器を軽んじ、ただ鳴れば良い楽器(路上用には向いているかも)を間に合わせで買っていたのである。
祈っていると「賛美の霊で、あなたに開くことがある」との示しもあった。そこでいよいよ、選定に悩むことになった。機種決定にはネットで済ませるのではなく、銀座のショールームまで出かけて指弾して決めた。不思議なことに、多くの機種に触れても「コレっだ」と思う機種は、あらかじめ導かれていた本命の1機種しかなかった。私はインターネットでこの群れに導かれたが、神はインターネットを通しても、御心の情報を求める者にお伝えになれるのである。

改めて思うことは、キリストの神を信じる者にとって、人生に無駄な事は何一つない、という事だ。子どもの時のピアノはこの一つの例にすぎない。家庭が崩壊し、先の妻が亡くなるなど、絶望し、どん底の不幸と思えた事柄は、今では「あれがなかったら今の私はない」と天に飛び上がれるほどの喜びと感謝に変わった。
さて今日待ちに待っていた本体が届くと、なんと初期不良品で交換、またまた数日の時間を要することになってしまった。一見苦し紛れの「カッ、カ、感謝しまーす」になりそうだったのだが、しかし見方を変えれば、私は超安く買ったこの機種の、最新版の本体をゲットすることになるはずだ。 ケパ

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始まってます

2015年05月27日 | 教会のこと
賛美してます。曲は「Triumph」牧師は賛美と踊りです。

メッセージは Ⅱコリント 3章6節  Ustreamからどうぞ
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告知します

2015年05月27日 | 教会のこと
この日曜礼拝のオンラインの音声が、
配信できませんでした。
本日、水曜礼拝で音声配信いたします。メッセージは、主日礼拝にそっていたしますのでオンライン礼拝の方、
よろしくお願いします。ドルカス
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パンが好きだ~

2015年05月26日 | ネコのコールと‥‥
先週までアンテオケBlogで、ペット話題が賑わっていましたが、今日は久々コール話題です。
僕はパンが好きだぁ~
ヒラヒラおかかの次に好きだぁ~

そうなのです。ガサゴソ袋から出していると、なぜわかるのか?何処からでも来る。朝食でもおやつでも来る。

今日はケパさんの膝の上ですねぇ。

あらら。もっと欲しいなんて、もうおしまいですよ~ ドルカス
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ここはどこの国 ?

2015年05月25日 | 生活
今日銀座に行って来た。YAMAHAのショールームで、意中の楽器を見て、触って、弾いてみたかったからだ。いかにインターネットの時代とはいえ、このような感覚的な体験は出来ないし、楽器はそれが大切だ。
ところが驚いたのは、銀座の通りは《すごい外国人ばかり》の人だかりだったことだ。炊飯器を3台も積み上げている人など、特に家電製品の店の前を通り抜けるのは大変。少し前から外国人による「爆買い」が話題になっていたが、「これなんだ」と思った。
外国人は声が大きいので、すぐお国がわかったのは愛嬌で、中国人の旅行者がほとんどであったと思う。これまでも新宿のヨドバシカメラなど、カメラ店で外国人が多かったのは昔からだが、それが白物家電にまで広がったということだろうか? ケパ
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日曜日は、丸々

2015年05月24日 | 教会のこと
丸々一日教会で過ごしてます。
礼拝の後ランチタイムと、オンラインで礼拝の恵みを頂き(ランチタイムは、いつものように、🍙+α ね)
そして神学校の授業を。3科目、これで挫けちゃいそうなんて云いませんよぅ

さらに1時間の休憩があって、その間にm姉は、新聞と、雑誌購入の会計してくれてました。感謝ですね~

そして夜は再びオンラインで礼拝出席してます。
ハレルヤ~ な主日でした。 ドルカス
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