日記

Hajime

1分後の記憶

2011年01月28日 | Weblog


今日は朝起きて、電車に乗りました

ポケットから携帯を取りだしてみると9:36

いつものようにドアの近くに立ち、本を読もうと鞄のチャックを開き、ごそごそと本を探します
そうこうしているうちに強い日差しがドアのガラスから差し込んで、
今日はとても晴れているなぁ、と気づきました
遠くには大きな煙突がゆっくりと煙を吐き、朝陽を浴びる家並みとビル
ふっくらとした電球の灯りも好きだけど、しなやかでどこまでも延びていくような陽の光もやっぱり気持ちがいい
冬晴れのそんな透明感が好きです

私の地元山陰の冬はふたをしたように沈んだ天気が多いので、その分晴れた日はとても気持ちがいいです

私が地元にいた中学生の頃、「バカ」と名付けられた半野良ネコがいました
半野良というのは半分私の家に住み着いていたからです
私の家は坂の上にあって、冬の晴れた日にはよく階段を下って、港まで歩いて澄んだ空と海をぼろい木製のベンチに腰掛けて見たりしていました
バカはブギーと鳴いてついてきます
毛並みは汚く、がりがりで皮膚の病気で目や鼻の皮がめくれていて、その顔面を私のズボンにこすりこすり足にからみつきながら海までついてきます

まったくバカは馬鹿で、元気な時はベンチに座る私の背中に乗ろうとして爪をだして服をひっかき、
ようやく登らせてやるといきなりブギー!と肩の上からゲロを吐いたりしたこともあります
腹痛いなら登らなきゃいいんですが

夜は夜で私が家の前で野球の素振りをしていると、電柱の灯りの下でごろごろと寝転がり、
ブサイクなのに何かをアピールして、素振り中の私は集中したいのにたまに視界に入って、
いかんいかんと思いつつ、思わず目が合うとブギーと鳴いて足にからんでくるというたちの悪さでした

けれど、バカはとても優しいところがあり私の機嫌が悪い時は素振り中でも近づかず、ちょうどいい距離で側にいてくれました
風呂を焚く時は薪をくべる邪魔をするし、どかしたらブギーブギー鳴くし、変な葉っぱ食べてまた足下でゲロはくし、
でも近くの畑や山の入り口までどこへ行くにもちょうどいい距離で着いてきてくれました

高校の合格発表の前夜、緊張のあまり眠れず家の前で素振りをしていると
車の下でブギーと鳴き声が聞こえました
いつもとは雰囲気の違う鳴き方に車の下を覗くと弱ったバカが馬鹿みたいに死にかけていて、
バカ!といいながら抱くとすっかり弱り果てていて、バカ!バカ!がんばれバカ!と呼ぶのですが、
ゆっくりとバカは私の腕の中で息絶えました
それから夜な夜な山に入ってバカを埋めました
田舎の夜は静かで黒くて土だらけなので、埋まってからもバカは自由でのびのびできたのではないかと思います




中央線から総武線に乗り換えて市ヶ谷で下車
母からメールがきていました
9:37祖母が亡くなったと

年に数度しか会わない母方の祖母
訪れる度にすき焼きをしてくれた祖母
ドラえもんの青いプラスチックの小さなお茶碗にご飯をよそって、
私が大きくなってもずっとそのお茶碗にご飯のおかわりをよそってくれて、
ぺちゃくちゃとしゃべっては子どものように笑って、
電話をすればいつでも毎朝神社にお参りにいって子や孫の健康を神さんに祈ってんのや、と言い、
いつでも遊びにおいでやと言い、健康が一番やさかいいつでもはじめの健康を神さんに祈ってるでと言い、小さな体で目一杯生きた祖母でした

今、無性にバカに会いたいです
バカは神さまでもなんでもないネコですが
ばあちゃんにありがとうと伝えてほしいし
母の体を早くよくして、父の体も早くよくしてほしい
そしてバカを抱っこしてえ
汚ったねぇかさぶたまみれの顔面でも抱っこしたい
抱き上げると風呂の焚き口でついたすすがぼわっと舞い上がる痩せた体でも抱っこしたい
バカはバカだけど馬鹿じゃないから肉球を触ってブギーと鳴いてほしい

バカ会いてぇぞ
明日は超元気でばあちゃんに会いにいくぞ















































































































































そういう時は寝るにかぎる

2011年01月28日 | Weblog



こんちくわ

インフルエンザも撃退し、そろそろランニングをはじめなければと思いつつ寒うてできん

2月には香港マラソンの取材です
私は実走せずカメラマンとして行くわけですが、香港のトレランについても取材するので密かにコースを走りたいと思っています
香港の山、疾走してみたいです

