弛まぬ空

酷く個人的かつ内面的な日記

体力ってなんだろう?

2017-03-31 00:15:50 | 思考
長年の布団生活や入院で体力が落ちている。それは明らかだ。

カウンセラーと週3でランニングに出るという約束をしたのだが、朝昼に出ると一日中疲れたままだ。
最近、ストレッチポールも始めたが、疲れはそんなに取れない。
これをどのくらい続けていけば、高校の頃くらいの体力に戻るのか見当もつかず、こんなことして意味あるのかという疑問にかられている。

ランニングをすれば確かに心肺機能や足腰の筋力はつくだろう。
しかし、筋疲労というものは基本的に脳がそう指令を送っているから感じる訳で、それ以上でも以下でもない。
(筋に乳酸が貯まるのとはまた別のお話)
そして、将来的にデスクワークを目指しているなら、筋力の持久性を上げてもしょうがない。

ならば、色々な刺激事態、特に知的な作業でで脳が疲れないようにしないようにするための身体というか脳を作っていかなければいけないのだが、それは体力とは違うような・・・
?脳は脳自体の疲労をどう感じるのか?
ストレスホルモン?(コルチゾールとか?)
神経伝達物質?

それすらも分からない。
少なくともいえることは、筋肉なんか無くても、薬で気力体力が出ていた時期もあるということだ。
一体、目標に達するのは何をどうすればいいのか。

こう考えてランニングをやめたとして、またカウンセラーに知性化だとか合理化だとか言われそうだが、無駄なことしたくないのだ。

度重なる中途覚醒と睡眠薬併用

2017-03-26 19:26:57 | 思考
むやみやたらに睡眠薬を併用する医師はどうかと思うし、自分もここ数年は眠気の出る別系統の薬で眠りに入ることが多かった。
酷い医者だと導入・短期・長期で3種類併用の場合もあると昔聞いて恐れていたのもある。(今はそういう医者は減っているらしいが。)
それなので、今の主治医は原則的に睡眠薬を出さない方針で、まあそこそこ良心的なのだろう。
(出さない理由は耐性と依存性のつきやすさのため)

今、
抗うつ薬2種類(うち一つは眠気の出るリフレックス)
気分安定剤(確実に効いていない)
抗精神病薬2種類(統合失調症のためではなく気分や不安に作用するもの)
少し多いな、という気はしている。
だが、多くても深い眠りにつくことは出来ず、まず3時間で目が覚め、その後1~2時間スパンで目が覚める。
正直寝た気は全くせず、日中も眠い。

ところが、ただでさえ眠れないのに、イフェクサー漸増に伴い安定剤兼眠気のためのセロクエルを減らしていくようだ。
日中のだるさと眠気を防ぐ目的らしい。
しかし、余計目が覚めるようになってしまった。

去年までは、そこまで中途覚醒はなかったのに、何がこうも睡眠を妨げているのかが分からない。
正直、中期型の睡眠薬を出してもらいたい。
さすがにしんどくなってきた・・・



示唆と究極的説明

2017-03-26 00:37:34 | 思考
統計学が最強の学問である。
という本が売れているらしいが、バカげたことだと思う。
統計は究極的説明「因果」を提供できないからである。
特に個体が関心の中心になる時、統計でどう有意であろうと、そこに当てはまらなかったら終わりだ。
大体、9割で予測出来たり相関があったりもしないので、確率論的に個人の試行はただの賭けになる。
分の良い賭けかそうでないかの違い。

だと思っていて、臨床心理学の量的研究における相関関係や説明率というのも、個人-特に自己の心理の把握に関して何ら確定的根拠を与えない。
そうは分かりつつも論文を漁っていたら、それでも示唆をもたらすもの-参照枠として持っていて損はないように感じた。

結局、説明を提供するものが数えきれないほどあり、複雑すぎて個体の行動や精神状態を説明できるものはない-実験心理学でも確定できない、のだとも思う。
(よく実験系の心理学と臨床系の心理学でも生態的妥当性というので対立する)

結局内的なものを捉えれないのなら、様々な知見に開放的であることを条件に自分のことを自分で「決める」しかない。

冒頭に戻って肉体的な話をするならば、個体を粒子によるマクロな振る舞いの場であると仮定したときには、確率分布に従うという意味で粒子の挙動の確率には統計学の意味がある。
(今やっているのが、量子力学のゲームらしいので補足)

