BosoRadioClub

房総アマチュアラジオクラブ
連絡用ブログ
クラブ員と無線関係者は、左下のカテゴリーRadioへお入りください

北下台

2014年02月28日 11時48分39秒 | 名所

 北下台周辺は、江戸時代初期から、新井浦、柏崎浦が漁業や物産の積出港として賑わっていました。
 明治以降は、遠洋漁業の基地や水産加工場がありました。
 昭和中ごろになっても北下台の下には缶詰工場があって、岸壁にはキャッチャーボートがたくさん係留してありました。
 北下台は湾内に停泊する船や高ノ島、沖ノ島の見える景勝地で、1885年館山市で最初に公園として整備されました。

 公園には航海の神様、金刀比羅神社がお祀りされています。
 神社前の「正木燈」は既にご紹介していますが、西側には坂東丸、順天丸遭難供養碑もあります。



 1935年さらに西側で、館山築港工事の海面埋め立ての台地の土砂採掘現場より、屈葬された人骨や瑪瑙勾玉、碧玉管玉、土師器、などが掘り出され、古墳時代に埋葬された海蝕洞窟が発見されています。
 洞窟遺跡は調査後掘削されて道路になってしまっています。

 下は掘削した北下台の壁面で、黒い砂岩の中に白い泥岩が混じっています。
 泥岩は砂岩より水の浸食に弱く、海蝕洞ができやすい地形であることが解ります。
 この地層を西側へ延長した辺りが、北下台洞窟遺跡ではないかと思われます。



  金刀比羅神社南側です。
 安房三十四観音三十一番札所の観音堂跡。
 関東大震災後、仲町の長福寺に移されています。
 


 観音堂跡の碑。



 他に、「寄子萬霊塔」が北下台から長福寺に移されています。
 「寄子」とは当時の人材派遣屋から派遣された人のことで、幕末の戊辰戦争で箱根山崎に送られました。
 館山藩第五軍一番隊として激しい戦いの最前線に立ち、誰も帰ってこなかったそうです。
 寄子を送った派遣屋の「相模屋妻吉」が、この塔を建立して供養したそうです。

コメント

北下台ヤグラ

2014年02月27日 11時45分41秒 | 名所

 北下台のヤグラです。
 3基掘られていますが、中央のものに五輪塔がみられます。
 鎌倉時代の「ヤグラ」の特徴が良く判る、保存状態の良いものです。



 開口部の角に柱を刺し込んだ窪みが見られます。
 扉が付いていたと思われます。



 反対側にも窪みが見られます。



 五輪塔が奥と左右の壁に見えます。



 梵字が彫られています。


コメント

ウメ

2014年02月26日 11時31分46秒 | 樹木

 珍しいウメです。

 八重咲きのウメですが、白色の中に紅色が混じって咲いています。





 柳のように枝が垂れています。



コメント

えんしゅう

2014年02月25日 18時31分48秒 | 名所

 夕日桟橋に、多用途支援艦「えんしゅう」が接岸していました。
 基準排水量980t、全長65m、全幅12m、吃水3.5m、5000馬力、速力15ノット。

 撮影許可をお願いしたら、当直士官が遠くから見ていました、そんなに怪しくないでしょ?





 いつものアンテナ拝見。
 短波帯の垂直、水平が見えます。



 UHF系垂直ダイポール、レーダーが見えます。



 救難ブイ。



コメント

源慶院

2014年02月24日 12時29分24秒 | 名所

 安布里山 源慶院

 曹洞宗のお寺です、本尊様は延命地蔵菩薩。

 1579年、里見義弘によって長女佐譽姫追悼のため建立されたお寺です。



 佐譽姫のお墓です、歴代住職のお墓の奥です。
 法名は 源慶院殿一法貞心大姉。



 白山妙理大権現
 曹洞宗大本山の永平寺では鎮守としてお祀りしているので、源慶院でもこれにならって守護神としてお祀りしているそうです。

 岩に掘った形が「ヤグラ」ににています、鎌倉時代のヤグラも同じように祀られていたのかと想像します。



 お寺の参道入り口に有ります。
 昭和初期まで白土を採掘していたそうです。
 「白土」は房総の有力産業で、食器洗いや歯磨き粉に使われいました。




コメント