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「悪の組織」創設秘話

1.「悪の組織設立準備委員会」 第一回会議プログラム

  1.発起人挨拶
  2.祝辞
  3.各委員紹介
  4.主旨説明
  5.本会議
   ・議長選定
   ・組織名決議
   ・組織決議
   ・組織規約決議
   ・行動目的決議
   ・長期行動目標決議
   ・短期行動目標決議
  6.懇親会(会食)
  7.散会

2.発起人の日記

 第一回会議有。今会議で組織の骨子を決めるつもりだったが、「悪の概念」で紛糾。決着つかず、次回に持ち越し。
 根回し不足というよりも、むしろ私の認識が甘かったといえ反省を要す。いずれにせよ、組織の根幹に関わる問題でありここで各委員の認識を統一する必要有。次回徹底的に議論。

3.「悪の組織設立準備委員会」

第二回会議議事録
発起人:
 本日の会議では、前回話がまとまらなかった悪の定義、について徹底的に話し合っていきたい。
 忌憚のない議論を、発起人としてお願いする。
後藤委員:
 そもそも悪とは…

4.委員会
 なんの変哲もない壁紙、パイルのカーペットパネル、量産品の会議机、飾り気の全くないホテルの貸会議室で年齢、性別、職業、まったく共通性を見出せない十数人の人々が、その会議を進めていた。若干の例外を除いて、彼らに共通しているのは、「悪の組織」という語感に対する情熱のみであった。
 後藤の発言は続いている。教育一家の次男として生まれ、高度な教育を受けた後一族の伝統への反発から製造業に進んだ彼は、その教育と一般常識相応の意見を展開していた。
「子供などは教えられて初めてそれが悪いと認識するわけです。例えば、他人のものをとってはいけないとか、犬を叩いてはいけないとかですね。
 ご存知だと思いますが、大人からみればずいぶん残酷なことも小さい子供は平気ですよね、虫の脚を引きちぎったり…」
「カエルに爆竹くくりつけて、爆発させたりしたね。」
 突然、全く素っ頓狂に、かなり頭髪の薄い初老の男が後藤の発言を遮った。割り込みかたがあまりにも唐突だった為、割り込まれた方も何がおこったのか分からず完全に混乱した表情を浮かべている。またかという表情を浮かべ、更には明らかに笑いをこらえている委員もいた。どうやら、一部では有名らしい。初老の男-割り込んだ方-鴬田は、議長の制止の声を無視した。
「あと、カエルの尻から、麦わらで空気つめて水に放すと、逃げていくんだけれども腹の空気が軽くて水に潜れなくてね。」
 鴬田は子供のような表情で続けた。単なる思い付きにすぎないのだが、彼としては論理的な発言のつもりなのであろう。「意に介さない」というより「分かっていない」という表現が妥当かもしれない。
「昔の潜水艦も、空気で潜ってたからカエルも同じなんだろうなあ。潜水艦といえばね…」
 本人が自覚しているかどうかはなはだ怪しい論旨を敢えて取ると、鴬田は自分が子供の頃の動物虐待を開陳したいらしかった。
 発起人は、自分で「何でもいえ」といった手前、口元に笑みを浮かべてはいたが、多分に苦笑に近かった。
(誰かこの不毛な発言を止めろ、いや文字どおり不毛の口を塞げか)
 そんな事を思いながら、発起人が鴬田の頭部をちらりと見て、口元を更にゆがめたのと同時に、彼と同じ見解に達していたらしい男が鴬田の発言を遮った。「昔の潜水艦が空気で潜っていたかどうかはともかく、鴬田さんが子供の頃どのようにして遊んでおられたかはよく分かりました。」
 皮肉、いや英国人も青ざめるような嫌味な発言をした委員へ、発起人は視線を移した。慇懃無礼を顔に書いたような男がすましている。他の出席者も同感だったらしい、それとなく成り行きをうかがっているのが感じ取れる。発起人は口元を引き締めながら思った。あのくらい言った方がいいかな。
 発起人の期待は見事に裏切られた。当の鴬田が、嫌味に気づかず「そうか」と言ったきり、満足してにこにこしてしまったのだった。
「それで後藤さん、あなたの論旨は教育が善悪の認識に与える影響だと私は理解しているのですが、まだ先があるのではないですか?」慇懃無礼男、農大でバイオをしている緑川という男だった、はあっさり後藤に話をふった。おそろしく分析、論理的だが、なにを考えているのかわからない男だった。論理的なだけに、鴬田のような発言は合わないのかも知れない。
 会議の出席者の情熱が、「悪の組織」そのものではなくその語感に向けられていた以上、会議が混乱したのは必然であった。それに気づき、まず「悪の組織」のイメージを統一しようとした発起人の判断は、オーソドックスながら評価されてよい。問題は、それぞれのイメージギャップと情熱が大きすぎた事であった。発起人、議長の努力にも関わらず、会議はひたすら踊り続けた。
 かれこれ1時間、山口とかいう若作りした中年女が一人でしゃべり続けている。難解な用語を多用して説得力をもたせようとしているのだが、いかんせん論旨が貧弱なため催眠以外のいかなる影響をも出席者にはあたえていない。彼女が言いたいのは、悪いものは悪い、これに尽きた。鴬田は真剣な表情で相づちをうっている。緑川は山口が話し初めてから3分でどこかにいってしまった。発起人はこめかみを押さえた。このままじゃあ、いつまでたってもまとまらんぞ。
 それから更に30分、山口はしゃべり続けた。山口が口を閉じたのは、別に彼女の発表が論理的に完結したからではない。彼女が呼吸の為に一瞬言葉を切った隙を衝いて、それまで黙っていた男が議長に発言を求めたのだ。「山口の演説」に辟易していた議長は、発言を許可した。山口は明らかにしゃべり足りないようだったが、議長が許可した以上仕方がなかった。この会議の出席者には珍しく、まっとうな発言手順を踏んだ男は若かった。
「なにが悪かここで決めなくともいいんじゃないでしょうか?」
 出席者の間からうめき声があがった。その若い男、法律専攻の学生で天本とかいった、はこれまでの会議を徒労と言い切っているに等しかったからだ。ただ一人、鴬田だけは興味深そうな顔をしているが、おそらくなにもわかっていない。うめき声が収まるのを待って、天本は続けた。
「もちろん僕も今回の会合の目的が、「悪の定義付け」である事は承知しています。しかし皆さんの「悪」の概念がこれだけ違う以上、この場で意思統一は無理。だったら、逆にいろいろやってみて、悪かどうか決めていった方が手っ取り早いんじゃないんでしょうか。」
 困惑と怒号のなかから、「悪事」を認証する機関と実行する機関を組織内にもつ事が決定され、基本的に天本の考えが了承された。すなわち、持ち込まれた「悪のアイディア」を認証機関がある程度ふるいをかけたのち、実行機関が悪事をはたらくシステムとなったのである。ただし、認証機関は、過去のデータを元に認証を行うものとし、恣意的に悪の目を摘み取る事のないよう留意されていた。逆に言えば、データがない始めの内はどのようなアイディアだろうと実行にうつされる事になる。
 そこまで決まったところで、今度は実行された「悪事」が本当に「悪」だったかどうかどのように検証するのかが問題となった。
 企業の方針によって評価が左右されるマスコミを信用する訳にはいかず、民意もあやふやであるとして支持されなかった。既存の裁判システムを使用してはどうかとの案も出されたが、時間がかかりすぎるとの理由で却下された。第一「悪」と裁判で検証された刑罰を執行されたのでは、そのうち構成員が全員刑務所に入りかねない。またもや紛糾しかけた会議は、いつの間にか戻ってきていた緑川の一言でおさまった。
 「正義の味方をつくっちまえばいいんですよ、われわれが悪さしている現場にそいつが来れば悪、来なかったらそうじゃない。」

