・・・・・・あわぞうの覗き穴・・・・・・

気が向いたときに、覗いてご覧ください。
何が見えるかは、覗く方々のお眼め次第です。

営業中

2011年03月31日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

24時間営業の店に営業中の大きな貼り紙。
店の中が暗いから休みではないかと通り過ぎないよう、車で走り抜ける人にも目にとまるようにと極大文字で書いてある。

書体には、やり場のない憤りが表れている。
ガソリン切れ、外出自粛、停電、店の運営も容易ではない。


用心傘

2011年03月30日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

外に出ると思い切り深呼吸したくなったのは3週間前まで。
いまから静かに呼吸をする練習を、などと思うようにとうとうなってしまった。
花粉症の辛さどころではなくなるのだから。

雨は降っていない、日差しがきついわけでもない。
しかし、春の陽にさえ当たりたくないという人が歩いている。
晴れた日にさす、これも用心傘と呼ぶのだろうか。

笑うなかれ。紫外線にも用心深い人は、もっと強烈なのが来ても、決して慌てふためかないだろう。


名案

2011年03月29日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

まずいことが起きると、次にはそういうことが起きないように、人間は智慧を働かす。

初めて口にする旨い煎餅をごちそうになった。
坂角(ばんかく)という、名古屋港の東側、尾張横須賀に明治22年からある煎餅屋のもの、8種類のえび煎餅が一つの袋に入っている。

食べ終わって、袋の表裏を一緒に見たくなり、平らに開こうとすると、まだ何か入っている。乾燥剤だった。
乾燥剤の小袋をつまみ出そうとしても出てこない。強固な接着剤で袋の内側に貼り付けてある。ぐいぐい引っ張っても出てこない。しっかりくっついている。

なぜこれほどまでにと考えてみる。
目の悪い人やよそ見をしながら食べる人が、うっかり乾燥剤を口に入れてしまわないよう、煎餅を袋からつまみ出しても、袋を逆さにしても、乾燥剤だけは出てこないようにしてあるのだろう。これは名案である。
しかし、食べ終わったあと、この袋がどうなるか。
ゴミ分別で、容器プラスチックの仲間に入る。だが、乾燥剤は埋め立てゴミに入れなさいとされている。
乾燥剤が貼り付いていることに気付かない人が半分、気づいても引っ張って取れなければ「まあいいや」とそのままにする人がまたその半分、はさみを持ち出して乾燥剤を切り取る人は残りの半分以下だろう。

名案は、その成立に都合の良い条件が整えば、ずっと永く続くものと見立てて採用される。

使用済み核燃料を、原子炉建屋につくったプールにとりあえず置いておこうという物騒なことも、きっとはじめは名案だったのだろう。


ふくらむ

2011年03月28日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

被災地にモノがなかなか届かない。
流通というだいじなことが、集める仕事だけ、運ぶ仕事だけ、留め置く仕事だけと、ブツブツに切り刻まれている。
全体をつなぎ合わせる仕事が滞れば、流通ではなくなる。
モノはあってもどこかで止まる。

しかし、四重苦のひとつを体内に抱えてしまっている政府には、物流のつなぎ目などに回す知恵は働かせようがない。

モノは来なくても、春だけは来る。
それまでは、どんな風にも、どんな細い枝も、折れずに耐えるしかない。

頑張るしかない。

停電の時間が計画と違うなどと、遠く離れたところでぐずぐず言うのは邪魔なのだ。


マニュアル

2011年03月27日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

世はマニュアル時代。

トイレの水の流し方まで、絵をかいて説明しないと、ワカーンナイとくるのか。
「バケツってなあに」という人もいると言ったら、そんなバカなと思う人と、あら、わたしもと思う人と、どのくらいの割合だろうか。

マニュアルには、実験せずに書かれるものもあるから、書いてあるその通りに実行するのが難しいことも、ときにはしくじることもある。
たとえば、このマニュアルで、「水飛びに注意しながら・・・一気に流し込み」が、暗闇の一発本番でうまくいくかどうか。
「そんなの常識だよ、ツマンネーこと言うなよ」とのたまうなかれ。常識がまともに働けばこんなマニュアルはいらないのだから。


尖端

2011年03月26日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

生き物は尖端を好む。
と言ってしまうと、多分言い過ぎになるだろう。
好まない生き物がいないはずはないから。

人間の多くは尖端を好む。
岬と名のつくところや、灯台のあるところを訪ねて歩くのが好きな人がいる。

平らな屋上に、トマソンのように何も役目を持たない尖った部分を付ける人もいる。
屋根の先は大概尖っている。
アンテナも尖っている。
まるい湯豆腐はあまり旨くない。
とんがりをむりに丸くするには、すり減らすか、へし折るしかない。

人工のもので日本でいちばん高い塔が最近できた。
その先が少し曲がっているとデマを飛ばす、口先の曲がった人もいる。
尖端の好きな人が2年間撮り続けた写真が動画になっている。

http://www.youtube.com/watch?hl=ja&v=ezKJU4Vn-YI


贅沢

2011年03月25日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

ホームセンターに買い物があって行ってみた。
店内は、二十何年か前に訪れた上海のデパートと同じように薄暗かった。

電池の棚はやはりカラ。
被災地待避所の方には気の毒だが、いまのところ夜の輪番停電以外には灯火用の電池消耗はない。ラジオが聞こえなくなるまでにはまだ間がありそうだ。
停電のときには、直径44ミリの蝋燭を大きめの板に立て、すぐ消せるように濡れ拭布をすぐそばに置いて灯りをとっている。電池を使うランプはそのバックアップ。
「蝋燭はやめろ」と放送されても、使わずに古びる電池の買い置きは1回取り替え分に限定していたから、これから当分続く停電のことを考えるとそうはいかない。