アジアって実は台湾とインドしか訪れたことがないのでそれも楽しみです

アジアといえば日本もアジアですし、今後のTPPのことを考えると広くアジア圏としての日本という視点でものを考えることもあります

しかしながらまずは日本国内のこのがたがたな感じにも目を向けて考えてみるのも重要なことではないかと思います
とかく私は地方出身なので、東京や神奈川などの成功している行政つまり中央と地方の地方公共団体の格差について肌で感じることがあります
今のところうまくやりくりしている中央はさておき、地方の行政はとても苦しい状況ですが、
最近地方のホテルや東北の山々や土地の中国資本による買収が進んでいます

外国人参政権問題、中国人留学生の増加、学ぶ意欲に比例して実力の高まる留学生と日本人学生の就職難などは周知の事実ですが、
着々と外国資本による日本国土の買収も進んでいるようです
これは中国の勢いと台頭、日本経済の衰退の両方によってなるべくしてなった状況ではあるのですが、
先に述べたようにとりわけ私は日本国内の中央と地方における地方公共団体の格差がひとつの大きな要因ではないかと思います
そこで大阪都や先日の新潟県と新潟市における新潟州構想など地方もなんとかふんばりをきかそうとがんばっているのですが、
もはやそこまでの力を持たない地方も数多くあるわけで、そこに入ってきた中国に対して悲しいかな日本は何か反発したり、
国民感情的に中国に対して嫌悪を抱くのは少し違う気がしています

つまり、例えば東北の土地を中国資本が買収している現状を受け、
その土地自体を行政がうまく活用できず、個人で土地を所有している人は税金や維持費の負担から手放したいけれど利用価値の低さに(利用価値が下がっているという現状がみそだと思われます)よって購入者がなく、
負担だけが増加していく、そこに購入したいという人が現れたなら売りたいと思う気持ちに共感こそすれ売り手に対して売国奴的な発言を行うことはいかがなものかと思います

地方でホテルを中国資本が買収した場合も同じで、バブル期及びそれ以降に建てられた地方にあるホテルが現在の地方の衰退によって経営が成り立たず、
買い取ってくれる先が中国資本だけだったとなると、それはもはや売り手であるホテル経営者に対しての批判をすれば済む問題ではないし、
そのホテル周辺で今後中華街を作りたいという発想が生まれた場合(これは少なからず起こると思います)、地方行政としてももはや国をあてにしている場合ではないことから、買い取ってくれる中国に頼らざるを得ない状況になるのではないのでしょうか
中華街構想によってその場所が少しでも活性化されるなら、その方法はむしろとても有効ではないかと思います

こんなことを言うとそれでも日本人かと反発されるのですが、
これは皮肉でもなんでもなく、事実だと思っております

移民をあまり受け入れない日本においても少子高齢化とモラトリアム人口の増加、他アジア圏の人口増加からみて今後はかならず日本への移民は増えるでしょうし、
一旦成熟した日本社会と経済が今後再びバブル期を迎えることはないと思われ、
移民や外国資本が次々に入ってくるという危機感から、日本の文化や伝統が薄れるのではないかと危惧する声も聞こえてきますが、
それはある程度仕方がないというか、それならば土地を買う外国資本や日本に入ってくる移民に対してあらかじめ日本の伝統と文化を理解してもらえる手段や方法をもっておかないといけないというか、つまりは日本国内におけるそれぞれの地方の個性豊かで貴重な自然や新旧及び善し悪しを抜きにした上で文化、伝統を日本人自体見直して理解すことが重要ではないかと思います

話は変わるのですが、昨年8月にアラスカを訪れた時、町中でインディアンやエスキモーの人々がホームレスとなって道ばたでアルコール三昧の生活を送っているのをよく目にしました
土地と文化とを搾取された(現在もアラスカで伝統を守って生きている人々もいるので全てではないし、新しい文化と融合して生きている人々もいるので一概に搾取する側が悪いという判断はできませんが)その光景を見た時にネイティブから多くのものを搾取したアメリカ人に対して少なからず嫌悪感を抱いた私ですが、
そんな私に
「そもそもアメリカと日本の成り立ちは違って、一言でアメリカ人といっても別の国からやってきた沢山の移民がいて、その移民たちのおじいさんやおとうさん達がおこなったことを現代のアメリカ人に責任を問うのは少し違うのではないか、ましてや自分たちの世代で移住してきた人々も多く、そういう人々が集まって形成しているのがアメリカという国であって日本のようにおじいさんもそのまたおじいさんも日本人だという歴史的にずっとその国の国民だという意識が強い国でないアメリカ人たちにアラスカのネイティブ問題の責任を課すのは違う気がする」
という意見があって、これは本当になるほどなと思いました
何が言いたいかというと、国や人によって視点は大きく異なるし、先に述べた文化と伝統を改めて確認するという点では日本はとてもやりやすい国だということです。島国だし

