この辺でまた、あの安倍さんを取り上げてみましょう。
自民党のみなさんは小利口に勝ち馬に乗りたがっている人たちが多いですな。
なかなか流れに逆らうのは困難とみえる。
小泉さんの政治は一言で言いますと、
「相手を慮る」 がなかった人であったように思います。しかし、情勢分析のようなことは鋭く切れ味があったが、物事の遂行が非常に雑でもあった。
「相手を慮る」と言う事は、対北朝鮮外交の初期展開時は素晴らしい行動力を発揮したが、この「慮る」と言う心掛けに疎い雑な性格が、北朝鮮と仲良くするための会談を拉致問題を契機にして複雑にしてしまい、アメリカネオコンブッシュさんの「悪の枢軸」発言や原油の供給ストップを行わせてしまうことになる。これは、拉致被害者を慮るあまりに、キムジョイルさんの謝罪の心情までをも慮ることをしなかった未熟に因る。
中国や韓国の戦争被害者の心の奥深くに燻り続ける、忘れたかったあの忌まわしいレイプにも似た残酷性を、思い起こすことになることも分からずに、靖国参拝を強行して憚らないような「被害者の思いを慮る心」を喪失している姿勢。
郵政の問題のときもそうであったろう。
この「慮る」心が、彼の政治姿勢の全てになかったのだ。
では、安倍さんではどうだろうか?
彼は小泉さんほど、雑ではない。ある意味、雑も時には良かろう場合、お陰で他人がホッとできる場合もあるのだ。意識して「雑」を心がける必要な場合だってあるからだ。
安倍さんが雑ではないのは、昔の中国大使館員の自殺を穿り、引っ張り出したりする、女性的なシツコサを合わせ持っているからである。同じタカ、タカ、と続くのは果たしてどうなのだろうか?と言う危惧は始めからある。今までなら自民党はタカの次はハトなのだが、柔軟性の喪失なのか?それとも・・・?
彼の官房での仕事を見る限り、基本路線は対外的には、喧嘩腰、強行姿勢で臨むのであろうが、これは右寄りになっている日本の今の国民性にうまく合致しそうだ。日本人の国民性の心と合致してしまうと、本人も意を強くする、疑問も感ぜず、生まれもせず、ますます制御機能のタガが外れて、拍車を掛けることになる。かつて起こした戦争もきっとそんなだったのだろうと推測もできる。
何故なら、日本の置かれている範囲が、彼の思う心のテリトリーであって、擁護の範囲でもあるが、海を隔てた異国は範疇には入っていなく、見えて、読めてもいないのだ。世界は支持票にはならないからしようがないのかも知れないが、日本の影響力のトップが立場も忘れて、国内支持受けする政策しかしないのでは、何をか言わん・・・・である。
彼に、日本だけではなく、広く、奥深く「相手を慮る」と言う心情を期待するのは、「かえるにションベン」のようなものである。「相手の気持ちを慮る」と言う心がけは、けっして目の前の、人や事象だけではいけない、奥に控えし二次的なる人、事象に対しても行えなければ、その意味を成さないのだ。つまり、北朝鮮に対して、拉致被害者の心情を感じ入るまでは一般人と同等の「慮る」なのであるが(小泉さんもそこまでの感情はあった。にも拘わらず私が無い、と断言して憚らないのは、目的であった筈のキムジョイルさんの心情を「慮る」心がけがなかった奥深さの無い、不徳の致すところが失敗に終わった原因であるからだ!)
安倍さんには、先ず持ってそこまでも期待するのは、あまりに酷、無理ではないのだろうか?何故なら、多分「怒り」が先立ち、脳の中を駆け巡り、拳を静かに下ろすことさえままならないのではないか?それは、彼の「若僧風、チンピラ風、挑戦的、挑発的なる性格」を感じとっているからに他ならない。
官僚に諌められるシーンが私には想像ができるのであるが、皆さんはどのように捉えているのであろうか?
