有名な詩人にケチをつける気は無いのですが、「石川さん、そんなに働き詰めだったのですか?」という感じが先に来てしまう。
こういうことは本人の感じ方の問題だし、作者の実体験と作品が同じである必要は無いわけだから私の感想は言いがかりみたいなものですね。
私も働く割には貧しい部類なのですが、似たような感じを持ったことが無い
理由はいくつかあると思います
一番大きな理由は私自身の感性が鈍いのでしょうがそれはさて置き、何がしかの収入のために自分の時間・体力を使って働いて・・・「まあこんなものか」と言う具合であまり深く考えない。
「贅沢は出来ないけれど、好きな碁を打てるのだから、好いか」ですね
「貧しい」とは言っても、それ程切羽詰まっているわけでもないというのもあるから、のんびりも出来るのでしょうけれど。
知り合いから「マア好いか人間」と笑われています
実生活では笑われようとかまわないのですが、これが囲碁の話ですと感じ方に途端に真剣みが出てきますから、まさに遊ぶために働いて居るという証拠です
「働けど働けど・・・」=「打っても打っても・・・強くなれない」
外見上その通りなのですが
基本的な部分で間違いがあります、つまり「打てば強くなれる」という保証は何処にも無い・・・それならザルは居ないはずですね。
量ではなく質の問題なのはハッキリしている
ある程度までは”量”が”質”をカバーしてくれる事はあるはずだから、1000局も打てば初段になれるなどと言うご託宣もあり、限定条件的に正しいでしょう
しかし一般的にあるレベルより上か、あるいは個人的に条件が違うか、ともかく”質”が優先する領域があるようです。
そこから先はただ打つだけなら「打っても打っても、ゴクロウサン」のズンドコ節の囲碁バージョン
しかも「きよし」ではなくて「ドリフターズ」のイメージですから年令が知れます。
そういうのって私自身もそうだし、身近にも典型的な例が
私の囲碁を通しての古い友人、彼は愛すべき人柄の人で、同じ囲碁仲間の高段者にも有段者にも、級位仲間にも対局が多い・・・初級・中級レベルの時に彼に鍛えられて強くなった人は多い・・・が、彼本人は万年2級?のまま
級位仲間ではキャリア充分で強豪として恐れられているのですが段の人には歯が立たない
年間1000局をはるかに越える対局、それを何十年も続けているのに・・・
それで同じポジションに居続けるとは、そちらの方がザル囲碁界の七不思議に入りそう
年間1000局も打てばアマ初段になれるとよく聞きますが、キャリアとしては5,6万局になるはずなんだけれど・・・
これが彼の楽しみ方であり、他人様の役にも立っているのだから、他人がどうの言うことは無いのですが、自分が少しでも強くなりたいと考える時、多少は反面教師的な教訓が含まれて居ます。
これは、決して他人事では無い
程度の差は有っても自分自身にも当てはまることでもある
「働けど働けど・・・」と同時に「友達が皆偉く見える・・・」みたいなのもありましたよね。
囲碁で言うと、ライバルだと思っていた人が、ある時気がつくとそうでは無さそうなことに気がつく
この時のショックは決して小さくないですね
特に趣味の世界であるからこそかも知れないのですが
以前はお互い持ち点が上になったり下になったりで、「調子が良い方が上の点数」みたいなもので、点数の上下は調子のバロメーターみたいに気にならなかったのが、最近ではそうでは無いことに気がつく・・・
以前はお馴染みの打ちやすい相手だったのが、手こずるようになり、寧ろ苦手になりかかる・・・
これは、はっきり相手が進歩している!!
羨ましいような、悔しいような、情け無いような
私が「ただ打っている」に等しいのに彼は「打っていることが勉強になっている・実になっている」筈?・・・おそらくそうでしょう
もしかして彼は未だ若いのか? (すぐ年のせいにして)
実年令も、脳の年令?も (すぐ親のDNAを持ち出したくなる)
ザルでもあり、この年での棋力アップは難しいけれど、「そういうことを目指す遊びでもある」という風に切り替えなくてはいけないですね。
<人のことより自分のこと!>
ところでネットは3連敗の所からの星は
●●●、○○、と来てまた●、その次が○何とか苦しいながらも一進一退
最後の○の対局の話
この方はよく考える人で、私も割合に時間を使う方ですが、私の場合はその時々によってムラがありますが、この人は違う。
持ち時間45分を一杯一杯使って、秒読みになる・・・私の時にだけそうなのか、誰と打つときもそうなのかは分からないのですが
この対局も中盤の途中で彼は秒読みになって、私の方は半分近く時間が残っていた。
彼が考えている時間に私のほうも考えていた・・・彼の時間で考えていたみたいな感じ
ともかくコウ含みの手が残っているし、大石のシノギも絡む難しい局面の連続ではあったので・・・彼の時間が切れてしまった
相手の人はネット対局室から去りましたが、本当に「勝っていたのか」調べてみたかったので、終局時の盤面を「研究モード」に変えて寄せを打ってみました。
(観戦者が二人居残っていましたが、こういう盤面は観戦者にも見えるのでしょうか・・・多分私のシュミレーションは見えないと思うのですが。それとも、彼らも独自にやっているのだろうか?・・・はたまた・実は眠っている?)
ともかく、最善らしく寄せてみてコミを差し引き・・・私の1目半勝ち
ということは、黒氏はこの差をどうしたものか考えていたのだろうか?