物質依存の悪循環

2017-03-22 22:27:45 | 思考
よく眠れない→朝方、眠い→コーヒーを飲みすぎる(タバコもセット)→気分悪くなり、不安も強まる→抗不安薬服用→眠くなる→眠気が出てくる→コーヒーを夜にも飲む→眠りが悪くなる→朝方、眠い・・・

情けないことだが、うつ症状以前に物質依存の気配が濃厚だ(カフェインとニコチン)。
特に、長時間拘束されるとそれらが摂れないんじゃないかという不安が、就業への不安に影響している。

薬局に新聞の切り抜きが貼ってあって、喫煙者はうつと不安障害になる(又は悪化させる)リスクが高いという。
物質依存でなくてもそうなので、自分のように物質依存だと尚更だろう。
分かっているのに、意識が鮮明でないと刺激が欲しくなるし、長時間、これらが摂れないとパフォーマンスの質も低下する。

二年前までは、そこまでカフェインは摂らなかった。
こうなった原因は不明だが、一度習慣化すると難しい。

コーヒーは適量なら身体にいいし、「吸わないとダメだ」という強迫観念さえ無くせば、マナーを守って吸うぶんにはタバコも一日半箱くらいなら個人的には構わない。
やはり、家にいる時間が長いとそれだけ刺激を求めてしまうので、外で長時間活動できたらいいのだろうが、そこまでの気力はない。
そうすると、状態を上げるのが先だといういつもの流れになってしまう・・そして、それは上手くいったことが無い。
じゃあ、眠りの質が自然と高まるかというとそうでもない。(ちゃんと運動した日も中途覚醒する)

卵が先か、鶏が先か、のいつものスパイラル。

・・・勿論、禁煙外来に足を運んだこともあるが、気分の上下が激しい時期だとすぐに方針を撤回してしまう。
そして、一回保険適応で病院へ行くと、次に保険が効くのは一年後になってしまう。
いままで四回ほど行ったが、全部途中でダメ。
今は保険が使えると思うが、どうしたものか。

確か、物質依存でも認知行動療法は使えたので、軽い気持ちで眺めてみようか・・・

全身麻酔についての素朴な疑問

2017-03-20 23:35:05 | 思考
今も寝る前になると、全身麻酔の注射(?)をした左手の甲が沁みてくるくる感じを思い出して、心臓が締め付けられるような恐怖にかられることがある。
だが、そもそも、何故、手術室の全身麻酔の寸前まで起きていなければならなかったのだろうか。

斜視の手術で全身麻酔をしたときは、麻酔前投薬があったのだと思う。
だから、手術室の記憶はなく、手術室から出てくるときに看護婦さんに支えられていたことしか頭にない。
つまり、術前に寝ていたということだ。

実際、精神科の薬物で、コントミンという薬は麻酔前投薬に使われるらしい。
定型抗精神病薬だが、鎮静・催眠作用がものすごく強いのだ。(不眠時の眠前に飲んだこともある)

それにひきかえ、mECTでは術前一時間前くらいに手の甲から点滴はしていたが、その点滴の成分は知らない。
多分、恐怖を和らげる効果はあったと思う。でなきゃ、怖くて手術など受けられなかっただろう。

・・・繰り返すが、では何故、手術室の前に意識を失ってはいけなかったのだろう。
手術室で名前などを訊かれた気もするので、本人確認を徹底するためか。コントミン等は作用時間が長すぎるので用いなかったのか。
額にジェルを塗っていくところまでをも覚えている。

・・・と考えていくうちに、おそらく、脳に電流を流す時に脳の血中に薬剤が残っていると施術自体に影響するから、全身麻酔で気を失わせることになったのだろうという結論に辿り着く。
実際、入院中もリーマスを飲んでいたが、施術1週間前には服用を中止した。
だが、この結論も推測でしかない。
医師や看護師に訊いてみればよかったが、答えてくれたかもわからない。

他の全身麻酔の手術は術前投与の薬で眠らせてくれるのだろうか・・・
この前、TVで術中に全身麻酔が切れるととんでもない恐怖体験をする、なんてのを観たが・・・。