matta

街の散歩…ひとりあるき

02-03 此の者の調薬服すべからずと心に忌み…『釋迦尊御一代記圖會』巻之2

2024年08月10日 | 宗教

るにぞ著闍(きしゃ)畏まり敬(つつしん)で夫人に咫尺(しせき)し容体を窺い診脈するに、正に胎妊たまうに違
わざれども、馬将軍が託(たのみ)といい是を患病(びょうき)と言い立て、堕胎せしむろ時は朝廷の恩賞と
馬将軍が賞禄と両ながら是を得、一時に富貴を極めんと肚裡(はらのうち)に思惟(しゆい)し、わざと眉を
顰め恐れあることながら夫人の御胎内懐妊に似て懐妊ならず。是悪血凝り結んで血塊(けっかい)と
なり累年(るいねん)に増長して今は已(すで)に胎孕(みもごり)し如く是、皓(はなは)だ難治の症なり。されども
吾が家に稀代の良方あれば調剤して奉るべし。十七日が間、怠らず服用したまわば不日に御平癒な
したまうべしと詞(ことば)巧にぞ申しける。夫人聞きたまい、また、一層の憂いを増し心裡(こころのうち)
に思いたまうらく。此のもの医道に精(くわし)からず、躬(みずから)が懐妊を察せずして患病というは案
甚だ中らず。もし渠(かれ)が調薬を服せば胎内の皇子を害(そこなうる)べし。しかれども王命によって来
れる典薬の薬を服せじと云わば違勅の咎めをこうむりなん。是はなんとすべきと思い猶予沈吟し
ておわします。烏将軍早くその色を悟りながら著闍(ぎしゃ)に向かい良医已に診脈して病
の所為(わざ)と申さる上は宜しく匕(さじ)を下したまへ。吾、時々に是を進め奉らんと云いけるにぞ、
著闍(きしゃ)領承して堕薬を調合し、偖(さて)、烏将軍に謂(いっ)て曰く、今日殿中にて諸道より
召しに応じて参り聚(あつま)りたる医官等と医道の蘊奥(うんおう)を討論するに悉く

庸医(ようい)にして医秘訣を知るものなし。敢えて吾が此の調薬を見せたまうこと勿れ。見せたま
わば己が知らざることを推裏(おしつゝみ)、調薬の可否を論じ自ずから夫人の疑念を引きだし徹底
すべき良剤も却(かえ)って効を奏することなかるべしと誡めさとしぬ。是、堕胎の毒薬なる
事をしられまじとの巧なり。烏将軍是を聞きて半信半疑ながら心に想う旨れば、承引
せし体(てい)にて著闍(きしゃ)を回(かえ)し、其の後、常に勤仕する典医を招き寄せて著闍が調薬
を鑑定せしむるに、此の輩も著闍が大名に聞怕(きゝおぢ)せし上、その薬法これ何の主剤とも
解せざれども著闍が合方なれば定めて深き医案ならめと臆断し、実(げに)も后
妃の御容体に官(それがし)も妊娠とは思奉らず、血塊と見しは卓見にて、此の薬法最も然るべく
そうらわいんと申し由を言上し、服用したまわんことを勧む。夫人は初めより服薬すべき意(こころ)
なけれども、唯、淨飯王の叡慮を安んぜんためばかりに脈察を許せしに、渠(かれ)已に懐
妊にあらずというを以て、此の者の調薬服すべからずと心に忌み、薬湯は用いる躰をなし、暗
(ひそか)後園に捨てさせたまう。是により著闍の巧計(たくみ)も画餅(むだ)ことなり落胎の沙汰もなく、其
の余流園中にながれ入り植ならべたる草花、是がために枯萎(かれちぢみ)けるにぞ拍(おそろし)き
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする