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O's Note

いつまで続くか、この駄文

ひとり日和

2007-02-21 21:04:33 | 涜書感想文
 第136回芥川賞受賞作が掲載されたので、めったに買わない『文藝春秋』三月特別号を購入して読んでみました。(前回『文藝春秋』を買ったのは、2003年に20歳でダブル受賞を決めた『蛇にピアス』『蹴りたい背中』が掲載されていた号。)
 受賞作は、すでに単行本化されている青山七恵『ひとり日和』。
 青山氏も23歳とかで、芥川賞受賞作家としては、金原ひとみや綿矢りさに次ぐ若さ。
 読んでみようと思ったキッカケは、事前の報道された選考委員の選評。村上龍は「読んでいる途中から候補作であることを忘れ、小説の世界に入ってしまった。」というし、石原慎太郎は「都会で過ごす若い女性の一種の虚無感に裏打ちされたソリテュードを、決して深刻にではなしに、あくまで都会的な軽味で描いている。」という(石原評は何だか意味不明ながら)。
 こういった選評を先に知らされては、『読んでみようかなー』という気にさせられます。
 設定は、20歳の女性が遠い親戚筋にあたる71歳のおばあさんと同居する春夏秋冬を描いたもの。場所は京王線沿線。主人公のちょっとした悪い癖や、主人公とその彼氏、そしておばあさんとその彼氏(笑)との関係などがサラリと描かれているのですが、設定としては「ありえないよなー」と思いつつ「でもこれが純文学(私小説系)だよなー」と思いながら読みました。
 大衆文学が読者を楽しませる作品であるとすれば、それとは違って、純文学は作者の好みの問題だと思いますので、純文学を評価するのは難しいでしょう。あの、太宰治を、小生は好きですが、選考委員の川端康成は嫌っていましたし。小生と川端を比較するのもおこがましいことですが・・・。
 金原ひとみにせよ、綿矢りさにせよ、そして青山七恵にせよ、「今時の20歳ぐらいの女性の感覚というのはこんな感じなんだな」と理解するには、それが正しい理解であるかどうかは別にして、恰好の材料でしょう。思うに、守ってあげたいような弱さっていうのが感じられませんね。いや、弱さは十分にあるのですが(『ひとり日和』でも主人公は自分の弱さを露呈している)、どこか斜に構えているというような、すぐに降りてしまうというような、醒めてしまっているというか、おじさんから見れば、「どーも、弱っちゃったな」といった感じです。その点でいえば、島本理生『ナラタージュ』は、おじさんでも共感できる作品でした(もっともこちらは大衆文学かもしれませんが)。
 というわけで、書評にも何にもならない感想ですが、ぜひ、現役の学生さんの読後の感想を聞いてみたいところです。

マネロン

2007-02-09 18:01:53 | 涜書感想文
 お金に色は付いていないなんていう表現があります。おサイフに入ったお金は、仕事をして稼いだお金でも、ギャンブルで儲けたお金もみんな同じ、というわけです。(もっとも悪銭身につかず、なーんていうことわざもあるにはありますが。)
 先日、大学生協の書籍コーナーを眺めていたら、面白い帯広告の新書が目にとまりました。

 本書は、こんなあなたの役に立ちます。
 □マネーロンダリングしようと考えている人。→マネロンは犯罪です。
 □脱税に思いをめぐらせている人。→納税は国民の義務です。
 □金融詐欺で一攫千金を夢見ている人。→刑務所が待っているかも。
 □会社の裏金づくりに携わっている人。→粉飾決算は違法です。
 □ヤクザ・裏社会方面の皆さま。→悪用厳禁。
 □億万長者・富裕層の方々。→使いこなせるかな?

