あいりのCinema cafe

只今gooブログにお引っ越し(工事中)

フラガール

2006-09-28 08:36:27 | 邦画 (69)

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監督・脚本:李相日
出演:松雪泰子(平山まどか)豊川悦司(谷川洋二郎)
    蒼井優(谷川紀美子)山崎静代(熊野小百合)
    富司純子(谷川千代)岸辺一徳
2006年、日本

神戸、シネカノンにて。

人生には降りられない舞台がある_______
まちのため、家族のため、友のため、
そして自分の人生のため、少女やちはフラダンスに挑む

>>「雪国にハワイを作る!」40年前、とんでもない計画を実現させた人々の悲喜こもごもを描いた実話をもとにした感動作!
昭和40年。
エネルギー革命の波に押された炭鉱町が舞台。閉山に追い込まれた炭鉱会社がレジャー施設“常磐ハワイアンセンター”を提案し、フラダンサーを募集する。

40年前に、こんなことがあったのは知らなかった。
炭鉱ってこんなに真っ黒になって働くものなんですね。

顔なんか、真っ黒け過ぎて少しオーバーなのでは?
しかも、死と隣りあわせで。一山一家!

廃坑になれば、たくさんの人たちはどうしたらいいのか。

親友に誘われて紀美子は東京から来たまどか先生の元へ。
まどか先生は「SKD」出身らしいが、訳ありでやる気がない。
都落ちと、飲んだくれている。

40年も前のこと、みんなフラダンスとストリップを混同する始末で、炭鉱長屋の人々の反発も根強い。
紀美子はまどかのダンスに魅了され、母親の反対に家出してまでダンスを習おうとする。

滅びゆくものと新しいもの、母と娘の反発と絆。

自分の道は自分で決めたい。

私は母さんのような生き方はしない。

まどかも思う。炭鉱では夢も見られないの?

映画は「南海キャンディーズ」のしずちゃんがちゃんと女優していて泣きそうになった。^^
素人っぽさが地方の女の子ぽくていじらしさが出ていた。迷演技!

こちらはフィクションだけど、イギリスの炭鉱がさびれて、中年男たちがストリップを敢行する『フルモンティ』にも似ている。

ダンスシーンもワクワクと楽しめ、笑える場面もあります。

女の子たちの熱意に押されて、まどかも次第に変わっていく。

蒼井優さんは『花とアリス』で初めて見かけて、『ニライカナイからの手紙』『ハチミツとクローバー』などを見ました。

彼女の「ありがとね」をそれぞれ違う映画で、今回、三度目を聞いた。

『花とアリス』も新鮮だったけど、今回の役柄もバレーの得意な彼女にはぴったりのようだ。
駅の場面、あの場面では思わず胸が溢れそうになった。

蒼井さんの夜目に蒼く光る瞳と表情に、女優魂を見たようでゾクゾクした。
この人って、演技の勘が冴えてるというか、持って生まれた才能が溢れるているんですね。

この場面が一番心に残ります。

一見、冷たそうな松雪さんも、実は熱くて人間味があって、想像以上でした

ここから結末に触れています。

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父が炭鉱をリストラされ、夢半ばにして去って行った親友から送られて来た赤い花の使いかたがまたいい。

「親の死に目にも会えない」
彼女たちは立派なプロになったのだ。

駅で、もうこれまでかと思われた時、先生に教わったフラの手話が活きた♪

アロハ、あなたを愛しています・・

*

*

Aoi


芙蓉鎮 Hibiscss Town

2006-09-26 07:23:45 | 中国映画 (19)

Fuyoutin

監督:謝晋 シェ・チン
出演:劉暁慶 リュウ・シャオチン(胡玉音)
    姜文 チアン・ウェン(秦書田)
    鄭在石(谷燕山)徐松子(李国香)
    祝土彬(王秋赦)
1987年 中国
文化大革命の激動の時代。
庶民は偶然に権力を持った人間に虐げられ、それでも、明日に希望を持って、生きて、生きて、生き抜く。

>>文革の嵐が吹く1963年春。
湖南省の南端にある小さな町・芙蓉鎮では米豆腐を売る働き者で若い胡玉音(劉暁慶)の店は繁盛していた。
米豆腐は安くて美味しい。
お客の来そうにない国営食堂の女店主・李国香(徐松子)はこれをにがにがしく思っていた。

