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ANNAN(ふれでぃ・えとう)の気まぐれ日記

シンガーソングライター、そしてQUEENトリビュートバンドQUEENESSのボーカルでもあるANNANの日記

ビミョ~

2011-04-06 00:00:01 | Weblog
ふと思い出した。
自称ギター好きだった昔の同僚A君。20年ぐらい前に某外資系最大手のリレーショナルデータベース・ソフトウェア企業の日本法人の初期立ち上げで頑張ってたころの友人の一人ある。

仕事終わって飲みに行ったりすると、時々ギター談議になったりしてた。

A君「いやぁ、アコギのサイドバック材は、やっぱりハラカンダだよね!」
ワシ「んっ?(なんか変だなと思いつつ)いいよね~、でも最近高くなってきたね」
A君「ワシントン条約とかで保護されて、あまり使えないらしいよね、ハラカンダって」
ワシ「んっ?(やっぱり変だなと思いつつ)そうらしいねぇ」

話題(というか話の対象になってるメーカー)は変わって・・・

A君「そうそう、オベーション持ってるんでしょ?」
ワシ「うん、今2本持ってる」(当時の話)
A君「アマダス持ってる?アマダス?」
ワシ「んっ?(なんか変だなと思いつつ)いや、似てるのは持ってるけどアダマスはない」
A君「そっかアマダスはさすがに持ってないんだ、アマダス高いもんねぇ」
ワシ「んっ?(やっぱり変だなと思いつつ)そうだねえ」

はい、ここで答え合わせである。

【その1】
× ハラカンダ
○ ハカランダ

惜しい!!!
ブラジリアンローズウッドとも呼ばれ、楽器や家具の高級素材として使われてきたもの。1960年代終盤にブラジル政府が原木の輸出を禁止に。その後希少種ということでワシントン条約で保護され、最近では100万オーバーでないと、これを素材として使っているギターはなかなか購入できない。で、正しくはハカランダ(Jacaranda)。なんかハラカンダっていうと「鼻かんだ」みたいだな。


【その2】
× アマダス
○ アダマス

なんか、アマダスというとお天気レーダー(それは「アメダス」)みたいだな。詳しい解説はしないけどこういうギター(ワシもその後買ったのだけど、結局売ってしまった)である。

でもまぁ、こういう微妙な間違いってあるよね。ったか、自分もやる。

例えば映画「ルーツ」。主人公の名前って・・・

キンタクンテ?
クンタキンテ?


どっちだったっけ???ワシも覚えておらんが。まあどっちでもワシの人生において特に影響ない(と思う)ので、ほっておこう

あと本当にわかんなくて調べたのは

「おざなり」
「なおざり」


大学の頃に、ワシが「おざなり」という言葉を使ったら、先輩(だったと思う)から「なおざりってこと?」と言い直された。やばい!もしかして標準語は「なおざり」で大分の方言が「おざなり」なのか!?(田舎出身者は常にこういう不安に襲われる)と思い調べたら、これはどちらも正解だそうな。ただし、意味は違うんだって

実際グーグルで「なおざり お」まで入れると、サーチバーに「なおざり おざなり 違い」というのが出てくる。そうか、ワシだけじゃなかったのね、この疑問持ってる人。よかったよかった。

というわけで、本日はビミョ~な話であった。

えっ



教訓



そんなものはこのブログにはない

基本かけ流し、いや垂れ流しである。
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思い切り風邪をひいてます~でもライブは決まる

2011-04-03 00:43:31 | Weblog
うーん、季節の変わり目だな。
三寒四温って言うんだったっけ?こういうの・・・なんか小学校の頃習った記憶が。

で、先週月曜日、昼の仕事中にいきなりくしゃみが止まらなくなり、そんでもって鼻水が止まらなくなり、さらにのどが痛くなり。火曜日夜、Queenessの一部メンバーと一緒にスタジオ入りしてて、そこでは既に声があまり出なくなっており。

そしてついに木曜日にようやく体温測ったら38℃!

パンパカパーン!

久々に風邪ひいたらしい。
早くよくしないと。

で、先日アップした北海道でのソロライブが両日程ともに正式決定である。

11年4月22日~23日:フレディ・エトウ単独公演 in 札幌

4月22日(金):すすきの English Pub "The Green Man"
(旧: Brits Beat Club)
札幌市中央区南5条西3丁目 第4グリーンビル4F
Open: 18:00 [Happy Hour: 17:00 - 19:00]・Show 19:30 & 21:00
Door Charge: 2,500 yen + Drink Order
ご予約・お問い合せ: 011-531-8808

4月23日(土):すすきの JERSEY BAR
札幌市中央区南3条西6丁目(狸小路6丁目)
Open: 19:00・Show: 20:00
Charge 2,500 yen + Drink Order
* なお、4月22日の"The Green Man"にご来場のお客様は、チャージ1,000 Yenとなります。
ご予約・お問い合せ: 011-242-4335

このところ、写真なかったので今日はいくつか・・・
先日、銀座の某コーヒーショップで妻とコーヒー飲んだときのこと。うちの夫婦はいつもラテを頼むことがおおいのだけど、普通はこういう模様の奴が出てくるよね?


で、この日は2つのうち一つが熊さんだった。

妙にかわいい

そんでもって、ついにグッズ戦略に打って出たか?QUEENESS?
はいQUEENESSジャムである!



これはあくまでも冗談。
うちにあったジャムのビンにQUEENESSシールを貼ってみただけ。さすがにバンドをここまで多角経営にはできん(笑)

で、本日のTOP写真は先日、埼玉県某所で立ち寄った蕎麦屋にマジであったメニューである。なんやねん?その「停電そば」って。
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サイモンからメッセージ

2011-03-15 21:30:30 | Weblog
今週、今のところ自宅でほとんどの仕事をしているワシである。
電車に乗ろうにも朝はとてつもないラッシュ。オフィスに出ても食事を取る場所も限られている。大半の仕事は家でもできなくはないため、社員の皆とはメッセンジャーなどで連絡を取りながら、家で仕事してる。(もちろん社員にも、原則自宅勤務を命じている。)

今朝、PCを立ち上げたらいきなりSkypeで電話が鳴る・・・誰かと思ったら・・・

サイモンだ!

そう、Queenの楽曲を使ったミュージカル、We Will Rock Youのギタリストとして、直接Brian MayとRoger Taylorからオーディションされ、日本公演後、現在はイギリスおよびヨーロッパのWe Will Rock Youのツアーでギターを弾いている彼。ワシともアコースティックのクイーンユニット、AC.Queenなるバンドをやっている彼である。彼とは年に数回はしゃべったりもしてるのだけど、今回は心配してワシに電話をくれたのだ。

日本に何度も来て、日本を心底愛しているサイモン。彼から、日本の皆さんにメッセージを送りたいと言われた。

そして送られてきたのがこのメッセージである。

Words fail me over the utter devastation that has befallen Japan.
I feel utter shock & grief about what had happened to the Country I first visited in 2005 and visited many times since.....
I have made many friends in Japan and I am truly worried for them, I am sure that Japan will rise above the challenges ahead and bounce back stronger than ever.
My heart goes out to you all - Stay Strong and I will see you all soon!
Simon Croft

日本を襲った惨禍を目にして、言葉もありません。
2005年に初めて訪れ、その後何度も訪れたこの国に起きたことは、言いようの無いショックで、また深い悲しみを感じます。
日本には多くの友人もおります。皆のことを心より心配しています。もちろん、日本はこれからの困難に打ち勝ち、そして以前よりももっと強く立ち直ってくれると信じています。
皆さんのことを思っています。どうか強くあってください。そしてまた近い将来にお会いしましょう。
サイモン・クロフト


嬉しいではないか。

サイモンはデンマーク公演が終わって、英国にちょうど戻ってきたところだったらしい。そして英国ではタブロイド紙までが、トップ記事で「がんばれニッポン」のエールを送っているとも聞いた。そう、こんな小さな島国ニッポンだけど、世界から復興をこんなにも期待されているんだ。

被災地の方だけではない。被害にあわれた方だけでもない。
今は、日本人皆で「手をとりあって」歩く時なんだと思う。

電話での会話の終わりで、「また日本で一緒にライブやろうな!」と言われたよ。
まだ「いつ」とまでは明確には言えないけど。でもまた、サイモンとワシで一緒に演奏できるのは間違いない。次に彼が日本に来たときに、今よりも少しでも元気な日本になっていることができれば嬉しいと思うワシである。
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とりあえず無事です

2011-03-13 12:52:37 | Weblog
まず、今回の地震で被害にあわれた全ての皆様にお見舞い申し上げます。また、不幸にもお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

私事であり大変恐縮でもありますが、現段階で知り得る限り、私本人・家族・バンドメンバー・仕事仲間(お客様も含む)のなかで、ケガをした人や命に関わるような重大な状況の人が、幸いにもいなかったことを報告いたします。

地震発生時、私は自分のオフィスにおりました。比較的細い作りの11階建てのビルの10階です。
ビルそのものが激しくきしみ、全員とりあえずは机の下に避難。(それが現実に最善の策なのかどうかはおいといて、それぐらいしか出来ないぐらいの揺れでした。)最初の大きな地震、そしてその後も比較的大きめな余震が続くため、全員オフィスから避難し、そのまま金曜日4時前に解散。同日クルマで出勤していたこともあり、スタッフ1名をクルマに乗せて帰路に着きました。普段だと45分程度で到着できる虎ノ門→赤羽(17km程度)ですが、この日は17時に出発して、赤羽根付近についたのは翌日午前2時でした。
そこから、スタッフをさらに浦和まで乗せてゆき、勤務先から実家に戻っていた妻を拾って、最終的に帰宅できたのは午前4時でした。幸いなことに、家の中の家具が動いたり、一部モノが落ちていた以外、大きなダメージはありませんでした。

東京都内にいる限りにおいては、未だ頻発する余震に神経をすり減らす程度ですが、被災地においては筆舌に尽くしがたいほどの心労を味わっておられるのではないかと思います。心よりお見舞い申し上げるとともに、一日も早い全容の把握や、知人・友人の方々の無事を祈らずにはいられません。

くれぐれも皆様、ご自愛下さい。
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滝ともはるさんのお店~Paradise Cafe新装開店!

2011-02-25 00:00:01 | Weblog
横浜は関内、馬車道近くに「Paradise Cafe」というお店がある。

ワシの同郷の先輩、あの「南回帰線」のヒットで知られる滝ともはるさんのお店である。ワシのファンの皆さんには、ワシがこの場所で何度もソロライブをやってるのでおなじみかもしれない。

昨年末に一旦営業をお休みして、2月21日に新装開店!

隣のお店(カラオケバーみたいなのがあった)との間の壁を壊して、今までのParadise Cafeとくっつけた結果、今までのお店の2倍まではいかないが、かなり広いお店になったらしい。

ということで、プレオープニングのパーティーにお邪魔してきた。お店に入ろうとするとお祝いのお花だらけ!(身体の)幅の広いワシとしては、左右に迫りくるお祝いの花の山にぶつかりながら、お店に入った。当然、ワシ共々お世話になっている、ワシの妻も同行した。



店に入った最初の印象。

広い!明るい!きれい!

そして、そこではミック西川さんが熱唱中。満員のお客さん。そしてその全部の皆さん一人ひとりと話をしている滝さん。店が広くなっても、そのアットホームな雰囲気は変わらない。

そうこうしてたら、上田正樹さんが入店してくる。上田さん、ワシのところにやってきて・・・

「おー久しぶり!」

嬉しいじゃあ~りませんか実は数年前、滝ともはるさんデビュー30周年記念コンサートで、桑名正博さん、因幡晃さん達と「共演」させて頂いたワシなのだが、その時のことをよく覚えててくれて・・・

「今でも時々あの時のDVD見てるんだよ~」
おー嬉しいぞ!>ワシ!

そうこうしてたら滝さんがステージに。ワシも妻も大好きなボーカリスト、米重優哉君と二人で「南回帰線」。歌いたいのは山々だけど、そこにしゃしゃり出るほどワシは空気が読めない男ではない・・・と思う。次々にお客さんが入ってくる。あまり長居してもかえってご迷惑かな?というわけで、早々に引き揚げようとしたら、滝さんが、
「何言ってんの?紹介するからなんか一つやってから帰ってよ!」

はいっ!喜んで!

滝さんが19歳のときに書いた曲「愛しい女(ひと)よ」を共演。しかしこの曲、確かレコードにもなっていない曲だったような(苦笑)。それを一字一句覚えてるワシって・・・コードも歌詞も完璧であった・・・と自画自賛してみる。というわけで、おそらく今年のどこかで新生Paradise Cafeでソロライブをやらせてもらおーっと。

滝さん、新装開店おめでとう!皆さんも是非、遊びに行ってみて下さい。
素敵なお店ですよー!そうそう、PAシステムを変えたからか?音が数段良くなってて、心地よかったですわー!


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さよなら真っ赤号

2011-01-24 00:00:01 | Weblog
2006年の夏、通称「銀ちゃん」と呼んでたワシのクルマが絶不調に陥った。どうやら原因はその前に追突された事故にあったみたい。相手の保険で修理代カバーしてもらったとは言うものの、120万円という修理代!一応直してはもらったのだが。マーフィーの法則?で、不具合はいろいろと後から出てくるものである。


銀ちゃん

追突された時の銀ちゃん

車庫の中の銀ちゃん

【問題その1】速度計がメトロノームのように揺れて、今一体何キロで走っているのかさっぱりわからない。
【問題その2】燃費計(今の状態で、1リッターあたり何キロ走るのか?というのを表示するメーター)も同じくメトロノーム状態。
【問題その3】時々ブレーキがおかしな挙動をする。

怖いやんけ!

そんなときに限って車検が近づいて来る。そんな状態では車検が通るわけもなく、メーター類の交換やらロムのチェックやらで、結構な大手術を行わないと車検が通らないし、通すとしても一体いくらかかるかも想定できない。一時期、シカが乗っていたこともあるが;


鹿!

鹿!!(後ろのジャガーはワシのではない)

鹿!!! in 銀ちゃん

まあそれはあんまり関係ないか。

そんな状況であったので、ある意味致し方ないチョイスとして、2006年の秋にクルマを乗り変えた。そしてうちにやって来たのは、通称「真っ赤号」。銀ちゃんと真っ赤号は、仕様は微妙に違うものの、実は全く同じモデル。BMW528i (E39型)の左ハンドル。銀ちゃんはノーマル仕様で、真っ赤号はMスポーツ仕様であった。


真っ赤号、我が家で最後の日

真っ赤号は、ワシと妻が付き合い始めた頃にやってきたわけで、二人の歴史と共にいたクルマである。その後、富士スピードウェイに連れて行って爆走させたり、ライブの度にでかいアンプやらを積みまくって会場入りしたり、週末は彼女(今の妻)を家に送って行ったりと、あちこちで活躍してくれた。ワシのところにやって来た時には、もう5年落ちの中古車だったにも関わらず、走行距離は3000Kmちょい。なんかデッドストックの新車みたいな感じで、とても愛着をもっていたクルマであった。


富士スピードウェイでの真っ赤号

富士スピードウェイ疾走中の真っ赤号

今でもいいクルマであると思っているし、そりゃ古くなってきて不具合もちょこちょこ出はじめてはいたが、特に大きな問題もなく、燃費も2,800ccとしてはまずまず(そーだなぁ、リッター7.6kmぐらい。)走行距離は60,000km弱だったので、まだまだ走れる。そんな感じであったが・・・

ところでワシは、最初に乗ってたホンダのCR-Xというクルマ以外、すべて中古車に乗ってきている。まあ、新車を買うほどお金ないよーん、と言ってしまえば身も蓋もないが、上質な中古車であれば、そしてトラブルに見舞われることがなければ、好きなクルマを安く買えるし、それに長く乗れば再販価格気にしなくてもいいんじゃないの?というぐらいの理由かな。しかし、この真っ赤号は5年落ちではあったが、ほぼ新車状態だったこともあって、愛着の度合いが今までの車と比較してもかなり高かったように思う。赤という色も、この車種では日本で数十台ないぐらいの超レアらしいし、しかもワシのラッキーカラーであったこともあり、余計に愛着があったのかな。

そして1月16日・・・
ついに、その真っ赤号とお別れの時が来た。
ライフスタイルに合わなくなってきたのが大きな理由。そして、新車登録から11年を迎え、だんだん整備費用が増加傾向にあった真っ赤号。左ハンドルってのは慣れればなんということもないのだが、やはり右折時に大型車が対向右折レーンにいると、その死角に入った対向直進車が見えにくい。そんなこともあって、今まではワシ一人しかこの真っ赤号を運転しなかったのだ。

というわけで、先日真っ赤号ラストランで、我が家から横浜は港北にあるディーラーへ・・・行こうとしたらエンジンがかからない。バッテリーの警告灯は点灯してるんだけど、セルはちゃんと回ってる。なのにエンジンに点火されない状態で、「きゅるきゅる」言い続けること約5分。なんとかエンジンかかったので、そのままディーラーに行ったのだけど、やっぱり真っ赤号はうちから出て行くのが嫌だったのだろうか?

嫌いになったわけじゃないんだよ、真っ赤号
いい人が次に乗ってくれるといいね。

なんてことを思いながら、ディーラーに車を渡したワシであった。なんだか、とっても寂しかったワシ。

そして、今度我が家にやって来たのは、真っ黒クロ助である。(またもや中古ですが何か?)




写真は同型車

今まで、クーペとセダンを乗りついで来てたワシとしては、初めてのワゴン。サイズは真っ赤号よりも小さい3シリーズ(E91)で、モデルネームは335i TouringのM Sports仕様。新車で買うと恐ろしく高いクルマらしいのだが3年落ちの中古なので、値段はリーズナブル。ちなみにこんなスペックらしい

エンジン型式・種類 N54B30A・直列6気筒DOHC
総排気量 2,979cc
最高出力 225kW〔306ps〕/5,800rpm(EEC)
最大トルク 400Nm〔40.8kgm〕/1,300‐5,000rpm(EEC)
で、0km/h→100km/hの加速は5.9 sec... 早い!

これでアンプとかギターとかを運ぶのも楽になるし、妻も運転可能となる。今度は、この真っ黒クロ助を可愛がって行かなきゃと思うワシであった。
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年末年始のワシ

2011-01-18 00:00:01 | Weblog
ワシは横浜にマンションを持っている。いや、正確に言えば持っていたというのが正しい。

昔結婚してた頃(つまり1回目の結婚の時)に購入したんだけど、昨年5月に息子が大学のそばで一人暮らしをするようになってからは、誰も住んでいなかったマンション。

12月某日
そのマンションの売却が成立した。ワシの銀行口座に一瞬だが1千万円台後半のお金が入ってくる。わーい、うれしいな~!ってのもつかの間。そのお金はそのまま住宅金融公庫など、マンションの購入資金を借りていたところに横流し(返済とも言う)され、ワシの銀行口座にはその差額がわずかに残っただけであった。でもまあ、このご時世。思いのほかよい金額で売れただけでも感謝であるな。というわけで、ワシには何の不動産もなくなりましたとさ

数日後
ワシは先輩の歌手、滝ともはるさんのお店。横浜は関内にあるパラダイスカフェに久々に遊びに行った。滝さんとは去年4月に、彼がワシの結婚式(2度目ですが何か?)に来てくれたときに会ったのが最後。友人Tamazoらと一緒に久々に忘年会モードで飲むワシ。宴もたけなわ、お客さんも大入りになった頃、滝さんから声がかかる。

