[※ ↑【連載「6・17最高裁判決/原発被災者4訴訟」】 (東京新聞 2022年06月11日)]
(2023年01月20日[金])
東電核発電人災、「だれひとり刑事罰を問われなくていいのか」? 「市民の正義」無き国ニッポン。(東京新聞)《海渡雄一弁護士は「裁判官は現場に行くこともなく、原発事故の被害に向き合おうとしなかった」と振り返り、「具体的な危険がなければ対策しなくていいという判断。政府が再稼働を進めようとする中、司法が歯止めになっていない」と非難した》。
『●東電核発電人災、「だれひとり刑事罰を問われなくて
いいのか」? 「市民の正義」無き国ニッポン』
《東京電力旧経営陣3人の公判は、無罪判決が維持された》…呆れかえる。まさに「恥を知れ」だ。《判決は「後知恵によるバイアス」という強い言葉で退けた》って、酷過ぎる判決文。
小野沢健太・山下葉月両記者による、東京新聞の記事【「恥を知れ」と怒声が飛んだ…高裁が出した無罪判決に被災者から怒りの声 東電旧経営陣の刑事裁判】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/226005)によると、《市民の判断で強制起訴された東京電力旧経営陣3人の公判は、無罪判決が維持された。検察官役となった弁護士らは、福島第一原発事故後の原発政策を転換した政府への「忖度(そんたく)」を指摘。事故から12年がたとうとする中、今も避難生活を続ける被災者からは怒りの声が上がった。(小野沢健太、山下葉月)》。
『●《史上最大の公害事件》核発電人災について《東電の旧経営陣に対し、
東電に賠償するよう株主が求めた》株主代表訴訟…13兆円の賠償命令』
刑事裁判においても、《未曽有の事故を風化させないためにも、人災を起こした責任を明確に問うべきだ》。
琉球新報の【<社説>東電旧経営陣無罪 責任の所在があいまいだ】(https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1649225.html)によると、《だが、同じく津波を予見できたかどうかが焦点となった民事訴訟では、津波による事故は予見できたとして、浸水対策をとらなかった旧経営陣に賠償を命じる判決が出ている。刑事裁判は過失立証のハードルが高いとはいえ、司法判断が正反対に分かれることは納得し難い》。
《「福島原発告訴団」の武藤類子団長…は、判決後に東京都内で開いた集会で「はらわたが煮えくり返る思い。最高裁に上告してほしい」と憤り、「悔しい」と何度も繰り返して声を震わせた》そうだ。さらに、《「裁判所はこれでいいのか」 事故で多数の命が奪われたのに、東電の誰も刑事責任を負わないことに納得がいかない》。
『●脱アクションウィーク、5万人集会』
「最後の福島の被災市民としての武藤類子さんが
訴えておられる映像がとても印象に残りました。
その文章おこしされたものはCML
(http://list.jca.apc.org/public/cml/2011-September/011909.html)
にありますので、一読して頂きたいです」
『●再稼働・輸出問題に続いて、東京電力原発人災下の
五輪招致騒動: 「あろうことか」、の連続』
《団長を務める武藤類子さん(60)は「抜本的な対策を取らない
と大量な汚染水が出ることは、東電にとって想定内だったはず。
文書はそれを示す証拠だ。これまでのずさんな汚染水対策を見ると、
私たち被災者の犠牲はなんだったのかと思う」と憤る》
『●「東電元幹部の罪と罰」
『週刊金曜日』(2014年9月19日、1008号)についてのつぶやき』
《武藤類子氏【これでも罪を問わないのか】。
明石昇二郎さん【東電関係者の「不起訴」理由 検察は、いかに
原子力ムラに丸め込まれたか】、「告発人として主任検事から
詳細な説明を受けていた筆者が、その詳細を暴露する……
御用電力学者の言い訳を鵜呑み……原子力ムラにしてやられた検察」》
『●原状回復が損害賠償の基本: 東京電力原発人災で
「ふるさとをなくした痛み」は全く癒えていない』
《「東京電力福島第一原発事故で国と東電の刑事責任を
追及している福島原発告訴団の武藤類子団長は「原発事故が
解決していない中での再稼働は信じ難い」と強調。川内原発建設
反対連絡協議会の鳥原良子会長は「民意を反映しない
鹿児島県や薩摩川内市の再稼働同意に住民は大きな怒りを
感じている」と述べた》
《原発事故被害者団体連絡会が設立された。被災者の悲しみ、
怒りは、激しく、深く。共に訴え、助け合うため団結した。
それは私たちとも無関係ではあり得ない。福島が求めている
のは、当然そうあるべきことだけだ。謝罪と被害の完全賠償、
暮らしと生業の回復、詳細な健康診断と医療保障、
および被曝(ひばく)低減策、そして、事故の責任解明-》
『●東電核発電人災、「だれひとり刑事罰を問われなくて
いいのか」? 「市民の正義」無き国ニッポン』
《長い困難な裁判になるのだろうが、みんな裁判にかけている。
団長の前いわき市議佐藤和良さんは「有罪に持ち込むため、
スクラムを組もう」と訴えた。副団長の武藤類子さんも
「最悪の事故を経験した大人として、未来に対して何ができるか」
と問うた。私も、市民の正義を求める人びととともに
「われらゆるがず」の歌声に連なりたい。(佐藤直子)》
『●武藤類子さん《沖縄で闘っている人の言葉…「国を相手に
ケンカしたって勝てない。でも、おれはやるんだ」》』
「レイバーネットのコラム【●木下昌明の映画の部屋 250回/
原発事故に翻弄された14人~土井敏邦監督『福島は語る』】
…。《映画は、生活を根こそぎ奪われ、人生を翻弄された
14人の被災者に焦点を当てている。…暮しの中から被災後の困難を
浮かび上がらせているのが特徴だ》」
《こういった人々の語りから「病めるフクシマ」という言葉がじわり
と浮かんでくる。福島原発告訴団の武藤類子団長が登場する章では、
「自分たちは理不尽な被害者なのに、黙っていていいの?」
と問いかける武藤団長が、沖縄で闘っている人の言葉を紹介する。
「国を相手にケンカしたって勝てない。でも、おれはやるんだ。
それが尊厳なんだ。プライドなんだ」 胸に響く。》
『●武藤類子さん《本来ならその人たちにとってもこの10年、まったく
違った時間があったはず…原発事故は、その時間を奪ってしまった》』
《「私たちはいま、静かに怒りを燃やす東北の鬼です」──
2011年9月、福島第一原発事故から半年後の集会で読み上げられた
武藤類子さんのスピーチは大きな反響を呼び、多くの人の心を
揺さぶりました…》
『●《武藤類子さん…が講演し、今も続く過酷な被害を訴えた。ロシアに
よるウクライナの原発攻撃にも触れ「胸がふさがれる思い」と語った》』
以前も引用しました ―――――― 武藤類子さん《避難者の人たちだって、多分ほとんどの人は「叶うなら帰りたい」と思っているでしょう。でも、それはただ同じ場所に戻りたいということではなく、慣れ親しんだ、かつてのふるさとに帰りたいということ。「帰りなさい」と言いながら、復興予算がじゃぶじゃぶ投入されて知らない建物が次々に建ち、新しい住民ばかりが増えて、以前とはまったく違う「ふるさと」になってしまっているというのは、大きな矛盾だと思います》。《本来ならその人たちにとっても…まったく違った時間があったはず…原発事故は、その時間を奪ってしまった》。
東電や国はさっさと「原状回復」して見せてほしい…11年も経ってしまったではないですか。さらに、かつて、武藤類子さん《ひとりひとりの市民が… 国と東電の責任を問い続けています。そして、原発はもういらないと声をあげています。私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です》とも。――――――
=====================================================
【https://www.tokyo-np.co.jp/article/226005】
「恥を知れ」と怒声が飛んだ…高裁が出した無罪判決に被災者から怒りの声 東電旧経営陣の刑事裁判
2023年1月18日 21時34分
(福島第一原発事故を巡る東京電力の旧経営陣3人の
控訴審判決後、「不当判決」などと書かれた紙を掲げる
女性(左端)ら告訴団と支援者ら=東京・霞が関の東京高裁前)