街きってのインテリでありながら右派の烙印を押され〈ウスノロ〉と呼ばれる秦書田も胡玉音が気になる様子。

李国香は底意地が悪く、胡玉音に嫉妬しているだけなのだ。

李国香は解放戦争を戦いぬいた米穀管理所の主任・谷燕山(鄭在石)に米の特配をたのむが、聞いてもらえず、胡玉音には米豆腐の原材料の屑米をまわしているのが気に入らない。
屑米は元々捨てるものなのに。

政治工作班長に昇格した李国香はこの時とばかり胡玉音を文革の敵、ブルジョア資本主義者と責め、ささやかな新築の家を取り上げた。
胡玉音の夫も殺されてしまった。

玉音は屑米を丁寧に挽いて、鍋の底に穴が開くほど働いてきた。誰かを搾取して得たお金ではない。

権力を持つ価値のない者が権力を持つことは恐ろしい。

積年の恨みか谷燕山まで弾劾する。
所長の身分も剥奪され、往来で、酔って荒れる谷燕山の声を聞き、秦書田は呟く。

「まだ、(彼の)心は死んでいない」

たとえ尊厳を傷つけられても、人間の心は簡単には死なない。感動します。

罪人扱いの胡玉音は秦書田と同じ道路掃除に身分を落とされる。
心の広い秦書田は失意の胡玉音の面倒をよくみた。

やがて、二人の心は通じ、二人っきりの結婚式に谷燕山がそっと祝いにくる。
もとはと言えば屑米のとばっちりが原因で谷燕山は失脚させられたのに。
互いに疑心暗鬼のなか、谷燕山は人間として立派だと思う。

けれど、結局、李国香の画策もあり、秦書田は10年の刑、胡玉音には3年の刑がいい渡される。

秦書田は子を宿した妻に言う。

「生きるんだ!豚のように生きるんだ!どんなことがあっても生きるんだ!」

はっと、目が覚める場面です。

秦書田はウスノロと呼ばれても、いつも飄々と腰を低くして逆らわず、決して自分を卑下せず、自分を見失わない。
結局、こういう人が生きる術に長け、強いのだと思う。

さて、以前、1994年製作の『生きる・活着』という映画をビデオで見ました。
『芙蓉鎮』はそれより7年前の1987年の製作です。
まだ、コン・リーはデビューせず、劉暁慶が人気のあった頃の映画だそうです。

どちらの映画も文化革命時の庶民の受難を描いています。

姜文は当時24歳。若くて身のこなしも軽くて綺麗です。
演技派です。ユーモラスでもあります。

ここから結末に触れています。

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ひとりになった身重の胡玉音を街の人は人目をはばかりながらそっと助ける。
谷燕山も難産に苦しむ彼女を病院に運ぶ。

1979年、悪夢のような文革がようやく終わり、最早、中年の秦書田は赦され妻子の元に帰る。
途中、党の幹部になった李国香とすれ違い、彼女が結婚する(虚栄心からの嘘?)と聞く。

「庶民的なよい家庭を作ってください。庶民をいじめないで」

李国香の手先となり、庶民を苦しめた無教養の王(ワン)という男。
王は時代についていけずに気がふれ、裸足でドラを鳴らして歩く。
そんな王に秦書田は米豆腐を食べさせてやります。

これが人生というものでしょうか。皮肉です。


TVドラマ 『僕たちの戦争』

2006-09-20 07:18:35 | テレビ番組

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原作:荻原浩「僕たちの戦争」(双葉社刊)
出演:森山未來/尾島健太・石庭吾一(二役)
    上野樹里/鴨志田ミナミ
    樹木希林/沢村キヨ(ミナミの祖母)
        玉山鉄二/鴨志田祐司(ミナミの祖父)
    内山理名/沢村文子(ミナミの祖母、若い頃)
公式サイト 