 そしてご丁寧にも、その下に、ポイントをかなり落として、次のようにも記載されていました。

 *本書に掲載された事例を実践するのは自由ですが、それによっていかなる経済的・身体的・精神的損失を被ったとしても、著者・出版社はいっさいの責任を負いません。

 マネーロンダリング(資金洗浄)は、最近ではよく聞く言葉で、「黒く色づいたお金を洗って他のお金と同じようにすること」というような意味で理解していたのですが、本をぺらぺらめくると、面白い事例がいくつも紹介されていましたので購入してみました。
 橘玲『マネーロンダリング入門-国際金融詐欺からテロ資金まで』(あの!幻冬舎新書)
 本書では、マネーロンダリングを次のように定義しています。

 【マネーロンダリング Money Laundering】
 資金洗浄。タックスヘイブンやオフショアと呼ばれる国や地域に存在する複数の金融機関を利用するなどして、違法な手段で得た収益を隠匿する行為。(中略)法的には脱税資金の隠匿はマネーロンダリングに含まれないが、広義には所得隠しなど裏金にかかわる行為を総称することもある。

 ここで違法な手段とは、麻薬・武器密売・人身売買など、その行為自体が人道にもとる犯罪で、この犯罪行為から得られた資金がマネーロンダリングの対象になります。これが、いわば狭義のマネロンの対象といえるでしょう。しかし本書では、こればかりではなく、広義の行為(裏金づくりなど)に関する事例も紹介しています。
 読んでみるとマネロンには実に多様なパターンがあって、金額の大きさに驚かされます。最低でも数十億円ものお金が洗浄されています。
 そういえば、昨日の日経では、「資金洗浄の検挙、最多の127件に」という記事が出ていました。記事では「127件のうち、暴力団の関与が確認されたのは53件。また、マネーロンダリングの前提となる犯罪は、詐欺が38件で最も多く、大半が振り込め詐欺だった。出資法・貸金業法違反などのヤミ金融事件が25件、売春防止法が16件だった。」と紹介されています。
 違法行為の見本のような感じですね。マネロンの根本的問題は資金洗浄したい人がいて、それを引き受ける人がいることにあるでしょう。この本でも、そういったマネロンを引き受ける人や組織が実名で描かれています。
 個人的には、コルレス銀行とコルレス口座の存在を知ったことが新鮮でした(第3章「北朝鮮はなぜ核兵器が必要なのか」)。
 コルレス銀行とは、コレスポンデント(中継地)銀行の略語で、これについて次のように説明されています。

 あなたは近所の支店窓口で勧められて、1000ドルの外貨預金を始めることにした。するとやまと銀行(※前後の文脈で使われている仮の銀行-大原)は、あなたの口座から12万円を引き落とし、それを通貨市場で1000ドルに交換したうえで、ヤンキー銀行にあるやまと銀行名義の口座に入金する(1ドル=120円で計算)。なぜこんな面倒なことをするかというと、日本の銀行は直接ドル預金を受け入れることができず、購入したドルを現金にしていちいち日本に運ぶわけにもいかないからだ。こうしてあなたのお金は、知らないうちに海の彼方の名前すら知らない銀行に移ってしまったのである。
 金融用語では、この場合のヤンキー銀行を「やまと銀行のコレスポンデント銀行(コルレス銀行)」、ヤンキー銀行にあるやまと銀行名義の口座を「コレスポンデント口座(コルレス口座)」という。(p.113)