滝さん「皆さん、今日はフレディ・エトウが来てくれてます。」
お客さん「誰じゃいなそりゃ?
滝さん「・・・(いろいろとワシのことを紹介する)」

News23に出演した話とかをしてくれたところでようやく何人かの方が、ワシの素性に気づく。そりゃそうだよな。ワシはいつもタイツを穿いて生活しているわけじゃないからな。

そういえば余談だが、昔シーナ&ザ・ロケッツの鮎川さんとばったり会ったときに「あんた、今日はタイツ穿いとらんとね?」と聞かれたことがある。当然である。繰り返すがワシはタイツ穿いて生活しているわけではない。変態性がある性格であることは多少認めるが、ワシは決して変態ではない・・・と思う

脱線したな・・・
そして、滝さんに誘われるがままにステージに上がり、南回帰線をデュエットする。そしてThe Roseをデュエットする。ゲストシンガーのマリーさんとカーペンターズのYesterday Once Moreをデュエットし、さらに滝さんとHappy Christmas - War is overをデュエットする。そんなこんなで夜も更けてその日は結構酒も飲んだので横浜に泊ったのだった。

12月29日、冬休み
元マネージャ氏の家を訪ねたワシ。彼とはもう長い付き合いである。お互いにいいところ、悪いところをよく知りあう仲でもある。12月は彼もずーっと千葉県某所に出張中であったので、なかなか会えず、ホントに久しぶりに会ったのだけど、やはり人は会って話するのが一番よいなぁ。彼とワシの間にあった誤解とかそういうのはきれいに解消できたと思う。ただ、いわゆるアーティストとマネジメントという関係については解消し、友人としての付き合いはこれまで通り。仕事としての付き合いは新しい関係を構築することで合意したのだった。合意の証として?なぜか高級イベリコ豚の燻製をもらったワシ。



年もホントに押し迫った日
ワシは友人のマイケル君と夕飯をしておった。元ワシの部下だったアメリカ人の彼。そういえば、彼の結婚式ではバイリンガル通訳司会をしたなぁ。で、彼がアメリカに帰ってからは普通に仲のいい対等の友人である。ワシがニューヨークに行くと必ず会うようにしているし、彼が日本に来ると必ず会っている。彼自身相当の日本通であるし、奥さんが日本人ということもあって、日本に「来る」とは言わず、いつも「日本に帰る」という表現をするマイケル君。三島文学などにも精通しており、ワシなんかよりもよっぽどニッポン人だったりする彼。



そんな彼と青山のピッツァリアでピザ食べて、そんでもって渋谷のカラオケ館でカラオケに興じたのだ。しかしワシがMaroon 5やらStyxやらBarry Manilowなどを歌っている傍らで、細川たかしの北酒場やらスピッツのロビンソン、そしてウルフルズやアニソンを熱唱するアメリカ人・・・おかしな絵である

充実した日々の後には現実というものがやってくる。世の常である

大晦日・・・
久しぶりに大掃除とやらいうモノに取り組んでみるワシ。で、まずは窓を掃除して網戸も掃除する。当然、妻との二人三脚である。

そんでもって、床にとっ散らかったいろんな書類とか本とかを片付けようとして・・・片付かない
現在の住所に引っ越してから1年過ぎたのだけど、その間ほとんど開けていなかった段ボールの中身を片付けようとして・・・片付かない

なんとか約60Lのごみ袋5つだか6つだかを捨て、段ボールだとかペットボトルだとかを捨て・・・そうこうしてるともう夜7時。

結局・・・我が家の大掃除は本日現在まだ継続中であるいつになったら終わるのだろうか?
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新年明けまして・・・明けすぎですね m(_ _)m

2011-01-15 00:00:01 | Weblog
新年明けましておめでとうございます。
明けたのは既に2週間前だけど・・・

今年もよろしくお願いします

さてさて、2010年はワシにとって新たなことが一気に動き出した年であった。(はい、何度も言いますがここではワシのいわゆる「昼の仕事」のことは一切書きませんので。あくまでもプライベートと音楽関連の話が中心です・・・「昼の仕事」の関係者の方におかれましては、ワシが仕事してないんじゃないか?などと思わぬよう、お願いします。

4月:結婚(2度目ですが何か?)そして新婚旅行 in ワイハー




5月から本格的にQUEENESSの活動が開始され



怒涛の海外出張に耐え・・・んっ?これは昼の仕事の話だないかんいかん。
ただ、ソロ活動は2度の沖縄を除いては実現できず・・・

いずれにせよ、とにかく忙しかったというのが正直なところである。

そして迎えた2011年。
あれっ?今年ってウサギ年じゃん
ワシ年男じゃんか
もう36歳になるのかぁ・・・ワシ(激違)


早いものよのう。実際1月末に48歳になるわけだけど、気が付いたら人生半分以上終わってるじゃん
あちゃー!!!どうしよう・・・

って焦っても仕方ないので、まあこれからはできること優先ではなく、やるべきこと優先で生きてゆこうと思うワシである。それが今年の抱負かな?2008年は「変」(変化の変である)な年、2009年はその変化をベースに「走」(走る)年だった。2010年は走り続けて「忙」な年だったのだが、今年はその「走」や「忙」を少しずつ「実」(実る)にしたい年である。「実」を実現するために、やはり「走と忙」は続くのだろうが、それは仕方ない。50歳までは「走と忙」を繰り返しながら「実」を増やしてゆきたいワシである。

というわけで、今年もよろしくお願いします
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19年前と30年前の記憶~Dear Freddie Mercury

2010-11-24 23:59:59 | Weblog
記憶は薄れるものである。ついでに言えば髪も薄れる

しかし19年前、1991年の11月24日のことと、30年前!の1980年12月8日のことは、克明に覚えているワシ。
そう、前者はFreddie Mercuryが、そして後者はJohn Lennonが亡くなった日である。
Johnの思い出は昔このブログに書いたことがある。1980年・・・ワシが17歳の頃の出来事だった。

19年前の今日、ワシは28歳。

某大手国産コンピュータメーカを「卒業?」して、某大手米国コンピュータソフトウェアメーカ(とは言っても当時、日本には10名程度しか社員がいなかったけど・・・今は1500人ぐらいいるらしいが)の日本支社の立ち上げで頑張ってた頃のことである。ちょうど友人の結婚式などが沢山あって、その二次会で余興的に始まったのが、後のKWEENの原型バンドだった。そしてQUEENの楽曲をライブで(しかもライブアレンジにこだわって)演奏するバンドをそろそろ本格的に立ち上げようか?としていた頃。その突然の訃報はやってきたのだった。