戦争物は避けてしまうのに、ふと見始め、最後までしっかり見てしまいました。

テレビドラマだけれど、原作がしっかりしていて、映画のように見応えがありました。

>>2005年夏、尾島健太(森山未來)と、昭和19年夏の上空を九十三式陸上中間練習機で飛んでいた
石庭吾一(森山未來・二役)は時空を超え、入れ替わってしまう。

神のいたずらか、そこから、感動の物語が始まります。

健太は今時の若者フリーター。
恋人ミナミを残して、敗戦間際の吾一のいた空軍へタイムスリップ、死に直面する。
吾一は未来に来てしまい、ただただ驚きうろたえる。

重い戦争物語に、タイムスリップって設定が面白いと思いました。

『こんな世の中を作るために、戦友は死んで行ったのか。』

東京の街を見て叫ぶこの台詞が胸に痛い。

状況の激変した中で、二人の心の変化が見ていて興味深かった。

二人の容姿はそっくりだったし、ミナミは健太が変わったとは気づくが、
吾一は次第にミナミを愛し始め、ミナミは妊娠する。

特攻隊に入れられた健太はどうしてもミナミの元へ、自分の時代へ帰りたい。
自分で特攻を志願するなんて、マジかよ?!このまま死んでたまるか。

でも、極限状態のなか、戦友の真っ直ぐな姿勢に友情も感じる。
特攻に出る戦友の、後から来いよ!と、晴れ晴れした顔。

人間魚雷回天を積む母艦にはなんたる偶然!
ミナミの「祖父祐司」が同乗していて、彼が先に出撃するという。

何としても、とめなくちゃ!ミナミが後の世に存在しなくなる!
裕司を死なせることはできない!
健太は祐司を殴って気絶させ、回天に乗る。

狭い回天の操縦席で、彼は孤軍奮闘する。

回天の中って、あんなに狭いのですね。
おとりとなって母艦を救い、自分も逃げようとするが、失敗

録画しなかったので、聞き取れない台詞があったのがとても残念。

「人は昔も現代も変わらない」
ミナミのために、愛するもののために戦うのみだ。

吾一は沖縄の海で待つ。健太のために彼と再び入れ替わることを。

『世界の中心で、愛を叫ぶ』でも、目を見張るような演技力を見せ付けた森山未来君。
ここでも、健太は苦労知らずの陽気な現代の若者、吾一は空軍の寡黙な純な青年(少年?)に見えたのが素晴らしい。

特に、あのなんちゃって青年が一変しての、回天での鬼気迫る一人舞台は凄まじかった。
凄い人だ。

回天って後方についているプロペラが一方方向、進むにしか回らない。
Uターンして帰れない仕組みだなんて知らなかった。

空軍の特攻機は燃料不足で、帰りの燃料を積めなかったことは聞いたことはある。

ここから結末に触れています。

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そして、健太は撃沈し、吾一は事故で海から浮上できなくなった。
再び、二人はシンクロする。

裸で、海から上がってきたのは果たして・・

私は最初は彼は健太だと思った。
なぜって、初めから、吾一は死ぬ運命にあったから。

薄幸であった吾一は2005年の世界で愛することを知り、幸せだった。
たとえ、つかの間でも、彼は人間らしい幸せを味わった。

でも、最後に私はこう思った。
帰ってきたのは「彼ら」なのかもしれない。

吾一は健太で、健太は吾一なんだと。


ココニイルコト

2006-09-16 07:52:37 | 邦画 (69)

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監督:長澤雅彦
原案:最相葉月
出演:真中瞳 (相葉志乃)堺雅人(前野悦朗)
    中村育二 (山田武史)小市慢太郎 (大伴尚之)
    島木譲二 (丸山亀吉) 笑福亭鶴瓶 (大門幸三)
歌:スガシカオ
2001年、日本

目をつむると、会える人がいる。

>>東京の中堅広告代理店に勤務する駆け出しのコピーライター・相葉志乃は、不倫相手の上司・橋爪常務の夫人から手切れ金50万を渡された上、大阪支社の営業部へ転属された。

