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日記

Hajime

そういう時は寝るにかぎる

2011年01月28日 | Weblog



こんちくわ

インフルエンザも撃退し、そろそろランニングをはじめなければと思いつつ寒うてできん

2月には香港マラソンの取材です
私は実走せずカメラマンとして行くわけですが、香港のトレランについても取材するので密かにコースを走りたいと思っています
香港の山、疾走してみたいです

アジアって実は台湾とインドしか訪れたことがないのでそれも楽しみです

アジアといえば日本もアジアですし、今後のTPPのことを考えると広くアジア圏としての日本という視点でものを考えることもあります

しかしながらまずは日本国内のこのがたがたな感じにも目を向けて考えてみるのも重要なことではないかと思います
とかく私は地方出身なので、東京や神奈川などの成功している行政つまり中央と地方の地方公共団体の格差について肌で感じることがあります
今のところうまくやりくりしている中央はさておき、地方の行政はとても苦しい状況ですが、
最近地方のホテルや東北の山々や土地の中国資本による買収が進んでいます

外国人参政権問題、中国人留学生の増加、学ぶ意欲に比例して実力の高まる留学生と日本人学生の就職難などは周知の事実ですが、
着々と外国資本による日本国土の買収も進んでいるようです
これは中国の勢いと台頭、日本経済の衰退の両方によってなるべくしてなった状況ではあるのですが、
先に述べたようにとりわけ私は日本国内の中央と地方における地方公共団体の格差がひとつの大きな要因ではないかと思います
そこで大阪都や先日の新潟県と新潟市における新潟州構想など地方もなんとかふんばりをきかそうとがんばっているのですが、
もはやそこまでの力を持たない地方も数多くあるわけで、そこに入ってきた中国に対して悲しいかな日本は何か反発したり、
国民感情的に中国に対して嫌悪を抱くのは少し違う気がしています

つまり、例えば東北の土地を中国資本が買収している現状を受け、
その土地自体を行政がうまく活用できず、個人で土地を所有している人は税金や維持費の負担から手放したいけれど利用価値の低さに(利用価値が下がっているという現状がみそだと思われます)よって購入者がなく、
負担だけが増加していく、そこに購入したいという人が現れたなら売りたいと思う気持ちに共感こそすれ売り手に対して売国奴的な発言を行うことはいかがなものかと思います

地方でホテルを中国資本が買収した場合も同じで、バブル期及びそれ以降に建てられた地方にあるホテルが現在の地方の衰退によって経営が成り立たず、
買い取ってくれる先が中国資本だけだったとなると、それはもはや売り手であるホテル経営者に対しての批判をすれば済む問題ではないし、
そのホテル周辺で今後中華街を作りたいという発想が生まれた場合(これは少なからず起こると思います)、地方行政としてももはや国をあてにしている場合ではないことから、買い取ってくれる中国に頼らざるを得ない状況になるのではないのでしょうか
中華街構想によってその場所が少しでも活性化されるなら、その方法はむしろとても有効ではないかと思います

こんなことを言うとそれでも日本人かと反発されるのですが、
これは皮肉でもなんでもなく、事実だと思っております

移民をあまり受け入れない日本においても少子高齢化とモラトリアム人口の増加、他アジア圏の人口増加からみて今後はかならず日本への移民は増えるでしょうし、
一旦成熟した日本社会と経済が今後再びバブル期を迎えることはないと思われ、
移民や外国資本が次々に入ってくるという危機感から、日本の文化や伝統が薄れるのではないかと危惧する声も聞こえてきますが、
それはある程度仕方がないというか、それならば土地を買う外国資本や日本に入ってくる移民に対してあらかじめ日本の伝統と文化を理解してもらえる手段や方法をもっておかないといけないというか、つまりは日本国内におけるそれぞれの地方の個性豊かで貴重な自然や新旧及び善し悪しを抜きにした上で文化、伝統を日本人自体見直して理解すことが重要ではないかと思います

