ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

新幹線

2017年09月07日 | 
午前11:00 ウクライナでは早朝5:00
目覚まし代わりのモーニングコールを
新幹線の前からします。

ケパさん❣️おはようございます〜、と言ったら今朝はちゃんと目覚めてました。


私はこれから、久しぶりに新幹線に乗り、信州へ行きます。

ん!以前は☝️の色合いの長野新幹線でしたが、 シックな色合いの🚄
北陸新幹線も走る様になり、この車両も増えたのかな。本当に久しぶりの乗車。

車両内のカラーもシックです。

もっとびっくりは、自由席が3両から5両に増えてる。
隣の新幹線、岡山行き逆方向へ向かい一足先に出ました。


今大宮駅。乗車率高い!見る見るうちに満席。指定席も満席と放送されました。
始発から乗れる余裕でした。

最後尾車両、満席の一番前A席窓際。
結構好きな席です。


軽井沢通過、ガスってる。浅間山も見えない。寒そ(-.-;)y-~~~
乗客は随分降りて行く。


ドルカス


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富岡製糸工場

2017年07月25日 | 
信州へ行く途中、富岡インターで途中下車をし、3年前世界遺産に登録された、富岡製糸工場にを訪問した。ここは私の教師時代、6年生を受け持つ度に明治新政府の二大政策「富国強兵」「殖産興業」で必ず教えてきた所である。

行って、見て、聞かなけれは分からないこととは、この世界遺産のことである。私と変わらない年頃のガイドさんは私と元同業者、それがピンと分かるのだから面白い。こういう歴史遺産はガイド付きの恩恵が大きい。(工場は明治五年の完成。当時は製材技術が無く、すべて手のこでの作業で完成ささた)

ところでここが日本の近代産業の発祥の地である、と言う。確かにそれまでだって家庭内で絹糸を紡ぎ、機を織って来た。しかしそれでは太さが均一でなく、製品の質もまばらな粗悪品でしかない。故に当時の日本の主力輸出品ではあっても、価格は買いたたかれたのであった。

工業化とは均一の品質を安定して供給することである。具体的にはフランス人の技師を雇い、外国製機械を導入し、立派な建物を建て、何よりも熟練した女工を育てることであった。
話を聞いて、改めて困難さを感じたのは、繭(まゆ)玉から繭糸の先端を取り出すたけではなく、1から1、5kmあるそれを五本位束ね、切らず絶やさず撚り続けて行かなければならない。それだけでない、一つの繭玉、つまり1本の糸でも始めと終わりとでは太さが半分位異なるそうである。これらを瞬時に見分けながら同じ太さの均一な糸になるよう素早く作業するには、相当な熟練が要る。
富岡製糸工場は、まだ電気がない時代で、作業は日中だけ。寮も食堂での賄いも、教育棟や病院も全部込みの超最先端エリート工場であった。政府のもくろみ通り、ここから全国へ製糸工場が技術が飛び火して世界一の生産国へと拡大していくことになる。拡大してから、女工哀史とか野麦峠とかの時代になって行く。

来て、見て、聞いてみなければ分からない世界遺産であった。




ケパ






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あじさい屋敷

2017年06月30日 | 
火曜日、房総半島のほぼ中央からやや東にある〈あじさい屋敷〉を訪れた。あじさいは梅雨時期の花で、雨に濡れてこそ美しい花だ。ひどく日差しが強い夏の太陽の下では、焼けてうなだれてしまう。日曜日の雨が止んで曇天の二日目、この火曜日は、あじさい鑑賞には最適のお天気で、花自体も見頃であった。(はるか下に見えるのが、あじさい屋敷)

ここは元々イチゴ農園で、片手間に植え広げたあじさいが人気を呼び、拡張に拡張を重ねて今日のあじさい大パノラマ庭園となった。今ではイチゴ変じて、すべてあじさいとなったのだそうだ。
確かに駐車場から屋敷の庭に入り、目を上に上げた瞬間「おおーっ」と、唸ることになる。「ここまで植えたのか」と足下はもとより一面のあじさい、はるか遠く山の上まで広がるあじさいを見回して驚くことになる。(裏山の頂上まで、あじさい、またあじさい)