 日本のN銀行が米国のA銀行とコルレス契約をしている場合、A銀行はN銀行のコルレス銀行で、そこに開設しているN銀行の口座がコルレス口座というわけです。
 現物の日本円を、これまた現物の米ドルにすることは簡単なことではなく、『いわれてみればそうだよな』と思えることですが、協定がない日本の銀行は外貨を扱えないことになるわけです(ずーっと昔は旧東京銀行だけだったですね、外貨を扱えたのは)。外貨預金などといっても、帳簿上(通帳上)外貨を保有していることが記載されているだけで、自分の手元に外貨があるわけではなく、日本の銀行と海外の銀行がネットワーク上でやりとりをしているだけなんですね(小生もかつて外貨預金をしていましたが、その銀行はcitibank。これは米国の銀行なのでコルレス銀行云々の事例には当てはまらないのかな)。
 ところで、肝心のマネロンの話ですが、最近、小生の身近でも「これは一種のマネロンではないかな」と思う事例にぶつかりました。
 たとえば、その経済活動が合法であっても、社会的に見て「これはちょっとな」と思われる会社ってありますよね。そんな会社の一つが、CSRの一環として利益の一部を社会貢献活動に使おうと考えて資金の提供先を探しています。その会社からすれば、会社の利益の一部であって何の問題もないわけです。しかし、その利益をどうやって獲得したのかが問題で、ある種困っている人から「合法的に」得たお金(利益)を社会に還元しようというわけです。「だったら困っている人に返してあげなさい」といいたくなります。でも、その会社からすれば、それではCSRに取り組んでいますというアピールにならないわけですから、そんなことはするはずもありません。
 「先方は合法的経済活動だし、お金に色は付いていないのだから割り切って提供を受けましょうよ」という意見がないこともありません。しかし、受け入れたとたん、ある種のマネロンに荷担してしまうのではないかという危惧があります。その会社から見れば、資金が手元に残るわけではありませんが(この意味で狭義のマネロンではない)、提供先が資金を受け入れたことによって、会社が保有するお金を「洗浄した」ように捉えることもできます。このことによって、もしかすると「我が社はこんなCSRに取り組んでいます」と宣伝するでしょうし、「ここも受け入れましたよ」と吹聴して他にもアプローチするかもしれません。一方、受け入れた側でも、その資金を活動資金として他の資金と同じように扱うでしょうから、他から見れば、そのお金の素性(困っている人々が払ったお金)は表には現れず、いい活動をする団体のきれいなお金として見なされることになくなります。
 こうしてみると、やっぱりお金に色が付いていて、素性がはっきりしたきれいなお金がいいですし、堂々と使えるということになるでしょうね。
 しかし、そういったお金は決まって金額が小さいのが玉にきず。(苦笑)  

凛冽の宙

2007-01-28 20:30:11 | 涜書感想文
 昨日の日経朝刊に「三菱東京UFJ銀、一部業務停止命令へ 不正関与で金融庁」という大きな記事が掲載されました。
 繰り返される企業の失態に、我々は感覚が麻痺してしまい、挙げ句の果てには「どこでもやってることさ」と、とくに驚きもせず、あきらめてしまうことがあります。
 そんな記事が掲載された日、幸田真音『凛冽の宙(りんれつのそら)』を読み終えました。
 この本では、不良債権処理に苦しむバブル崩壊後の企業を逆手にとって利益を生み出そうとする外資系証券会社の日本法人社長坂木と投資顧問会社古樫という二人の人物を通して、日本の金融システム全体の問題点を指摘しています。(本書の最初の出版は2002年で、小生が読んだのは講談社文庫版です。)
 つい昨年話題になったIT界の寵児や、まさに投資顧問会社社長として名をはせながら逮捕された某氏を彷彿とさせる古樫。
「世の中というものは、賢い奴のためにある。そしてそうした人間を選んで、金もまた、向こうから近づいてくるものだ。」(p.112)
 古樫はこのような考え方をする人物として登場しています。「世の中というものは、賢い奴のためにある。」というのは、『ドラゴン桜』で桜木が生徒たちに語った「世の中、頭のいい奴の都合のいいように作っている。」と平仄が合っているように感じます。
 物語は、古樫の逮捕、金融庁による坂木の証券会社の捜査など、まさに今現在、現実に起こっていることが描かれています。
 この本の中で不良債権処理のケースが二箇所で紹介されています。最初は坂木の部下、島崎が水沢に解説する邦銀の不良債権処理(pp.222~229)。次が生保の不良債権処理(pp.276~290)。この二つのケースは、非常に明快に書かれていて、『なるほど』と唸ってしまいます。幸田は、後者のケースで、水沢の質問に対して島崎に次のように語らせます(p.276)。
水沢「だけどね、島崎さん。問題はその方法論でしょう」
島崎「お上は、早く不良債権を減らせとは言うけれど、その方法については何も言わないのさ」
 まさに、ここに不良債権処理に関する制度上の欠陥があります。
 そもそも不良債権を処理すると貸借対照表から不良債権が外れます。表面的には、B/Sから不良債権を外すことが重要なのであって、その方法が適切かどうかはお上(金融庁)は問わないというわけです。しかし、あまりあくどいことをやり、その結果社会的な問題として騒がれ出すと、お上はスケープゴートとしてどこか一つに狙いを定めて摘発することになります。(三菱東京UFJ銀もスケープゴート?)
 実直な坂木は、結局、自らも取り調べを受ける身になりながら、親会社の策略に巻き込まれながらも、日本の金融システムの不備につけ込む親会社からの圧力と対峙するかどうか悩みます。
 そんな中、かつての上司が住むノルウェイを訪れて坂木が見たものはオーロラ。