話は変わるのですが、昨年8月にアラスカを訪れた時、町中でインディアンやエスキモーの人々がホームレスとなって道ばたでアルコール三昧の生活を送っているのをよく目にしました
土地と文化とを搾取された(現在もアラスカで伝統を守って生きている人々もいるので全てではないし、新しい文化と融合して生きている人々もいるので一概に搾取する側が悪いという判断はできませんが)その光景を見た時にネイティブから多くのものを搾取したアメリカ人に対して少なからず嫌悪感を抱いた私ですが、
そんな私に
「そもそもアメリカと日本の成り立ちは違って、一言でアメリカ人といっても別の国からやってきた沢山の移民がいて、その移民たちのおじいさんやおとうさん達がおこなったことを現代のアメリカ人に責任を問うのは少し違うのではないか、ましてや自分たちの世代で移住してきた人々も多く、そういう人々が集まって形成しているのがアメリカという国であって日本のようにおじいさんもそのまたおじいさんも日本人だという歴史的にずっとその国の国民だという意識が強い国でないアメリカ人たちにアラスカのネイティブ問題の責任を課すのは違う気がする」
という意見があって、これは本当になるほどなと思いました
何が言いたいかというと、国や人によって視点は大きく異なるし、先に述べた文化と伝統を改めて確認するという点では日本はとてもやりやすい国だということです。島国だし

そこで地方活性化の具体的な方法としてはやはり公共事業って大切だと思います
ここまできてその方法だと、意味がないというか結局公共事業に依存しすぎて行き詰まった地方に対して何の打開策にもなっていないのではと思われるかもしれないし、
そもそも私自身ここ数年地方の公共事業依存によって地方行政が自立できなかったことが今の現状を招いているのだという考え方を持っていました

しかしながらわかりやすい公共事業のひとつとして例えば「橋」についてみてみても、
国を除く地方公共団体が管理する橋は現在約68万(国の管理は約2万)、1800ほどある地方公共団体のうち財政の厳しい1500の地方公共団体は技術者を用いて橋の点検や整備を行うことができていないという国のデータがあります
それはつまり1500の地方公共団体が橋安全性を確認できていないということで、多分きっと大事故が起きてからでないとその問題は取り上げられず、予算もつかないだろうと予測されます
定期点検を行えなかったが故に落橋した事例は長野県や沖縄県などいくつかあり、死人がでなかったため大きな問題にはなっていませんが、いかんせん韓流アイドルのニュースよりも優先すべきニュースがあるのでは、と思ってしまいます

それを考えると今ある風潮としての公共事業=悪みたいなイメージって単なるイメージでしかない気がしてくるし、
もちろん地方公共団体は公共事業以外の独自な方法も用いて自立・再建すべきだと思います

ここまでくると根本はとどのつまり教育って大切ですねって話ですね
(ものすごく強引にまとめてしまいましたが)

私もなんだかんだいってまだ東京にいて、ストロー現象に加担しているひとりではあるのですが(東北、北陸には当てはまるけど山陰って新幹線がないので当てはまらないかもしれませんが)、
今東京にいるということをひとつの体験として今一度地元(地方)になんらかの活性化をもたらせるように今経験できることを吸収しておきたいと思います


最後になりましたが、写真はインドのジャイプルにいたおじいちゃんです
どんだけぐちゃぐちゃ話しても結局深みのある人となりにはかなわないなぁと思いました

ちょっと今あれこれ勉強中でおもしろい小説を読む気力がないというかそこに向かないのがちょっと残念なのですが、
わりと変態的な妄想はあれこれしています


では




きょう

2011年01月20日 | Weblog
本日19:00よりTBS
「スパモク!! 世界の果ての日本人!~ここが私の理想郷~」
という番組でアラスカでお世話になった河内牧栄氏が出演されます(アラスカのオーロラについて)。

島根で放送されるかは分からないけど。。。。
おもしろそうなのでぜひ。



少し目がさえました

2011年01月14日 | Weblog

こんにちは
いかがお過ごしでしょうか

現在私インフルエンザ中
あんまり今までインフルエンザにかかった記憶がない
というか全然ない

中学の時、風疹にかかって、医者が私の診察をしながら風疹か普通の風邪か見分けがつかず、
パンツをずらされて尻を見られて「はい、おっぱっぴー」
いや、違いました
「はい、風疹です」
という恥辱を味わって以来の熱のひどい感じです(風疹の痕を皮膚に発見するのに私の皮膚は尻以外黒すぎて判別不可だったらしい)