Only the good die young(早死にするのは善人だけ)という言葉があるのは知ってた。どこで知ったかと言えば、Billy Joelの曲のタイトルである。その言葉がこれほど身に沁みたことはなかった。悲しいなんてもんじゃない。ぽっかり穴が開いた・・・という言葉でも言い表せない、どうしようもない虚無感が雪崩のように襲ってきた。今でも忘れることができない。

しかし、それも一つの理由となってQUEENのトリビュートバンド活動を本格化させたのは事実。そして実に多くの方々と知りあうことができ、ロンドンでも公演を行い、自分の幅が(体型ではない)本当に大きく広がったのは、皮肉なことにその悲しい体験がきっかけであったと言えるのも事実である。人との出会い、それは短い人生の中で、かけがえのない財産だとワシは思う。そして、そんなかけがえのない財産をもらうきっかけになったQUEEN、そしてFreddieに感謝してもしきれない。

19年たった今日、あらためてNo One But Youを聞いてみる。(QUEENファンの皆さんはご存知だと思うが、フレディ亡き後に、残ったメンバーで収録された、フレディに捧げられた楽曲である。)そして涙を流してるワシ。悲しみの涙というだけではない。QUEENに、そしてFreddieに「出会えた」ことに感謝の思いがこもった涙なんだと思う。

時間が経つのは早いもので、あれから早19年。

今でもQUEENESSというバンドでQUEENの楽曲を演奏し続けているワシ。
この19年の間にはいろんな身の回りの変化があって、本当にめまぐるしかったなと思う一方、形は変えつつも今でもQUEENトリビュートバンドをここまで続けられている原動力は、フレディと初めて出会った(ライブで見ただけではあるけど)高校生時代の衝撃、そしてQUEENをFreddieを心から尊敬し愛していることに他ならない。

ワシがQUEENのライブを初めて生で見たのは、奇しくも30年前の1980年。そう、Johnが亡くなる数カ月前のことだった。ワシの息子は今年19歳。Freddieが亡くなる数ヶ月前にこの世に生まれた。

人生はきっと1回限りのものだろうし、人それぞれにシナリオのない旅を続け、そしていつか人生の終焉をむかえる時が来る。だが、ワシが生きている限り、ワシの心の中からこの19年前と30年前の鮮烈な記憶が消える日が来ることはないのだろう。

ありがとうFreddie
I still love you
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マコポッロホテル???

2010-11-24 02:51:55 | Weblog
メルボルンから帰った翌日の今日。今度は別の会議で北京にやってきているワシ。
うちの会社は基本エコノミーなので、エコノミークラスを予約していたが、昨日ネットで飛行機にチェックインしようとしたら、考えられないような安価でアップグレードできるオファーが・・・

またも悪魔のささやきに乗ってしまったワシである。当然アップグレードは自腹であるが、「この価格ならアップグレードしない方が損」ってぐらいの価格だったので、思わずポチっとしてしまったワシ。で、乗ったのはホントにいつもよく使ってる、UAの777の8Jの席。ビジネスクラスの先頭で、前が壁なので余裕である。それにしてもビジネスは本日ガラガラだったな。




でも本来4時間半かかるはずのフライトが、予定よりも50分も早く着いちゃった。アップグレードした意味ないじゃーん。まあ、予定よりも短いのはうれしいと言えばうれしいけどさ。さすがに短いフライトなのでメシはワンプレート。それでも某元国営エアラインの食事よりははるかにグレード高く満足。



で・・・上海は前の会社の頃に何度も行ってるけど、北京は初めてのワシ。
それにしても寒いわ・・・到着時の気温はなんと2℃だそうな。でも、世界のユニクロのヒートテックのおかげで、そんなに寒くは感じずにホテル到着。でもなんで中国の高級ホテルというか5つ星ホテルは、バスルームがガラス張りが多いのだろう?その昔、上海でよく泊ったグランドハイアットもそうだったな。不思議。




TVも日本語表示があるんで楽だな。と言ってもBBCニュースぐらいしか見ないけどさ。しかもずーっと南北朝鮮のドンパチを繰り返して放映しとる。よく考えたら、そのドンパチの上を飛んで来たんだなぁ。とぱっちりを食わなくてよかったわ。

TVの日本語表示を見てみると・・・



マコポッロホテル???
マコポッロ???

Marco Poloなんですが。マルコポーロと書いた方がよいんじゃないかい?
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メルボルンとか北京とかラジオ関西出演とか・・・(汗)

2010-11-18 20:24:58 | Weblog
今週は仕事で、オーストラリアのメルボルンにいるワシ。

日曜日に日本出て、シンガポール経由して月曜の朝早くにメルボルン到着。
そんでもって、ここ数日は連日の会議漬けになってるワシである。予定としては、日曜日にこちらを出て、月曜朝に一旦帰国し、いくつかの仕事を済ませてから、火曜からは北京である。

いやぁ・・・我ながらなんちゅうスケジュールやねん!?と思う次第。
しかも、写真載せたいんだけどカメラとPCをつなぐケーブルを持ってきてない。miniSDカードのアダプターもない。あかんわこりゃ。なので久々に写真がない記事である。

で、まずはお知らせ!!!

以前TBSのラジオでご一緒させて頂いた、田中さなえさんというパーソナリティーの方がおるのだが(ちなみにとってもかわいいですよー)、彼女の番組に出演が決まったのだ。詳細はこちら
↓↓↓
ラジオ関西「Sanae's Cafe」
放送日: 2010年11月25日
放送時間: 9:00~13:00


とは言うものの、ワシはその日のその時間には北京にいて、月末まで日本には帰ってこない
はい、ネタばらしをしておくと、要は「録音」での出演。しかも、ラジオ関西のスタジオまで収録に出向く時間もないため、なんと電話インタビューである。我ながら忙しいな~と思うが、しかたあるまい。

最近はライブのレポを書くのも遅れがちで、本当にすみませんです。

11月3日に、我がQUEENESSライブが大船で行われた。
一言・・・
サイコーに楽しいライブ!だったと思う。

先日のTV出演時に今回のライブ情報が流れたこともあって、TVのOA直後から予約の電話が鳴りやまなかったそうな。で、満員御礼のライブ。いわゆる常連さんはほとんどいなくてご新規様が大多数。常連のファンの皆さんは結構ギリギリに予約をするのかな?今回OA直後にいっぱいになっちゃったらしいので、それで予約できなかったのか?あるいは、常連さんの中で人気がなくなって来たのか?ワシにはわからんけど。

なんにしても「今ここにいる皆さんのハートを掴まなきゃ!」ということで頑張りましたよー。ファンの皆さんの中ではお約束のRadio GAGAの手拍子でさえ、半分以下の人しか知らない状態。でもね、いわゆる「予定調和がない」ということは、ある意味怖くもあるけど、いい意味での緊張感もあるわけ。というか、ある意味闘志を掻き立てられるのも事実だな。そう、普段以上にこちらがお客さんの中にグルーブを作らなきゃいけないから。そんでもって、こちらがつまんないことやってたら遠慮なく帰られてしまうからね。

途中、あろうことかFat Bottomed Girlsの歌詞が完全に飛んで真っ白け!って部分もあったりしたけど(汗)なんとかMCで切り抜けて(苦笑)ライブそのものは大盛り上がり。メンバーの皆、びっくりさせてすまん!