そこで地方活性化の具体的な方法としてはやはり公共事業って大切だと思います
ここまできてその方法だと、意味がないというか結局公共事業に依存しすぎて行き詰まった地方に対して何の打開策にもなっていないのではと思われるかもしれないし、
そもそも私自身ここ数年地方の公共事業依存によって地方行政が自立できなかったことが今の現状を招いているのだという考え方を持っていました

しかしながらわかりやすい公共事業のひとつとして例えば「橋」についてみてみても、
国を除く地方公共団体が管理する橋は現在約68万(国の管理は約2万)、1800ほどある地方公共団体のうち財政の厳しい1500の地方公共団体は技術者を用いて橋の点検や整備を行うことができていないという国のデータがあります
それはつまり1500の地方公共団体が橋安全性を確認できていないということで、多分きっと大事故が起きてからでないとその問題は取り上げられず、予算もつかないだろうと予測されます
定期点検を行えなかったが故に落橋した事例は長野県や沖縄県などいくつかあり、死人がでなかったため大きな問題にはなっていませんが、いかんせん韓流アイドルのニュースよりも優先すべきニュースがあるのでは、と思ってしまいます

それを考えると今ある風潮としての公共事業=悪みたいなイメージって単なるイメージでしかない気がしてくるし、
もちろん地方公共団体は公共事業以外の独自な方法も用いて自立・再建すべきだと思います

ここまでくると根本はとどのつまり教育って大切ですねって話ですね
(ものすごく強引にまとめてしまいましたが)

私もなんだかんだいってまだ東京にいて、ストロー現象に加担しているひとりではあるのですが(東北、北陸には当てはまるけど山陰って新幹線がないので当てはまらないかもしれませんが)、
今東京にいるということをひとつの体験として今一度地元(地方)になんらかの活性化をもたらせるように今経験できることを吸収しておきたいと思います


最後になりましたが、写真はインドのジャイプルにいたおじいちゃんです
どんだけぐちゃぐちゃ話しても結局深みのある人となりにはかなわないなぁと思いました

ちょっと今あれこれ勉強中でおもしろい小説を読む気力がないというかそこに向かないのがちょっと残念なのですが、
わりと変態的な妄想はあれこれしています


では




きょう

2011年01月20日 | Weblog
本日19:00よりTBS
「スパモク!! 世界の果ての日本人!~ここが私の理想郷~」
という番組でアラスカでお世話になった河内牧栄氏が出演されます(アラスカのオーロラについて)。

島根で放送されるかは分からないけど。。。。
おもしろそうなのでぜひ。



少し目がさえました

2011年01月14日 | Weblog

こんにちは
いかがお過ごしでしょうか

現在私インフルエンザ中
あんまり今までインフルエンザにかかった記憶がない
というか全然ない

中学の時、風疹にかかって、医者が私の診察をしながら風疹か普通の風邪か見分けがつかず、
パンツをずらされて尻を見られて「はい、おっぱっぴー」
いや、違いました
「はい、風疹です」
という恥辱を味わって以来の熱のひどい感じです(風疹の痕を皮膚に発見するのに私の皮膚は尻以外黒すぎて判別不可だったらしい)

1年に1回、冬に大熱がでる私ですが、そういう普通の風邪ならばポカリをがぶ飲みして、
部屋をがんがんにあっためて厚着をし、汗をとろとろと流しながら
「集中して生きる!」
と、胸の前で手を合わせてひたすら2時間程悶絶し、服を着替えて少し眠り、シャワーを浴びると治ります

しかしながら今回は全くその手が通用しませんでした
あんまり行かない病院にも2度通い、インフルだとわかると病院の裏口から帰ってくださいと言われ、
あんまり飲まない薬も飲んでいます