1年に1回、冬に大熱がでる私ですが、そういう普通の風邪ならばポカリをがぶ飲みして、
部屋をがんがんにあっためて厚着をし、汗をとろとろと流しながら
「集中して生きる!」
と、胸の前で手を合わせてひたすら2時間程悶絶し、服を着替えて少し眠り、シャワーを浴びると治ります

しかしながら今回は全くその手が通用しませんでした
あんまり行かない病院にも2度通い、インフルだとわかると病院の裏口から帰ってくださいと言われ、
あんまり飲まない薬も飲んでいます

薬ってすごいですね
さすがです西洋医学
効き過ぎです化学薬品

強敵インフルズにやられ放題でコールド負け目前のだらしない私でしたが、
座薬三兄弟という補強を行い、ピンチを凌ぐと(ナイスピッチ!)
外国人スラッガー、Mr.タミフルが場外ホームラン連発の大暴れ
暴れすぎて監督の私は逆にタミフルを静まらせるのに必死です

夜な夜ながんがんバット振ってますタミフル(DH)
くそボールでもやたらめったら振り回すので、タミフルを飲んだ後は体の中が大変で体力を使います

そこにラジオというヘッドコーチがあれこれ助言をしてくれていて、
朦朧としながらもラジオを聞きながら意識を保ってます
夜のラジオはいい
布団に潜り込んで暗闇の中から聞こえてくる放送は最高です


久しぶりにこんなに体調を崩して、見る夢も素敵です
いろいろなものがスローモーションで現れます

ゆっくりゆっくり野犬の群れをかわしながら走ります
それからゆっくりゆっくり剣道の試合をして、
ゆっくりゆっくり戦時中の若い祖父が現れ、
ゆっくりゆっくり去っていきます

いろいろなものがゆっくりです
おだいじに






いちがつ

2011年01月09日 | Weblog

遅ればせながら明けましておめでとうございます
忘年会新年会ビール日本酒白ワイン焼酎酔い止め大渋滞下痢止めストッパ大寒波いかがお過ごしでしょうか

東京に戻ってくると天気がよいけど寒いですね
地元の天気は大荒れで、雨やら風やら雷停電しめり風
寒いは寒いけど冬の寒さ!!という納得以上の想像を超える寒さ(毎年学習しない)

東京の寒さは、天気がよい分気持ちのどこかに暖かげなテンションが残っていて、外に出た瞬間にテンションがた落ちパターン(毎年学習しない)
プール開きが暖かくてはしゃいで素っ裸になったら思ったより外気は甘くなくてへこむパターン

それはそうと、
年末年始島根県はとても天気が悪くて、善くも悪くもああ山陰、曇天豪雪ああ島根、といった感じでした
お餅つきも雨で大変でした
気温が低くて風が強いので、畑まで行って井戸水でバケツを洗ったり、外で水に浸けておいた餅米を水を換えながら素手でかき回したり、
野菜を洗ったり、お風呂を炊いたり、それらの作業は寒い上に手間ひまがかかるだけに、ボタン一つであれこれできたりする利便性からひと惑星分くらい距離があるのではないか。
遠くにかすむ利便星。はい。

そんなことを嘆いていても、私は一年に数日間しか実家に戻らないので、結局それを楽しんでいるのだと思います
いつもそこで暮らす家族にどこか申し訳ない気持ちもします
桜庭一樹さんの「赤朽葉家の伝説」に書かれるような家の力的なものをかろうじて守っている、消えないよう灯しているような気配を「家」から感じると、
その地方特有かつそれぞれの家特有のエネルギーを分けてもらう反面、一度失うと取り戻せないその灯火を同じ形ではないにしても、消してしまわないようにしたいなぁと思います