買い物を終えた。1時間1本のバス待ちよりは、2キロぐらいなら歩いたほうがよいので駅に向かって歩き出す。途中、ちょうど3分前に開いた店があった。
その日の第1号の客になって、ワインを添えたささやかなぜいたくを味わう。


ピッツア・マルゲリータは、赤・白・緑のイタリア国旗のいろどりと聞いたが、出てきたピザには緑色がなかった。
訳知り顔に「緑はどうしたの」などと聞けば、「セットでご注文いただけますと緑のサラダがついております」とくるのだろうか。

食べ終わって、停電があるなら、もうそろそろその時間が来そうだがと聞いてみると、今日の停電は中止。やれやれ。エレベーターにも乗れるからまっすぐ帰ろう。


隙間

2011年03月24日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

大地震災害の前のことだった。
1年ぶりぐらいにJRの中距離列車に乗った。次の駅で運よくがらがらになった。前に座る人がいないので、これは楽でよいと思っていたら、体つきのしっかりした小父さんがひとり座り込んだ。
やれやれと思う間もなく小父さんが首を伸ばしてきょろきょろし始めた。誰か連れを探しているのかと思ったがそうでもなさそうで、そのうちに座席の窓側の隙間に指を突っ込んで何か探し始めた。
指の力がものすごく、シートの端がたちまちめくれ上がってくる。座席の隙間には随分いろいろなものが詰まっている。菓子の小袋、ガムの皮紙、ボトルのキャップ。小父さんは、片手に持ったビニル袋に出てきたものを片端から入れている。
おやおやこの人はよほど掃除が好きなのかと見ていると、1枚の切符が出てきた。
おじさんは、その切符だけはだいじそうに埃をはたいてポケットに入れ、いったんあたりを見回してから立ち去った。
自分で落としたのに気付いたのか、だれかが落とした切符があるとわかっていたのか。
あるいは、今日は何枚とカレンダーに書き込むのを日課にしているのか。

小父さんのいなくなった座席を見ると、めくれ上がったシートの内側の布がはみ出したままだった。
列車はその出来事の間、特急の追い越し待ちで停車中だった。
発車直前、ホームで大声、誰かが叫んでいる。見ると切符掘りの小父さんがスタスタ歩いている。
もう一度乗る様子はなさそう、また次の列車を待つのだろうか。
走り出した列車の窓からチラと見えた小父さんの横顔が気になる。向こうは全く気にしていない。

窓も、隙間も、覗き穴も、ふだん反対側を気にするのはこちら側だけなのだ。


2011年03月23日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

舞台装置のような影を映した壁。
真っ暗な、真っ黒な、出入り口から姿を現すには、どんな人が好いか。
シャッターを押したのは、大災害の前の、静かなときだった。
影を使うことにも楽しみを覚える、平和なときだった。

大きな出来事が起きると、人は影におびえる。
そういうときに、影を使って悪さをしでかしたり、脅したりするのは、人間の知恵ではない。
ただのサル知恵だ。


整然/雑然

2011年03月22日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

 

津波の跡は、雑然と見えながら、ガチャガチャになっていても、ゴチャゴチャではない。
大自然は壮大な整理能力をもっている。
全く使えないものは持ち去りながら、祖母と孫の尊い命を、10日近くもつなぐためのものを身近に残していった。


この壁面も、はじめは常に整然とさせているつもりだった。
好んでゴチャゴチャにすることは、まずないから。
はじめは置かないことにしていたモノも、いつの間にか増えていく。
みなそれぞれに、とりあえずを引きずりながら、そこに残る。

雑然を整然に戻す方法は一つ。
もう使えなくなった余分なものを取り去ること。
取り去るには手がかかる。そんなことはあたりまえ。
職を失った人には、整然への回帰に関わることこそ、格好の仕事ではないか。
人を助けながら街をきれいにしておく、そのぐらいのカネはお出しなさい。


読む

2011年03月21日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

つぶれて字の見えない看板。
逃げ去らなくても吹き飛ばされることがあるから、柱に縛り付けられている。
これでも解読はできる。

情報が完全でなければ意味をくみ取れないとむやみにぼやくのは、受信能力の低さを宣伝しているようなもので、非常時にそれは見苦しい。
いろいろな情報が得られるのは、情報量が多いということなのだ。
もしこれが、ただ1か所からの発信だったら、果たして全幅の信頼を置けるだろうか。

思い出すのは「大本営発表・・・」、あの時の情報源はただ一つ、見事に統制されていた。


畑の門

2011年03月20日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

この畑には、門構えのような2本の木があった。
ほかの畑は、たいがい1本ずつなのだが。
これも格式なのだろうか。

近頃は、門扉も塀もないのに、門柱に似た柱を建てた家も見受けられる。
そこには郵便受けと外灯だけが付いている。

東北の津波の跡には、門柱が見られない。
構えだけで実用価値のないものは、つくらない土地柄だったのか。
それとも全部なぎ倒されてしまったのか。


残骸

2011年03月19日 | なんだいまあ(何だこりゃが念仏になった)

置き去られるもの、ときには自転車、ときにはバイク。
ハンドルがなくなり、車輪が一つだけなくなる。
一つだけ持って行った車輪は、何に使われるのか。

一輪車の自作か。
一輪車も、乗るだけではない。
載せる一輪車もあるから。

津波の跡の壊れたものは、残骸ではない。
残ったのではない、すべてなのだから。
瓦礫と呼ぶのもぴったり来ない。
壊れるはずがないと思っていたものが、粉々になっているのだから。

被災地のみなさん、三重苦で大変ですが、頑張ってください。