そして・・・
最後のアンコールで近鉄バファローズの帽子をかぶって出て行ったら大ウケでした(爆)。実はフレディーは西武球場でのライブでライオンズの帽子かぶったり、テキサスのライブでカウボーイハットかぶったりしてるんだよね。だから流れとしては(クイーンを知っていれば)おかしな演出ではないのだけど、先日のTVの件があるだけに、ウケますた。

というわけで・・・
次は川口、そして六本木~大船~下北沢~横須賀と2010年~2011年にかけてのライブは続くのだった!しかも川口ライブの4日ぐらい前にようやく帰国・・・大丈夫か?ワシ???
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近鉄バファローズの佐野?

2010-11-02 00:00:01 | Weblog
元近鉄バファローズ投手の佐野慈紀さん。

先日QUEENESSで出演した日テレ系「世界一のSHOW TIME」の番組内で、司会の島田伸助さんから
「めちゃめちゃ佐野やん!」

と言われたワシ。

元近鉄バファローズの佐野投手にどうやらワシは似ているということらしい。
うーんそうなのかなぁ?

Wikipediaで「近鉄バファローズ佐野」で検索してみたら出てきたけど、彼の愛称は「ハゲ魔神」だそうな

で、そこまで言われたら近鉄の帽子が欲しくなるワシ
すでに近鉄バファローズ自体が存在しないので、入手困難か?と思われたのだが、「近鉄バファローズ帽子」でググってみたら、割と簡単にレプリカを見つけることに成功したワシであった。

注文ボタンをぽちっとな!

で、待つこと数日で近鉄バファローズのキャップが我が家にやってきた
で、早速開けてかぶってみたのが、今日のTOP写真である。

はて、果たしてワシは佐野に似てるのであろうか?
普段着ではなく、こちら↓の格好で帽子かぶったらもっと似てるのかなぁ???


しかし、それにしても普通これぐらいの理由でわざわざ買うか?
ギャグで使う以外に使い道は当然ない。

ところで・・・

写真はないのだが10月30日(土)に、パウロ鈴木さん主催のライブにQueenessは出演した。鶴見の歯科会館ホールで開催された、パウロ鈴木さんのお店「ラバーソウル」の20周年記念ライブ。前売り券7500円とちょいとお高めではあったが、出演者を見ると、元フェイセズやフリーの山内テツさんや、難波弘之さん、ダモ鈴木さんなど、そうそうたる大御所揃いのライブなので、それは仕方ないかも。

そしてQueenessは約45分の時間を頂き、演奏してきた。折しも台風が関東に最も接近した時間帯、午後6時30分ぐらいの出演。ひさびさにアウェイな環境でライブしたが、それは楽しかった。なにせワシがステージに出るだけで爆笑、失笑、嘲笑の嵐である。これ、実はワシ大好き。で、曲が進むにつれて笑いが歓声に変わってゆくのが楽しい。アンコールも出たのだけど、さすがにWe Are The Championsも演奏してしまってるし、後には大御所の皆さんも控えているので、ワシとちゃ~り~の二人で日本語で短く漫才をやって演奏は終わり。

あとは、パウロ鈴木さん率いるGOMA World。難波弘之さんも入って、これぞプログレ様式美!とでもいわんばかりのオリジナル曲を聞く。格好いい!!!サプライズゲストの王様も楽しい!そんでもって、トリの山内テツさん、ダモ鈴木さん達のユニットの完全即興ライブ。これはある意味ものすごいものだった。なにせ、「この曲をやる」というシナリオがなく、思いつくままにドラムとベースとボーカルが絡んでいるという大即興大会。コードもキーもリズムもメロディーも歌詞も、すべてはその場で皆が思いつくままに演奏しているのだ(と思う)。予定調和のまるでない世界。不思議な磁場を感じたワシであった。

終わったあとは難波弘之さんとお話ししたり(山下達郎さんのアルチザン・ツアーの最終日、ワシは神奈川県民ホールにおいて難波弘之のプレイするキーボードを聞いていたのだ)して、なかなかに楽しい一日であった。

ご来場頂いた皆様、ありがとうございました!
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TV出演とか沖縄とか

2010-10-16 23:02:30 | Weblog
いやぁ、やっぱりTV出演するといきなりアクセスが増えるらしい。
10月3日に日テレ系全国ネットの「世界一のSHOW TIME」に出演した日とその翌日、このブログは一日のアクセスが千数百件になっていてビックリ。なにはともあれ、番組を見てくださった皆様、ありがとうございました!まあ、各種エンターテインメントが出てくる中で、トリビュート(コピー)とは言っても普通のロックバンドが、演奏するだけではなかなか華に欠けるものがあるかな?と思うワシであった。が・・・実はその番組自体はリアルタイムでは見ることが出来なかったワシである。というのも・・・

その週末、ワシは沖縄におったのだ。
今回の沖縄行きには2つの理由があった。
1999年の2月14日。ワシは初めて沖縄に行った。当時のバンドでのライブである。そしてその年に合計3回、演奏のために沖縄に行ったのだが、それから10年余り。本当に多くの皆さんのお世話になり、多くの皆さんとお友達になり・・・そして今年のワシの結婚を祝うパーティーを、沖縄の友人達が開いてくれたのだ。


ピースフルで毎年お世話になっているサンパケの徳さん
幻の泡盛「ロックボーイ」をプレゼントしてくれた



本当に多くの皆さんに祝っていただいた。全員の名前をここに書くのはムリだけど、心から感謝してます。にーふぇでーびる、ボディービル!