船長に選ぶ日本丸は、難破する危機を常にヒヤヒヤ感じていなければならないだろう?内心が浅瀬だからだ。
タカの度合いは小泉さんを凌ぐ、だからそれだけに運営はダブル困難にぶち当たるであろう、今からもうすでに目に見えるようだ。もっとも不安なのは、雑ではないだけに、思い込んだら猪突猛進右寄り政策まっしぐらになるであろうと思われることだ、つまり日本人の特徴の一つである自らの制御、ブレーキの利かぬ恐れを感じさせるのだ。
このような性質は、お金のかかってしまう性質でもある。先ず防衛軍事に異常な程の費用を掛ける。無駄意識がまるでないのだ。
北朝鮮をアメリカに代わって制裁決議だ!と言って挑発し、言ってしまった、行ってしまった手前、自腹で軍備を固めなければならなくなる。それをくだらない無駄をしてる、と言う自覚がないのだから始末が悪い。
韓国がアメリカ寄りであった当座は、取り敢えず韓国が北朝鮮の一つ目の砦であって、韓国越しに北朝鮮を見て安心できてもいたのだが、あんら!韓国が統一意識を持ち始め、アメリカに渡すお金も削減されるようになると、日本の目の前に、日本海のそこに北朝鮮があるではないか?韓国という砦がなくなり、イザコザなしに恨みだけで、いきなりミサイルが日本に飛来してもおかしくない状況になっている、つまりアメリカ軍の前線基地日本だ!当然に最初に狙われる対象だ!しかもその上、お金の負担も、軍事の負担も、緊張感の負担も増えた。
それでも彼には無駄意識が絶対!生まれないのだ。
右翼かな?やくざかな?自衛隊かな?などとの固い(お金か?気持ちか?)つながり、契りを想像してしまうのは、間違いだと良いんですが・・・・
兎に角、彼の怒りの次元が一般右寄り人の次元と同じ程度なのが恐れ入る。
次に重要な心は、彼が「潔癖症」かどうかだ?
他人、他国が正義?を外れた場合に「裏切り」行為に対して発する、二代目ボンボンによくありがちの「我慢ならぬ、できぬ!」と言う葛藤が、排他性につながりはしないか?昔の、普通忘れられた出来事までも、公に引っ張り出す執念は、普通人では考えられないことであり、尋常とは言えぬ!多分、この執念は本人の本質であろう?その本質が、どのような姿でこれから現れてくるのか、楽しみでもある?
まあ、そのいじめっ子にありがちの、いたぶりのシツッコサが北朝鮮や中国、韓国の怒りを買い、戦争状態を誘い込んでくるのだけは御免被りたい。
こんな私の不安が杞憂であるなら、よろしいのですが・・・・?
自民党のみなさんは小利口に勝ち馬に乗りたがっている人たちが多いですな。
なかなか流れに逆らうのは困難とみえる。
小泉さんの政治は一言で言いますと、
「相手を慮る」 がなかった人であったように思います。しかし、情勢分析のようなことは鋭く切れ味があったが、物事の遂行が非常に雑でもあった。
「相手を慮る」と言う事は、対北朝鮮外交の初期展開時は素晴らしい行動力を発揮したが、この「慮る」と言う心掛けに疎い雑な性格が、北朝鮮と仲良くするための会談を拉致問題を契機にして複雑にしてしまい、アメリカネオコンブッシュさんの「悪の枢軸」発言や原油の供給ストップを行わせてしまうことになる。これは、拉致被害者を慮るあまりに、キムジョイルさんの謝罪の心情までをも慮ることをしなかった未熟に因る。
中国や韓国の戦争被害者の心の奥深くに燻り続ける、忘れたかったあの忌まわしいレイプにも似た残酷性を、思い起こすことになることも分からずに、靖国参拝を強行して憚らないような「被害者の思いを慮る心」を喪失している姿勢。
郵政の問題のときもそうであったろう。
この「慮る」心が、彼の政治姿勢の全てになかったのだ。
では、安倍さんではどうだろうか?
彼は小泉さんほど、雑ではない。ある意味、雑も時には良かろう場合、お陰で他人がホッとできる場合もあるのだ。意識して「雑」を心がける必要な場合だってあるからだ。
安倍さんが雑ではないのは、昔の中国大使館員の自殺を穿り、引っ張り出したりする、女性的なシツコサを合わせ持っているからである。同じタカ、タカ、と続くのは果たしてどうなのだろうか?と言う危惧は始めからある。今までなら自民党はタカの次はハトなのだが、柔軟性の喪失なのか?それとも・・・?
