O's Note

いつまで続くか、この駄文

身近にいればいいかも。

2008-03-17 22:20:40 | 涜書感想文
 「ここにあるお皿をぜんぶ割りたいと思うこと、ない?」
 学生時代、あるレストランでアルバイトをしていました。ある時、高く重ねられたお皿の前で、そこの主任が小生に発した一言です。
 いつも温厚な主任でしたがストレスが溜まっていたのかもしれません。物理的に割ることはできても、実際に割ってしまえば、その先、自分の立場や身分が脅かされることを思えば、実行に移すことはできないでしょう。
 こんな時、ストレスを発散できる「誰か」あるいは「何か」が身近にいれば(あれば)、少しは気が楽になるハズです。

 奥田英朗『空中ブランコ』(文春文庫、2008年1月)

 この本は、飛べなくなったサーカス団員、先端恐怖症になったヤクザ、義父のカツラを外したくて仕方ない医学部の大学教員、送球コントロールを失ったプロ野球の3塁手、そして自分の作風が嘔吐や脅迫を招く女流作家などが、精神科医のもとを訪れることによって引き起こされるハプニングが題材になっています。
 ほとんど患者が訪れない伊良部総合病院精神科。この病院の御曹司にして精神科医師、医学博士・伊良部一郎。患者が診察室に入るたび発せられる「いらっしゃーい」という場違いに明るい声。そして簡単な問診後、これまた場違いな雰囲気を持つ看護師マユミちゃんに命じて打つビタミン注射。訪れる誰もが『こんなんじゃダメだ』と思いつつリピーターになり、挙げ句の果てには伊良部にいわれるままの行動に出てしまう。
 人をおちょくるような伊良部ではあっても、時々まともなことをいうために、患者は伊良部のペースに乗せられてしまいます。そして気が付けば、『治ったのではないか』と思わされて物語は終わります。

 読み始めたばかりの頃は『つまらんナンセンスものだな』と思いましたが、読み進めていくうちに、いろいろ考えさせられてしまいました。
 ストレスの原因はほんの些細なことに起因します。しかしそれがもとで自分の思考や行動の様式に変調をきたします。『わかっているけど・・・』という精神状態です。人と人との繋がりの中で生活し、自分がその中で一定程度の「立場」を得ている場合、とくに強く変調をきたします。この本では、登場人物それぞれが一定程度の「立場」に立っており、それゆえにストレスも強いという共通項で描かれています。
 「やればいいじゃん」といういうのは簡単です。でもそれができないから悩むわけです。伊良部は、「やればいいじゃん」というだけではなく、「一緒にやろう」(場合によっては自分だけがやるという悪い癖もあるのですが)という精神の持ち主。最初はこれが本来の病気とは別に患者を悩ませることになるのですが、やがては引きずり込まれてしまいます。
 思えば、伊良部の処方箋は「自分に対する素直な気持ち」だったのかもしれません。

 こんな人物が身近にいてくれれば、どんなにか楽になるでしょう。でも現実は、自分で何か解決策を探さなければならないことも事実ですね。
 で、そんな時、小生はといえば・・・。

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