市民の判断で強制起訴された東京電力旧経営陣3人の公判は、無罪判決が維持された。検察官役となった弁護士らは、福島第一原発事故後の原発政策を転換した政府への「忖度(そんたく)」を指摘。事故から12年がたとうとする中、今も避難生活を続ける被災者からは怒りの声が上がった。(小野沢健太、山下葉月)
【関連記事】福島第一原発事故の刑事裁判 東電元会長ら旧経営陣3人、二審も無罪 「津波の可能性は予測できない」
◆勝俣恒久元会長は体調不良で出廷せず
「控訴を棄却する」
18日午後2時すぎ、細田啓介裁判長が判決主文を言い渡すと、傍聴人で満席の東京高裁の法廷は静まり返った。証言台の前に立った武藤栄元副社長(72)と、武黒一郎元副社長(76)は身動きせずに主文を聞いた後、武藤元副社長だけが裁判長に一礼をして席に戻った。勝俣恒久元会長(82)は体調不良のため出廷しなかった。
主要な争点となった国の地震予測「長期評価」について、細田裁判長が「当時は、信頼度がかなり低いとする評価だった」と述べると、武藤元副社長は満足そうに軽く2、3度うなずいた。武黒元副社長は、細田裁判長をじっと見つめたままだった。
判決の読み上げは約1時間40分に及んだ。閉廷後、2人は被災者らも座る傍聴席には目を向けずに退出。静かだった傍聴席からは「恥知らず」と怒声が飛んだ。
◆思わず書き込んだ「裁判所はこれでいいのか」
(判決後の報告集会で無念の表情を見せる原発事故被害者の
武藤類子さん=東京・霞が関の弁護士会館で)
旧経営陣を告訴・告発した「福島原発告訴団」の武藤類子団長(69)=福島県三春町=は、判決後に東京都内で開いた集会で「はらわたが煮えくり返る思い。最高裁に上告してほしい」と憤り、「悔しい」と何度も繰り返して声を震わせた。
傍聴席で判決の読み上げを聞いた。「一審判決を再現しているような早口で、東電側の主張を全部うのみにして言っているようだった」。聞いているうちに絶望感が高まり、メモを取っていたノートに思わず書き込んだ。「裁判所はこれでいいのか」 事故で多数の命が奪われたのに、東電の誰も刑事責任を負わないことに納得がいかない。「原発事故はまだ終わっていない。裁判を続けたい」と話した。
集会には全国から避難者が集まった。新潟県から来た女性は「無罪判決が出るなんて」とぼうぜんとした様子。県内には、再稼働の準備を進める東電の柏崎刈羽原発がある。大雪になるだけで立ち往生するため、「原発事故が起きれば、避難どころではないはずだ」と訴えた。
北海道千歳市の地脇聖孝さん(51)は事故時、福島県西郷村で被災した。「事実を見ない不当判決。最高裁での逆転有罪を目指したい」と前を向いた。
◆「結論ありき」検察官役が批判
「結論ありきの判決。国の原子力政策に呼応した政治的な判断をした」。判決後に記者会見をした検察官役の指定弁護士、石田省三郎弁護士は、昨年末に政府が原発推進の基本方針を決めたことを踏まえ、この日の判決を厳しく批判した。
最高裁への上告は「検討する」と述べるにとどめた。
控訴審で指定弁護士側が求めた証拠や現地調査などを東京高裁が却下し、実質的な審理をほとんどしないまま出された判決。石田弁護士は「証拠申請を却下しておきながら、こちらの主張が不十分というのは論理が破たんしている」と憤った。
判決は「現実的な可能性」という言葉を繰り返し、被害が発生する確実性が見込めるかを重視した。石田弁護士は「津波のような自然災害に対してこのような見解を取れば、過失責任自体が問えなくなり、極めて不合理」と指摘。「(国の地震予測の)長期評価を全面否定することが先にある。恣意的な判断だ」と強調した。
被害者参加代理人の弁護士らも会見。海渡雄一弁護士は「裁判官は現場に行くこともなく、原発事故の被害に向き合おうとしなかった」と振り返り、「具体的な危険がなければ対策しなくていいという判断。政府が再稼働を進めようとする中、司法が歯止めになっていない」と非難した。
=====================================================
=====================================================
【https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1649225.html】
<社説>東電旧経営陣無罪 責任の所在があいまいだ
2023年1月20日 05:00
東京電力福島第1原発事故を巡り、東電旧経営陣の刑事責任が問われた裁判の控訴審判決で、東京高裁は一審に続き、無罪を言い渡した。10メートルを超える津波が襲来する可能性は予測できなかったとして、旧経営陣の過失を再び否定した。
だが、同じく津波を予見できたかどうかが焦点となった民事訴訟では、津波による事故は予見できたとして、浸水対策をとらなかった旧経営陣に賠償を命じる判決が出ている。刑事裁判は過失立証のハードルが高いとはいえ、司法判断が正反対に分かれることは納得し難い。
東日本大震災から12年がたとうとする今も福島県では2万7千人余りが県内外で避難生活を送り、約322平方キロが帰還困難区域として原則立ち入り禁止のままだ。多くの人の人生を狂わせた過酷事故で法的責任の所在があいまいになれば、同じ過ちを繰り返しかねない。
控訴審で検察官役の指定弁護士側は「津波の対策工事などをすれば事故は回避できた」と訴えたが、判決は「後知恵によるバイアス」という強い言葉で退けた。
だが、政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測「長期評価」に基づき、東電内では福島第1原発に最大15・7メートルの津波が到達すると試算していた。事故を回避できていたかどうかは、決して「後知恵」で片付けられるものではない。
一審は長期評価の信頼性を否定したが、二審は「専門家の審査を経て、見過ごすことのできない重みを有していた」と一定の信頼性を認めた。にもかかわらず、信頼性に異論を唱える専門家もいたとして、「現実的な可能性を認識させるような性質を備えた情報であったとは認められない」と結論づけた。
当初、検察は旧経営陣3人を不起訴にしたが、国民の中から選ぶ検察審査会の判断で3人は強制起訴された。立証の壁の高さは、原発事故の法的責任を明らかにすべきだという被災者や市民の感覚とかけ離れている。
ひとたび事故を起こせば取り返しのつかない被害を出すだけに、原発事業者や国の安全責任は重大だ。事故前に文部科学省と経済産業省が作成した小中学生向け副読本には「大きな地震や津波にも耐えられるよう設計されている」と記述していた。最悪の自然災害を想定した安全対策を放置したことにより起きてしまった福島第1原発事故は、明らかな「人災」だ。
一方で、原子力規制委員会が昨年12月、60年を超える原発の長期運転を可能にする安全規制の見直し案を了承した。原発推進を打ち出す政府の方針を規制委が追認し、福島第1原発事故を教訓に定められた規制制度を転換しようとする動きが進んでいる。
未曽有の事故を風化させないためにも、人災を起こした責任を明確に問うべきだ。
=====================================================
[※ ↑「原発さえなければと思います」(週刊金曜日、2021年03月12日、1320号)]
(2022年03月13日[日])
小田克也記者による、東京新聞の記事【<あの日から 東日本大震災11年>被害者団体連絡会代表・武藤さん 被害訴え「避難者切り捨て 明確に」 NGO開催のシンポジウムで講演】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/164313)。
東京新聞の【<社説>3・11から11年 避難者の人権は画餅か】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/164497?rct=editorial)。
《東京電力福島第一原発事故の被害を見つめるシンポジウムが六日、北区の北とぴあドームホール(王子一)で開かれた。原発事故被害者団体連絡会代表の武藤類子さん=福島県三春町在住=が講演し、今も続く過酷な被害を訴えた。ロシアによるウクライナの原発攻撃にも触れ「胸がふさがれる思い」と語った。(小田克也)》。