 いったい、いまのはなんだったのだろう。
 わずか十分に満たないような、そのくせ永遠にも等しいものほどの、北極圏の空の奇跡は、かくも圧倒的に自分をうちのめし、不思議な満足感を残して、消え去った。
 地球という、限りない生命体の、あれは健康な息遣いだ。
 優雅に、だが、したたかに、凛冽の宙に舞う確かな存在の証なのだ。
 坂木は、はっとわれに返った。
 突然、心を照らすものを感じたからだ。(p.504)

 ここにタイトルが使われています。オーロラを見たことによって、それまで逡巡していた坂木の気持ちが決まり、読んでいる方も思わず「がんばれ!」と叫びたくなる場面です。
 ところで、幸田真音(こうだ・まいん)の本は、これまで『日本国債』や『傷-邦銀崩壊』などを読んでいますが、ハラハラドキドキのストーリーで楽しませてくれますし、展開金融界の最先端を知るには恰好な読み物です。とくに謎解きの要素が満載の『傷-邦銀崩壊』は、おすすめの一冊です。
(洞察は及びもしませんが、同僚のI先生のブログをまねてみました。笑)

黒と青

2006-12-20 18:23:57 | 涜書感想文
 最近の新聞報道によれば、英国では、伝説の連続殺人鬼「切り裂きジャック」の模倣犯(?)による殺人事件が発生しているようです。
 さて、もう一ヶ月ぐらい前になるでしょうか、一緒に昼食をとっていたI先生から「アバディーンが舞台になっているミステリーありますよ。」と紹介されたのがイアン・ランキン『黒と青』
 入手した時期がいろいろ忙しかったこともありますが、何しろ、文庫版で上・下2分冊、しかも1冊400ページほどもありますので、それなりに時間がかかりました。
 イアン・ランキンを知らなかったわけではありません。しかし、基本的に海外の小説、とくにミステリー物は登場人物を憶えるのが苦手で、なかなか手が伸びません。
 この『黒と青』も最初は苦労しました。重要な登場人物に、バイブル・ジョンとジョニー・バイブルがいます。バイブル・ジョンは伝説の連続絞殺魔、ジョニー・バイブルは連続絞殺魔です。バイブルが二人で、読んでいて「これはジョンかジョニーか」と何度も立ち止まってしまいました。
 ミステリーですので、あらすじを書くのは違反行為なのでやめますが、エディンバラ、グラスゴー、アバディーンがおもな舞台で、アバディーンで重要な事件が起こることから、ジョン・リーバス警部(これもジョンだ)がアバディーンに赴くという具合です。
 アバディーンが北海油田の基地の街で、油田のおかげでオイル・マネーが入り込み、不動産が高くなったというのは知っていました。しかし、アバディーン滞在中も帰国後も、どのあたりに油田があるのかさえ、知りませんでした。小説はこの北海油田が重要なキーワードの一つになっていて、リーバス警部はダイス空港(Dyceは地名で、一般にはアバディーン空港といってます)からシェットランドに向かいます。残念ながらシェットランドには行ったことがありませんが、アバディーンからは相当遠い島で、その海上に北海油田があって、その恩恵でアバディーンが栄えたというのは、ちょっとした驚きでした。
 小説の大団円はピーターヘッドで迎えます。ピーターヘッドはアバディーンの北にある海岸に面した街で、ここには1~2度ドライブがてら訪れたことがありましたので、風景の記憶をたどりながら読み終えました。
 最初にも書きましたように、ちょうど『黒と青』を読んでいる時期に、英国での切り裂きジャックもどきの殺人事件が発生しましたので、現実と小説がシンクロしてしまいました。
 ミステリー小説としては、良くできた筋書で、犯人側の記述も織り交ぜていながら、登場人物の誰が犯人で(バイブル・ジョンとジョニー・バイブルはニックネーム)、それをリーバス警部がどのように追い詰めるか、プロットがしっかりしています。
 ところで、この小説を読んでもう一つ発見。
 アバディーンは、Granite City、花崗岩の街として知られています。いつぞや読んだアバディーンを舞台にしたスチュアート・マクブライドの小説名が文字通り『花崗岩の街』でした。しかし、『黒と青』では、Granite Cityを御影石の街と紹介しています。『こりゃ間違いでしょう』と思いながら読んだのですが、調べてみれば、花崗岩は御影石ともいうそうで、同じことなんですね。でも、御影石と聞けば墓石を思い出してしまいますし、墓石は黒っぽいイメージにつながってしまいます。やっぱり花崗岩という表現がピッタリします。