そしてそして、この週末にはコザの有名ライブハウスを連携させて「音のページェント(ページェント・オブ・ミュージック)」というイベントが開催されてたのだが、そのイベントへの出演者として、ワシは呼ばれていたのだ。ワシの出演会場はコザのライブハウス「JET」。いつもお世話になっているライブハウスであるが、そこで2日間。ソロでのステージを務めたのだ。満員の一日目はジョン・レノンのマザーでステージを開始、大いに盛り上がったのだった。2日目はワシの出演の約1時間前に、そのライブハウス前で泥酔した米兵が暴れて、その沈静化に現れたMP(軍警察)が催涙スプレーで沈静したのはよかったが、そのお陰でお客さんが入って来れないという滅多に起きない異常事態。お客さんの数はちょいと少なかった。その日はクリーム(エリック・クラプトン)のホワイト・ルーム(仲良しの替え歌ロックアーティスト「王様」は、この曲を白あんこの白い部屋と呼んでいる)からステージ開始。




自分のステージが終わったあとは、バンド「JET」に飛び入り出演させてもらい、ホテルカリフォルニア、ダスト・イン・ザ・ウインド、ロングトレイン・ランニングなどを熱唱してきたワシであった。今回初めてのこの試みに、わざわざワシを呼んでくれたことに本当に感謝である。そして集まってくれたお客さん、本当にありがとう!中には、首都圏からわざわざ参戦くださった方もいたらしい。本当にありがとう!すんまそん、恩納村!

ブログでこのライブの記事を書いてくれてるのを見つけたので、いくつかご紹介。(発見できなかったのもあるかも知れませんが、ご容赦下さい。)

Mr.スティービーのKOZA薄笑ブログ♪(その1)
Mr.スティービーのKOZA薄笑ブログ♪(その2)
コザナビ
沖縄から音楽のまち沖縄市を紹介~♪【M-kozaブログ】
出張!! ビーズアクセサリー講座『K’s』のブログ♪♪

さてさて、そんなこんなで、普段沖縄行ってもほとんど観光などしないワシ。今回は多少の時間の余裕もあったので、少しだけ足を伸ばして、万座毛(「まんざもう」である。「まんざげ」ではない)とか、世界遺産である勝連城跡(「かつれんじょう」である。「えびしんじょう」ではない。)とかにも立ち寄ってみた。


万座毛

勝連城跡

美ら海水族館・・・ではなくて海中道路で
売店で買ったじんべえざめ

そして夜には、Jack Nastyに遊びにいって、元コンディショングリーンのボーカル、かっちゃんと遊ぶ。



さらにシーサーを自作してみた。


なかなかむずかシーサー

というわけで、短期滞在の沖縄。那覇空港で東京行きの最終便に乗る直前、友人から「TV出てるぞー!」との電話やらメールをもらうが、空港ではそれを見るすべがない。(そもそも沖縄はネットされてない)飛行機の中では爆睡し、帰京してから自分が出演したテレビを録画で見たワシだった。


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てんこ盛りの週末(Queenessライブ、同期会、番組収録などなど)

2010-09-15 00:46:54 | Weblog
この週末はホントにいろんなことがあったワシである。

まずはこれ、9月12日(日)

Freddie Eto & QUEENESS Live

今年5月にQUEENESSで初めてライブを行った埼玉県川口市にあるShock On。「食」と「音」の融合というテーマで作られたこのお店は、ちょっとオシャレな大人の空間だったりするのだが、そこで2度目のライブであった。またもや満員となったライブ。しかも沖縄や大阪などの遠方からもお客さんに来て頂き、本当に感謝にたえない。まずは御礼申し上げます!



すでにあちこちのブログなどでも、今回のライブ話がアップされているようである。ありがとうございます!今の段階で見つけたブログをいくつかご紹介しよう。

ソラメソラミミifg妹
R.I.P. Freddie
みなぞーのQUEENな世界
QUEEN 思い入れ日記:フレディが大好きなkittyより

今回は、またまた趣向を変えて、第一部では中期(Live Killers前後の曲)を中心に、そして第二部はテンポの良い流れの選曲にしてみた。こんな感じである。





【第1部】
1. Tie Your Mother Down
2. Seven Seas Of Rhye - Keep Yourself Alive
3. Somebody To Love
4. Medley (Killer/Bicycle/Car)
5. You're My Best Friend
6. Now I'm Here
7. Dreamer's Ball
8. My Melancholy Blues
9. Save Me
10. Don't Stop Me Now

【第2部】
1. Bohemian Rhapsody
2. Radio GAGA
3. Hammer To Fall
4. Another One Bites The Dust
5. Fat Bottomed Girls
6. Under Pressure
7. Crazy Little Thing Called Love
8. I Want To Break Free
9. I Was Born To Love You

アンコール
10. We Will Rock You
11. We Are The Champions
(SE - God Save The Queen)




今回、初めてYou're My Best Friend / Seven Seas Of Rhye / My Melancholy Bluesの3曲を披露したが、なかなかに評判良かったみたい。特にMy Melancholy Bluesのジャジーな曲調は、このShock Onのちょっとおしゃれな店の感じと相まって、雰囲気良かったと自負してるワシ&Queenessメンバーであった。そして今回初めて、というかQueenトリビュートバンドを始めてから初となる、12弦ギター2本の同時お披露目となった。12弦ギターは通常「12弦(細い弦)11弦(太い弦)=これで1ペア)」という弦の並び。フレディが使っていた12弦はそうなのだけど、実はBrian May先生のギターは「12弦(太い弦)11弦(細い弦)=これで1ペア)」という変則の弦ならびになっている。QUEENESSではこんなマニアックな部分まで遂に再現することに成功したのだ

次のライブは10月30日。
なんと、フェイセズでロッド・スチュアートと、そしてフリーでポール・ロジャースと共に活躍していた日本人ベーシスト、テツ山内氏や難波弘之氏などと共演である。このライブはビートルズ・トリビュート界では超有名人のパウロ鈴木氏のお店、ラバーソウルの開店20周年記念のスペシャルライブイベントなのだ。



詳細はQUEENESSのホームページにある。そうそう、QUEENESSのホームページからEメールアドレスなどの登録ができるようになった。今後の情報などいち早く入手したい方は、是非QUEENESSのホームページからアドレスなどを登録下さい。



そしてこれ
AFS留学時代の同期会


ワシが高校時代と大学時代にそれぞれ1年ずつ留学していたってことは、ここの読者のみなさんの中で知っている人は多いと思うのだが、その高校時代の留学の同期会が行われたのだ。なんと30年ぶりである。ワシは1980年~81年に米国オクラホマ州・タルサの高校に留学した。AFS (American Field Service)という団体にお世話になり、その年に日本から海外に留学したのは合計約130名。そう、この留学がなければ、ワシがQUEENにはまることもなかったと断言できる。

