日記

Hajime

夜の海  その6 おわり

2007年12月14日 | Weblog

そしておじいちゃんとぼくは海の奥へと向かった。
ますますおじいちゃんは溶けてく。
トビウオも跳ねない、そんな海の奥まで来てた。
海の奥のばけものの命を飲み込む叫びだけがますます大きく聞こえた。

ぼくはなんとかおじいちゃんを引き止めたかった。
それが不可能だともその時は思ってなかったんだ。

海の層のずいぶん奥までやってきた。
おじいちゃんはもうほとんど溶けてた。
その命だけが色を濃くしてる。
ここらの波はもう荒れ狂ってまるで森のように高くそびえ立ちすごい勢いでぼくらをつかまえようとした。それをなんとかかわしながら歩く二人。ぼくは叫び続け、のどが潮にやられがらがらになってた。


次の層を越えた時、もうおじいちゃんはほとんど形がなかった。
放射するような強い光の命だけになりかけてた。それでもずるずると海の奥へ進む。


その瞬間顔面から足の先まで衝撃が走る。
体中がしめつけられる。
もう海の奥のばけものの手につかまえられて海へたたきつけられてた。

そしてまた水面へ持ち上げられる。


あぁおじいちゃんごめんなさい、と思った次の瞬間すごい勢いで空へ舞い上がる、高くどこまでも。


遠く月明かりの方に銀の鳥が今日も行き来するのがゆったりと見えた。
そして最後に振り向いた時、海の奥に飲み込まれて行くおじいちゃんが一瞬だけその形を取り戻し、いつもの柔らかい笑顔を見せたようにも見えたんだ。


半魚人がぼくを背中に乗せ部屋まで送り届けてくれた時にはもう東の方から朝がやってくるようだった。

それからぼくはぼくの部屋でこの世で一番大きくて頑丈な袋に詰め込まれたみたいな眠りに落ちた。
半魚人が夜の浜辺の夕顔の上でラフマニノフの狂詩曲を吹く夢を見た。
優しい音色だ。



どれくらいたったのかわからないけど、辺りはもう真夏の日差しで、アブラゼミや沢山の虫達が鳴く声でぼくは目を覚ました。

それからぼくは部屋をでて一階まで降り、キッチンに行った。
かあさんがとても明るい笑顔で言う。
「さっき魚屋さんが今朝早くに今年最初のウミガメの子が夕顔の丘のすぐ先で卵からかえって海へ入ったって教えてくれたよ!いよいよ夏だねぇ。」


それを聞いた時、ぼくは海へ向かって鍵盤ハーモニカでラフマニノフを吹こうと決めた。
半魚人へ、海の奥のばけものにつかまらないように警告の「ラ」を強めにして。




おわり。

夜の海  その5

2007年12月14日 | Weblog

ここのところの悪天候でトビウオがぼくの部屋までも訪れるようになった。
多分飛びたくて飛んでるわけじゃないみたい。
海からはじきだされた、というかんじ。
窓にぶつかるその次の瞬間。
1匹のトビウオは2匹になってそれから3匹、4匹とはじけてそれぞれがてんでばらばらの方へ飛んでった。
半魚人はというと、つり目がもっとつり目になった。
教科書でみた仏像の写真みたく切れ味するどい半眼だ。
それから背中が少し丸くなった。

「時期が時期だからね。」半魚人は言う。

その日も多少海は荒れてたけどぼくらは海へ。
こんな夜は特に海の奥のばけものがよく叫ぶ。
ぼくらはその声を聞きながら、また警戒しながら海の上を飛んだんだ。
浅瀬は充分に月明かりを反射している。
奥へ奥へと行くほど黒く重くそして深い。
そしてこの晩ぼくは思いもよらぬものを見た。

海の上、奥へ奥へと向かうぼくのおじいちゃん。




ぼくのおじいちゃんは2ヶ月前に海で死んだ。元気だったけど海を見に行くと言ったきりもどってこなかった。
あくる日浜辺で発見された。
元々漁師だったおじいちゃんが海を見に行くというのはよくあることだった。
そのおじいちゃんが病院でも家でもなく海で死んだんだ。誰にもなんにも言わずにね。