99.9%は仮説

2006-12-18 17:43:46 | 涜書感想文
 「頭が固くなったなぁ」と思う今日この頃。
 竹内薫氏の「99.9%は仮説~思いこみで判断しないための考え方」を読みました。
 内容はとても平易で、わかりやすく、文系頭にもよくわかる内容です。
 この本は、プロローグで「飛行機はなぜ飛ぶのか? 実はよくわかっていない」というショッキングな「つかみ」から始まります。そして章と章の間には、簡単ながら考えると夜も眠れない仮説クイズ。
 この本を読むと、森羅万象が仮説の上に成り立っていて、「それは当然!」と思っているものでも、案外証明されていない(証明できない)仮説も多いということがわかります。
 竹内氏のココロは、思いこみや先入観、固定観念でものごとを判断するのではなく、それがどんな仮説に基づいているのか考えることを大切にしなさい、ということであろうと思います。こう考えることで、頑固な頭が柔らかくなるかもしれない、というわけです。(これも仮説ですね。)
 そういえば、昨日の研究会で、「事例の見方を変える」という発想ができたのも本書のおかげかな。
【おまけ】
 竹内薫氏のホームページ内に、本書のページがあります。これだけでも楽しめます。
 

これって・・・。

2006-11-04 15:48:56 | 涜書感想文
 こんな仕事をしていると、タイトルだけで本を購入することが多いわけで、「面白そうだな」と思った本は発注してしまいます。
 最近届いた本には、大いに驚かされました。
 一応、タイトルに会計の文字が書かれていますし、タイトル全体も何か曰くありげで興味をそそられて読んでみると、まったくの当て外れ。(誤植も目立ちます。)
 本には著者略歴がなかったので「どんな方なのだろう?」と検索するとどうも同業者のようで、同じような「そそられる」タイトルの書物も数冊上梓しているようです。
 この本は一言でいえば著者本人の回想録のようなものに思えますが、そうだとすれば、ますます「このタイトルでいいのだろうか」と思ってしまいました。
 でも、別の意味で、こういう本を書く同業者って興味津々。(笑)

What is integrity ?

2006-07-27 07:37:09 | 涜書感想文
 ライブドアの監査人だった田中慎一氏が書いた『ライブドア監査人の告白-私はなぜ粉飾を止められなかったのか』を読んだ。
 田中氏自身は罪に問われることはなかったが、今年初めに起こった一連のライブドア粉飾決算事件の担当監査人としての責任を取って公認会計士資格を返上したという。
 この本には、ライブドアの投資事業組合の利用の仕組み、粉飾決算の概要、あるいは粉飾決算にいたる監査人の役割などが平易に記述されている。
 とくに印象深かったのが、田中氏がCPA受験生から受け取ったメールに記載してあった「What is integrity ?」という言葉。田中氏自身、この言葉に結構へこんだという(207頁)。
 integrity。
 辞書的には「(道徳的)正直さ」という意味。大事なことは、「道徳的に正しいということはどんなことか」ということであり、ここでは公認会計士としての倫理観を問う言葉として用いているようである(田中氏自身、別の部分でインテグリティとカタカナ表記して、そこに倫理観と注を付けている)。
 たとえば、業績が悪化している中で適正意見を表明するのは、監査人にとっては勇気がいる。しかし、経営者から「今期頑張れば、次期以降回復する」「従業員を路頭に迷わせることは避けたい」などといわれれば、「クライアントである会社やその従業員を守りたい」と思うのが心情。ここに粉飾の芽がある(「モノわかりのよい会計士」の項)。そしてついに債務超過が1年以上続けば上場廃止になることをおそれ、なかなか正論を言い出せなくなる(「物言えぬ会計士」の項)。こうしたことが、やがて経営者を粉飾への道に導き、それに対してまさに黙りを決め込む以外に手だてがない会計士を生む。
 会計はルールによって実施される。そのルールは相対的で、解釈の仕方によっていくつかの会計処理が可能となる。ルールを「適正に」解釈し適用する役割が会計士にはある。その解釈が適正かどうかは、担当会計士の倫理観に依存する。
 この本を読みながら、改めて倫理観そのものについて考えさせられた。