志乃は子供の頃、父を病気で亡くした。星に願った。なのに・・

「願っても叶わない、信じても無駄」そうやって自分を傷つけずに生きてきた。
これからも私はそうやって生きていく。

ボロボロの心を引きずって、大阪支社の営業部へ転属された志乃。

彼女はそこで、「まっ、ええのんとちゃいますか」が口癖のどこか肩の力の抜けた、星を眺めることと、阪急ブレーブスが好きな青年、前野に出会う。

前野クンはいつも微笑んでいるようで、人生を楽しんで見える。

大阪が舞台で、関西人の私は親しみを感じて笑って見ているうちに、惹きこまれた。

関西人ではないのに、関西弁をほぼ完璧に話す堺雅人の存在が大きいと思う。

得意先相手の接待で、失敗をした志乃を前野は意外に男っぽく救った。
彼はまた、人を見抜く目を持っていた。

言いたいこともはっきり言えず、心にしまう孤独な志乃。

彼女の怒りを、代わって前野は大声で叫んでやる。

「(買ってくれた靴はサイズが合ってない)外反母趾が痛いねん!」
「留守電、何万回チェックしたとおもてんねん!アホ~!」

これは女性にはたまらない。嬉しいけど、泣けてしまう。

この映画、どこかコメディタッチで関西風小ネタもいっぱい。クスッと笑えます。

さりげない前野の労わりが志乃を包み込み、志乃は笑顔を取り戻してゆく。

「まっ、ええのんちゃいますか」は投げやりなのではなく、肯定と励ましなのだ。
諦めもはいっているのだろうか。

毎日の小さないいこと、それが幸せにつながってゆくのくのかもしれない。

「願うこと、そのこと自体が幸せなんちゃう?」

でも、前野にはある秘密があった。

ここから結末に触れています。

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彼は心臓の病いで12年前に手術をして助かった。

そう言えば、ほっそりした前野はどこか儚い感じがした。
やはり、生き急いでいたのかな。

人生を取り戻した目で見たら、骨董品やガラクタもいとおしい。
なんで、星はあんなに綺麗んや。

今日は昨日と違うはず。
日常が変わって見えるなら、それは素晴らしいことだと思う。

生死を超えた透明な目で見たら、人のこともよく見えるんだろうな。

前野は病状がまた悪化して入院する。

「僕は12年前に1回死んだ筈の人間や」
もう手術はしないと言い張る前野のために、夜、神社への階段なのだろうか、ひとり、志乃は手を組んで祈る。

厳かで胸に迫る場面です。
彼女はもう一度、願い、信じることにしたんだ。

願えば通じる。願わなければ通じないのだ。

「どうや、叶ったやろ」天国から聞こえてくるような電話の声・・
イヤ、天国からだったかもしれない。

でも、奇跡はそう何度もおきない。
手術を前にして、前野は志乃に奇跡をプレゼントして、満点の星の下、静かに逝ってしまった。
いい人ほど早く逝ってしまう気がする。

でも、前野の与えられた12年はひとりの人間を救ったことになる。
前野の死も無駄ではない。

前野が愛す小さな世界がトタンの穴の星なのは切なかったけど。

でも、こういう、人知れぬ美しさに気がつく人がどのくらいいるだろうか。
ココには彼の暖かさがまだ残っている。  ココニイルコト

志乃は自問自答する。

「私、もう少しココにいてもいいかな」
「ええんとちゃいますか」

そして、志乃の「笑顔」

エンドロールの途中の志乃に、見ているこちらも微笑む。エンドロールは最後まで見てください。

勝負!勝った!前野のやりかた。
頑張れ志乃!

笑福亭鶴瓶さんが素敵な使われ方をしています。

生きてるだけでまるもうけ。

いつもの毎日が違って見える。
そんな発見が幸せな気分にさせてくれる映画だった。

好きなように生きたら、ええんちゃいますか。


僕の、世界の中心は、君だ。

2006-09-07 08:14:48 | 韓国映画

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監督:チョン・ユンス
出演:チャ・テヒョン(スホ)
    ソン・ヘギョ(スウン)
2005年、韓国

結末を含んだ感想になっていますので、未見の方はお読みにならないようお願いします。

僕は_
君のために泣き
君のために笑い_
君のために生きる
これから
僕の”世界の中心”は君だ。

>>気はいいけれど、平凡な高校生スホ。成績も容姿もいたって普通だ。(イソギンチャクみたいな顔だって、笑)
同じクラスの女の子スウンは、学校でも目立つ存在。
美人で性格もいいスウンは、当然、男子の人気の的。
そんなスウンが・・

日本の『世界の中心で、愛を叫ぶ』のリメイクです。
『世界の中心で、愛を叫ぶ』は若い二人がよかった。
喪失と再生を描いていました。

このふたつの映画は骨組みは拝借しているけれど、全く別のものだと思います。
映画を見始めてから最初は比較していたけど、途中で気にならなくなりました。

スホは初恋の人が忘れられず、故郷に帰って来ないと同窓生が噂しているところへ、10年ぶりに当人が姿を見せる。
当時を知る親友、悪友が海に向かって叫ぶ台詞が早々と胸にグッときてしまいました。

