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1995年の阪神淡路大震災がきっかけとなり自動書記で突如絵を描き始める 絵の仕事は26年目 ブログ光のチャレンジは11年

阪神淡路大震災で授かった能力(30)

2012-03-22 | 「アズミックアート物語」21~ その後
大阪中之島の「国立国際美術館」で開催中(4月8日まで)の「草間(弥)生展」を観てきました。
(「弥」生の「弥」という字は、ほんとうは旧字体で「弓の右側に爾」ですが、打ち出せなくてごめんなさい)

平日なので空いているかと思っていましたが、春休みに入っているためか、かなり混んでいました。
たまたま出かけたこの日(22日)は、偶然にも草間さんの83歳のお誕生日でした!

この会場ではお誕生日の特別なイベントは無かったのですが、(事前応募の)鑑賞者の映像を撮影し、作品への感想や草間さんへのメッセージと共にビデオにしたものを、本日ご本人にプレゼントされるとか。草間さんの喜ばれる姿が目に浮かぶようです。

会場に入ると彼女のメッセージ(詩)がまず目に入り、その言葉を読んだだけで私はもう胸がいっぱいになって、何だか涙が出そうでした。赤地に白の水玉でいっぱいの部屋、そして白地に赤い水玉の作品もあり、それを観ていると私にはなぜか「日の丸」が連想されて、佇んでいるだけで不思議なことに元気が出てきました。

たくさんの作品の中でも特に惹き付けられた絵があり、青と赤の補色のせいか、浮き上がって見えるので、係の人に「これは何かラメ入りとか特別な絵の具を使っているのですか?」と尋ねたら、そうですという答えでしたが、単に技術的なことを超えて、その絵を観ていると、細胞の奥の奥の方(超素粒子?)まで「活性化」してくるような気がしました。
(あとで知ったのですが、この絵は『愛のものがたり』というタイトルでした)

その他のどの絵も観る人を子供に戻すような凄い「蘇生力」を感じました。
鑑賞しているうちに「若返る」?というか、来場者の中には私と同年代のような熟年女性グループも多かったのですが、みなさん会場を出る頃には、さらにイキイキとしてくるようでした。もちろん私もワクワク、ウキウキと足取りも軽くなって、知らないうちに顔がほころんでいました。

画集に載っていた彼女の文章の中から、私の印象に残った言葉を下記に抜粋引用します。

『1つ1つの水玉をネガティブにした網の目の1量子の集積を以て、果てしない宇宙への無限を自分の位置から量りたい願望があった。
どの位の神秘の深さをこめて無限は宇宙の彼方に無限であるか。
それを感知することによって、1個の水玉である自分の生命を見たい。水玉 即ちミリオンの粒子の1点である私の命。
水玉の天文学的な集積が繋ぐ白い虚無の網によって、自分も他者も、宇宙のすべてをオブタレイト(消去)する
というマニフェスト(宣言)を発表したのは1959年であった。』

私はこの彼女自身の言葉に出会って、彼女の作品の意図するところが他の誰の解説を読むよりもより深く納得出来た気がしました。
子供の頃から何度も自殺を考え、死なないために、生きるために闘い続け、描き続けることで生きているという彼女。
その必死の想いと彼女の平和への強い願いが伝わってくるからこそ、どの作品もあれほどのエネルギーに満ち溢れているのかもしれません。彼女の言葉(詩)が胸を打つのも、その底に地球人類への深い「愛」が込められているからだと感じました。

最後に、この展覧会のために描かれたという「新作ポートレート」の3点の作品の中の『神をみつめていたわたし』を観て、この絵の明るさと力強さになぜかとても救われる思いがして、ほっとしました。
(どこかアンディウォーホルの作品とも共通するものを感じましたが、草間さんは彼とも親しい間柄だったようで、彼女の前衛的な芸術が彼に与えた影響も少なく無いようです)

絵ももちろんよかったですが、「幸福の彫刻たち」(巨大な南瓜、チューリップ、魂の灯)も忘れられません。
「魂の灯」は小部屋になっていて、そこに入ると電飾と鏡によって、まさに宇宙空間に居ることを実感させられます。
(ここは長蛇の列で、係の人がタイムスイッチで誘導していて1分間?ぐらいで出なければならないのが惜しかったですが、、)

ぜひ会期終了(4月8日)までに多くの人に足を運んで欲しいと思います。
(会場にはポストカードやTシャツ、ボールペン、バンダナ、ポスター、画集などたくさんのグッズが売られていましたが、その収入の一部は東日本大震災で被災した美術館などに贈られるそうです)

なお、『 THE BIG ISSUE 』(ビッグイシュー 日本版)183号(2012年1月15日号)の巻頭およびスペシャルインタビューは草間(弥)生さんです。
(『ビッグイシュー』は書店ではなく街路で「販売員さん」から買うしかないのですが)、ラッキーなことに、ちょうどこの国立国際美術館前の信号のところで、販売員さんがこの号を売っておられたので、手に入れることが出来ました。
(『ビッグイシュー』は1冊300円ですが、そのうち160円が販売員さんの収入になります。ビッグイシューを売ることで生計を立てやがて販売員さんが「野宿生活」を卒業していく支援をしているのです)

ついでながら、187号(2012年3月15日号)は、映画『マーガレット・サッチャー鉄の女の涙』で3度目のアカデミー賞を受賞したメリル・ストリープが巻頭です。
(この号の『ビッグイシュー』には彼女のスペシャルインタビューも掲載されています)
また同号には『いま、福島の子どもを守るには?』という特集も組まれていて、かなり読み応えがあります。
(5冊以上であればバックナンバーが通信販売で買えます。詳細は「ビッグイシュー日本」でネット検索してみてください)

話は元に戻りますが、彼女の作品の中にはアメーバー?のようなものがたくさん描かれている絵もあり、久しぶりに「宇宙とのつながり」を思い出すことが出来た半日でした。

彼女は「強迫観念」を抱えながらもそこから目を逸らすこと無く、作品に描くことで向き合い、「記録」し、常に「死」の恐怖を抱えながらもそれらと「共存」していくという、勇気ある選択を日々しているのです。
そのことに何よりも私は感銘を受け、「こんな私でも生きていていいのだ」と勇気をもらいました。

私もまた「原発」やこの「現実」(人間社会)を恐れながらも、それらをしっかりと見て、そして描くことで「忘却ではなく、記録すること。排除ではなく、共存という選択」をしていけたらと、、と。


下記の絵は『サルー』です。
(この題はエスペラント語の「サルートン」という挨拶の言葉がヒントになりました)
草間さんの絵の話の後で拙作を載せるのは少々気恥ずかしいのですが、どこか似ているものを感じたのも事実です。
(今日はどうも彼女の影響でかなりハイテンション!?になっているようです)




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