新版あなたを変える「稼ぎ力」養成講座 決算書読みこなし編

2006-06-20 16:31:47 | 涜書感想文
 『新版あなたを変える「稼ぎ力」養成講座 決算書読みこなし編』
 この恐ろしく長いタイトルを持つ本の著者は渋井真帆さんという女性。「お金のソムリエ」と異名を取る方のようです。(この異名の意味がイマイチわかりませんが。)
 かつて『会計についてやさしく語ってみました。』を紹介しました。この本の著者は平林亮子さんという公認会計士でしたが、渋井さんはコンサルタント会社社長であり、キャリアアドバイザーの肩書きを持っています。
 両方とも会計を対象に書かれていますが、平林さんの方は会社の会計計算の仕組みを中心にしているのに対し、渋井さんは会計計算後に作成される決算書の読み方を中心に書いている点で違います。
 また、平林さんが図を多用しているのに対し、渋井さんは、本の中で述べているように、図をなるべく使わず、文章で表現することを心がけている点でも違います。渋井さん曰く「図表が多いために通常省かれている説明も、図表を必要最低限に抑えて文章を多くしたことで説明しきっています。」(p.20)
 何はともあれ、内容は非常に平易です。いいたいことも絞り込んでいて、簿記などわからないけど、決算書のイロハぐらいは理解したいという人には、入門書として使えるでしょう。
 決算書が何をあらわしているかを、ざっくりと理解したい人がまずこの本を読み、さらに決算書作成にいたるプロセスや会計処理をもう少し細かいところまで理解するために平林さんの本を読むと、それなりに一定水準の知識を身につけることができるかなと思います。
 ただし「なぜそうするのか」については大学の講義で。(笑)

COLD GRANITE

2006-05-04 15:51:42 | 涜書感想文
 海外研修を終えてからすでに丸5年以上が経過していても、研修先として滞在した街、アバディーンのことは依然として忘れられない。
 ちょっと前に、アバディーン滞在中に非常にお世話になったHirokoさんがmixiで紹介していた本があった。アバディーンを舞台にした警察サスペンスもの。さっそく生協に注文して入手しておいた。
 その本の名は、スチュワード・マクブライド作『花崗岩の街』(原題COLD GRANITE)。
 ハヤカワミステリポケットブック版で、活字のポイントが小さく(7ポぐらい)、しかも2段組で読み終えるのは少々時間がかかるなと思わせるものだった。
 大型連休に入って、時間を見つけてはページをめくり始めたのはいいものの、初めのうちは登場人物の把握に手間取り、なかなかページが進まなかった。しかし、3分の1ほど読み終えたところで、ページをめくる手が止まらなくなってしまった。
 内容的にはおどろおどろしい部分があり、異臭すら感じてしまう場面もあったが、大団円はどうなるのか早く知りたいという思いが強くなってしまう。結局、残りの3分の2を、この3日間で読み終えてしまった。一昨昨日と昨日が、移動時間に十分本が読める出張だったことも幸いした。
 紹介してくれたHirokoさんはまだ読んでいないと思われるので内容を紹介するのはやめることにするが、とにかくアバディーンが舞台ということで、懐かしい地名や公園がたくさん出てきて、そのたびに記憶の糸をたぐって自分で見た風景を思い出してしまった。
 なにしろ最初の場面がドン川だ。我々が住んでいたブリッジ・オブ・ドンの名も見える。遊びに行ったダッシーパーク、今でも目に焼き付いているクリスマス期間中のユニオンストリート。Chris君やHirokoさんがお別れ会を開いてくれたパブ、アーチボルト・シンプソンズは警官のたまり場として登場する。
 いやー、懐かしい!
 それにしても一つクレームを付けるとすれば・・・。
 小説の中で描かれているように、たしかにアバディーンは花崗岩の産地で花崗岩を使った建物が多く(カーリングのストーンは花崗岩を使っておりそのほとんどがアバディーンのものというのをどこかで読んだことがある)、どんよりとした雲に覆われる日が多かったように思うが、描かれているほど雨や雪が多かったとの印象はない。夏は日に一度ぐらい雨が降ることもあったが、夕方になれば晴れ間ものぞいていたし、毎日、あたりが暗くなるほど雨が続いたという記憶はない。冬も積雪があったのは2~3度ほどしかなかった(我々が滞在した年が極端に雪が少なかったのかもしれないが)。そして何より我々が出会ったアバドニアンは、みんな話し好きのいい人ばかりだった。
 もっといろいろ書きたいこともあるけれど、こういった本はストーリーを含めて種明かしをするのはルール違反。
 「訳者あとがき」によれば、作者スチュワード・マクブライド(なんとスコティッシュなお名前!)はこれが処女作らしい。すでに第2作も書き終えているとのこと。そして処女作を含めてシリーズ3作まで出版契約をしているらしい。
 Hirokoさん、読み終えたらお知らせください。アバディーン話で盛り上がりましょう!