ぼくは震えが止まらなかった。怖いわけでも悲しいわけでもないのに。
頭の中がどこまでもどこまでも真っ白になるのと同時に夜の海と夜の空はどこまでも真っ黒になった。
なぜだか上手く飛べない。手も足も全部岩にくくられて海に沈むように重い。
それでも気がついたら何かを押しのけるようにしておじいちゃんの側まで行こうとしてた。
真っ黒になったおじいちゃんはただ海の奥を見つめ、前へ前へ歩いている。




おじいちゃんは優しいひとだった。
そして一時ぼくの村の村長でもあった。
急にやめちゃったんだけど。

それはおじいちゃんがまだ村長だったころ、この村のきれいな浜辺にある計画がもちあがった。
「海岸階段計画」がそれ。
浜辺をずうっと先まで階段にしちゃうってやつ。
そりゃもちろん賛否両論さ。
美しい海岸を守れという人達と階段を作るという長い時間かかる仕事をやっともらえた人達。
もちろんおじいちゃん村長ずっと悩んでた。朝から晩まで、寝ても覚めてもさ。
おじいちゃん村長のとこには沢山の人がひっきりなしに来てた。
「この美しい浜を絶対に残しましょう!」とか
「わしらこの階段の仕事がなけりゃ食ってけませんよ。」とか次から次へ。

ある時勝手に階段つくりが始まっちゃったんだ。
村長よりもっとえらい人が許可しちゃったんだってさ。

いつだったか村の会報でおじいちゃん村長こんな記事を載せた。
《ある少女から私のところへこんな手紙が届きました。今日はそれを載せたいと思います。「村長さんへ、私はこの村が好きです。そしてこの海が大好きです。両方が大好きなのです。今日学校から帰ってる途中その浜に沢山のダンプが来てて浜はめちゃくちゃになってしまいました。私は涙が止まりませんでした。」》
それからすぐにおじいちゃん村長は村長をもっとえらい人達にやめさせられたって。


そんな人だったおじいちゃん。
ぼくは大好きだった。

海の上を歩くおじいちゃんはただ歩く。
ぼくはその横になんとかたどりついて思い切り呼ぶ「おじいちゃん!」
半魚人があわててやってくる。
「命には何も聴こえないし触れないんだ。もうそれより先について行っちゃだめだ海の奥のばけものがいる!」

ぼくはもうなんにも聞こえなかった。
おじいちゃんをただ追いかけた。
じきに海の層の境界線がやってくる。
おじいちゃんは頭からどんどん溶けてく。それでも体を引きずって歩く。命の本当に終わる海の奥のばけもののところまで。
絶対に連れて行かせてなるもんか、ぼくは声をあげる。
どんどんおじいちゃんは色あせてく。


ぼくがずっと小さいころ、村の保育園に行ってたころ。
クリスマスにサンタがやってきた。
みんながどきどきして待ってる遊戯室。広いステージ暖かいストーブ、みんなの笑顔。
がらがらとドアを開け、白ヒゲのサンタがやってきた。
みんな泣き出したんだ。サンタさんじゃないって。
ありゃ村長さんだ、って。
ぼくも恥ずかしくて泣いた。おじいちゃん村長とっても困ってそれでも下手な演技で笑いながらわんわん泣く子たちにプレゼントを渡してまわった。ぼくはずっと泣いてた。


ぼくはそれを謝りたかったのかもしれない。
何度も溶けかかったおじいちゃんを呼ぶ。


また海の層の境界線がやってくる。
どんどんおじいちゃんは溶けていく。
おじいちゃんの形がどんどんなくなっていく。



つづく



夜の海  その4

2007年12月12日 | Weblog

灰色の夜が続くとぼくと半魚人はぼくの部屋の窓から夜を眺めた。
ぼくの部屋にある流木や貝殻の話なんかもした。
それから晴れた夜になるとまた海まででかける。
もう三日月の頃。

半魚人は鍵盤付きハーモニカを吹く。
海岸で拾ったふじつぼ付きのとても小さいやつ。


波打ち際から白い砂浜へ、それから夕顔が群生するゆったりとした砂の丘がある。
月の時間の方が夕顔はきれいに見える。
きっと月明かりと砂の静かな銀色以外色という色はもうすっかり眠りこみ、夜の海岸の深い紺と銀の世界には夕顔だけが色をつけているからだ。

