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街の散歩…ひとりあるき

20-21悉逹太子 提婆逹多と技を競うⅡ…『釋迦尊御一代記圖會』巻之2

2024年08月28日 | 宗教

あり、三大臣をはじめ、月卿雲も位階によって列座し小弓の勝負を見物す。當年(ことし)はわき
て悉逹太子始めて小弓の頭をなしたまえば、東西の諸童子の親戚今日を晴(はれ)と花美(かび)
を尽くして我児を打扮(いでたく)せ、列を正して射場にねり入る光景誠に桃李の咲きそろいし
如く、いと栄(はえ)ありてぞ見えにける。斯て小弓の式を始むるに、その最初弾丸的とて四寸の玉を
(木にてつくり絹にてはる)空中に投げ上げ、その落下るを射る法なり。西陣より丸(たま)を弾けば東の陣よ
り出でて是を射る。東陣より丸を弾けば西陣より出て是を射る。然りと雖も普通の的に事変わ
り、空中より落る玉なれば飛鳥を射るより尚難く、誰か能く射中てる者なく、偶
然(たまさか)玉を射削る者あれば、是を高妙とし賞衣(かづけもの)を賜うなり。それはとまれ東西互い
に射術をはげみ、丸(たま)を射て勝負をあらそうに、東陣多く勝ちて賞衣を賜う者西陣に倍
しければ、西陣の頭 提婆逹多年十五才、巖を碓(くだ)く多力あるのみならず、射術は
五天竺に敵なしとおもう許りの達人にて、副将の㫋陀(せんだ)太子も提婆に劣まじき
荒童子なるが、已に西陣の敗せしを見て俱(とも)に怒気生じ、今は東西ともに頭副
将の勝負なれば如何にもして射勝ち、恥辱を雪(そゝが)んことのと㫋陀(せんだ)太子、力腕を摩(さす)り射
場に立ち出で、一丸を採って虚空遙かに投げ上げるを廣耶(こうや)太子弓箭(や)を番(つがいて兵(ひょう)と

射るに過たず丸(たま)を射削りたり。淨飯王はじめ諸人これを誉め即ち賞衣(かづけもの)を賜う。廣耶(こう
や)太子恩を謝し、亦一丸を把(とつ)て虚空に投げ上げるを、㫋陀(せんだ)太子弓箭を番(つがい)て是を射る
に同じく丸(たま)を射削りて落とせしかば、君臣、また賞誉して賞衣(かづけもの)を賜い、此の一番は勝
負互角なり。次は両陣の頭(とう)の勝負なれば、国王は申すに及ばず月卿雲客下々の官
人まで瞬きもせず守り居るところに、西陣より提婆逹多、錦繍の装に束きゝび
やうな出で立ち意気揚々として歩み出で、悉逹太子に一揖(ゆう)し丸(こま)をとって力に任し虚
空遙かに投揚るに、無双の金剛力なれば其の丸(たま)、りうりうと鳴り響きて半天より流星の
ごとく落ち下る時に、悉逹太子は百花の繡(ぬいもの)せし羅穀の御衣に緋の裳(も)をはき黄金の强弓に
鉄箭(てっせん)をつがい、満月の如く弯(ひき)しぼり虚空に向かいて兵と射たまうに、四寸の丸(たま)を
射貫き地上に噹(はた)と落つ。万人是を見て感賞する声しばらくは鳴り止ざり。提婆は太子の射る
技を見て大いに驚き、我も丸(たま)を射貫ずんば誓ってこの場を去らじと意(こころ)頻りに焦燥、弓箭
(ゆみや)をつがえて待ちうけたり、悉逹太子は提婆が忿怒の気あるを早く察したまい何卒渠にも
手柄を与えんと心に念じつつに丸(たま)を採って投げ揚げたまうに、此の丸りうりうと鳴りて矢
頃能(ころよ)く落ち下るを待ち設けたる提婆逹多やとかけ声して切って放つに過(あやま)たず丸(たま)を
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