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街の散歩…ひとりあるき

06-07 摩耶夫人、夢の裡に十恩の説を聴く…『釋迦尊御一代記圖會』巻之2 

2024年08月14日 | 宗教

五百の大国、三千の中国、無量の粟散(ぞくさん)国の一切衆生を済度し諸願満しめたまう
法王如来と成りたまうべき皇子にてわたせたまう。然るに下官(やつがれ)は老年積もりて九十余旬。
翌(あす)をもしらぬ身にてそうらえば、皇太子の学道成就し一切衆生を化度したまうべき結縁
に洩れんことの悲しさに覚えず落涙いたしそうろうとてまた泪にぞくれにける。夫人大いに感嘆
ましまし実(げに)いしくも相せし翁かな。今汝が詞を聞きて躬(みずから)が胸中風に雲霧の散らす
が如し。烏将軍、翁に被物(かづけもの)を与え、俱に王宮へ参りて考文のおもむきを奏せよ、
と曰(のたま)い帳内深く入りたまう。烏将軍、承り、数多の金銀絹帛を取出して与えけれども、
翁、袖を払って一物をも受けず、再三勧むれどもなお固く辞しければ、詮方なく
翁を伴って王宮へ参り、翁が勘文の旨を具(つぶさに)に啓奏しければ、淨飯王
一度は悦び、一度は憂いたまう。その悦びたまう所以は后妃の懐妊実事にて、しかも
皇子、刀剣水火の上に降誕したまうとも、御命恙(つつが)なくとの儀。其の憂いたまう所以
は出生の皇子、十善万乗の宝位を望みたまわず、出家学道したまわんとの
ことなり。然れども百人の中に唯一人妊娠なりと見定め申す事、未曾有の
相者かなとて叡感斜ならず多くの荘園を与行わんと宣旨あれども、翁、

猶も固く御辞退申しあげ杖を曳いて退出しぬ。その後、王命に依って官人等その行方を尋ね
捜せども、絶えて行き方を知るものなかりけり。

摩耶夫人、夢の裡に十恩の説を聴く
日月の停(とどま)らざる事、弦を放れ奔箭(ほんせん)の如く山を下る流水に似て、早如月も過ぎ、弥生も
暮れて已(すで)に卯月になりけるに、朔日(ついたち)の夜、摩耶夫人微睡(まどろみ)たまう夢の裡に前に顕
れたまいし皇太子また胎内を分けて出たまい、后妃の枕頭(まくらべ)につゐ居たまう。以前に見たま
いしよりは丈延び勝り、瑠璃の御髪(みぐし)は肩を過ぎ、微妙の御声にて母夫人と呼び覚ましたもう。
夫人、夢心に起きあがりたまい、なつかしきもまた愛(ろう)たく覚えたまう。太子、夫人に對かいて
宣うよう。憍曇弥夫人の悪念消滅の期(とき)来たれば、丸(まろ)が降誕の日遠からず、明日より七日が
間、能々(よくよく)御身を慎みたまへて、一時の嗔恚(しんい)に俱でい刧の善根を焼き捨てたまうことな
かれ。それ十相無漏(じうそうむろう)の大海には嗔怒(しんど)の浪立つことなく、瑠璃真如の月の前横障の
雲覆うことなし。抑(そもそ)も丸宿世の因縁によって后妃の胎内を借り奉る母の十恩報ずる期(とき)
有るべからず。いとも恐れあることなりと宣う。夫人、夢心に是は勿体なき仰せかな。凡躰
不浄の身に、やんごとなき御仏を宿し進(まいら)することこの身の歓び。何ごとか是に過ぎたまう
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