教祖の断食は、3回行われている。
一度は、針ケ別所へ行かれる時、後の2回は松尾市兵衛宅へ行かれている時である。
私はとても、この事が引っかかった。
針ケ別所は、天地垂迹説を唱えて、お屋敷ではなく、針ケ別所が元だと言い出した、天理教からすれば異端の最初と言うべき事柄である。
そして、松尾市兵衛については、大変熱心な方であり、それを慕う人も多かったのだが、高慢な方で、息子も身上のおたすけを願いながらも、親神様の話を聞きいれられず、最後は教祖のおたすけも虚しく出直されるのである。
親神様におたすけを願っても助からないという事に対して、高齢であって普通ならば断食をすれば、長距離も歩くことなどままならないはずでわる。それを、平然と過ごされる姿を現して、親神様の働きがあっても、受ける人の心によって助からない場合があるという事例を示されていると思っている。
突然書き出したのは、以下のページを見つけたからである。
GT224-HP-page5.pdf (tenri-u.ac.jp)
「おふでさき」の標石的用法(36 最終回)松尾市兵衞と「おふでさき」
その時の様子を詳しく書かれているので、ぜひとも読んでみてもらいたい。
親神様・教祖、どうぞ大難は小難にとお守りください。