たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

花組『ポーの一族』_美の宝石箱(7)

2018年08月04日 23時50分58秒 | 宝塚
第2場C ポーツネルの館・バラの庭

エドガー

『水車を作ってあげたよ

 お前が 欲しがった水車

 川に 浸けたら

 くるくる 回る

 お前の お目々も

 くるくる 回る』

『お前の

 手が届くまで

 お前の 思いが届くまで

 お前の 望みを僕が預かる』

メリーベル
 『くるくる
 
  くるくる

  くるくる回る

  私の 望みを』

 
 森の捨てられたところを老ハンナに拾われたエドガーとメリーベルの兄妹。明日海りおさん演じるエドガーの、妹を思う、妹を守ろうとするお兄ちゃん感が可愛くて、メリーベルへの優しいまなざしが素敵な場面でした。メリーベルとエドガーのその後の運命を思うと、東京宝塚劇場千穐楽ライブビューイングをみたときにはなんとも切ないかぎりでした。バンパネラになる前の血の通った人間臭い、優しいお兄ちゃん、メリーベルはたったひとりの家族。みりおさん、舞台の上で時をいったりきたりしながら、幼い人間の少年とバンパネラになってからの血の通わない青年との演じ分けがきっちりとできていましたね。ほぼでずっぱりで衣装替えも多くて大変だろうなとちょっと心配になりました。華優希さんのメリーベルがフランス人形のようにかわいく儚げな雰囲気がよく出ていたことはもう何度も書いたとおりです。はるばる大劇場まで行って生で観劇したかいがありました。はしからはしまで美がつまった舞台。あの時間の、あの空間に戻りたいです。幕に薔薇の花びらがあしらわれているの、生ではわからずあとで薔薇の花びらがだったのか確認。 

同じく第2場C ポーツネルの館・バラの庭


メリーベル「お婆ちゃま。私たちどこから来たの?」

老ハンナ「さあね・・・自分がどこの誰かなんて大切なことじゃやないよ。私も、レダも、エドガーもみんなお前が好きなんだから」


 これも好きな台詞。


(舞台写真は宝塚ジャーナルよりお借りしています。)

シーラがまだ人間だったエドガーの首筋に口づけます。
なんどもでてきた吸血の場面が生々しくなく美しいの、宝塚だからこそだと思います。
エドガーがアランに初めて会った場面で首筋に口づける場面も妖しさと美しさが入りまじり、ぎりぎりのところでビジュアルの勝利といったところでしょうか。そのあとエドガーが制服のリボンを、止血のためささっとアランの腕にまきつけるところも素敵でした。



エドガーはメリーベルのためにアランを一族にひきいれようとします。




 今日流して雪組初演『エリザベート』に飛鳥裕さんいらっしゃいます。当時雪組の副組長でした。宙組組長の寿つかささんは黒天使の一人でした。懐かしいです。『ポーの一族』東京宝塚劇場千穐楽をもって退団された飛鳥裕さんの姿を見届けることができたのもなんだか感慨深いものがある作品でした。ライブビューイングで拝見した千穐楽。最後のあいさつで「勝手にきて勝手に辞めるといった自分を花組があたたかく迎えてくれて嬉しかった」(ニュアンス)と話されました。楽日のマチネを一路さんが観劇されたと知り嬉しかったことはすでに書きました。第二の人生を宝塚音楽学校の職員として歩まれているそうな。そうやって受け継がれていくの、嬉しいです。唯一無二の美しい世界・・・。


お正月の宝塚大劇場。








お正月の宝塚ホテル。自分がかつて観劇していた90年代の作品のポスターがいくつもあったの嬉しかったです。











部屋でちっそくしそうになってきたので駆け足ですがこれにて。


カウンセリングスクールのつぶやきメモより(6)

2018年08月04日 20時21分52秒 | 祈り
過去の自分から解き放たれていくための投稿。


「2004年6月25日

1.この授業を受けて、感じたこと、考えたことを自由に書いて下さい。

8年ぶりにフォーカシングを体験しました。
一週間の仕事で疲れたあとに、体験なんてできるものかと思いながら来ましたが、不思議と涙が出てきて、最後は正で終わりました。

はじめてリスナーを体験しましたが、自分の解釈をしてしまったのではないかと少し心配です。
リスナーをやるにはまだまだだと感じています。
時々、体験してみたいです。
8年前の体験は今でも身体がおぼえています。」

「2004年7月3日

1.この授業を受けて、感じたこと、考えたことを自由に書いて下さい。

今日のお話をききながら、はじめてカウンセリングルームに来た頃のことを思い出しました。妹が突然逝ってしまって苦しくって苦しくってどうしようもなかった時先生にお目にかかりました。涙があふれてどうしようもなかった面接。何度も繰り返す中で、私は自分自身で一つの大切な出来事として受け取めることができるようになっていた。それが自分の人生に必要なことだと思うのはあまりにもつらいが、受け取めていかなければならない。先生は私は気持ちに寄り添ってくれた。先生が私の思いを、先生の感じ方でことばにして返してくれたことで、多くの気づきがあった。まさに、人間中心的カウンセリングのプロセスを歩んだように思う。
思い出しながら涙がとまらなくなってしまった。今自分の中にわきおこっている感じを大切にしたい。
わたし、やっぱりすごくつらいんだと思う。
この思いを受け取めていかなければならない。」