薄桃色の夕顔のその一つに腰をかけた半魚人はいつも心地よい和音を出していた。
鍵盤付きハーモニカはとっても鍵盤が少なくて結局いつもメロディーは単音だけになっちゃうんだけど。
それでもぼくは海の上でその頃の三日月を見上げながら半魚人の吹くラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲を聞くのが大好きだった。きっと半魚人はぼくの部屋でかかっていたこの曲をいつのまにか覚えたんだ。
小さいピアニカだったからとても簡単なメロディーを単音で弾くだけだったけど、夕顔も海のやつらもそしてぼくも一晩中でも半魚人の吹くその狂詩曲に聴きいってた。



ある晩、いつものように半魚人は砂浜の夕顔の丘の上で一番先頭に咲く花に足を伸ばして乗っかりながらラフマニノフを吹いてた。

三日月の近くには今日も大きい鳥があちらからこちらへ、こちらから向こうの方へと銀色の大きな羽を広げてぼくらの遥か上を飛んでた。
トビウオ達が風をつくってあちこちからやってきた。
あんまり集まりすぎちゃって小さな竜巻が起こるほど。

ぼくは海の上でトビウオの風に乗っかってたら思わず竜巻に飲み込まれた。

ぐるぐるぐる。
この頃ぼくはもうずいぶんうまく飛べるようになってたから海面すれすれでひょいと浮かび上がった。




その拍子にふと横を見る。
ぎょっとした。



黒い人が歩いてる。


驚いたけどぼくにはすぐにそれが命だとわかった。
だって胸には貝の宿の明かりを灯してたから。

命はまだ形があった。
人の形。
でも生きてる人よりずっと黒が濃い。
そして何も言わず、いやむしろ何にも気づかずにただ沖に向かって急いで歩いていた。

ぼくはその命を知らず知らずおいかけた。
波と波の間を命は歩く歩く。
命の足下の波だけが海水でできた波じゃなくなる。
でこぼこ波の形の道になる。その上をとりつかれたようにぼくと命は行った。

海岸からちょっと離れたところで海の層が変わる。
波打ち際を離れ、少しずつ鉛のように深く重くなってゆく夜の海の表面にはっきりとその境界線が浮き上がる。
その境界線を命が通ろうとすると、どこか鈍く動きがゆっくりになり、体全体をひきずるようにして進んだ。
命が前のめり、層の境界線をまたぎ、ずるずるともはや這うようにしながら海の層を一つ進むとぼくにははっきりとわかった。

命の色がくすんでる。

正確には命の色がくすむんじゃなく、命の形の色がくすむ。
そしてその黒ずんだ人の形がてっぺんからすこしずつ溶けかかっていた。
浜辺で土人形を作り、その上から水をかけていくように。
そして波がその土人形を海へ海へと引きずり込むように、海は命の形を溶かしていく。

そして人の形の黒い部分が色あせ、くすむ。
けれど逆に命があるであろうその形の奥の色は強くなって見える。


ぼくはついていく。
溶けかかった命の形と命に。
海の奥へ。
海はもっと深く濃くなる。
波は大きくうねり、それは林のようにおおいかぶさってくる。
その中を命と進む。




「ラーーーー!!!」
耳元が爆発した。

半魚人が後ろからあわてて追いかけてきて、警告の「ラ」を鍵盤ハーモニカで思い切り吹いたんだ。
慌ててぼくは我にかえって辺りを見渡すと、そこにはもうトビウオなんか一匹もいない。
貝の明かりも見えない。
海の奥に近づいてた。