《その理不尽さに十一年前の福島の人々の姿が重なるからです。根本さんは、東京電力福島第一原発から三十キロの福島県沿岸の地域に住んでいました。二〇一一年三月、爆発した原発建屋から煙がわき上がる瞬間を見た根本さんは放射能の恐怖におびえながら県境を越え、約二百五十キロ離れた新潟市に避難します。そこで立ち上げたのが、避難者を支援する団体「スマイルサポート新潟」です。支援対象は大半が自分と同じように母子だけで避難した自主避難者でした》。
『●脱アクションウィーク、5万人集会』
「最後の福島の被災市民としての武藤類子さんが
訴えておられる映像がとても印象に残りました。
その文章おこしされたものはCML
(http://list.jca.apc.org/public/cml/2011-September/011909.html)
にありますので、一読して頂きたいです」
『●再稼働・輸出問題に続いて、東京電力原発人災下の
五輪招致騒動: 「あろうことか」、の連続』
《団長を務める武藤類子さん(60)は「抜本的な対策を取らない
と大量な汚染水が出ることは、東電にとって想定内だったはず。
文書はそれを示す証拠だ。これまでのずさんな汚染水対策を見ると、
私たち被災者の犠牲はなんだったのかと思う」と憤る》
『●「東電元幹部の罪と罰」
『週刊金曜日』(2014年9月19日、1008号)についてのつぶやき』
《武藤類子氏【これでも罪を問わないのか】。
明石昇二郎さん【東電関係者の「不起訴」理由 検察は、いかに
原子力ムラに丸め込まれたか】、「告発人として主任検事から
詳細な説明を受けていた筆者が、その詳細を暴露する……
御用電力学者の言い訳を鵜呑み……原子力ムラにしてやられた検察」》
『●原状回復が損害賠償の基本: 東京電力原発人災で
「ふるさとをなくした痛み」は全く癒えていない』
《「東京電力福島第一原発事故で国と東電の刑事責任を
追及している福島原発告訴団の武藤類子団長は「原発事故が
解決していない中での再稼働は信じ難い」と強調。川内原発建設
反対連絡協議会の鳥原良子会長は「民意を反映しない
鹿児島県や薩摩川内市の再稼働同意に住民は大きな怒りを
感じている」と述べた》
《原発事故被害者団体連絡会が設立された。被災者の悲しみ、
怒りは、激しく、深く。共に訴え、助け合うため団結した。
それは私たちとも無関係ではあり得ない。福島が求めている
のは、当然そうあるべきことだけだ。謝罪と被害の完全賠償、
暮らしと生業の回復、詳細な健康診断と医療保障、
および被曝(ひばく)低減策、そして、事故の責任解明-》
『●東電核発電人災、「だれひとり刑事罰を問われなくて
いいのか」? 「市民の正義」無き国ニッポン』
《長い困難な裁判になるのだろうが、みんな裁判にかけている。
団長の前いわき市議佐藤和良さんは「有罪に持ち込むため、
スクラムを組もう」と訴えた。副団長の武藤類子さんも
「最悪の事故を経験した大人として、未来に対して何ができるか」
と問うた。私も、市民の正義を求める人びととともに
「われらゆるがず」の歌声に連なりたい。(佐藤直子)》
『●武藤類子さん《沖縄で闘っている人の言葉…「国を相手に
ケンカしたって勝てない。でも、おれはやるんだ」》』
「レイバーネットのコラム【●木下昌明の映画の部屋 250回/
原発事故に翻弄された14人~土井敏邦監督『福島は語る』】
…。《映画は、生活を根こそぎ奪われ、人生を翻弄された
14人の被災者に焦点を当てている。…暮しの中から被災後の困難を
浮かび上がらせているのが特徴だ》」
《こういった人々の語りから「病めるフクシマ」という言葉がじわり
と浮かんでくる。福島原発告訴団の武藤類子団長が登場する章では、
「自分たちは理不尽な被害者なのに、黙っていていいの?」
と問いかける武藤団長が、沖縄で闘っている人の言葉を紹介する。
「国を相手にケンカしたって勝てない。でも、おれはやるんだ。
それが尊厳なんだ。プライドなんだ」 胸に響く。》
『●武藤類子さん《本来ならその人たちにとってもこの10年、まったく
違った時間があったはず…原発事故は、その時間を奪ってしまった》』
《「私たちはいま、静かに怒りを燃やす東北の鬼です」──
2011年9月、福島第一原発事故から半年後の集会で読み上げられた
武藤類子さんのスピーチは大きな反響を呼び、多くの人の心を
揺さぶりました…》
武藤類子さん《避難者の人たちだって、多分ほとんどの人は「叶うなら帰りたい」と思っているでしょう。でも、それはただ同じ場所に戻りたいということではなく、慣れ親しんだ、かつてのふるさとに帰りたいということ。「帰りなさい」と言いながら、復興予算がじゃぶじゃぶ投入されて知らない建物が次々に建ち、新しい住民ばかりが増えて、以前とはまったく違う「ふるさと」になってしまっているというのは、大きな矛盾だと思います》。《本来ならその人たちにとっても…まったく違った時間があったはず…原発事故は、その時間を奪ってしまった》。
東電や国はさっさと「原状回復」して見せてほしい…11年も経ってしまったではないですか。さらに、かつて、武藤類子さん《ひとりひとりの市民が… 国と東電の責任を問い続けています。そして、原発はもういらないと声をあげています。私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です》とも。
東電や自公お維コミ、《火事場ドロボー》の皆さんは、「原発さえなければと思います」…この〝声〟をどう思うのか? 《原発事故がなければ苦労することもなかった自主避難者に、日本社会は冷淡です。「勝手に避難した。困窮は自己責任」「いやなら福島に帰れ」。心ない言葉がネット上にあふれます》。冷淡・冷酷な国・ニッポン。《「避難するならご勝手に」と言わんばかりに自主避難者を顧みない政府の姿勢が、社会の冷たさを助長してはいないでしょうか。》
『●台湾有事を煽り《ロシアのウクライナ侵攻のような軍事衝突にまで
エスカレートさせてはならない…外交による対話を強めなければならない》』
『●誰が壊憲を望んでいる? COVID19禍のドサクサ、ロシア侵略の
火事場ドロボー1号、2号、3号…らによる壊憲など許されるはずもない』
『●《思考力あるならば殺し合わずに済む方法…、政治力を持って開戦に
至らない道を見つける事だ。ところがその政治家本人が核武装を…》』
『●《当事者でない他の国が声をあげ、国際世論をつくり出すことが、理不尽
な状況の抑止につながるというのは、国際社会の常識ではないか》!』
『●経済産業省資源エネルギー庁「復興のあと押しはまず知ることから」?
「復興のあと押しはまず〝原状回復してみせる〟ことから」です』
『●東電核発電人災から11年: 《原発事故は終わっていません。
政府が復興の名のもとに困難に陥った人たちをさらに追い詰める…》』
『●《やっぱりここさ帰りたい。親が開拓して受け継いだ土地。次の世代に
残してやりたい。汚したら、きれいにして返すのが当然じゃないか》』
『●小出裕章さん《国と東電が策定したロードマップは「幻想」です…
つまり、デブリの取り出しは100年たっても不可能》、石棺しかない』
『●《政府は過去に原発が武力攻撃を受けた際の被害予測を報告書に
まとめていたからだ。しかも、その被害予測は凄まじい内容だった…》』
『●《【原発耕論…】福島事故で被ばくしたこどもたちに、不安なく過ごせる
未来を!(311子ども甲状腺がん裁判)》(デモクラシータイムス)』
『●《政府機関の地震予測「長期評価」に基づく試算から原発への大津波の
到来は予見できた…対策の先送りを許した国…国に重大な法的責任》』
=====================================================
【https://www.tokyo-np.co.jp/article/164313】
<あの日から 東日本大震災11年>被害者団体連絡会代表・武藤さん 被害訴え「避難者切り捨て 明確に」 NGO開催のシンポジウムで講演
2022年3月8日 08時36分
(原発事故の被害を語る武藤さん
=北区で(「FoE Japan」提供))
東京電力福島第一原発事故の被害を見つめるシンポジウムが六日、北区の北とぴあドームホール(王子一)で開かれた。原発事故被害者団体連絡会代表の武藤類子さん=福島県三春町在住=が講演し、今も続く過酷な被害を訴えた。ロシアによるウクライナの原発攻撃にも触れ「胸がふさがれる思い」と語った。(小田克也)
武藤さんは原発事故を「終わってない。原子炉で何が起きたか未解明な部分は多い。東電は廃炉のロードマップを作っているが、どのような状態が廃炉なのか決まっていない。原発作業員の被ばく労働が、さらに過酷になるとき防護措置や補償がきちんとされるのか心配」と語った。