彼の官房での仕事を見る限り、基本路線は対外的には、喧嘩腰、強行姿勢で臨むのであろうが、これは右寄りになっている日本の今の国民性にうまく合致しそうだ。日本人の国民性の心と合致してしまうと、本人も意を強くする、疑問も感ぜず、生まれもせず、ますます制御機能のタガが外れて、拍車を掛けることになる。かつて起こした戦争もきっとそんなだったのだろうと推測もできる。
何故なら、日本の置かれている範囲が、彼の思う心のテリトリーであって、擁護の範囲でもあるが、海を隔てた異国は範疇には入っていなく、見えて、読めてもいないのだ。世界は支持票にはならないからしようがないのかも知れないが、日本の影響力のトップが立場も忘れて、国内支持受けする政策しかしないのでは、何をか言わん・・・・である。
彼に、日本だけではなく、広く、奥深く「相手を慮る」と言う心情を期待するのは、「かえるにションベン」のようなものである。「相手の気持ちを慮る」と言う心がけは、けっして目の前の、人や事象だけではいけない、奥に控えし二次的なる人、事象に対しても行えなければ、その意味を成さないのだ。つまり、北朝鮮に対して、拉致被害者の心情を感じ入るまでは一般人と同等の「慮る」なのであるが(小泉さんもそこまでの感情はあった。にも拘わらず私が無い、と断言して憚らないのは、目的であった筈のキムジョイルさんの心情を「慮る」心がけがなかった奥深さの無い、不徳の致すところが失敗に終わった原因であるからだ!)
安倍さんには、先ず持ってそこまでも期待するのは、あまりに酷、無理ではないのだろうか?何故なら、多分「怒り」が先立ち、脳の中を駆け巡り、拳を静かに下ろすことさえままならないのではないか?それは、彼の「若僧風、チンピラ風、挑戦的、挑発的なる性格」を感じとっているからに他ならない。
官僚に諌められるシーンが私には想像ができるのであるが、皆さんはどのように捉えているのであろうか?
船長に選ぶ日本丸は、難破する危機を常にヒヤヒヤ感じていなければならないだろう?内心が浅瀬だからだ。
タカの度合いは小泉さんを凌ぐ、だからそれだけに運営はダブル困難にぶち当たるであろう、今からもうすでに目に見えるようだ。もっとも不安なのは、雑ではないだけに、思い込んだら猪突猛進右寄り政策まっしぐらになるであろうと思われることだ、つまり日本人の特徴の一つである自らの制御、ブレーキの利かぬ恐れを感じさせるのだ。
このような性質は、お金のかかってしまう性質でもある。先ず防衛軍事に異常な程の費用を掛ける。無駄意識がまるでないのだ。
北朝鮮をアメリカに代わって制裁決議だ!と言って挑発し、言ってしまった、行ってしまった手前、自腹で軍備を固めなければならなくなる。それをくだらない無駄をしてる、と言う自覚がないのだから始末が悪い。
韓国がアメリカ寄りであった当座は、取り敢えず韓国が北朝鮮の一つ目の砦であって、韓国越しに北朝鮮を見て安心できてもいたのだが、あんら!韓国が統一意識を持ち始め、アメリカに渡すお金も削減されるようになると、日本の目の前に、日本海のそこに北朝鮮があるではないか?韓国という砦がなくなり、イザコザなしに恨みだけで、いきなりミサイルが日本に飛来してもおかしくない状況になっている、つまりアメリカ軍の前線基地日本だ!当然に最初に狙われる対象だ!しかもその上、お金の負担も、軍事の負担も、緊張感の負担も増えた。
それでも彼には無駄意識が絶対!生まれないのだ。
右翼かな?やくざかな?自衛隊かな?などとの固い(お金か?気持ちか?)つながり、契りを想像してしまうのは、間違いだと良いんですが・・・・
兎に角、彼の怒りの次元が一般右寄り人の次元と同じ程度なのが恐れ入る。
次に重要な心は、彼が「潔癖症」かどうかだ?
他人、他国が正義?を外れた場合に「裏切り」行為に対して発する、二代目ボンボンによくありがちの「我慢ならぬ、できぬ!」と言う葛藤が、排他性につながりはしないか?昔の、普通忘れられた出来事までも、公に引っ張り出す執念は、普通人では考えられないことであり、尋常とは言えぬ!多分、この執念は本人の本質であろう?その本質が、どのような姿でこれから現れてくるのか、楽しみでもある?
まあ、そのいじめっ子にありがちの、いたぶりのシツッコサが北朝鮮や中国、韓国の怒りを買い、戦争状態を誘い込んでくるのだけは御免被りたい。
こんな私の不安が杞憂であるなら、よろしいのですが・・・・?