徒然なるままに、一旅客の戯言(たわごと)
*** reminiscences ***
PAXのひとりごと
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(since 17 AUG 2005)

Multi-Lateration マルチラテレーション

 先日、羽田空港にて新しい地上監視システムが運用評価予定であることを投稿しました。
 “ 羽田空港で新たな地上監視システムを評価へ

当該システムで用いられる「マルチラテレーション・システム」について、拙い知識をもとに説明を試みてみます。

マルチラテレーションとは、航空機から送信されるトランスポンダ応答信号(TCASスキッタやモードS拡張スキッタ)を、3ヶ所以上の地上受信局で受けて、受信した時刻差から当該航空機の位置を測定する監視システムです。

難しい話(そもそも、そんな難しい話を説明する能力無し)の前に、下のイラストで雰囲気・イメージをどうぞ。



上の図は、「受信局AとBとで受信した時刻差」と「受信局AとCとで受信した時刻差」から赤丸で示した中央の航空機の位置を算出しているイメージです。

測位原理ですが、先ず2点間、例えばAとB、の距離の差について考えて見ます。

2点間の距離の差が等しい点Pをプロットすると、その軌跡は例えば下の図のような双曲線になります。

Multi-Lateration Principle 1

2点間の距離の差がゼロ、つまりどちらの点からも等距離、の場合を除き、距離の差が等しい航跡は、2本存在します。

電波の進行速度は一定ですから、距離の差はそのまま時刻の差となって現れます。

上の図で、オレンジ色で示した点Pp(n)が辿る軌跡上に航空機が存在した場合、点Aでの受信時刻は点Bでの受信時刻よりも⊿ABだけ早く、ブルーで示した点Pm(n)が辿る軌跡上に飛行機が存在した場合、点Bでの受信時刻は点Aでの受信時刻より⊿ABだけ早くなります。

つまり、受信局が2つだけの場合、
 -点A,点Bのどちらが早く航空機からの電波信号を受信したか
 -その差分はどれだけであったか
によって、航空機の場所は双曲線の一方の何処か、であることまでは解りますが、それ以上は特定できません。

『2点間の距離の差が等しい』をもう一組使ってみましょう。
点Cを加えて、AとCの距離の差が等しい軌跡も重ねてみます。

Multi-Lateration Principle 2

もうこうなると作図している本人も『訳が解らん』状態です。

点Bでの受信時刻は点Aでの受信時刻より⊿ABだけ早くなるブルーの軌跡と、点Cでの受信時刻は点Aでの受信時刻より⊿ACだけ早くなるレッドの軌跡とに注目してください。

その二つの双曲線には交点があります。

その交点に航空機がいた場合、当該航空機から発信される応答信号を、点Aと点Bおよび点Cで受信した場合、点Aで受信した時刻を基準とすると、点Bで受信した時刻はそれよりも⊿ABだけ早く、点Cで受信した時刻はそれよりも⊿ACだけ早かったことになります。

時間差を距離差に置き換えると、応答信号を発信した航空機の位置を特定することができます。
※点A,B,C(受信局A,B,C)は地上の固定局であり、その位置は予め正確に解っている訳ですから、それを基準に航空機位置が測位できるのです。

これこそ、最初に示した概念図で航空機の位置が測位される仕組みそのものです。



さて、この「マルチラテレーション・システム」、一番のメリットは
 ☆航空機側に改修の必要がない
点ではないでしょうか。加えて、
 ☆ASDEのブラインドエリアでも測位可能
 ☆Heavy Rain 等の悪天候時でもASDEのように性能低下がない
ことなどがメリットとして挙げられます。

一方、測位原理をざっくりご理解いただいてお解かりのように、受信局アンテナと航空機の位置関係によっては、測位精度が極端に低下するというデメリットが生じることも忘れてはなりません。
※この、航空機と受信局アンテナの位置関係で決まる位置精度のことを GDOP: Geometric Dilution Of Precision と言います。

理想的には、受信局アンテナを適所に十分に設置すれば良いのですが、受信局アンテナが航空機の障害となっては本末転倒ですから、滑走路近くなどは、受信局アンテナの高さや、設置場所などにどうしても制約が出てしまいます。

また、ここまで“時刻の差”と一口で片付けてしまっていますが、ナノ秒(10の9乗分の1:十億分の1秒)に迫る計測精度が必要です。相手は電波なのですから....。

マルチラテレーション・システムの情報処理を行なうサイトと、それぞれのリモート受信局間は光ファイバーによる低減衰の伝送線路が必要なことは言うまでも無く、受信局間の時刻同期とシステム制御を行なうために、基準局を設置してそこから定期的にスキッタ信号を送信、システム精度を較正する必要もあります。

さらに、空港には旅客ターミナル・ビルや格納庫などの建造物もありますから、マルチパス(航空機からの直接波と建造物からの反射波の両方を受信する)による性能低下も考えられます。

これらの困難を克服して、欧州の性能要件;
 -位置精度:7.5m以内
 -ターゲット検出率:99.9%以上
を満たせるか。

管制官に有効な航空機位置情報が提供されるかどうか。

羽田空港での評価・確認結果が楽しみです。
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