柿の実の色づく時期になった。
柿という字は日本の人名にときどき用いられる、姓にも名にも。
柿沼さん、柿右衛門さん。
外国にもあって、ヒッチコックは吊るし柿のただ食いの意味があるのだと、ひどいことを言っていた人がいた。
柿はパーシモンだと思っていたのだが。
げんこつのような形をしたゴルフクラブを、金属製になった今もウッドと呼んでいるのは、もとはヘッドが木製だったからで、堅い柿の木が使われていた。パーシモンという名はそれで覚えた。
干し柿では忘れられないことがある。
酒好きで、「○○の親分」と呼ばれる大きな体をした、Yという先輩がいた。
仕事の帰りだったか、街を歩いていて「ちょっとそこへ寄ろう」と連れて行かれたのが、今はもう都会では見られない茶店。木のテーブルに木の椅子だった。
出てきたのが超大型の干し柿。貼り紙を見ると20円。当時ラーメンを食べてお釣りの来る値段だった。
干し柿といえば、真っ黒の実に粉が吹いたような固いコロ柿しか知らなかったが、あれは違った。べたっと平らに展ばされていて、あめ色で柔らか。
食べ物の味は書き表しようがない。違うものに出会えば、こんな味ではないとしか言えない。
忘れないとしか言いようがないその味は、つまり、忘れられない味なのである。