「海の奥のばけものに飲み込まれるだろ。」
半魚人はもう一度警告の「ラ」を今度は短く吹く。

海面下には海の奥のばけものの大きく太い腕と、海の底の奴らがものすごい勢いで回遊し、ぼくらの様子をうかがってる。

「あともう少し海の奥まで行っちゃったらその時はもうぼくだってどうにもできないんだからね。」
半魚人はぼくに背中を向け、海岸へ飛びながら言った。



つづく

夜の海  その3

2007年12月10日 | Weblog

その晩はとてもよく晴れてた。
夜の空気のすみずみまで月の明かりがその手を伸ばしてた。

ぼくはいつものように半魚人と海岸の上を飛んでた。
目をつむり風の音を聴き、匂いをかぎながら。

少しづつ風の音、風の先端がどこへ向かってるのかがかすかにつかまえられるようになったんだ。

風の一番先頭はいつも静かにやってくる。
ただ静かに。ただただ早く。

すいーす すいーす 
ぴちゃあん

静かに風の先端は飛んでくる。
風の先頭が通ると後ろには風がついてくる。夜の幕をやぶくみたいにきれいに空気は引き裂かれて風が起こる。

すいーす すいーす
ぴちゃあん

右から

左から

すいーす すいーす
ぴちゃあん

ぼくは聴こえるようになった。
それからそっと音が聴こえる方へ目を開けた。



海の向こうからトビウオ達がやってくる。
銀の流線型、勢いつけて。
すいーす すいーす
それからぴちゃん

風の先頭トビウオは海の上から山の向こうへ風をつくって飛んでいく。

ぼくはトビウオの通った少し後の風をつかまえる。
もうこうなれば目を開けてたってぼくもちょっとしたものさ。

トビウオのつくった風に落ちてるうろこにつかまったり、風の上であおむけになって月を見たり。
ぼくはずいぶんうまく飛べるようになったんだ。
半魚人だって驚くほどさ。


そんなある晩、半魚人と海岸を飛んでたある日。
海岸から少し海の先までぼんやり青い光が海の中にあったんだ。
それは小さいコインみたいな光だった。
青くていくつも浅瀬にちらばってた。

「あれは貝さ。」半魚人が言った。
「なんで光ってるの?」ぼくは尋ねた。

「あれはね、海までたどりついた命達がこれから長い長い海の層を歩いて海の奥のばけものに飲み込まれるまでの旅へ出発する前の一晩だけの宿だよ。」
半魚人は続けて言った。
「一つの貝は海岸までやってきた一つの命を一晩泊める。そこで海の奥のばけものまでの行き方を命に教えるんだ。明かりを灯してさ。命の思い出話にもつきあって、あれやこれやと命が生きてた時の話を全部聞いてやるんだ。夜明けが来る前に命の心残りがないようにすっかり聞いてあげるんだ。そして海の底のやつらが命を食べちゃわないように出発の時までしっかりふたをしめて命を守るんだ。楽しくて生きてて良かったと思うくらい暖かい時間を過ごすんだ。」

海にはいくつもの青い明かりが灯ってた。
本当の家みたいに柔らかく暖かい明かりだった。


またひとつ
そしてまたひとつ夜の海に明かりが灯った。

ぼくと半魚人はトビウオの風に乗っていくつもの明かりを眺めた。
遠く海の奥のばけものがオーウオウと叫ぶのを聞きながら。


つづく

夜の海  その2

2007年12月09日 | Weblog

あくる晩も、そのまたあくる晩もぼくの部屋の窓に半魚人はやってきた。
それはよく泣くフクロウの思いで話につきあった後、決まってかっきり0時半。

ぼくはしばらく半魚人に飛び方を教わってた。
窓を飛び立って、すいか畑を飛び越えたらしばらく大きな木で一休み。
それから海岸へ。

半魚人はほんとにうまく飛ぶ。
ぼくはへっぴり腰で空をかきわける。

あいつはいつでもぼくを笑ってた。

ある日のこと半魚人がこつを教えてくれたんだ。
「飛ぶってことは乗るってこと。風の匂いを嗅いで、風の行く方向にのっかるだけさ。波乗りみたいなもんだよ。こっちから目で確かめるよりも目を閉じて匂いに尋ねる方がよっぽど確かに教えてくれるさ。」

ぼくは嗅いだ。沢山嗅いだ。
だけどもいっこうに分からない。
外国からやってくる乾いた風と山から下りてくる風の違いくらいしかわからなかった。


目をつむって風を嗅ぎながら夜の海の上を渡ってたある晩、ぼくは思い切り強い風に吹かれて思わず目を開けたんだ。
するとぐるぐる飛ばされてるぼくの目に小さくきらりと光るものが見えた。
星かな?ぼくは思った。

次の瞬間。
目の前に大きい大きい鳥がすどん!とやってきた。
それは頭の先に一本の長いとさかをもったきれいな鳥。

「やぁ、うまく飛べるようになったかい?ちょっと急いでるんだけど、いつも遠くからその下手な飛び方を見てたんだ。あんまりしどろもどろなもんだから思わずやってきちまったってわけさ。」

鳥は本当に急いでるみたい。
間髪いれずに、それでいてきちんと的を得て話しをした。

「匂いが不得意なら聴くことさ。よぉく聴くんだ。しっかり目を閉じてね。見ようとしたら見えないもんだってあるんだ。だからじっと聴くんだ。我慢して。飛びたいと思うんなら、まず目を閉じてじっくりと聴いてみな。風の一番先頭を行く奴の音がしっかり聞こえるはずだぜ、俺はこっちに進むんだ、てな。それができたらしっかり目を開けてそいつの行く方向を感じればいい。それだけさ。」

