院長の気まぐれ日誌

仕事のこと、私生活のこと、気になることなど不定期に書いて行きたいと思っています^^

天国からの救済に

2011年04月29日 | 日記

先日、女優の田中好子さんが帰天され、病中の肉声テープが公開されました。

その中の言葉に、私の心と同じものが感じられました。

「天国に行ったら被災された方々のお手伝いをしたい」と。

これは、どのように取ったらよいのでしょうか、「天国から被災された方々のお手伝いをしたい」のと、「亡くなられた方々のお手伝いお導きをしたい」の方でしょうか。

後者ですと、今時このようなことをお話しをされる方も少ない気がしてしまうのですが。

まさに、私もここ十年、真理に出会ってから後者が最大目標なのです。

しかし、これほどまで、多くの人々に希望を与え感化させることができるのなら、きっと生まれる前に、このような人生を歩みたいとの目標を設定してきたのでしょうね。

人は誰でも、偶然に生まれるものではなく目的意識を持って生れて来ると言われてます。

どのような人生でも自由に選ぶことができ、一度の人生で何度でもやり直しできる方向性が幾つも用意されているわけですね。

苦境の中で、天国に入るための人生の問題集を回答できるか、それは自らの努力と責任の中にあるわけでして、問題集の回答結果はあちらの世界に行ってからご本人と、そのご縁の方々が分かるわけですね。

先日、瞑想中に、二十数年前帰天した祖父が来られまして以前住んでいた、いわき市の話しをしてくれました。

祖父がなぜ、福島から千葉に転居したのか、祖父本人も知らなかった経緯を後から聞いて、それを話してくれました。

その話しを聞き、私達は、それほどまでに愛されていたのかと運命に感動しながら、福島に残った父方の親類の悲しい現実を受け止めて、親類の分も手伝わなくてはならないと思ったものです。

妙に、田中さんの言葉と親類が合致してしまって、私も何れは帰天するわけですが、それまでにできるだけ多くの方たちのお役に立てればと、できなければあちらに行ってからと、天国に入れるように実績を積もうと日々思っています。

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感謝、理解してあげること

2011年04月21日 | 日記

以前、「鏡の法則」と云う本が発売されベストセラーになったことがありました。

一度も読んだことがない本に評価などできませんが、皆さんの感想を読んでいると「因果応報」の人生に気づかされた内容なのですね。

感謝が足りなかったこと。

人を許せなかったこと。

あとは何が書いてあるのでしょうか・・・。

日々、感謝を実践していれば人間関係や仕事への効率が向上するようなことなんでしょうか。

感謝を実践したのにも関らず、仕事も人間関係も良好な方向へ行かなかった方も居られるようです。

感謝の気持ちを持つと心豊かになれるのですが、その「感謝」って一体なんでしょうか?

ありがたいと思うこと?

心からの感謝は愛そのものですね。

ほかに、上辺だけの感謝もありますね、とりあえず感謝をするような素振りで言葉だけのやつですね。

「感謝をすれば人生が好転する根拠はどこにあるのか?」って思う人は、上辺だけの感謝の言葉を言い連ね見返りを多く求める人なんですね。

まったく、仕事も私生活も人間関係も体調も良くはならないです。

「感謝」って、自然に心からわき上がる心境にならなかったら、良い方向に行かないものなのですね。

感謝、人を許すって、簡単には中々できないですよ~

言葉は知っていても毎日実践できない。

なぜでしょう~

感謝する前、人を許す前に行わなくてはならない、もう一つの貴重なお宝があるのですね。

それは、人を理解すること。

嫌な人を理解できますか?

あんな奴、あそこが嫌、ここが嫌とか、態度や言葉、見た目に自分と合わないから嫌になるのですが、その人の良いところを探してあげましょうよ。

嫌なヤツでも自分より、人よりも優れているところを探して、心の中でほめて理解してあげましょうよ。

それが人を理解するってことで、はじめて心から感謝ができるのですね。

自分の心がサビだらけだったら、心からの感謝はチト無理ですね。

人間って、未熟なところが沢山あるのですね、自分も未熟だし、他人も未熟なところもあるわけでね。

自分が100%で生きられないように、他の人も100%では生きられないのですね。

見ず知らずの道行く人に、「ありがとう~」って、心で話しかけてください、「ありがとう」の実践が人を変えて行きますから。

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苦しみの時には、

2011年04月04日 | 日記

「死ぬ気になれば何でもできる」と言われるが、余力があれば、そう思えるかも知れないが、その気力もでない人たちだって大勢いる。

余力が出るまで、何でも良いので生き伸びる方を選んでほしい。

ちょっと、休憩でも逃避でも、その場を逃げることでも、なんでも良いから疲れた方は厳しい場所から外れてください。

逃げることなんか、恥でもなんでもないことを知ってほしい。

疲れてどうしようもない時の逃げは、ひとつの智恵です。

何をやってもダメとか、不幸の連続とか、人に裏切られ、自暴自棄になるとか、生きられないとかの人に「プラスに生きよう」なんて言わない。

できるだけ、今悩んでいることを隅に一時置いて、自分に問いかけて見てください。

自分に対して、「ごめんね」って言ってみてください。

「辛かったね」って自分に話しかけてください。

自分に「ありがとう」って優しく語りかけてあげてください。

少しプラス寄りの考え方になるまで、自分を労ってください、「ここまで良く頑張りましたね」って。

 

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