「こいつは初恋のオマエが忘れられないんだ。もう自由にしてやってくれ」
いい友です。

お話はシンプルで、彼女は白血病という不治の病です。
深刻になるはずの物語がチャ・テヒョンの持つ明るさで、一味もふた味も違う映画になっているんじゃないでしょうか。 笑えるのです。

危ぶんだ高校生姿もまんざらでもないのが不思議。30歳なのにね。
ソン・ヘギョはちょっと成熟した高校生かな。笑

夏の日の長き日を、冬の夜の長き夜を、ここに君は眠る。
百歳ののち、わたしもいずれはあなたの元に眠るであろう。
安らかにその日を待ちたまえ。____葛生

二千年前に作られた中国の詩、
亡くなった人を想う気持ちは現代も、少しもかわってはいないようです。

そうそう、コロッケって韓国でもコロッケなんですね。
やはり、学食では人気なのねと、妙なところに感心。

ちょっととぼけた葬儀屋の(写真屋さんではない。笑)スホの祖父、マングムの初恋のお話を挿入したことが映画をよくしていると思う。
祖父は父親を亡くしたスホを育て、スホたちの恋の行方もそっと見守っている。

祖父には亡くなった祖母には内緒の、50年間、思い続けた初恋の人がいた。

マングムは朝鮮戦争に行く前に愛した女性がいた。自分の認識ペンダントを彼女に託して別れた。
とぼけたおじいちゃんも、その頃は若くて男らしかったのだ!
戦争から帰ってきたが、あんなに誓い合ったその人は別の男性と結婚していた。

この世は縁だ。
縁があっても、すれ違う時はある。

でも、マングムの初恋の人は未亡人となり、それでも、彼を忘れていなかった。
その人にそっくりの娘に、初恋の人はマングムに葬儀をしてくれるよう遺言して逝った。
あのペンダントを生前、その人は大切に持っていたのだ。

マングムは涙ながらに胸に花の刺繍のついた死に装束を彼女に着せる。
お前には何もしてやれなかった。

待っていてくれ。私もすぐ行く。

感動がククッと寄せてきます。
若い二人のお話よりも重みがあるのは生きてきた歴史の違いかな。

スウンはこの世にしばしとどまった人魚姫だった?泡となって海に帰った?
最初から、スホはスウンに命を助けられている!

スホ、ん?
これからも、こんなふうにずっと呼べば答えてくれる?
恋する高校生らしい可愛らしい台詞。この幸せが続けばよかった。

「この世からいなくなることを考えると怖いけど、ずっと覚えていられるかが怖い!」

「スホは幸せになって!」

「なるとも!うんと幸せになってやる!」

無菌テント越しのキスシーンも美しいが、雨の中、民宿で初めてキスする場面では大きな無数の雨粒が一瞬、止まる。
あっ!きれい!ほわんと胸が温かくなった。

やはり、家族の絆やどこまでも一途な愛に日本と韓国の文化、人の心情の違いは感じる。

映画の中で竹富島が見えた気がするのは私だけ?汗;

10年ぶりにスホは思い出の民宿を訪ねる。
そこにはスウンの日記が残されていた。

歳こそとったが、相変わらず耳と口の達者!な民宿のおばさんを見て微笑むスホの笑顔が晴れ晴れとして見える。

10年の歳月はスホをどう変えたのだろう。

民宿Tシャツを着せられた呼び込みもいる。かわいい。爆

チャ・テヒョンが演技派であることに今頃気づく。笑

彼女が海を眺めていた島の絶壁一面に、赤い可愛い花が咲き乱れていた。

スホの心にも赤い花が満開に咲く時はきっとくると思わせる爽やかなラストだった。

辺りに気がねしながら笑った場面。

スホの祖母の遺影。リバーシブルになっていて、裏返すと、初恋の人の写真。なんだかな~;

悲しいんだけど、スウンが亡くなって、祖父の商売もののお棺に入ってすすり泣くスホ;そこに入るかスホ・・

『世界の中心で、愛をさけぶ』の拙感想はこちら↓

http://blog.goo.ne.jp/aili468/d/20050312