で、年末、帰郷する前に映画の「ノルウェイの森」を見て、それが結構よかったです
特にワタナベが最後に冬の海で過ごすあの雰囲気は見た瞬間に、ここ絶対山陰だわ、と思って久しぶりに本を読みなおしてやっぱり山陰でした
だからどうということではないのだけれど、山陰というだけあって、墨汁を薄めて塗りたくったような鈍い空の色や、誰かがむせび泣いているような海からの風、
色のない冬の森、時折荒れる風に乗って舞う大きな鳥などを見ながら歩いていると、悔しいかなそれは山陰の雰囲気であって温暖な気候の場所では中々表せないシーンではあります
精神の不安定さを表現する場所として描かれるのは仕方ないなとさえ思ってしまう冬の山陰ですが、それはそれでわかっているけどうーん。

だからといって山陰の人がどんよりしてるということでもないですし、私だって明るいですよ!
というわけのわからない感じになってしまった。

で、そんな風なことで東京に戻り、
アラスカで知り合った自然エネルギーを研究開発しているバイタリティーあふれるご夫婦と久しぶりに再会したり、
インドでキャメルサファリを行っている友人が9日からインドに行って来年夏までは会えないので飲んだり、
インドからきた友人一年ぶりの再会をして飲んだりしてました

冬の山の中にひとりぶらぶら入ってたテンションだったので、
アラスカやらインドやらの空気が入ってきておもしろく、心地よい感じです

では

明日

2010年12月27日 | Weblog

こんにちは
実家の森のもりもりもり写真です
夏森です。懐モリ

寒くなりました
そして乾燥しております
湿度がないと本のページをめくるのが大変なのと、唇が切れて前歯によく血が付きます
それを気づかずに人としゃべって結構恥ずかしい思いをします

新しい本をいくつか買って読んでおります
私は結構古本屋に通うことが多いので、たまに新しい本を買うと変に高揚するのと、いくつかの発見があります

中でも嬉しいのが、新しい本を買った時にその本の間にしおりが挟まっていること
大体何かの宣伝文句やイラストが書かれているのですが、たまに当たり的なしおりが入っていることがあります

マザー・グースの一節をとった
「ひねくれおとこがおりまして ひねくれみちをあるいていた
ひねくれかきねのきどのそば ひねくれおかねをひろってね
ひねくれねずみをつかまえて ひねくれねこを てにいれて
ちいさなひねくれあばらやに そろってすんだということだ」

というリズム感のあるものや、何かの抜粋ではないのだろうけど

「答えはまだみつかりません」

など、ただのしおりなのだけど、ただのしおり以上に本をめくる度にはっとさせられることがあります
このしおりの内容を考えた人は、他の仕事を忙しくこなしつつ、どんな言葉のしおりがいいかなぁと考えているかと想像すると少しほくっとします

きっとこのしおりの言葉を選んで作った人も本が好きなんだろうなぁ、と妙に嬉しくなります
本が好きなんだろうし、本を好きな人のことがきっと好きなんだろうなぁ

というような、そこには押し付けがましい主張や、変なメッセージ性がなくて
しおりの役目としてちょうどいい、何の気なしの言葉があります


そういうことでなんやかやと予定を変更して、明日島根に帰ります
10時間くらいかかるのでゆっくり読める本を選んでいます

実家に帰ると、いろいろやらないといけないことがあって、
薪でお風呂を炊いたり、餅つきの餅米や、臼や杵、餅米を蒸す蒸篭やかまどを準備して餅をつき、森に入ります

ふと思い出したのだけれど、一緒に住んでいた祖父に私が本気で怒られたことが二度あるのですが、
そのうちのひとつはお風呂の炊き方です

最初の松葉や小枝、その奥の大きな薪のくべ方、空気と火と煙の通り道の作り方
いなくなった人が時間をかけてじんわりと自分の記憶から遠ざかっていくのはどうしようもないことだと思うのですが、
一発で薪に火をつける方法や、きちんとした薪のくべ方、自然と私の体にしみついている方法にその人のなんらかの生きた証が私の体を通して残されていて、
たまに言葉にならないような気持ちになります
それから、その人がお風呂の焚き口でじっと火を見つめていた横顔や、焚き口の上のすすだらけになった壁に棒で短い詩を書き綴っては消し、またゆらめく炎を見つめ、思い出したかのように再び書き出す姿を思い出したりします
私もまだうまく火をおこすことができたらいいなぁ