あじさいの花や葉の形、色の変化には見飽きないものがあった。そして何とか雨が止んでの二日目だったので、自己責任で山道をたどって歩くことができた。二日後に訪れた方たちは全面ストップされたようだったので、私たちは上から全体を見渡すことができ、恵みが大きかった。

ぜひ一度は訪問して見てほしい。





ケパ







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銚子電鉄パート2

2017年06月27日 | 
なかなか楽しいね〜
銚子駅を出ると、中心地から郊外へ走ります。

この無人駅は「本銚子駅」ん?ここが銚子の中心だったの?


この辺りから郊外田園風景


駅長さん滞在の駅は少ない。


単線なので上り電車を待ちます。


それにしても、ユニークな名前で
上りホームは 「かさがみくろはえ」


なぜが上下線の駅名が?ちがう
下りホームは 「かみのけくろはえ」


紫陽花が路線ギリギリ咲いてるから、枝がぶつかるのではと、ドキドキ


なんとここは、関東最東端の駅
海鹿島駅。読めなかった(๑˃̵ᴗ˂̵)
それにしても無人駅がある多く、その都度運転手と車掌が、前後ろで確認ね。


トウモロコシ畑を走り抜ける。


いまは、目立たないけどキャベツ畑も。


そして終点の「とがわ」


女性駅長が、キップ受け取ってくれました。降りたのは私と、も一人は地域の人ね。定期使用でした。

ほとんど、
乗客は一つ前の犬吠埼で降りてしまった。

ここはかつてNHK朝ドラの「澪つくし」で、撮影に使われた場所のようです。


先に到着していたケパさんは、町中を散策していたらしく


到着した私を案内しながら、「漁師の町だ。」と、待つ時間を、楽しんだみたいで良かった。(彼の田舎の街並みを思い出したようです)
外川は、港からは高台にある地域で、少し下ると以前来た時名前に惹かれて訪れた 長崎地区があった。


久しぶりのローカル線、ワクワクして懐かしく楽しい時間。田舎で幼い頃から高校生の時に利用したローカル線を思い出した。

後で駅でもらったチラシを見たら、銚子初の映画化が5月に封切りであったようだ「トモシビ 銚子電鉄6.4㌔の軌道」是非観たいな

今回は9回目の記念を2人で最終イベントした(๑˃̵ᴗ˂̵)
今年9回目の記念がある事を主に感謝します。

ドルカス


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銚子電鉄

2017年06月27日 | 
今日は30分程の、一人旅
憧れの銚子電鉄に乗る。

ケパさんが、わざわざ始発の銚子駅まで送ってくれました。
犬吠埼のホテルから10分もかからぬ(๑˃̵ᴗ˂̵)距離。
このホテルの格安プランでの利用は何度目か忘れたけれど、別行動は初めて。

でもここはJR駅じゃないの?
観光案内でお聞きしたら。改札をどんどん入って〜と

エッ。JR改札を入って良いのか!
階段を降りると。ホームに止まるJR🚊が

エッ、ホームの先に銚子電鉄駅があるの?

びっくりだけれど、この可愛い🚃に乗るよ〜

二両編成の赤い電車で、終点の外川駅まで

若い女性車掌から、片道切符、外川駅までは、¥340を購入し、
車輌一番前に座る。左前は運転席。

さあ出発〜〜
話は、パート2へ続きます

ドルカス
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犬吠埼にて

2017年06月26日 | 
今日は午後から一路、ここ銚子は犬吠埼に車を走らせた。ご存知、関東最東端の地、そしてなぜか文人歌人が愛した地である。
ここを私たちの祈り場としたのは、日本で一番日の出が早いことによる。※明日は四時二十二分。関東最東端だけでなく、地球の丸さから、犬吠埼が北海道を抜き、日本本土で一番早い日の出となる。(今日の夕方の犬吠埼灯台)

