山尾三省、という詩人がいた。屋久島で農業に従事しながら詩を書き続け、2001年に胃ガンで亡くなった。アニミズム思想によって現代社会に抵抗し続けた詩人で、御存知の方は多いと思う。私は実のところ、彼の詩は特に好きというわけではない。多分、あまりに静謐すぎ、優しすぎるのかも知れない。だが、いくつか気になる作品はある。
今回紹介するのは、これ。
【南無浄瑠璃光
われら人の内なる薬師如来
われらの 日本国憲法第九条をして
世界の すべての国々の憲法第九条に 取り入れさせたまえ
人類をして 武器のない恒久平和の基盤の上に 立たしめたまえ】
題は「劫火」。抜粋ではない。この5行だけである。死の2か月ほど前に書かれたもののようで、おそらくほとんど絶筆に近いものと言ってよいだろう。
詩人は、「妻子にあてた遺言(伝えておきたいこと)」の中でも、同様のことを書いている。遺言は3か条あり、1つ目は故郷・東京の神田川の水をまた飲めるようにして欲しい。神田川の水が飲めるようになった時は、文明が再生の希望をつかんだ時であると思う。2つ目は世界から原発および同様のエネルギー出力装置をすべて取り外してほしい。自分達の手に負える発電装置で電力をまかなうのが、幸福な生活の第一条件であると思う――と述べている。
そして3つ目に挙げたのが、「最近、ぼくが呪文のように心の中で唱えていること」――南無浄瑠璃光、以下の言葉である。最後の1行は、遺言では「武力と戦争の永久放棄をして、すべての国々のすべての人々の暮らしの基礎となさしめ給え」となっている。
前掲の詩はわずか5行の、比喩も描写もない単純なものだが、それだけに「祈り」というにふさわしい。憲法9条を守る運動で、この祈りをスローガンとして大々的に掲げ、広めていく団体があってもいいのではないか(むろん既に使っている団体はいくつもあって、私が知らないだけかも知れないが……)。