なぜ自分はこの家族に生まれてしまったのだろう、家族ってなんだろうってもがき苦しみ続けた日々、答えを求め続けて自分に無理をさせ続けてしまいました。結果歯も目もボロボロになりました。働けば働くほど体はボロボロになっていきます。昨夜スパですっきりしたと気が緩んで集中力をなくしていたせいか雨の空袋と一緒に、スパのお手洗いでペーパータオルに包んだ捨ててはいけないものをティッシュと勘違いして捨ててしまいました。帰ってきてカバンの中をさがすまで全く気がついていませんでした。まあどうせ作り直さないといけないタイミングはきていましたが2万ぐらいかかるんだったかな。なくても生きていくのに差しさわりがないんだったら管理するの大変だしもういいかなって思いますがそんなわけにはいかないですかね、歯医者に行くと、その度に歯がどんどんどんどんボロボロになってきていることがわかるので口空けるのつらいし気持ちは落ち込むばかりだから行きたくないんだ。

 やっとたどり着いた土曜日だというのに苦労して家賃払っている部屋にいても気持ちはあまり休まりません。昨夜11時過ぎにちっそくしそうな部屋に帰りついたら隣のチャラ坊の部屋にまた友達?が来ていた様子で12時過ぎに廊下で大声出しながら電話、これからひろくんがだれだれ君のところに行くらしい様子でした。その後バッタンバッタンとドアの音、人が出て行きましたがチャラ坊は部屋にいた様子なのでチャラ坊はひろくんではないということか。どうでもいいですが遊んでいる学生とちがってこちとらしゃくねつじごくの中を一週間働いてきたというのに気持ち休まらず、ワインで就寝。足腰ボロボロに疲れているせいかぐっすり眠れましたが今朝は9時からドリルの音で目がさめてしまいました。大規模修繕工事とやらで外にはすっごい足場が組まれていて朝から職人たちがドタバタドタバタ。私の部屋はしっこで窓の外には階段があるからなおのことうるさいし、ベランダからも外階段からも足場を歩く職人たちから丸見えじゃないか。昼間だというのにカーテン全く開けられないし、話し声も聞こえてくるので落ち着かない落ち着かない。でも体を休めないといけないし、断捨離は部屋の中でしかやれないし外に出ればお金がかかるので夕方までカーテン閉めて宝塚のDVDを流しながら過ごしましたが気持ちはあまり休まりません。金曜日の夜わたしは普通に部屋に帰ってはだめみたいだし、8月中に一日残業分で休みたいと思っているのですが日曜日以外はこういう状態ってことか。チャラ坊も引きこもりのオッサンもずっといる気配だし、休んでも部屋にはとてもじゃないけどいられません。美術館行きたいしパソコンもってさまようか。6月にチャラ坊たちのサッカー観戦大騒ぎから逃げるため二回もスパに泊まったの、財布がいたい。クレジットカードの請求がいたい。それでも心の平和のためには必要だったこと。仕方ないと思うしかない。日没までちっそくしそうな部屋に帰りたくないお茶代もやっぱりいたいよ、いたい。安いお給料で苦労しながら何やっているんでしょうね、わたし。契約終了までたどり着いたらすぐにまた働くか実家に帰るしかない。先の予定は何にも立たないのはつらい。また日中の居場所と収入をなくすという恐怖。失業するということはそういうこと。苦労に苦労を重ねてきたけど、普通でいられることはなににも代えがたいことだとよくわかったので精神保健福祉士へのこだわりはありません。人助けって、なにが人助けなのかさっぱりわかんなくってしまったのでもういいやね。残りの人生の時間、観劇と旅を楽しめたらそれでいい。それだけの稼ぎは戻ってくるのか。人生をやり直す時間はまだ私に許されているのか。クレジットカードの請求金額と税金の督促状とのこり3か月と一週間でまた失業者になるという現実に気持ちはぐらぐら揺れています。でも明日はKITTEに行くんだ。現実逃避。心の逃げ場所がないともたないという現実の中にいるから、そういう現実をちゃんとみたからこその逃げ場所。プリンス・エドワード島に行くには何十万もかかるからさ、もう無理だからさ、せめて劇場。客席の灯りがおちて幕があがったとき、非日常なときがかけがえのない幸せな時間。だから求め続けるんだ、エネルギーに満ちた美しい世界を。非日常の世界をさ。でなきゃ自分がもたないんだ。

 ようやくたどり着いた休日、あとで『ポーの一族』の観劇日記、また少し書こうかな。

 休日だというのに結局は弱気なグチ、失礼しました。