粉飾決算詐欺

2006-04-10 19:48:08 | 涜書感想文
 土曜日に、生協で『クロサギ』第9巻を購入し、昨日読了。
 今回は、14日からテレビ版が始まるというタイミングから、帯には主演する山下智久君(といっても小生は知らないけど)の写真入り。
 第9巻では3本の話が取りあげられていたけど、面白かったのは「粉飾決算詐欺」。なるほどそんなやり方もあるよなあ、と感心。
 粉飾決算といえば、企業が業績をよく見せようとするあの手この手を想起しますが、そこに詐欺が結びつくと・・・。(もっとも、粉飾自体が詐欺といえなくもないけれどね。)
 そういえば、毎週チェックを欠かさない「チャングムの誓い」でも、前回放送で内部監査が取りあげられてましたっけ。「クロサギ」ではれっきとした決算書の粉飾による詐欺、「チャングムの誓い」では、帳簿作成を行っていないことに目を付けた在庫操作による詐欺。前者は「騙そうという意思を持っている」、後者は「騙すつもりはないけれど、みんながやっているのだから自分もやる」という違いはあります。でも、偶然、同じ日に見聞したので(チャングムもビデオを昨日見た)、印象に残りました。きっと講義ネタで使うでしょう(ムフフ)。

ドラゴン桜

2006-03-30 20:11:11 | 涜書感想文
ここ数日ドラゴン桜を読んでいます。
すでにテレビドラマ化されており、だいたいの内容はわかっているのですが、原作のセリフがいいというので(三浦展『下流社会』)、息子に借りて読み始めました。
今日までに第3巻までを読み終えました。
たしかに、セリフに一理あり、それなりに読みごたえはあるように思います。
ただ、もう一つ不満なのは、絵が面白くないこと。『クロサギ』と同じ印象です。最近のコミックは絵よりストーリーやセリフを重視するという、同じような傾向にあるのでしょうか。
そういえば『クロサギ』がテレビドラマ化されるとのこと。こちらは楽しみです。

会計についてやさしく語ってみました。

2006-03-19 18:10:15 | 涜書感想文
 アイドル並みの帯に惹かれて(?)買った本のタイトルがこれ。「今よりずっと数字に強くなれる本」とサブタイトル。
 著者は、公認会計士の平林亮子氏。氏のブログでも紹介されています。
 簿記検定3級程度の勉強をした方なら、次に続く会計理論を勉強するための導入書として役立つかもしれません。ただ、会計についてやさしく語ってはいますが、情報量が多すぎるような気もして、まったくの初心者には消化不良になるかも、と思ってしまいました。
 面白いかなと思ったのは、一番最後に「おまけ」として書いてあったパーソナル損益計算書、パーソナルバランスシート。個人の家計簿(こづかい帳)を、複式簿記の要領で記録するという試み。しかもそれを企業会計用の会計ソフトを使うという点がミソ。事例も紹介されています。
 小生、講義やゼミで、「こづかい帳をエクセルでつけてみて。お金の動き方もエクセルも覚えられるし一石二鳥」といっているので、その点でいえば、会計ソフトを使えば、会計ソフトも覚えられる、ということになります。ただこの場合の問題は、高価な会計ソフト(2万~3万はする)をわざわざ買うのは、お金の使い方として正しいかどうかでしょう。(苦笑)
 

