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館山城

2018年05月22日 10時30分15秒 | 

 天正8年(1580年)里見義頼によって築城された館山城です。

 慶長19年(1614年)里見氏は改易され、幕府によって取り壊されてしまいました。

 現在のお城は昭和57年(1982年)再建されました。

 現在は南総里見八犬伝に関する資料館となっていて、NHKで放送された人形劇の資料も展示されています。

 お城の前の芝生広場はクローバーが花盛りです。

 幸せの四つ葉のクローバーをお探しください、早くしないと刈り取られてしまいます。

 館山城の入り口、さつきが1本では少し寂しいですね。

蛇足 里見時代は標高72メートルの高台に櫓が作られて、沖を通る船や湾内を監視していたようです。

 第二次大戦のとき、海軍飛行場を守るために高射砲陣地が作られました。

 頂上の面積を広げるため10メートル削られ、現在は標高60メートルとなっています。

 

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城山公園の戦跡

2018年03月08日 12時24分35秒 | 

 城山公園の戦跡です。

 下の写真は、コンクリートに直径約1メートルの円形金属が見られ、ガス切断器で切り取った跡があります。

 城山の眼下には第二次大戦のとき海軍基地があり、海軍が基地防衛のため基地周辺の高い台に機関砲を配備しました。

 写真は当時海軍が採用していた、九六式二十五粍機銃の礎台、旋回盤の下部と思われます。

 海軍では40ミリ以下の銃を機銃と呼んでいるそうです。

 銃身を二連装、又は三連装として、右側に旋回手、左側に俯仰手が付き、上下左右に向きを変えたようです。

 引き金を引くのは俯仰手で、他に弾薬を運んで装填する人もいました。

 園内には4基配置された跡があり、写真は南西側のものです。

 里見氏が館山城を築いた城山は、約10メートル頂上を削り広くして、多数の機銃や監視所を配置したのです。

 

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百日紅

2017年08月12日 11時21分55秒 | 

 ミソハギ科 サルスベリ属 サルスベリ

 「百日紅」どう見てもサルスベリとは読めませんが、夏の間、紅色の花が咲いているからだそうです。

 幹の皮がはげやすく、つるつるして猿も登れない?実際には簡単に登ってしまうそうです。

 中国原産の落葉中高木、江戸時代に日本へ入ってきたそうです。

 葉は互生、枝の左右に対生のようにつきますが少しずれています。

 対生の葉もあるそうです、探してみてください。

 花は枝の先に集まります、白色、紅色、薄紫色があります。

 6枚の花弁が縮れているのが特徴です。

 城山公園では、駐車場とお城の前で咲いています。

 

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館山城

2017年03月26日 11時25分12秒 | 

 館山城の桜はもう少しかかりますが、ツバキが満開です。

 ツバキとお城の間に見える枝が桜の木です、蕾がふくらんでいます。

 お城の下ではツツジもさいています。

 日当りが良くて暖かい場所なので咲いているようです。

 

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館山城と梅

2017年02月01日 10時13分35秒 | 

 館山城と梅

 お城の近くに植えてある紅梅が満開になっています。

 「千力猿」の脇です。

 千力猿は里見氏が岡本城に居た時に飼いならし、戦に使っていたそうです。

 千人力の働きをしたそうですが、館山城に引っ越したとき岡本城の松の木につないだままにしておいたので死んでしまったそうです。

 その怨念で里見家が衰退してしまったそうです。

 

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