それだけ言うと鳥はくるりと北を向いて羽を大きく広げた。
「とにかく急いでるんだ。今日はここから北へ向かってハッペという星まで行かなきゃならん。あと一時の間にだぜ。ほんとにせわしないことだよ。まぁせいぜい海の奥のばけものにつかまらないよう上手く飛びな。」

ぼくがありがとうと言ったのが聞こえたかどうかはわからないけど、大きな鳥はもうずっと上の方に昇ってた。
月の明かりの銀の粉が後にはひらひら落ちてきた。

それからぼくは聴いた。沢山聴いた。本当に悪いけど、そりゃふくろうの思い出話よりもずっと真面目に風を聴いたんだ。

それからまた半魚人と一緒に海の奥のばけものにつかまらないように気をつけながら夜の海の上を飛んだんだ。



つづく



夜の海  その1

2007年12月08日 | Weblog

ぼくが自分の部屋にまだほとんど誰も連れて来なかった頃のこと。
なぜかってまだ11才のころなんだけど、ぼくの部屋は本当に小さくてせまかったんだ。

木の机とふとんと本棚。
あとは山で拾った貝殻や海で拾った流木なんかがあったな。
窓がとっても大きくて夜になると銀色の月と山の影と海の明かりと虫と動物とでそりゃ溢れかえってたよ。

だから誰か来て
「狭いなぁ。」とか
「何にもないじゃん。」とか言うばっかりで
誰も「こんなに大きな窓があって夜になったらここから見る月はとっても素敵だろうね。」
なんてことを言わなかったからちょっとうんざりしてたんだ。
だからもう誰も呼ばなかったってわけ。

それにこの部屋にいるととても忙しいんだ。
月を見なきゃいけないし、正面にある一本のおおきな木の葉っぱの数を数えたり、海の奥のばけものが鳴くのを聞いたりしなきゃいけなかったからね。



そろそろ夜も虫の声で騒がしくなってきた夏前のこと。
ぼくはいつものように大きな窓から夜を見てた。

キツネとタヌキの歌を聞いたり、チイチイ虫を鳴かせたり、ふくろうがほろほろ泣くのを相手してた。

正面の大きな木にはヘビがぐるぐる登ったり降りたりして、枝の葉っぱには月の銀の粒がたくさんくっついてた。

そういうのをずっと見ていたら、木の方から何か飛んで来たんだ。
それがあいつとの出会いだったんだけど、最初は大きいかぶと虫か小さいムササビくらいのものかと思って見ていたよ。
するとだんだんぼくの部屋に向かって来た。
そいつはぼくの手よりちょっと大きいくらいの半魚人だった。
なんだか飛んで来たというより、空中を泳いでるみたい。
そいつは目がすっごくつり目で、口が大きくてくちばしみたいに尖ってた。
手がしゃもじみたいな形で、すいすいすらすらぼくの部屋に向かって一直線。

やれやれぼくは眠たくて、半分寝ぼけているのだな、と思ったよ。
するとそいつがぼくの部屋の窓にすったと降りて腰掛けた。そしてついに言ったのさ。
「やぁ、この窓はとても素敵だね。今日は月も大きいからとっても夜が明るくてとてもきれいだよ。」

ぼくは驚いた。こいつしゃべれる。

ぼくは「そうだね。」と言った。

半魚人はすぐに言ったんだ。
「ちょっと海の方まで行ってみないか。」

もう次の瞬間にはぼくは浮いてた。



飛ぶ、って変なかんじだ。
泳ぐみたい。
頭の中で早さと方向と高低なんかを決めて、上半身がそれについてくる。
下半身は慣れるまでは犬かきみたいにしどろもどろ。
なんだか腰に大きなチーズが入ってて、それがとけてくみたい。

半魚人はまだ素人のぼくの姿をみてけたけたと笑う。
なんとか海の上にやってきた。


半魚人が言った。
「今晩はまだ満月から三日もたってないから海の奥のばけものと、海の底のやつらが暴れまわってるのさ。くじらよりももっと大きくて、サメよりももっと早いやつらさ。ほら海の奥のばけものなんてこんな海岸まで手をのばしてる。」