住宅などの避難者支援が打ち切られ「国や福島県が避難者を切り捨てる方向が明確になってきている」と指摘。政府方針である汚染水を処理した水の海洋放出を「関係者の理解なしには、いかなる処分もしない、という漁連との約束を反故(ほご)にしたプロセスは、民主主義に反する」と批判した。
福島県は事故当時の子どもたちを対象に甲状腺検査を実施。「これまでに二百二十一人のがんが確定している」と話し、検査を重ね、さらに解明していく必要性を強調した。国が汚染土の再利用計画を進めていることにも懸念を示した。
ロシアによるザポロジエ原発攻撃には、「原発は事前配備された放射能兵器」という、チェルノブイリ原発がロシアに占拠されたときに知った専門家の言葉を紹介しながら「一刻も早く戦争を止めてほしい」と語った。
シンポは、脱原発に取り組む国際環境NGO「FoE Japan」と、国際交流NGO「ピースボート」が催し、オンラインでも行われ、約三百人が参加した。
=====================================================
=====================================================
【https://www.tokyo-np.co.jp/article/164497?rct=editorial】
<社説>3・11から11年 避難者の人権は画餅か
2022年3月9日 07時09分
ロシアがウクライナに侵攻し、多くの避難民が出ているというニュースは、根本久美子さん(44)=写真=にとって人ごとではありません。「自分ではどうしようもない大きな力に巻き込まれ、この戦争がいつ終わるとも、いつ故郷に帰れるとも分からない」
その理不尽さに十一年前の福島の人々の姿が重なるからです。
根本さんは、東京電力福島第一原発から三十キロの福島県沿岸の地域に住んでいました。二〇一一年三月、爆発した原発建屋から煙がわき上がる瞬間を見た根本さんは放射能の恐怖におびえながら県境を越え、約二百五十キロ離れた新潟市に避難します。
そこで立ち上げたのが、避難者を支援する団体「スマイルサポート新潟」です。支援対象は大半が自分と同じように母子だけで避難した自主避難者でした。
◆コロナ禍、生活苦の悲鳴
国が定めた避難指示区域外からの自主避難者には、原発周辺の双葉や大熊、浪江町など強制避難地域の人たちのような東電からの賠償はありません。生活費は持ち出し。夫は妻子に仕送りするため福島に残って働く。切り詰めた二重生活に耐えてきた人たちも、コロナ禍で一気に困窮しました。
二十四時間対応の根本さんの相談電話には助けを求める連絡が頻繁に入ります。「食べるものがなくて」「仕事がなくなった」「コロナで陽性になった」。皆、身近に頼れる人がいないのです。
寄付で集めた食糧を配ったり、送ったり。月数件だった相談は多い月で五十件以上に増えました。命が危ないと感じれば、根本さんは夜中の雪道でも駆けつけます。活動には福島県から助成を受けていますが、支援物資の送料も膨らんで資金難です。日本中がコロナ禍に苦しんでいますが、原発事故で壊された生活が、さらに追い詰められていることは分かってほしい、と根本さんは訴えます。
福島県によると、原発避難者はピーク時に県内外で約十六万四千人いましたが、今年三月時点では約三万三千人です。新潟県への避難者も約七千人から約二千人に減りました。自主避難者の統計はありませんが、スマイルの支援先でも帰還する人が増えています。
背景にあるのは、放射線量低下を理由に福島県が一七年三月、災害救助法に基づく借り上げ住宅の無償提供を打ち切ったことです。生活費や教育費に加え、新たに家賃まで負担することは難しいとして、避難をあきらめたのです。
自主避難者が古里を離れたのは放射能の影響を避けたかったからです。根本さんの故郷の家も、裏山が除染されず放射線量は高いまま。やむなく新潟に中古の家をローンを組んで買ったものの、その選択が正しかったのか。根本さんは「いつも先が見えなくて、手探りです」と苦笑します。
◆社会の冷淡、政治が助長
原発事故がなければ苦労することもなかった自主避難者に、日本社会は冷淡です。「勝手に避難した。困窮は自己責任」「いやなら福島に帰れ」。心ない言葉がネット上にあふれます。
「避難するならご勝手に」と言わんばかりに自主避難者を顧みない政府の姿勢が、社会の冷たさを助長してはいないでしょうか。
福島県は一部地域を残して避難区域を解除し帰還を促しています。撤去方針が示された放射線量測定のモニタリングポストは街中に存続することになりましたが、事故から十一年を経ても避難を続ける人は、「復興」を掲げる政府には不都合な存在なのでしょう。
原発事故の翌一二年には、当時野党だった自民党も含む全会一致で「子ども・被災者支援法」が成立します。無用な被ばくを免れる「避難する権利」が明記された画期的な法律でしたが、政府は限られた支援策しか基本方針に盛り込まず、同法は骨抜きにされます。逃げる権利を担保する仕組みもつくられず、放置されたままです。
人権は、それを守る仕組みが伴わなければ、絵に描いた餅にすぎません。避難した選択を自己責任と片付け、何も公的に支援しないのでは、避難する権利が「ある」状態とは言えないのです。
国連の人権機関も、古里から避難する、しないにかかわらず、住民の被ばくを避ける方策をとるように日本政府に勧告しました。
災害多発列島に住む私たちは、いつ避難者になってもおかしくありません。そのとき人権は守られるのか。自主避難者の苦境は、私たちの行く末をも映し出しているように思えてならないのです。
=====================================================
[※↑ 双葉町での聖火リレーに際しての大沼勇治さん(報道特集 2021年03月27日[土])]
(2021年04月11日[日])
片山夏子・保坂千裕の両記者による、東京新聞の記事【「政府は押し切るのか」原発汚染処理水の海洋放出に福島の漁業関係者が憤慨】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/96490)。
《東京電力福島第一原発で保管が続く汚染水を浄化処理した後の処理水を巡り、菅義偉首相は7日夜、近く処分方法の方針を決めると明言した。政府が念頭に置く海洋放出処分となれば、漁業関係者への打撃は必至で、福島県や隣接する茨城県からは強い反対の声が上がった。(片山夏子)》。
『●《子どもたちに、原発が安全なエネルギーと思ってほしくない。同じ
過ちを繰り返さないため、声を上げられなかった人たちの分まで…》』
東電核発電人災汚染水放流に反対…(筆洗)《取り除くべきは放射性物質に加えて、地元の心配であり、悩みである。簡単には水に流せぬ》。
正に《簡単には水に流せぬ》し、流してはいけない。愚行。アベ様曰く《アンダーコントロール》なんでしょ? 元・最低の官房長官=現首相も「汚染水の『影響』は完全にブロック」と仰っているのでしょ? では、東電と国の方で、そのまま制御し続けてください。それを公約に、金(カネ)色の五つの輪を東京に招致したのですから、復興五輪と嘯いて。いまさら〝処理〟水を、なんで《海洋放出》《海に放出》する必要があるの? ブログ主は実害が出ると思いますが、風評だと仰るのなら、東京湾や(お維もお望みのようですから)大阪湾に放流すればいい。自民党や公明党の本部にでも降り掛けてみたら? ブログ主は《X年後》を恐れます。
利権漁りカースーオジサンは、4月13日にも、それを決める模様だ。愚かすぎるし、世界中の顰蹙を買うことになる。
『●東京電力原発人災、
今頃公開されたわずかな捏造・改竄映像からでも分かったこと』
『●東京電力原発人災、汚染水問題は続く』
「しかし、海に放出を検討なんて、無責任にもほどがある。
今も地下水を汚染し続けていると思うけれども、「ほとんどの種類の
放射性物質を法定濃度未満になるまで除去」するなんて本当にできる
のかどうか眉唾であり、それを海に放出するなんて許されるのか?」
『●トリチウム、使用済み吸着剤の処理・処分、…
再稼働や輸出なんてやっている場合か?』
『●屁理屈にもなっていない…
菅義偉官房長官「汚染水の『影響』は完全にブロック」』
『●「暴走するゾウ、ゴジラを解き放とうという「愚」」な
東電をどのように「信頼」すればよいのか?』