薬ってすごいですね
さすがです西洋医学
効き過ぎです化学薬品

強敵インフルズにやられ放題でコールド負け目前のだらしない私でしたが、
座薬三兄弟という補強を行い、ピンチを凌ぐと(ナイスピッチ!)
外国人スラッガー、Mr.タミフルが場外ホームラン連発の大暴れ
暴れすぎて監督の私は逆にタミフルを静まらせるのに必死です

夜な夜ながんがんバット振ってますタミフル(DH)
くそボールでもやたらめったら振り回すので、タミフルを飲んだ後は体の中が大変で体力を使います

そこにラジオというヘッドコーチがあれこれ助言をしてくれていて、
朦朧としながらもラジオを聞きながら意識を保ってます
夜のラジオはいい
布団に潜り込んで暗闇の中から聞こえてくる放送は最高です


久しぶりにこんなに体調を崩して、見る夢も素敵です
いろいろなものがスローモーションで現れます

ゆっくりゆっくり野犬の群れをかわしながら走ります
それからゆっくりゆっくり剣道の試合をして、
ゆっくりゆっくり戦時中の若い祖父が現れ、
ゆっくりゆっくり去っていきます

いろいろなものがゆっくりです
おだいじに






いちがつ

2011年01月09日 | Weblog

遅ればせながら明けましておめでとうございます
忘年会新年会ビール日本酒白ワイン焼酎酔い止め大渋滞下痢止めストッパ大寒波いかがお過ごしでしょうか

東京に戻ってくると天気がよいけど寒いですね
地元の天気は大荒れで、雨やら風やら雷停電しめり風
寒いは寒いけど冬の寒さ!!という納得以上の想像を超える寒さ(毎年学習しない)

東京の寒さは、天気がよい分気持ちのどこかに暖かげなテンションが残っていて、外に出た瞬間にテンションがた落ちパターン(毎年学習しない)
プール開きが暖かくてはしゃいで素っ裸になったら思ったより外気は甘くなくてへこむパターン

それはそうと、
年末年始島根県はとても天気が悪くて、善くも悪くもああ山陰、曇天豪雪ああ島根、といった感じでした
お餅つきも雨で大変でした
気温が低くて風が強いので、畑まで行って井戸水でバケツを洗ったり、外で水に浸けておいた餅米を水を換えながら素手でかき回したり、
野菜を洗ったり、お風呂を炊いたり、それらの作業は寒い上に手間ひまがかかるだけに、ボタン一つであれこれできたりする利便性からひと惑星分くらい距離があるのではないか。
遠くにかすむ利便星。はい。

そんなことを嘆いていても、私は一年に数日間しか実家に戻らないので、結局それを楽しんでいるのだと思います
いつもそこで暮らす家族にどこか申し訳ない気持ちもします
桜庭一樹さんの「赤朽葉家の伝説」に書かれるような家の力的なものをかろうじて守っている、消えないよう灯しているような気配を「家」から感じると、
その地方特有かつそれぞれの家特有のエネルギーを分けてもらう反面、一度失うと取り戻せないその灯火を同じ形ではないにしても、消してしまわないようにしたいなぁと思います

で、年末、帰郷する前に映画の「ノルウェイの森」を見て、それが結構よかったです
特にワタナベが最後に冬の海で過ごすあの雰囲気は見た瞬間に、ここ絶対山陰だわ、と思って久しぶりに本を読みなおしてやっぱり山陰でした
だからどうということではないのだけれど、山陰というだけあって、墨汁を薄めて塗りたくったような鈍い空の色や、誰かがむせび泣いているような海からの風、
色のない冬の森、時折荒れる風に乗って舞う大きな鳥などを見ながら歩いていると、悔しいかなそれは山陰の雰囲気であって温暖な気候の場所では中々表せないシーンではあります
精神の不安定さを表現する場所として描かれるのは仕方ないなとさえ思ってしまう冬の山陰ですが、それはそれでわかっているけどうーん。

だからといって山陰の人がどんよりしてるということでもないですし、私だって明るいですよ!
というわけのわからない感じになってしまった。

で、そんな風なことで東京に戻り、
アラスカで知り合った自然エネルギーを研究開発しているバイタリティーあふれるご夫婦と久しぶりに再会したり、
インドでキャメルサファリを行っている友人が9日からインドに行って来年夏までは会えないので飲んだり、
インドからきた友人一年ぶりの再会をして飲んだりしてました

冬の山の中にひとりぶらぶら入ってたテンションだったので、
アラスカやらインドやらの空気が入ってきておもしろく、心地よい感じです

では