インドに行って砂漠で寝て、ハーフマラソンを走り、アラスカで北極圏に到達し、フルマラソンを完走したり今年もいろいろとありました
そして来年は動く年です
その前に森に入り、冬の海辺を歩いて、動きだすために必要な自分への薪を集めて火をつけようと思います




はわい

2010年12月13日 | Weblog

奈良マラソンの清志郎さん
ちょっと違うブログから画像をいただきました
彼、35km過ぎた辺りで見ると本当に清志郎さんに見えました


で、昨日ホノルルマラソンがありました
地球の走り方でメディアチャレンジに3人参加していて、
日本時間の23時からUstreamで生中継していたので見てました

ホノルル楽しそうだなー
スタートが朝4時だか5時だかでまだ真っ暗

少しずつランナーが集合して、日本人の多いこと!
Ustreamの画面の横につぶやくところがあって、
誰かがつぶやく度に動画がダウン
とてもいいシステムだったのですが、もうちょっとスムーズになって欲しかったです

しかしなが多分日本で中継を見ていた1000人くらいの人たちは、
現地のランナーの熱気を存分に感じられたと思います

花火がなってホノルルマラソンがスタート

暗いうちにスタートして朝陽を見ながらマラソンなんて最高だろうなぁ
と思いながら中継を見ていると、スタート地点に高橋尚子さん発見

先週の日曜に奈良で見たばかりなのに、今日はホノルルとか、多忙!

そしてスタート地点でばりばり日本語でマイクで応援
まるでもはや日本のようでした
海外のランナーはどんな心境なんだろう
参加者の6割が日本人だとか

いつかは走ってみたい海外マラソンだけど、
もうちょっと日本人の少ない大会がいいなー




マラソンの記録

2010年12月06日 | Weblog

こんにちは
足がびきびきです


奈良マラソンから一夜明け、完走の喜びを実感するだろうと思っていたのですが、
今日の昼過ぎから次はどの大会に出ようか考えていました

それは率直な感想としてめちゃめちゃ悔しいからです
あぁ早く走りたい
そればかり考えています
今はとても走れる状態ではないですが、悔しくて悔しくて悔しくて!
かなりタフなコースだったということで、4時間半でもいいと言い聞かせたのですが、今は完走の喜びよりも何よりもただ悔しいです

さっきまでは絶対次はフラットなコースでいい記録を、と思っていて、来年再来年のこの時期は新たな関西の大会としてOosakaマラソン(2011年10月30日)か神戸マラソン(2011年11月20日)か京都マラソン(2012年3月)〔全て第一回大会〕に参加しようと思っていたのですが、今は逆に奈良マラソンを再び走ってサブ4(4時間切り)をしなければそれは逃げではないのかとリベンジの気持ちがふつふつと湧いております

というのも昨日参加された方の意見で来年はきついコースの奈良より別の関西の大会(どれも第一回だし)に出る予定、という意見をちらほら見聞きし、
なんかちょっとそれなら私はもう一回奈良でリベンジしてやろうという気になったからです


と、とりあえずしみったれた恨み節はおいといて、奈良マラソン、全体的な感想としては、
最高でした!
もうこの一言です

前日、鴻池競技場へフルの受付に行った時は前夜祭的なイベントも行われるということもあり、
すでに物販や屋台の店が出ていて、多くのランナーさんたちで賑わっていました

私はとりあえずプレス受付をして、高橋尚子さんのランニングイベントを見たり、会場の雰囲気を感じながらメモをとったりしていました
今まで4つの大会(うちひとつは取材ではなく)に行ったのですが、前日にここまで盛況している大会は初めてでした
奈良名物の葛湯や葛うどん、柿の葉ずしや各種スポーツウェアのショップが軒を連ね、大勢の参加者の合間を縫って歩くだけでも翌日の大会に向けて気分が盛り上がりました

前日は市の陸連の会長さんと奈良市内のランニングコースを取材、
そして友達の家に宿泊

そして当日、8時過ぎに会場入り
整列はゼッケンのA~H(申告タイム順)の順で、私はプレスだったからなのかゼッケンにその記号がなく、頼んでCに入れてもらいスタートしました(スタートで出遅れた小布施の経験を生かせました。これはラッキー)


