昨年の話し、祖父と父親の法事を春に行いたいとお寺に申し込んだ。
祖父が二十三回忌で親父殿が十七回忌を同時にと…。
住職に、「生きている人間の都合で法事を行ってはなりません」と言われてしまいました。
一年に、春と夏に一度ずつの法事になってしまいます。
当たり前といえば当たり前かもしれませんが…。
ここで言えるのは、「生きている人間の都合が最大限に優先されるべき」という事です。
仏を敬う想いは当然のこと。
今や戒名、布施を当たり前のように請求される私達子孫は、供養する度にやりきれない思いになります。
しかし、分かり易い高額な布施を請求されるのですから「明朗会計」とも言えます。
祖父が二十三回忌で親父殿が十七回忌を同時にと…。
住職に、「生きている人間の都合で法事を行ってはなりません」と言われてしまいました。
一年に、春と夏に一度ずつの法事になってしまいます。
当たり前といえば当たり前かもしれませんが…。
ここで言えるのは、「生きている人間の都合が最大限に優先されるべき」という事です。
仏を敬う想いは当然のこと。
今や戒名、布施を当たり前のように請求される私達子孫は、供養する度にやりきれない思いになります。
しかし、分かり易い高額な布施を請求されるのですから「明朗会計」とも言えます。
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