《原子力規制委員会は二〇一七年以降に海洋へ放出すべきだとして
いるが、全国漁業協同組合連合会(全漁連)は反発を強めている。
水産関係者にとっては死活問題だけに、当然だ。
米スリーマイル島原発事故の際にも、約六千トンのトリチウム汚染水が
残された。米原子力規制委は、河川への放出など九通りの選択肢を
地元住民に提示した。そうして選ばれたのが、ボイラーで少しずつ
大気中に蒸発させるという方法で、処理には十年をかけた。福島とは
量が違う。廃炉は早く進めたい。
しかし、トップダウンで決めるべきではない》
『●東京電力核発電人災、膨大な《デブリの総量も
3基で計約880トン》…1個のデブリを僅かに持ち上げた?』
《汚染水を浄化した後に残る放射性物質トリチウムを含んだ水の扱いも
異なる。TMIでは近くの川への放出が検討されたが、下流域の住民が
反発。91年から93年に約9000トンを蒸発させ大気中に放出処分
した。一方、第一原発では貯蔵量が既に100万トンを超えて増え続け、
政府が海洋放出などの処分方法を検討しているが、結論は出ていない》
『●《安倍晋三首相は…「まったく問題はない。
汚染水の影響は、港湾内で完全にブロックされている」と強調した》』
《交代直前に、薄めに薄めた“希釈した”表現で次の内閣に宿題を
言い放った環境相・原田義昭の発言の重みと衝撃をどうとらえるかは
内閣の大きなテーマとなる。 ★それは10日の閣議後の記者会見で、
東京電力福島第1原発から出る放射性物質を含んだ汚染水を
「思い切って(海に)放出して希釈するしか方法がない」という発言だ。
「海に放出する」となれば、ストロンチウムなどの放射性物質の
基準値を超えた汚染水を海に垂れ流すことになり、
「アンダーコントロール」発言を世界が蒸し返すだろう。ことに
韓国や中国などは強い反応を示す可能性があり、新環境大臣となる
小泉進次郎の発言が極めて重要となる》
『●むき出しの「言論弾圧政党」は《人材の宝庫》…
《この内閣の水準の低さ…自民党は…国民の気持ちを第一に考えな》い』
《経産の決定を環境相として真っ向から挑んでいくのが仕事ではないのか。
政治家としても閣僚としても2人の発言は憲政史上まれに見るお粗末さだ。
閣僚の発言は官房長官や首相の責任でもあることを付記しておく》
『●三浦英之記者の質問「今でも『アンダーコントロール』だとお考えで
しょうか」? アベ様のお答え「…その中で正確な発信をした…」!?』
《元東京都小金井市長の佐藤和雄事務局長は会見で「国が進める
核燃料サイクルは、既に破綻している」と述べた。佐藤事務局長らは、
運転開始から四十年を超えた原発は再稼働するべきではないとも指摘。
東京電力福島第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含んだ
水を、海洋放出の方が確実に処理できると強調した提言案を
政府小委員会が一月に大筋で了承したことを受け、
放出せずに長期保管するよう求めた》
『●東電核発電人災汚染水放流に反対…(筆洗)《取り除くべきは放射性
物質に加えて、地元の心配であり、悩みである。簡単には水に流せぬ》』
『●東京電力核発電人災から10年経って、この有様…アンダーコントロール
どころか人災は継続中、しかも、まだ核発電を続けたいという…』
『●武藤類子さん《本来ならその人たちにとってもこの10年、まったく
違った時間があったはず…原発事故は、その時間を奪ってしまった》』
=====================================================
【https://www.tokyo-np.co.jp/article/96490】
「政府は押し切るのか」原発汚染処理水の海洋放出に福島の漁業関係者が憤慨
2021年4月8日 06時00分
東京電力福島第一原発で保管が続く汚染水を浄化処理した後の処理水を巡り、菅義偉首相は7日夜、近く処分方法の方針を決めると明言した。政府が念頭に置く海洋放出処分となれば、漁業関係者への打撃は必至で、福島県や隣接する茨城県からは強い反対の声が上がった。(片山夏子)
【関連記事】原発汚染処理水の海洋放出へ最終調整 地元の理解得られぬまま
福島県北部の新地町の漁師小野春雄さん(69)は「全国漁業協同組合連合会(全漁連)も福島県漁連も絶対反対という中、政府は押し切るのか。原発事故の被害を受けた地元や漁業者への説明も足りない。十分に声も聞かず、話し合いもせず決めるのか」と憤慨した。
2011年3月の原発事故後、福島の漁業は窮地に陥った。漁獲量を制限した試験操業は8年9カ月続き、今年3月に終了。4月からは本格操業に向けて、水揚げ量を増やすことになったばかり。小野さんは「我慢を重ねようやくだとほっとしたのに、風評被害の具体策も示されていない。われわれには死活問題。今このタイミングで流せば、後継者のなり手もいなくなり福島の漁業は衰退する」。
相馬原釜魚市場買受人協同組合長の佐藤喜成さん(68)は「今でも福島県の魚は価格が低い。10年たっても年収は半分にも満たない。風評被害は絶対に起きる。補償するなら漁業者だけでなく、仲買人や小売業者の補償もすべきだ」と訴えた。「流せば生きている間、そして息子の代もずっと影響を受ける。これだけ反対の声が上がっているのに、国は一方的に強引に流すというのか」
市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」の三春町の大河原さきさん(69)は、福島の多くの市町村が海洋放出に反対か慎重な判断を求めていることに言及。「県民の意見を聞く場を求めたが、ほとんど開かれなかった。影響は福島だけではなく、全国的な議論をすべきだ。民意を無視して、強行して決めるのは許されない」とくぎを刺した。
◆茨城県内からも「絶対に困る」
福島県境に近い大津漁協(茨城県北茨城市)の60代漁師は、菅首相が全漁連の岸宏会長との面会で海洋放出への理解をあらためて求めたことについて「絶対に困る」と語気を強めた。
「震災から10年たった今でも、大津の魚は(県内でも南に位置する)大洗や久慈より安い」と嘆き、海洋放出が決まった場合の補償に対する不安も訴えた。
別の50代漁師も「死ぬまで漁師をするつもりだった。せっかく魚が売れるようになったのに、また10年前のように騒ぎになってしまう」と風評被害の再燃を懸念した。(保坂千裕)
=====================================================
[※ ↑「原発さえなければと思います」(週刊金曜日、2021年03月12日、1320号)]
(2021年03月20日[土])
マガジン9のインタビュー記事【この人に聞きたい 武藤類子さんに聞いた:原発事故から10年。東電刑事裁判と福島の今】(https://maga9.jp/210317-3/)。
《「私たちはいま、静かに怒りを燃やす東北の鬼です」──2011年9月、福島第一原発事故から半年後の集会で読み上げられた武藤類子さんのスピーチは大きな反響を呼び、多くの人の心を揺さぶりました…。それからもうすぐ10年。原発事故と向き合い、東京電力の刑事責任を問う活動などを続けてきた武藤さんは何を思い、いまの日本をどう見ているのでしょうか。お話をうかがいました》。
『●東京電力核発電人災の刑事裁判: 東京地裁永渕健一裁判長の判決は、
あまりに酷い理由も含めて《司法犯罪とも言える不当判決》』
《被告人全員無罪! 2019年9月19日、福島第一原発事故刑事裁判の
判決が下された。司法犯罪とも言える不当判決の内容を弁護士・
海渡雄一が徹底解説する、前作「東電刑事裁判 動かぬ証拠と原発事故」
の改訂版。東京高等裁判所での控訴審を前に全国民必見の33分間!!》
『●東京電力核発電人災後に《福島県から千葉県などに避難した住民ら
43人が国と東電に損害賠償を求めた集団訴訟の控訴審》で逆転判決』
『●東電核発電人災から10年: あの人災から何の教訓を得ることもなく、
何も変わらないニッポン…核発電〝麻薬中毒〟から抜け出せないまま』
『●希望の牧場・吉沢正巳さん「この牛たちを見て、命の扱い方とか、
原発があるというのはどういうことかを考えるきっかけになってほしい」』
『●《「国に法的責任はある」−原発事故で千葉県に避難した人々が
起こした訴訟での東京高裁の判断だ。規制権限の不行使を厳しく指弾した》』
『●《「知っている町はどこかに行ってしまいました。返してください!