スタートは9時

まずは結構急な下り坂を1kmほど下り、大通りにでて朱雀門への緩やかな下り坂
朱雀門を過ぎたら5km、折り返してさっき下った坂を今度は登り

そこから一気に東大寺までの緩やかな坂を登りきって右に折れ、また急な下り坂と登り
それを登りきると10km、ここまでの記録10kmを53:05

なんだか体が重く、5~8kmまでちょっと腰が痛かったので1時間くらいかかったかなという印象だったのだけど、まずまずの出だし
沿道には応援の方が沢山いて、声援に耳を傾けつつのんびり走りました。この辺りから腰の痛みも引いて走りもスムーズでした

しばらく直線が続き、16kmあたりで街から山へと向かう道へと曲がります

ここからいよいよ最初の長い山登り
というか、前日のコースの下見ではここまで来なかったので、往路にこんな登りがあるということを知らずちょっと焦りました
復路はここが長い下りになるかと思うとあまり突っ込んではいけないと押さえ気味に登りました
で、20kmくらいまでゆるーい登り、20kmのタイムは1:46:21
ここもまずまずのタイムでした

山を登りきると次は天理までひたすら山下り
ここの情報はあったので、この坂が復路は登りになるということを考えるとちょっとぞっとしました
あまりにも長くてきつい

腰と膝の負担にならないようにやや慎重に下りました

山を下りきると天理市内へ24km付近でコースの折り返し、ちょっと膝にきたので山登りの前に止まって屈伸、
沿道で応援していたおじさんに
「こっからは山登りやぞ」

「はい、こっからがこのコースの一番の難関なんですよね」

「そうやねん、きついぞ、もうやめるか?」

「まだまだいきますよ」

このやりとりで妙に気持ちに火がついて、
かかってこいや坂!と27kmからの山登りを始めました


しかしきつい
約1kmの登り坂と紹介してあったけど多分もっと長いし、想像以上に足にくる
さっきまで勢いよく走っていたランナーたちが次々と立ち止まる、立ち止まって息を切らして空を見上げている
いつの間にかアゴが上がっている
このカーブを曲がれば頂上かと期待してもさらに坂道は続く
精神的に苦しい
止まろうか、いや止まりたくない、絶対止まりたくない、でもきつい
周囲のランナーの苦しそうな息づかいが聞こえてくる
前でまた誰かが立ち止まる
坂を見上げる
思うように足が上がらない
給水所が見える
水分補給は嬉しいけど、下りでこの給水所がまだ坂の真ん中あたりだと知っていたから、
むしろ知っていたのに、知っていたからこそ愕然とする
まだ登るのか、鬼か、いや馬鹿かドSか
止まるか、止まろう、もう止まろう、ちょっと休もう、いや止まってなるものか
ボランティアスタッフや沿道の応援の声援が聞こえる「あと少し!」と
そうだあと一踏ん張りだ
もうちょっとで頂上だ

目前で左ふくらはぎが痙攣し始める
路肩に逸れて座り込む
苦しくはない
でも足がついてこない

また走り出す
すぐに痙攣が始まり、また屈伸をする
坂を登りきる
このあたりで約30km、30kmは2:55:51、ペースが落ちているがまだがんばれば4時間を切れる

今度は山を下り始める
この下りを利用してタイムを縮めよう

それが失敗の元、
長い距離を走ってないという練習不足から足というより腰がついてこない
高校生の沿道ボランティアたちが大声で応援してくれている
ハイタッチ

あとは気力だ残り10kmめ

屈伸とランを繰り返して32km付近、
どこからか「雨上がりの夜空に」が聞こえてくる

一瞬目を疑ったが、目の前に清志郎がいた
ハイテンションで踊りくるっていた
実際にはそっくりさんだったけど、メイクや衣装、髪型までそっくりで一面の田んぼをバックにランナーを励ましながらハイタッチして歌っていた
なぜだかこれには泣けた