リバイバルを祈る私たちには、そんな日の出の早さが祈りにびったりなのだ。そしてこの地で読んだ若山牧水の次の歌が好きである。

まともなる海より昇る朝の日に机のちりのあらはなるかな

机のチリとは、クリスチャン的には「悔い改め」である。ダニエルがそうであったように、日本一の早い光によって祈る<(_ _)>者の罪が明らかにされ、深い悔い改めに導かれる時には、臨在が非常に強くなり、御心を受けやすくなるのだ。もちろん長崎と世界各地に示された七つの祈祷院建設とともに、当教会としては将来単独ででも、祈りに来やすいここ関東の地に祈祷院が立つことを願っている。(いつもの宿泊場所)




ケパ




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水郷(潮来・佐原)

2017年06月16日 | 
スケジュールの空白日である今日、水郷再訪を思い立った。利根川はわが国最大流量の河川であり、河口に近い地域には湖沼をはじめ大湿地帯を擁し、その千葉県側は佐原、茨城県側は潮来と呼ばれる水郷である。
神奈川の厚木で大学生活を始めた私は、最初の小旅行をこの水郷地帯に定めていた。なぜなら、広島の山地育ちの私には、広い湿地帯、何をするにも舟で行き来する生活とはいかなるものか、未知の世界であり、大いに興味をそそられたからである。(今の整ったアヤメ園・・・全然昔とイメージが違う)

車から47年ぶりに潮来駅に降り立ってみて、全くもって記憶が戻ってこなかった。あまりにも変容していたのだった。観光用に残された水路以外は、昔在ったはずの縦横に走っていた細い水路は、軒並み埋められている感じである。

アヤメ園も、全然違う場所だったような気がするし、あまりにも観光地として整備されていて、何だか全く感じが違う。まぁ、私の記憶も半世紀近く前のものなので、かなり怪しくいい加減だ。(こんな風景は、初めてだ)

潮来ではアヤメを眺め、大きくなった観光用小舟に乗って風情を楽しんだ。記憶では学生の身、舟代を惜しんで乗れなかったと思うので、これはリベンジである。舟は櫓舟でなく、潮来遊覧船組合のエンジン付き小舟に乗った。(舟の中)

ラッキーなことに、女船頭さんの時間をタップリかけての楽しいガイドに、

旅を満喫した。しかし舟は観光用に残してあるものばかりだし、かつては道代わりだった水路は消滅し、家々には舟でなくマイカーが鎮座していた。
考えてみると、いちいち舟に乗らなければならないより、車でサッと何処へでも行ける方が、便利で暮らし易いのは当たり前だ。だからこれは進歩であり、舟を懐かしむのは、雪国の人に雪は綺麗だと言っても、それは雪の大変さを知らない都会人の発想みたいなものなんだと思う。
(次は佐原風景)

利根川を渡っての佐原は、半世紀前には来れなかった所である。昔の舟運盛んな頃、江戸への流通経路の地として商業が繁栄したという。ここは伊能忠敬が九十九里の生家から婿入りし、三倍の家運隆盛をもたらして後、家督を長男に譲って江戸へ暦学修行に出るまでの地である。
ところで江戸川が利根川の支流のように繋がっていて、銚子から川船で東京まで行けることを知らない人が案外多い。江戸川は要するに運河どして、人工的に作られた川なのだということを。
時に伊能忠敬はこの時五十歳。江戸へ出てからの忠敬は学んでいる最中、五十五歳にして幕府から日本測量を命じられ、残りの全生涯十七年をかけ、蝦夷からはじめて屋久島や種子島まで、全日本の測量を成し遂げる。(忠敬が使った緯度を測る機械)今でこそ衛星写真やレーザー光による測距機があるが、当時の技術では考えられない精密さである。改めて偉人とは、こういう人であると感じた。