今回、集まったのは40名弱だったそうだけど、30年ぶりに初めての同期会と考えると、よく集まったなぁというのが正直なところ。幹事の皆さんに感謝である。

ワシも結構なモデルチェンジをして今に至っている。当時の写真を見せてもらったが、現在大学生になっているワシの息子にそっくりではないか!が、同期の皆もそれなりにモデルチェンジしてて、誰が誰だかよくわかんない。AFSで当時留学した人たちには、その後エリート街道を突き進んだ人が多く、ワシなど最初この話が舞い込んで来た時、「敷居が高そうだな~」と正直少し敬遠したところもある。

内閣府やら厚労省やら、超一流企業やらでかなりのポジションまで上った友人。海外に拠点を移して頑張ってる友人。いろんな人生を歩んでいるが、あの頃の思い出はそれぞれに大事にしてて、あの1年間が自分のその後に与えた影響をそれぞれに大きく感じてるんだなーって思って。

行ってよかったな。

ところでその留学仲間の中に、ワシが当時憧れてた関西出身のかわいい女の子がいた。その人とは、大学1年の時に一度会ったのを最後に、28年間会ってなかったのだが久々の再会。いやぁ、マジに懐かしかったわい。

さらに!
某番組の収録




これはまだはっきりと書けないのだけど、某キー局の某特番に、Freddie Eto & QUEENESSが出演する。その収録もこの週末に行われた。これは詳細後日である。(というのも、これ情報公開日とかがまだ決まってないので不用意に発言できないのだ。)

Comments (6)
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ゴールドコーストに来てます

2010-08-17 00:00:01 | Weblog
オーストラリアはゴールドコーストに来ておるワシ。

こう書くと、
「仕事休んでリゾートか?優雅やのう!?」
と思われるかも知れないが、さにあらず。

ワシだってゴールドコーストだったらリゾートで来たいわい
今回は、ワシのお仕事上のお客様達に対して、新たな技術や製品・ソリューションを紹介したり、お客様がうちのソフトウェアを使っての実際のユーザーケースを紹介したり・・・そういう年に1回のセミナーが今週1週間行われるのだが、そこに参加しているというわけ。
仕事である!

もっとも、何度も書くがこのブログはワシの「お昼の仕事」の中身は書かないことにしているので、ここだけを見ると、単なる「旅行記」になってしまうわけ最近、お仕事つながりの人でこのページを見る人がいるらしく、ちょっとやりにくかったりもするのだけどね。

というわけで、今回の「旅行記」は8月15日のフライト(ワシの弟の誕生日でもあるな・・・)の数日前にさかのぼって始まるのだ。

ワシ、ご存知の通りJALが嫌いである。これは昔からのことだし、個人の嗜好なので仕方ない。が、オーストラリア(特に北部)方面に飛ぼうとすると、ANAやユナイテッドなどのいわゆる「青組」は不利である。ANAはオーストラリアに飛んでいない。昔飛んでたオーストラリア第二のエアライン、アンセットは既に倒産してる



唯一、ニュージーランド航空というチョイスもあるのだが、わざわざニュージーランドまで飛んで行ってオーストラリアに戻る意味は全くない。

というわけで、今回は直行便を持つ唯一のエアライン。ベッキーのCMでも最近有名なJet☆Starを選んでみるワシ。片道なんと3万~4万程度(燃油サーチャージ除く)である。で、ワシは仕事ではエコノミーを使うのが常(昔は、ビジネスが普通だったんだけどなぁ・・・)なので、まあこれでいいか。そしたら数日前にJet☆Starから電話がかかってくる。趣旨は予約確認だったのだけど、最後に;

係員:「ビジネスクラス空いてますがアップグレードしませんか?」・・・悪魔のささやきである・・・
ワシ:「してもいいけど・・・値段次第ですね。」
係員:「現在キャンペーン中なので、17000円です。」
ワシ:「はぁっ???」(いくらなんでも安すぎる)
係員:「ええ、片道17000円なんです。」

というわけで、往復34000円を自腹で払い、アップグレードするワシであった。

8月15日、新しくなった成田エクスプレスで都内から36分で成田空港へ。



エコノミーの長い列を横目に一瞬でチェックイン終わり。搭乗も当然ながら一番最初。



スムーズすぎるぐらいスムーズに機内に乗り込んで写真撮ってみた。




シートは、一応ビジネスクラスっぽい。革張りだし、幅もまあまあ広いし。でも・・・シートピッチが異様に狭い。リクライニングしたら後ろの人は大変だなぁと思いながら、1Aの座席に座るワシ。まあ、20年ちょっと前ぐらいのビジネスクラス、今でいうプレミアムエコノミークラス程度の座席である。そりゃ狭いけど、値段から考えれば不満を言うほどのことでもないかも。キリっと冷えたシャンパンも出てきたし。ヘッドセットも一応ノイズキャンセル機能付き。どこぞやの元フラッグキャリアのアジア便よりはマシかな。




Jet☆Starはエコノミーの場合、食事・飲み物は全て有料である。ビジネスではそれらは全部料金の中。で、食事となった段階で、ワシは大爆笑してしまった。普通なら布のテーブルクロスがかけられて、エアラインによって異なるが、まともなエアラインであれば、ナッツとかが出てきてドリンク、その後サラダとかオードブルが出てきて、それから順番にメインに移ってゆくのだけど・・・

こっ・・・これは!


クロスの代わり?にかけられた紙

メシ・・・普通にエコノミーである

見事に普通のエコノミークラスの食事ではないか!見事なまでのワンプレート
味は、可もなく不可もなく。いつぞやのJALアジア便のビジネスクラスよりはマシだった。まあ、17000円でアップグレードできるビジネスクラスに多くを期待するほうが間違いというもの。いいんじゃないかな?これはこれで。

そんなこんなで、朝6時半頃にゴールドコーストの空港に無事着陸。空港ビルに直接入るサテライトはなく、階段で下りて歩いてターミナル内へ。これワシ実は大好きなのだ。飛行機を間近に見ることができるから。けど、大きな国際空港では最近めっきり見なくなったなぁ。

そこからタクシーでホテルに向かい、今日はゆっくりと過ごしたワシである。近くにビーチもあり、レストランもたくさんあり、なかなか良いところである。が、明日~金曜までは、ホテル内で缶詰である


ホテルの部屋から

近所のビーチ

で、ここで宣伝!


究極のクイーン・トリビュートバンド
QUEENESSワンマン公演 in 川口!


前回、発表と同時にソールドアウトとなった川口Shock Onで再び公演を行います。

川口Shock On
18:30 Open・19:30 Start
チャージ:2,500円

予約受付中!
ご予約はこちらまで:048-259-5776、またはこちらで

QUEENESS Official Home Pageはこちら
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