10年前を!」。故郷をめちゃくちゃにされたことへの怒りは深かった》』
《避難者の人たちだって、多分ほとんどの人は「叶うなら帰りたい」と思っているでしょう。でも、それはただ同じ場所に戻りたいということではなく、慣れ親しんだ、かつてのふるさとに帰りたいということ。「帰りなさい」と言いながら、復興予算がじゃぶじゃぶ投入されて知らない建物が次々に建ち、新しい住民ばかりが増えて、以前とはまったく違う「ふるさと」になってしまっているというのは、大きな矛盾だと思います》。
東電や国はさっさと「原状回復」して見せてほしい…10年も経ってしまったではないですか。下記CMLより、《ひとりひとりの市民が… 国と東電の責任を問い続けています。そして、原発はもういらないと声をあげています。私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です》。
『●脱アクションウィーク、5万人集会』
「最後の福島の被災市民としての武藤類子さんが
訴えておられる映像がとても印象に残りました。
その文章おこしされたものはCML
(http://list.jca.apc.org/public/cml/2011-September/011909.html)
にありますので、一読して頂きたいです」
『●再稼働・輸出問題に続いて、東京電力原発人災下の
五輪招致騒動: 「あろうことか」、の連続』
《団長を務める武藤類子さん(60)は「抜本的な対策を取らない
と大量な汚染水が出ることは、東電にとって想定内だったはず。
文書はそれを示す証拠だ。これまでのずさんな汚染水対策を見ると、
私たち被災者の犠牲はなんだったのかと思う」と憤る》
『●「東電元幹部の罪と罰」
『週刊金曜日』(2014年9月19日、1008号)についてのつぶやき』
《武藤類子氏【これでも罪を問わないのか】。
明石昇二郎さん【東電関係者の「不起訴」理由 検察は、いかに
原子力ムラに丸め込まれたか】、「告発人として主任検事から
詳細な説明を受けていた筆者が、その詳細を暴露する……
御用電力学者の言い訳を鵜呑み……原子力ムラにしてやられた検察」》
『●原状回復が損害賠償の基本: 東京電力原発人災で
「ふるさとをなくした痛み」は全く癒えていない』
《「東京電力福島第一原発事故で国と東電の刑事責任を
追及している福島原発告訴団の武藤類子団長は「原発事故が
解決していない中での再稼働は信じ難い」と強調。川内原発建設
反対連絡協議会の鳥原良子会長は「民意を反映しない
鹿児島県や薩摩川内市の再稼働同意に住民は大きな怒りを
感じている」と述べた》
《原発事故被害者団体連絡会が設立された。被災者の悲しみ、
怒りは、激しく、深く。共に訴え、助け合うため団結した。
それは私たちとも無関係ではあり得ない。福島が求めている
のは、当然そうあるべきことだけだ。謝罪と被害の完全賠償、
暮らしと生業の回復、詳細な健康診断と医療保障、
および被曝(ひばく)低減策、そして、事故の責任解明-》
『●東電核発電人災、「だれひとり刑事罰を問われなくて
いいのか」? 「市民の正義」無き国ニッポン』
《長い困難な裁判になるのだろうが、みんな裁判にかけている。
団長の前いわき市議佐藤和良さんは「有罪に持ち込むため、
スクラムを組もう」と訴えた。副団長の武藤類子さんも
「最悪の事故を経験した大人として、未来に対して何ができるか」
と問うた。私も、市民の正義を求める人びととともに
「われらゆるがず」の歌声に連なりたい。 (佐藤直子)》
『●武藤類子さん《沖縄で闘っている人の言葉…「国を相手に
ケンカしたって勝てない。でも、おれはやるんだ」》』
「レイバーネットのコラム【●木下昌明の映画の部屋 250回/
原発事故に翻弄された14人~土井敏邦監督『福島は語る』】
…。《映画は、生活を根こそぎ奪われ、人生を翻弄された
14人の被災者に焦点を当てている。…暮しの中から被災後の困難を
浮かび上がらせているのが特徴だ》」
《こういった人々の語りから「病めるフクシマ」という言葉がじわり
と浮かんでくる。福島原発告訴団の武藤類子団長が登場する章では、
「自分たちは理不尽な被害者なのに、黙っていていいの?」
と問いかける武藤団長が、沖縄で闘っている人の言葉を紹介する。
「国を相手にケンカしたって勝てない。でも、おれはやるんだ。
それが尊厳なんだ。プライドなんだ」 胸に響く。》
=====================================================
【https://maga9.jp/210317-3/】
この人に聞きたい
武藤類子さんに聞いた:原発事故から10年。東電刑事裁判と福島の今
By マガジン9編集部 2021年3月17日
「私たちはいま、静かに怒りを燃やす東北の鬼です」──2011年9月、福島第一原発事故から半年後の集会で読み上げられた武藤類子さんのスピーチは大きな反響を呼び、多くの人の心を揺さぶりました(前回のマガ9でのインタビューはこちら)。それからもうすぐ10年。原発事故と向き合い、東京電力の刑事責任を問う活動などを続けてきた武藤さんは何を思い、いまの日本をどう見ているのでしょうか。お話をうかがいました。
------------------------------------------------------------------------------
原発事故は「あったはずの時間」を奪ってしまった
──今年2月に出版された『10年後の福島からあなたへ』(大月書店)には、2012年1月に出版された前作『福島からあなたへ』の後、武藤さんが書いたり、話したりされてきた内容が収められています。本をつくる過程で東日本大震災と原発事故からの10年を振り返りながら、何を思いましたか。
武藤 とにかく、「どういう時間だったか」と振り返る時間もなく生きてきた10年だったな、と思いました。長かったのか短かったのかもよく分からない、そのくらい激変した人生を夢中で生きてきたという感じですね。
改めて感じたのは、原発事故がなかったら私は今、まったく違う時間を生きていただろうということです。私だけではなく、あの原発事故は本当に多くの人の人生を変えてしまった。特に、自宅に住めなくなるなど大きな被害を受けた方たちは、根底から人生が覆ってしまったわけで。本来ならその人たちにとってもこの10年、まったく違った時間があったはずだった。原発事故は、その時間を奪ってしまったんだということを強く感じました。
──原発事故がなかったら、武藤さんは今も、福島県三春町のご自宅で開いていた里山カフェを続けていらしたでしょうか。
武藤 そうかもしれません。実際には、原発事故直後からカフェは休業、3年目に正式に廃業ということになりました。家の周りで採れた木の実なども料理に使うお店だったので、放射能の影響がある中での継続は難しいと考えたのです。
その後は、東京電力幹部の刑事責任を問う「福島原発告訴団」の団長として活動しながら、地元で放射能の市民測定所をつくるための働きかけをしたり、被曝に関する専門家をお呼びして講演会を企画したり、いろんなことをやってきました。子どもたちを放射能から守るために何ができるだろうと模索しながらも、必死で両手にすくった砂が指の間からこぼれ落ちていってしまうようなもどかしさが常にありましたね。
──それはどうしてですか。
武藤 あれだけの事故があったにもかかわらず、原発による被害はなくなるどころか、形を変えて分かりにくくなりながら、むしろ広がっていっていると感じたからです。
そもそも、福島第一原発の事故そのものがまだ収束したわけではありません。今年2月にも東日本大震災の余震で大きな地震があり、1・3号機の格納容器の水位が下がったと伝えられました。直接的な意味でも原発事故は終わっていなくて、この先も何があるのか分からない状態なんですよね。
しかも、そこでは今もたくさんの人たちが被曝しながらの労働に従事している。よく「廃炉」作業といわれるけれど、実際には廃炉なんてまだまだ先の話で、その道のりさえ見えていません。
また、政府は原発から出た汚染水を浄化処理してもなお、放射性物質が残留する汚染水を海洋放出する方針を繰り返し示していますよね。加えて、除染作業で出た土が双葉町・大熊町の中間貯蔵施設に運び込まれていて、その量が1400万立方メートルにもなっているんですが、これも再利用資材として全国に拡散しようとしている。2045年には全量を県外に出すとまで言っています。
──2014年に、「中間貯蔵施設での保管を始めてから30年以内に福島県外で最終処分する」ことを明記した法律(改正日本環境安全事業株式会社法)が成立しているんですね。
武藤 でも、今年環境省が実施したアンケートによれば、福島県外の人では8割以上が、そのことを「知らない」と答えていました。ほとんど知られていないままに、汚染土の拡散が進められようとしているわけです。
あと、除染作業やそこから出た廃棄物を処理する焼却事業、また木質バイオマス発電事業など、さまざまな形で原発関連企業の名前を見るようになっているのも気になります。かつて原発で利権を得ていた人たちが、「復興」に名を借りて再び福島で利権を取り戻そうとしているのではないでしょうか。
そんなことばかりが続く状況に、理不尽さと怒りを強く感じながら、なんとか自分にできることを探し続けてきた日々だったような気がします。
実情と乖離したまま、喧伝される「福島の復興」
──2020年には福島県双葉町で、「東日本大震災と津波に伴う原子力災害を後世に伝える」ことを目的に掲げる「東日本大震災・原子力災害伝承館」がオープンしましたが、その内容については批判も多いようです。
武藤 私も3回訪れましたが、内容以前にそもそも立地が問題だと思いました。まだ事故が収束していない福島第一原発からわずか4キロ、周囲はすべて帰還困難区域に指定されているような場所です。しかも、東側はすぐ海で、東日本大震災のときのような大津波が来たら、水没する恐れがある。そんなところにたくさんの人が集まるものをつくるのはどうなのか。しかも福島県は、高校生の修学旅行を誘致するとも言っているんです。
──展示についてはどうでしたか。