柳の下に二匹目のドジョウが・・・

2006-01-12 18:02:55 | 涜書感想文
 先日、研究室を訪れたS先生。
 「先生、こんな本知ってます?」といって持参したのが『潰れないのはさおだけ屋だけじゃなかった』というタイトルの新書本。
 「ああ、この前書店で見つけて、立ち読みしたけど、結局買わなかった本だ。『さおだけ屋』の隣に置いてあった本だよね。」と小生。
 「なーんだ、出版社の金儲けに協力したのは自分だけかあ。柳の下の二匹目のドジョウになってしまったわけですね。」とはS先生。ここでいうまでもなく、以前『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』を購入したS先生は一匹目のドジョウ。そしてS先生が持参した本はその関連本で、それを買ったのもS先生なので二匹目のドジョウというわけ。S先生を釣り上げたのは出版社。
 「良かったら読んでみませんか」といって本を貸してくれたので、つらつらと読んでみました。
 この本、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』を書いた山田氏が「公認」し、特別寄稿までしています。
 全部で10のトピック(商売として成り立っている業種とその儲け方)が紹介されており、この種の話を初めて聞く(読む)人にとっては、「ふふん、なーるほど」と思える話だろうと思います。
 しかしトピックの中には、いわゆる教養娯楽系クイズ番組で紹介されていたり、以前何かで読んだことがあったりと、ある意味、小生にとっては、わりとポピュラーな話題で、これが買わなかった理由の一つでした。
 そしてもう一つの理由。それは取りあげる内容やストーリー展開が日本経済新聞のSunday Nikkeiに掲載されている「エコノ探偵団」という読み物とよく似ていたことでした。実際には「エコノ探偵団」で紹介されていなかったトピックかもしれませんが、立ち読みしていて「これ、エコノ探偵団で読んだことあるかも」と思ってしまい、「買わなくてもいいか」という気持ちになりました。会話形式でストーリーを展開するところや、最後にオチを付けたりと、「エコノ探偵団」とよく似ています。
 でも、だからといってこの本にケチを付け、けなしているわけではありません。
 この種の本が会計を知らない人に読まれ、「会計的発想」に興味を持ってくれれば、大変ありがたいことです。「会計的発想ってどんなことなのだろうな」と思っている人は、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』と併せて読んでみてはいかがでしょうか。
 ちなみに、「柳の下にドジョウが二匹」という慣用句を知っていますよね?
 どんないわれがあるのか知りたくなって広辞苑で調べてみました。そしたら、ナ、ナント、そんな慣用句はなーい!
 広辞苑によれば、「柳の下に何時(いつ)も泥鰌(どじょう)は居(お)らぬ」というのが正解のようです。その意味は「一度、柳の木の下で泥鰌を捕らえたからといって、常にその場所で捕らえられるものではない」。
 ということは、「柳の下にドジョウが二匹」という表現は、「柳の下に何時(いつ)も泥鰌(どじょう)は居(お)らぬ」からの発展形(?)なのかもしれませんね。(一つ勉強になったなぁ)

お父さんは太陽になった

2005-10-13 22:09:56 | 涜書感想文
 このタイトルは、今月出版された本のタイトル。
 著者は、36歳という若さでガンに冒されて亡くなった男性の奥さんで、直接的な面識はないのですが、小生にとって、ある意味、近い存在の方です。
 あまりにも壮絶で、あまりにもあっけなく死を迎え入れなければならなかった家族の思いが痛いほど心に染みてきます。結婚をしているというよりも、幼い子どもを持つ親には、著者の気持ちがわかると思います。
 健康で幸せでいられることのありがたさをかみしめながら読み終えました。