時間が切れるほど何を考えていたのだろう?

こういうことは本人の感じ方の問題だし、作者の実体験と作品が同じである必要は無いわけだから私の感想は言いがかりみたいなものですね。
私も働く割には貧しい部類なのですが、似たような感じを持ったことが無い
理由はいくつかあると思います
一番大きな理由は私自身の感性が鈍いのでしょうがそれはさて置き、何がしかの収入のために自分の時間・体力を使って働いて・・・「まあこんなものか」と言う具合であまり深く考えない。
「贅沢は出来ないけれど、好きな碁を打てるのだから、好いか」ですね
「貧しい」とは言っても、それ程切羽詰まっているわけでもないというのもあるから、のんびりも出来るのでしょうけれど。
知り合いから「マア好いか人間」と笑われています
実生活では笑われようとかまわないのですが、これが囲碁の話ですと感じ方に途端に真剣みが出てきますから、まさに遊ぶために働いて居るという証拠です
「働けど働けど・・・」=「打っても打っても・・・強くなれない」
外見上その通りなのですが
基本的な部分で間違いがあります、つまり「打てば強くなれる」という保証は何処にも無い・・・それならザルは居ないはずですね。
量ではなく質の問題なのはハッキリしている
ある程度までは”量”が”質”をカバーしてくれる事はあるはずだから、1000局も打てば初段になれるなどと言うご託宣もあり、限定条件的に正しいでしょう
しかし一般的にあるレベルより上か、あるいは個人的に条件が違うか、ともかく”質”が優先する領域があるようです。
そこから先はただ打つだけなら「打っても打っても、ゴクロウサン」のズンドコ節の囲碁バージョン
しかも「きよし」ではなくて「ドリフターズ」のイメージですから年令が知れます。
そういうのって私自身もそうだし、身近にも典型的な例が
私の囲碁を通しての古い友人、彼は愛すべき人柄の人で、同じ囲碁仲間の高段者にも有段者にも、級位仲間にも対局が多い・・・初級・中級レベルの時に彼に鍛えられて強くなった人は多い・・・が、彼本人は万年2級?のまま
級位仲間ではキャリア充分で強豪として恐れられているのですが段の人には歯が立たない
年間1000局をはるかに越える対局、それを何十年も続けているのに・・・
それで同じポジションに居続けるとは、そちらの方がザル囲碁界の七不思議に入りそう
年間1000局も打てばアマ初段になれるとよく聞きますが、キャリアとしては5,6万局になるはずなんだけれど・・・
これが彼の楽しみ方であり、他人様の役にも立っているのだから、他人がどうの言うことは無いのですが、自分が少しでも強くなりたいと考える時、多少は反面教師的な教訓が含まれて居ます。
これは、決して他人事では無い
程度の差は有っても自分自身にも当てはまることでもある
「働けど働けど・・・」と同時に「友達が皆偉く見える・・・」みたいなのもありましたよね。
囲碁で言うと、ライバルだと思っていた人が、ある時気がつくとそうでは無さそうなことに気がつく
この時のショックは決して小さくないですね
特に趣味の世界であるからこそかも知れないのですが
以前はお互い持ち点が上になったり下になったりで、「調子が良い方が上の点数」みたいなもので、点数の上下は調子のバロメーターみたいに気にならなかったのが、最近ではそうでは無いことに気がつく・・・
以前はお馴染みの打ちやすい相手だったのが、手こずるようになり、寧ろ苦手になりかかる・・・
これは、はっきり相手が進歩している!!
羨ましいような、悔しいような、情け無いような
私が「ただ打っている」に等しいのに彼は「打っていることが勉強になっている・実になっている」筈?・・・おそらくそうでしょう
もしかして彼は未だ若いのか? (すぐ年のせいにして)
実年令も、脳の年令?も (すぐ親のDNAを持ち出したくなる)
ザルでもあり、この年での棋力アップは難しいけれど、「そういうことを目指す遊びでもある」という風に切り替えなくてはいけないですね。
<人のことより自分のこと!>
ところでネットは3連敗の所からの星は
●●●、○○、と来てまた●、その次が○何とか苦しいながらも一進一退
最後の○の対局の話
この方はよく考える人で、私も割合に時間を使う方ですが、私の場合はその時々によってムラがありますが、この人は違う。
持ち時間45分を一杯一杯使って、秒読みになる・・・私の時にだけそうなのか、誰と打つときもそうなのかは分からないのですが
この対局も中盤の途中で彼は秒読みになって、私の方は半分近く時間が残っていた。
彼が考えている時間に私のほうも考えていた・・・彼の時間で考えていたみたいな感じ
ともかくコウ含みの手が残っているし、大石のシノギも絡む難しい局面の連続ではあったので・・・彼の時間が切れてしまった
相手の人はネット対局室から去りましたが、本当に「勝っていたのか」調べてみたかったので、終局時の盤面を「研究モード」に変えて寄せを打ってみました。
(観戦者が二人居残っていましたが、こういう盤面は観戦者にも見えるのでしょうか・・・多分私のシュミレーションは見えないと思うのですが。それとも、彼らも独自にやっているのだろうか?・・・はたまた・実は眠っている?)
ともかく、最善らしく寄せてみてコミを差し引き・・・私の1目半勝ち
ということは、黒氏はこの差をどうしたものか考えていたのだろうか?
時間が切れるほど何を考えていたのだろう?