武藤 それも、私たちが本当に伝承してほしいことがまったく描かれていない、という印象でした。
原発事故が起きたときのこと、直後にみんなが避難せざるを得なくなって大変だったことなどは、映像も交えながらそれなりに詳しく描かれているのですが、避難先で子どもがいじめに遭ったとか、大事にしていた家畜やペットを置いたまま避難せざるを得なかったとか、そういうことはすっぽり抜け落ちてしまっている。事故後に子どもの被曝を予防するためのヨウ素剤配布が適切に行われなかったこと、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による、放射性物質の拡散状況予測データが公表されず隠されていたこと、東電が津波についての試算をしていたのに対策しなかったことなどへの反省も見当たりませんでした。嘘は展示していないけれど、本当に伝えるべき大事なことがスルーされているという感じでしょうか。
「伝承」の役割とは、起きたことを正確に検証し、反省して教訓を導き出すことだと思うのですが、それがまったくできていないと感じました。この伝承館だけでなく、原発の再稼働を進めようとする動きがあることなどを見ても、「同じような悲劇を二度と起こさない」という視点が、今の政策からは抜け落ちている気がします。
──「復興五輪」の言葉などに象徴されるように、政府は事あるごとに東日本大震災被災地の、そして福島の「復興」を強調しようとしているように見えます。ずっとそこで暮らしている立場として、福島の状況をどう見ていますか。
武藤 事故から10年経って、なんとか生活が落ち着いてきたという人も多いとは思います。ただ全体としては、やはり「復興」ばかりが叫ばれることで、不安や苦しみをますます口にしづらくなっているところがあるのではないでしょうか。
多くの人が、怒りや悲しみを心の中に押し込めて暮らしている。避難生活を続ける中で、鬱になってしまったといった話もよく聞きます。その結果が、2300人以上と他の被災県よりも圧倒的に多い「災害関連死」なのではないでしょうか。ある意味では「復興」という言葉が、人が抱えていて当然の痛みを外に出すのを邪魔してしまっているといえるかもしれません。
──避難生活を送っている人も、いまだ数万人にのぼるといわれます。
武藤 福島県の発表では、今年の初め時点で約3万6000人。ただ、これも正確に把握されているわけではなく、自治体や集計する機関によって「避難者」の定義が違うため、数はかなり違ってきます。県内の各自治自体が把握している避難者の数の合計は6万7000人以上と、3万人以上の開きがあるんです。
──2017年ごろからは、やはり「復興」を強調するためでしょうか、避難者への住宅支援を打ち切るなど、あからさまな「帰還政策」が取られてきました。
武藤 それでも、健康不安や生活基盤の問題から、帰らないという選択をする人は少なくありません。だから、補助金を出して新しい住民を呼び込み、それによって人口を増やして、見せかけの帰還率を上げている自治体もあります。「復興している」と宣伝されている福島の姿と、実際の状況とが、すごく乖離してしまっているんですね。
避難者の人たちだって、多分ほとんどの人は「叶うなら帰りたい」と思っているでしょう。でも、それはただ同じ場所に戻りたいということではなく、慣れ親しんだ、かつてのふるさとに帰りたいということ。「帰りなさい」と言いながら、復興予算がじゃぶじゃぶ投入されて知らない建物が次々に建ち、新しい住民ばかりが増えて、以前とはまったく違う「ふるさと」になってしまっているというのは、大きな矛盾だと思います。
福島原発刑事訴訟が明らかにしたこと
──さて、武藤さんが告訴団長を務められていた、福島原発刑事訴訟についてもお聞きしたいと思います。福島第一原発事故に対する東電幹部などへの刑事責任追及を求める裁判ですが、武藤さんたち告訴人が検察に告訴状を提出したものの、当初の結論は「不起訴」。最終的には二度にわたる検察審査会の「起訴相当」という判断を受けて、2015年7月に東電幹部3人の強制起訴が決定しました。
武藤 不起訴になったときは「この国は、これだけ大きな事件であっても責任をきちんと問わないのか」という絶望感があったので、強制起訴になったときは、ようやく裁判が開かれるんだ、とほっとしましたね。
2017年6月に初公判があり、そこから全部で38回の公判が開かれたので、私は全部傍聴しました。朝早くから並んで傍聴券を確保しないといけないのですが、告訴人や支援者などたくさんの人たちが協力してくれて。みんな毎回、始発電車に乗って集まってくれたんです。
──裁判の中では、それまで知られていなかった事実がいくつも明らかになったそうですね。
武藤 21人の方が証人として証言された他、メールや議事録などの証拠書類からもさまざまなことが見えてきました。すでに政府事故調査委員会の報告書なども出ていましたから、ある程度は推測がついていたこともあったのですが、中には驚くような新事実も出てきたんですね。
たとえば、被告の一人であった事故当時の東電会長、勝俣恒久氏も出席していた会議──「御前会議」と呼ばれていたそうなんですが──で、事故前から福島第一原発での津波対策の必要性が議題に挙がっていたこと。東北電力や日本原電など、太平洋沿いに原発を所有している他の電力会社とも、東電がリーダーシップを取って津波対策についての協議をしていたこと。その後、東電は経営判断によって津波対策をやめてしまうのですが、対照的に日本原電は独自で東海原発の津波対策をして、その結果東日本大震災による津波の際にも、ぎりぎりのところで事故に至らなかったということも明らかになりました。
──津波対策の必要性がしっかりと東電社内でも認識されていて、それなのにやらなかった、ということですね。
武藤 なぜやらなかったのかについても、元社員の方が証言しています。2004年の新潟県中越地震のとき、東電が新潟県に所有する柏崎刈羽原発では、火災が起きて放射性物質が漏れ出るなど大きな被害が出ました。その修理のために一時運転が停止されるのですが、その結果として東電は28年ぶりの大赤字を出してしまった。福島第一原発でも津波対策をするとしたら莫大な費用がかかるし、対策をするにはいったん原発を止める必要があるから、そうしたらまた大損失になる。それを恐れて、対策は見送るという判断になったというのです。
これは、明らかな東電の不作為です。危険性を認識していて、しかも対策をしようと思えばできたのに、やらなかった。裁判を傍聴しながら、これはどう考えても有罪だろうと確信していました。
──しかし、2019年9月に東京地裁が出した判決は「全員無罪」でした。
武藤 最初に裁判長が「被告人はいずれも無罪」と読み上げ、その後判決要旨を述べたのですが、この内容もひどかったです。
たとえば、東電が津波対策の必要性を認識する根拠の一つだった、文部科学省の地震調査研究推進本部が公表した「長期評価」を、「信頼に値しない」と切り捨て、だから東電が津波対策をしなかったことには妥当性がある、としている。でも、この長期評価は、国や東電の責任を問う他の民事訴訟でも、「東電が危険性を予測できた」ことの根拠として何度も認められているものです。また、裁判の中で出てきたさまざまな証言の取り扱いも、「この裁判長はいったい何を聞いていたんだろう」という感じで、まったく整合性がありませんでした。
──本当に、驚きとしかいいようのない判決でした。
武藤 裁判で検察官役を担当してくださった指定弁護士チームの方たちが、判決後の記者会見で「原子力行政に忖度した判決だ」と指摘されていて、「ああ、そういうことか」と思いました。
もちろん納得できるはずはなく、昨年9月に控訴趣意書を裁判所に提出しました。まだ予定は決まっていませんが、おそらく今年中には被告人側の答弁書が出て、裁判が始まるだろうといわれています。司法は本当の意味で独立した、正義が行われる場であってほしいと思うので、その期待は捨てずにいたい。控訴審では正しい判決を出してください、裁判所は正義の砦であってくださいと、訴え続けようと思っています。
(東電刑事裁判で明らかになった事実や、判決の問題点について
分かりやすく解説した短編映画『東電刑事裁判 不当判決』
(監督:河合弘之、企画・監修:海渡雄一)が、
福島原発刑事訴訟支援団のホームページで無料公開されています。)
福島で起きていることは「自分の身に起きていること」
──改めて、原発事故から10年です。武藤さんが、福島から今の日本を見ていて感じることはありますか。
武藤 強く感じるのは、一番大事にすべきもの──人の健康、人の命といったものが、まったく大事にされていなくて、二の次にされているということです。
コロナ対応を見ていてもそれを強く感じます。去年、仲間たちと東京オリンピック開催に反対する「福島はオリンピックどごでねぇ!!」というアクションを立ち上げたのですが、今の状況は日本全体、世界全体がどう考えても「オリンピックどころじゃない」ですよね。それなのに、政府やオリンピックの組織委員会は、いまだに開催を強行しようとしている。まさに、人の命が二の次にされているんです。
あるいは、今経済産業省が進めているエネルギー基本計画の見直し。原発の復権を盛り込もうとする動きがあるのを見ていると、この社会は命を大事にしないばかりか、「反省をすることができない社会」でもあるんだと感じます。何が起きたのかをしっかりと目をこらして見て、どこが悪かったのか反省をして、二度と同じことを起こさないための教訓を導き出す。そういう態度が抜け落ちているといえるのではないでしょうか。
──先ほどお話しいただいた伝承館にも、まさにそのことが表れているといえそうです。
武藤 そういう中で、福島で起きていることについても、多くの人たちに「遠くのどこかで起きていること」ではなくて、まさに今、自分たちの身に起きていることなんだという現実感を持って受け止めてほしい。そうでないと、気づかないうちにどこかに流されて、今度は自分自身が命を奪われるようなことになっていくんじゃないかと思います。
人権や尊厳が無視され、奪われて踏みにじられる。そういう状況は、これから災害などが起こるごとにいろんなところで起きてくるんじゃないか。福島では、それが先行して起こっているだけなんじゃないか。そんな気がしています。