ケパ




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帰り道

2017年01月03日 | 
この上信越自動車道を利用して帰りますが、昨日訪れた「お蚕山最後尾」に位置する伊勢崎城跡から見た「ローマン橋を東京方面へ走ります。

上信越道の渋滞は他の高速道路程ではないですが、事故渋滞あり。

車は多いので、サービスエリヤは混雑していてどこも満車状態

渋滞が解けたと思うと、また渋滞で

同じ頃に出発した姉夫婦と、渋滞具合を確認しながら走行でしたが、なんと

今日は関越道から、外環道を選んで正解だったね。現在終点地の三郷南までスイスイだった。

そろそろ船橋に到着だけれど、今度は都心部に向けて車が渋滞中。ドライバーの皆様お疲れさまです。
ケパさんも、運転をありがとう。無事帰れますから、感謝します。
ドルカス



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帰省先の風景

2017年01月02日 | 
今年もドルカスの実家上田に年始に訪れた。

その1 関越道の三芳SAにあるスタバの入口に、こんな注意書きが立ててあった。

Starbucks is a Smoke-Free environment.

 これを見て、一瞬「ええっ、スモーク・フリー」って、これってご自由にということで、喫っていいということなのかな?と。しかし、そんなバカな。これって「スタバは喫煙から解放された環境です」という意味だと理解した。

以前、似たような感じでひどい赤っ恥をかいたことがあった。私には経験がないが、敗戦で進駐して来たアメリカ兵のジープに、日本の子どもたちが
「Give me chocolate.」
と群がっておねだりしていた。この話を聞いた私はgiveとは、もらえることの「ちょうだい」の意味だと思っていた。だから教会で歌うゴスペル曲に、「Give Give」 という曲があって、「ちょうだい、ちょうだい?」じゃ意味が通じない。
歌っている本人に聞くと、「ちょうだい」の反対で「与えます(捧げます)」の意味だと。50年以上間違って覚えていた赤っ恥!を感謝した

その2 NHKの真田丸が終了したが、


これは上田城の堀を見下ろして撮った風景である。

上田城の築城時の昔はむろん水が覆っていた。城の役目が終わって、半世紀ほど前までは鉄道がこの堀の底を走っていて、写真下方には駅があったとのことだ。今は見事な桜の名所となり、あと四ヶ月すれば人で埋まることになる。

その3 ここはドルカスの実家近くに「お蚕山」がある。
この山は上田市の中心部にもっとも近い山で、偵察や前哨戦に絶好の山である。

今回このお蚕山にある伊勢崎城址に行き、その山頂にある狼煙(のろし)を上げ、真田氏の本城方面に様子を知らせる13.5mの円形窪地を見た。

そしてその横にこれまた珍しい、「ビャクシン」の木を見た。外側だけを残して、中が見事に大きな空洞になっており、しかも内側が焼け焦げている。落雷にあったとしか思えない不思議な木である。

お蚕山の全景

ケパ









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漁港で鳥は一石二鳥を狙う

2016年12月07日 | 
暖流(黒潮)と寒流(親潮)がぶつかる所を潮目といい、古来好漁場とされているが、それが目の前の陸地で見れる世界唯一の場所が、銚子沖だそうだ。

だから銚子の港にはたくさんの漁船が入る。そして写真の白い点々のように、実に驚くほどの海鳥が港には群れている。日なたぼっこ、という感じである。ちょっとあんまりにも多いんじゃない、と思っていた時、一斉に飛び立っては漁船の周りに集まり、大騒ぎを始めた。どうやらお食事騒ぎだ。よく見ると、船の倉庫に山積みの魚をクレーンでトラックに移すさい、それを鳥たちが狙って掠め取ろうとしている。これほどたかられても漁師さんたちは、怒って追い払ったりはしない。おうようなものだ。なるほど、港にいる鳥は、単に羽を休めていたのではなかった。 ケパ





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