おいらのぽんこつー
とうとうつぶれちまったー
どうしたんだへへいべいべー
バッテリーはびんびんだぜ いつものようにきめーてー
ぶっとばそうぜー


無性に泣けた
そして何より疲れた足を忘れるくらいテンションが上がった
私も周りのランナーもキヨシロー!と叫んで田んぼの道をくたくたで駆け抜けた

改めて他の人の感想をネットで見ていると、この清志郎そっくりさんのコメントが沢山あって驚いた
それくらいすごいインパクト
なぜ街なかではなく田んぼをバックに彼が、
雨上がりの夜空を爆音で鳴らしながら踊り狂っていたのか



街に戻ってきて34km過ぎ、この辺りでは何度も止まった
その度に沿道の
「おかえり、ようがんばったなぁ、あともうちょいやで」

「もうちょっとでゴールやから絶対完走できるで!」

「えらかったなぁ、ほらアメちゃん食べや」

という暖かい応援にはげまされ、ここまでくるとなんだかもうそのひとこと一言に涙をこらえるのに必死
今までひとりで練習してきたし、友達や家族がここで応援しているわけではない、
けれどこみ上げてくる
なんだか無性にこみ上げてくる
走ることはだいぶ自己満足だし、応援してくれる人なんて全然知らない人だ
それでもこのコースを走ってよかったと、応援してくれて本当にありがとうと思う

37km、残り5km
もうなんだか足がよく分からない、パンパンだ
立ち止まる間隔も早くなっている
急な坂を登ってとにかく区切りの40kmを目指す


41kmあたり、残り1km
最後の最後、鴻池競技場までの登り坂
ここだけは立ち止まってなるものかと駆け上がる

競技場へたどり着く
中に入るとアーチになったゴールが見える

ゴールするって不思議だ
もうあそこをくぐれば走らなくてすむ、というより
ゴールできるってすごいな、清志郎(そっくりさん)や応援してくれた人のおかげでゴールさせてもらったという感じ

ゴール手前にゲストランナーの高橋尚子さんがいる
ハイタッチ

そしてゴール

「おかえりなさい、お疲れさまでした!」

スタッフにバスタオルと完走メダルを首にかけてもらう
ありがとうと言う
ありがとうと言いたくなる、この人や応援してくれた人やお世話になったまいえさんやまいえさんのお母さんや、
協力してくれた人や気遣って靴やランニングタイツをくれた人に



今から、
この感じを忘れないうちに原稿を書きたいなぁ
個人的には悔しい気持ちも大きいけれど、この大会の醍醐味や目に見えない感動を、心温まる沿道の一声やひとりでは小さいけれど少しずつ大きく心強くなっていってこんなにも大きな大会になった奈良マラソンの楽しさを、
少しでも感じられるように私は言葉にして書いてみたいとそう思う足がくがくの今日この頃であります

本当に最高な初フルマラソンでした!



完走

2010年12月05日 | Weblog

こんにちは
今、奈良から帰ってきました

とりあえず結果、完走しました!
記録は4時間30分

とにかく坂道の多いコースで、
いろいろなブログで
「記録の狙えない大会」
と言われていましたが、
私は30kmまで4時間を切れそうなペースで走れていて、
よくばってこれはひょっとしてサブ4行けるかもと思ったりしたのだけど、
30km手前の長い坂道にやられて、残り10kmはタイムがた落ちでした

5時間切りを目標にしていたので、4時間30分は初めてのフルにしては満足だし、
何より完走できたこと、競技場へと向かう最後の坂道だけは絶対に止まるまいと登りきって、
競技場でゴールが見えたときにはとても感動したのですが、
もう少し記録をのばしたかったという悔しさもあります

次回は4時間を目標にします
できれば坂道の少ないフラットなコースで。。。。

膝と腰は痛くならなかったのだけど、
今まで痛くなったことがないような足腰の筋肉の痛みがあってフルマラソンの厳しさを知りました

それにしても奈良マラソンの坂はすごい
魔物というか奈良だけに焔光をまとったすごい形相の不動明王が目の前に立ちはだかったとでもいいたくなるような
皆さん何度も止まっては屈伸し、歩き、そして負けじと走りだしていました
私も何度も何度も立ち止まりました
坂を登った後の下り坂もこたえるのか痙攣がひどかったです