──『10年目の福島からあなたへ』のまえがきの最後には、絶望の中に「光を見出せると信じて」とあります。私たちが「光」を見出せるとしたら、それはどこにあると思われますか。
武藤 実は、この部分は最初は「希望を見出せると信じて」と書いていたんです。でも、あまりにもこの10年、「希望」という言葉が空々しく、本当の意味とは違う意味で使われ続けてきたような気がして、自分の中でもしっくり来なかった。それで「光」と書き換えたんですが、本当はやっぱり本来の意味の「希望」を見出すことができればいいなと思いますよね。
そして、見出せるとすればそれは、若い人たちの存在にかな、と思います。これからの世代は、本当に大変な時代を生きていかなくてはなりません。福島だけではなく、世界中で核実験や原発から出てきた膨大な廃棄物を押しつけられ、気候変動やコロナのような感染症の問題と向き合い……私たちは原発事故の被害者ではあるけれど、同時に若い人や未来の世代に対する加害者でもあるという意識が、常にあります。
それでも、その厳しい状況を生きていく若い人たちの賢さに、私は期待したい。どうか私たちの間違いを繰り返さずに新しい道を切り開いていってほしいし、そうなるように手助けができたらと思っています。
(取材・構成/仲藤里美)
*
むとう・るいこ ●1953年生まれ。福島県三春町在住。養護学校教員などを経て、2003年に開業した里山喫茶「燦(きらら)」を営みながら反原発運動に取り組む。3・11原発事故発生後、「さようなら原発5万人集会」でのスピーチが反響をよび『福島からあなたへ』(大月書店)として書籍化。2012年に結成した福島原発告訴団の団長として全国に告訴運動をよびかけ、以後も東京電力の責任を問う活動を継続している。原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)共同代表、3・11甲状腺がん子ども基金副代表理事。他の著書に『どんぐりの森から』(緑風出版)など。
=====================================================
東京新聞のコラム【筆洗】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015101002000166.html)。
nikkan-gendaiの記事『福島の甲状腺がん発生率50倍…岡山大・津田教授が警告会見』(http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/165762)。
《おじいさんが諭す。…おじいさんに、少年は言う。「ぼくらみんな、もうすぐ死んじゃうから」。チェルノブイリ原発の事故後、現地ではこんな会話が聞かれたという…大戦と原発事故をともに経験したある医師は作家にこう問い掛けたそうだ。「人々は、自分が壮大なできごとの参加者だということがわかっているのだろうか」》。
《「甲状腺がんの発生率がナント! 国内平均の「50~20倍」に達していた――という内容…「原発事故と甲状腺がんの因果関係は不明」とトボケ続けている政府と福島県の責任は重い》。
『●映画『放射線を浴びた『X年後』』:
「こんな巨大な事件が、・・・日本人としての資質が問われる」』
『●米軍の「差別性の極み」:NNNドキュメント’14
『続・放射線を浴びたX年後 日本に降り注いだ雨は今』』
『●東電原発人災の『X年後』:
厚生省「1.68ミリシーベルト」 vs 研究者「1400ミリシーベルト」』
『●東京電力原発人災から『X年後』
・・・・・・取り返しのつかないことが現実化してはいまいか?』
『●「アベノミクス選挙という愚」
『週刊金曜日』(2014年12月05日、1019号)について』
「【金曜日から】の「単行本『放射能を浴びたX年後』・・・
その「ただちに」から「X年後」、我々は黒塗りの理由を知ることに
なるのだろうか。(本田政昭)」」
『●「私たちは被ばく船員を見捨ててきたと痛感」
・・・2011年から「X年後」を怖れる』
2011年3.11東京電力原発人災から「X年後」を怖れる…、いや、2011年から「X年後」を怖れていたのに…ニッポン政府や電力会社は腐ってる。
自公議員や原発推進議員、その投票者、さらに、電力会社や原子力「ムラ寄生」委員会等々「は、自分が壮大なできごとの参加者だということがわかっているのだろうか」? 《本の副題は「未来の物語」とした▼だが、この副題は隠喩以上の意味を持つこととなった。福島の事故を見て彼女は「私は過去についての本を書いていたのに、それは未来のことだったとは」と慨嘆したという》。
『●終わらない原発人災の影響:「震災さえ」ではなく 「原発さえなければ・・・」』
「「震災さえ」ではなく、「原発さえなければ・・・」である。
「原子力郷土の発展豊かな未来」「原子力明るい未来のエネルギー」
「原子力正しい理解で豊かなくらし」を信じ込ませた自民党議員や
電力会社幹部といった東京電力原発人災の責任者・「罪人・犯罪者」は、
誰一人として罰せられることもなく、まだのうのうと生活している」
『●ドキュメンタリー映画『わすれない ふくしま』:
「震災さえ」ではなく 「原発さえなければ・・・」』
『●反省なき自民党を体現:
「原発事故によって死亡者が出ている状況ではない」』
『●年20ミリシーベルトでOK!?:
20倍にアップ、そして「自己責任」に逃げた原子力「推進」委員会』
=====================================================
【http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015101002000166.html】
【コラム】
筆洗
2015年10月10日
バスの中で、お年寄りに席を譲ろうとしない男の子に、おじいさんが諭す。「きみが年をとったときにも、席を譲ってもらえないぞ」。「ぼくはぜったいに年をとらないもん」と言い返す男の子▼「なぜだね?」と聞くおじいさんに、少年は言う。「ぼくらみんな、もうすぐ死んじゃうから」。チェルノブイリ原発の事故後、現地ではこんな会話が聞かれたという▼今年のノーベル文学賞に選ばれたスベトラーナ・アレクシエービッチさんは、五百人もの被災者の声を聞き、それを刻み込むように『チェルノブイリの祈り』(松本妙子訳、岩波書店)を書いた▼この本の執筆時に彼女は、過去ではなく未来のことを書いているという感覚を持ったそうだ。原発事故は経済の効率や国家の強大さを追い求める価値観では、生き延びられぬ時代の到来を示したのではないか。そんな思いから、本の副題は「未来の物語」とした▼だが、この副題は隠喩以上の意味を持つこととなった。福島の事故を見て彼女は「私は過去についての本を書いていたのに、それは未来のことだったとは」と慨嘆したという▼人類は核と共存しうるのか。常にそう問われる時代に私たちは生きている。大戦と原発事故をともに経験したある医師は作家にこう問い掛けたそうだ。「人々は、自分が壮大なできごとの参加者だということがわかっているのだろうか」
=====================================================
=====================================================
【http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/165762】
福島の甲状腺がん発生率50倍…岡山大・津田教授が警告会見
2015年10月9日
(外国特派員協会で会見した津田教授(C)日刊ゲンダイ)
岡山大大学院の津田敏秀教授(生命環境学)が6日付の国際環境疫学会の医学専門誌「エピデミオロジー(疫学)」に発表した論文に衝撃が広がっている。福島県が福島原発事故当時に18歳以下だった県民を対象に実施している健康調査の結果を分析したところ、甲状腺がんの発生率がナント! 国内平均の「50~20倍」に達していた――という内容だ。
8日、都内の外国特派員協会で会見した津田教授は「福島県では小児や青少年の甲状腺がんの過剰発生がすでに検出されている。多発は避けがたい」と強調した。
福島県で原発事故と子どもの甲状腺がんの因果関係を指摘する声は多いが、権威ある医学専門誌に論文が掲載された意味は重い。国際的な専門家も事態を深刻に受け止めた証しだからだ。
津田教授は会見であらためて論文の詳細を説明。原発事故から2014年末までに県が調査した約37万人を分析した結果、「二本松市」「本宮市」「三春町」「大玉村」の「福島中通り中部」で甲状腺がんの発生率が国内平均と比較して50倍に達したほか、「郡山市」で39倍などとなった。
津田教授は、86年のチェルノブイリ原発事故では5~6年後から甲状腺がんの患者数が増えたことや、WHO(世界保健機関)が13年にまとめた福島のがん発生予測をすでに上回っている――として、今後、患者数が爆発的に増える可能性を示唆した。
その上で、「チェルノブイリ原発事故の経験が生かされなかった」「事故直後に安定ヨウ素剤を飲ませておけば、これから起きる発生は半分くらいに防げた」と言い、当時の政府・自治体の対応を批判。チェルノブイリ事故と比べて放射性物質の放出量が「10分の1」と公表されたことについても「もっと大きな放出、被曝があったと考えざるを得ない」と指摘した。
一方、公表した論文について「時期尚早」や「過剰診断の結果」との指摘が出ていることに対しては「やりとりしている海外の研究者で時期尚早と言う人は誰もいない。むしろ早く論文にしろという声が圧倒的だ」「過剰診断で増える発生率はどの程度なのか。(証拠の)論文を示してほしい」と真っ向から反論。「日本では(論文が)理解されず、何の準備もされていない。対策を早く考えるべき」と訴えた。
「原発事故と甲状腺がんの因果関係は不明」とトボケ続けている政府と福島県の責任は重い。
=====================================================