5.組織図 略

6.「衝撃社」研究所
 大学病院を思わせる廊下が、回転灯により赤黒くまだらに染めあげられていた。スピーカーからは、人間に警戒心を喚起させるためだけに人工的に合成された音が流され続けている。
 所長室では、緑川と天本が応接セットを挟んで向かい合っていた。この部屋も回転灯が回っており、二人とも京劇の悪役の隈取りをしているようだった。
「計画通りですね。」
ダークスーツを着た天本が呟くように言った、今年の春から法律事務所で働いている。
「計画通りです。」
白衣を着た緑川が同じ言葉で答えた、断言の響きがある。緑川はソファーから立ち上がると、自分の机に向かいながら続けた。
「洗脳も」
緑川は、机の上のキーボードを操作した。応接セットから見やすい壁に埋め込まれたディスプレイが灰色に輝き、データを表示始めた。ディスプレイの明かりで、赤黒く隈取られた二人の顔が、どこか無機質な色へと変わった。
「計画通りです。」
 緑川は、引き出しからジンとグラスを二個取り出すと、応接セットの方へ向かった。ソファーに腰をおろすと、グラスにジンを注ぎ天本に一個すべらせた。
 軽くディスプレイにグラスを上げると、ジンを喉に流し込む。軽く口元を押さえ、ディスプレイを見たまま天本が言った。
「しかし、よくまあこんな適材を見つけられましたね。研究者兼日本最速のオートレーサーの一人、なおかつ格闘家にして正義漢ですか、しかも改造前でこのパラメーターだってんだから。」
 緑川は口をVの字にすると、空のグラスにジンを注いだ。
「手術はほとんど必要ありませんでした、我々への動機付けにちょっと暗示をかけた程度で。」
「やや、協調性に欠ける…なるほど。」天本は妙な納得のしかたをした。
「ええ、研究職、オートレーサー、格闘家、全てスタンドアローンの商売です。だからこそ我々の検証役にはうってつけでしょう。彼の正義感(独善性ともいいます)の前には、法規、一般常識、全て無力です。」
「改造なしで?」天本はあきれたように言った。
「なしで。」そう答えると、緑川はいっそう笑みを大きくした。
 突然、所長室に鴬田が入ってきた、ひどく狼狽している。
「今聞いたんだけれども、藤岡君が脳手術の前に逃げちゃったんだって。」
緑川と天本は、顔を見合わせた。二人とも「教えたよな」という目をしていた。
 鴬田は一人で困っている。
「いやー困ったなあ、藤岡君いなくなっちゃた、困ったなあ」
 ディスプレイには、ゲジ眉長髪で濃く暑苦しい男の顔写真と、彼のデータが表示されていた。

7.「衝撃者」首領の日記
 私が横滑りで発起人から首領に選定されてより1年、準備委員会の初回会議から数えて1年半、明日ようやく初めての「仮悪」が実行される。既に「正義の味方」に貼り付いている小林には「仮悪」が実行される旨連絡してある。藤岡の反応が楽しみだ。

8.朝日新聞 地方欄
-駅前の文房具店で、会社員が正義の味方を名乗る男に暴行をうけ全治一ヶ月の重傷。-
 会社員が、文房具店で98円の消しゴムを万引きしたところ、突然オートバイで乗り付けた自称正義の味方が殴る蹴るの暴行を加えた。会社員は万引き未遂の容疑を認めている。
 警察では、参考人として自称正義の味方の行方を追っている。
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