確かに浜辺や岩場の方まで海の奥のばけものの手が海の奥からずっと伸びていて、やたらと何かを探しまわってた。
そして海の奥ではばけものが真っ黒くあばれてた。
そしてオーウオウと鳴いていた。

ぼくらのいるあたりの空の少し先の船着き場に釣りをしている人を見つけた。
ぼくは半魚人に聞いてみたんだ。
「あんなに近くまで海の奥のばけものが来てるのになんで気づかないんだろう。もう連れていかれちゃうくらいすぐ近くまで来てるのに。」

半魚人は当たり前のような無頓着な顔で言った。
「ないはずがない、ということを知ってたらあるに決まってるだろ。だからあるはずがないって思ってたらそこには何もあるわけないんだよ。僕も君も何もかも。」

それから半魚人は海の奥を見ながら言った。
「掃除機みたいなもんさ海の奥のばけものは。全部吸っちゃうんだ。命をね。陸の命を全部吸い取るためにここまで手をのばして、奥で口を開けて吸い込んでるのさ。ほら今日は満月から日がたたないからばけものの吸い込む力が強くて勢いよく海の奥から吸うからすごく波が起こってるだろ。」


ぼくの知らない夜の海を半魚人はなんでも教えてくれた。

「海の奥のばけもの、つまり命を吸うやつはね、でかいイソギンチャクなんだ。とにかくでかくてでかくてどこの海までもその手をのばせるんだ。それから陸で死んだ命を吸い取ってる。そして命もそいつに向かっていかなきゃいけないことを知ってるのさ。海にはいくつも層があるんだよ。海岸から海の奥のばけものまでの距離の層、それから海の上から底に沈んで行く深さの層。命はね自分から海の奥のばけものに向かって行くんだ。一人っきりで夜の海の上を歩くんだ。それを海の奥のばけものはつかまえて飲み込んじゃうのさ。」

海の上には漁で使う定置網のうきの目印よりももっとはっきりと層が区切られて見えた。
波と波の間に波とは違うくっきりと区画された層が浮かび上がっていた。

「海までたどりついた命はね浜辺から海の奥に向かって歩いて行くんだ。そして奥の方へ行くにつれ形を持った命は溶けて、命だけになっていくんだ。層を行けば行くほど形が無くなっていくんだよ。そこで海の奥のばけものに飲まれた命は次は深く深く潜っていくのさ。形が溶けて命だけになって、飲み込まれ深く潜る命は深さの層を沈むにつれ意味も無くなるんだ。命じゃなくなるってこと。もう何もなくなるんだ。」

「どこまで行くの?」
「どこまでも。」半魚人は言った。

「深さの層は上からだと見えないし、夜の海の底にもぐって行くのはとても危険なんだ。今日なんかは特に海の底のやつらがすごい早さで行ったり来たりしてるからね。ぼくらなんかそのまま連れていかれて終わりだよ。」と海上をじっと見渡すぼくの横で半魚人は言う。


ぼくらは遠くに海の奥のばけものを見ながら、またその手に見つかって引きづりこまれないように静かに海の上で遊び、泳いだんだ。
朝が来る少し前にぼくはぼくの部屋の大きな窓へ着いた。
半魚人は
「また来るよ。」と言ってぼくよりはるかに上手く空を泳いで行った。



つづく。

アロー☆

2007年12月05日 | Weblog

皆さんお元気ですか?
寒いですね。
体調にはくれぐれも気をつけてくださいねぇ。

私はというと、作業にふけり(撮り・書き)、本をむさぼり、またそれを消化し、人に会い、創り、ぶつかり、へこみ、歩き、感じ、吠えています。


ふと冬です。
冬は大好きです。
空気の感じがね、なんというかやっぱりどこまでも澄んでる。東京でもその清さを感じます。
以前、友人が「はじめのはじめによるはじめのためのCD」なるものを贈ってくれました。
名曲ぞろいで、オダギリジョーの歌う「悲しくてやりきれない」やフラワーカンパニーズ「深夜高速」とか繊細にも爆発的に心をつかんでくれます。

それでね、一番最後に矢野絢子さんの「てろてろ」が入っているの。
大好きになりましたこの曲。
こういうの本当にエネルギーがいるのにね、ありがとうね。



こんな夜は、そんな名曲達を聴きながらいろんな人のことをおもうよ。
いろんなことをおもうよ。


皆さん体にはくれぐれも気をつけてね、またいつかどこかで会いましょう。