「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

牧水の亡父への別離の歌を記念館に寄贈

2006-10-15 06:05:18 | Weblog
# わが友を見送るけふのわかれの空を
  いざ酌めな別かれゆかぬと

上の歌は大正10年、亡父が勤めていた新聞社の沼津通信部から東京
本社へ転勤のとき、その送別会の席上、若山牧水が父に贈ってくれた
ものだ。白地の扇子に達筆な筆で書かれている。先日父の遺品を整理
して見つけたものだ。

きょう沼津の牧水ゆかりの千本浜で「碑前祭」が催されるが、僕ら夫婦
もこれに出席、この扇子と送別会のさい撮った父と牧水が一緒の集合
写真を牧水記念館に贈呈する。85年ぶりの”故郷”帰りである。

亡父は大正9年8月31日の天長節から翌10年2月11日の紀元節まで
沼津にいた。たった6か月の勤務だったが、残されたものによると
父はこよなく沼津を愛し仕事も充実していたようだ。残念ながら直接
牧水との交遊については記されていない。が、生前父は僕に「牧水は
駅弁で酒を呑むのが好きだった」と語っていた。父がどんな席で駅弁
を肴に酒を呑み何を語ったのだろうかー。

父は当時37歳、晩婚だったためまだ子供はなく玉突屋(ビリヤード)
の二階に母と妻(つまり僕の祖母と母)と下宿していた。牧水は父より
一歳下の36歳。二人は早稲田大学の同窓だったから多分、酒席では
学生だったころの話も出たことだろう。

いずれにせ牧水が父に贈ってくれた扇子は、父が愛した沼津のしかも
牧水記念館に収めることが出来幸せである。