でも沿道の応援がとても優しくて
奈良市内に戻ってきて35kmを過ぎたあたりから
「あともうちょっとだからがんばれ」
「よく戻ってきたね」
と声をかけられる度にその一言が心にしみました

止まりたくないのに足が動かない時や、痙攣した時に何度励まされたことか

とにかく完走できたのでよかったです
でも悔しいのでもうちょっと練習してサブ4目指します

泊めてくれたまいえさんとまいえさんのお母さんには本当にお世話になりました
朝早いのに送ってくれたり、ご飯を作ってくれたり
個人的なことですが、そのおかげで走りきれた部分もあります

いつか恩返ししたいと思います



では、また奈良マラソンの詳細は書こうと思うのですが、
今日は体がびきびきしてるので今から爆睡します

では




出発!

2010年12月03日 | Weblog

こんにちは
明日奈良マラソンへ向け出発です

体調を整えつつ、今日は最後に飲みました日本酒がっつり

アラスカのフェアバンクスで知り合った気象や気候の研究をされている中井さんと久々の再会

彼は研究者なのですが、とてもいい写真を撮ります
特にオーロラの写真を繋げたものは説明するよりも、
見てもらう方が、というより見てもらわないとそのすごさが伝わらないので、
彼のコマ写真を下にupしてみました

フェアバンクスでのオーロラのブレークアップの瞬間です
地球ってすごいです!


今日はよく飲みました
酔っぱらったけど、明日は早起きで奈良入りして、
絶対走りきります





Breakup and pulsation of Northern lights in Fairbanks, Alaska (5 April 2010)

きろく

2010年11月29日 | Weblog

こんにちは
今日は月曜日
もうあと6日で奈良マラソンです

今日は最後のスピード練習をしました
10kmをキロ5分20秒

あとは木曜か金曜にちょっと長めにジョグって、
土曜に軽くジョグ

夏の終わりにアラスカから帰ってきて、
奈良マラソンを走ることが決まってから約2ヶ月ちょい

短いようで長い、いや短かったです


iPhoneでジョグを除く練習記録を付けてたのだけど、
改めて振り返ってみました


9月25日  11.46kmを1:04:01(1時間4分1秒) キロ5:35(1km平均5分35秒)

10月2日  17.82kmを1:45:23  キロ5:55

10月5日 7.46kmを42:12   キロ5:39

10月11日 9.46kmを1:07:28  キロ7:08(この日に膝と腰を故障)

10月16日 6.65kmを45:03  キロ6:47

10月21日 7.34kmを41:39   キロ5:41

10月24日 10kmを48:50 (国立競技場の大会出場記録)

10月30日 5kmジョグ + 5kmをキロ4:30走(国立競技場にてランニングイベント参加記録)

(10月合計68.73km) + タイム計測なし10月28日、23km


11月3日 12.61kmを1:28:58 キロ7:03(ここで再び腰を痛める)

11月7日 13.74kmを1:28:48 キロ6:28

11月10日 5.06kmを26:45  キロ5:17

11月12日 30kmを3:30:02 途中で止まる

11月20日 7.70kmを50:22  キロ6:32

11月23日 11.73kmを1:03:52 キロ5:27

11月29日 10kmを52:54   キロ5:20

(11月合計90.84km) + タイム計測なし11月27日、10km



あとは合間に記録してないジョグ練習とか

全然距離走ってないのと、
タイムにムラがありまくりです

これを見て、
今更ながら30kmをもう2回は走っておくべきだったと思います

けれどそんな時間はもうないのであきらめて本番です

よく寝て、よく食べて、よく走れるようにします

つーかやはりiPhoneめちゃくちゃ便利ですね
GPSがたまに狂うけど、そこらへんは大目にみれます
もっといいアプリでないだろうか、今RunKeeperの無料版を使っていて、
これもたいがい便利ですが、フルマラソン予想タイム機能付きのアプリとかも出てるみたいなので、乗り換えようか悩んでいます
でもそれもGPSが微妙で、電池消耗が早いらしいので難しいところです



奈良では宿泊を2日とも大学時代の友達のマイエーさんちに泊まります
桜井の山の上なんてすげぇ楽しみです

大会前なので酒が飲めないのが残念ですが

なーらー