礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

吉本隆明の壺井繁治批判をめぐって

2013-07-27 03:25:44 | 日記

◎吉本隆明の壺井繁治批判をめぐって

 ここ数日、吉本隆明の「関係の絶対性」について述べてきたが、これらはすべて、呉智英氏の『吉本隆明という「共同幻想」』(筑摩書房、二〇一二年)を新幹線の車中で再読した結果、その車中で思いついたことである。呉氏の本は、「関係の絶対性」にも触れているし、「戦争責任」にも触れている。また、親鸞の思想にも触れている。同書を再読したことにより、それら相互のつながりが見えてきたように思えたのである。その意味で、呉氏のこの本は、私にとって、きわめて有益な本であった。
 ところで、呉智英氏は、同書の第二章「転向論」の「1 同時代人の転向論」の(2)で、吉本隆明が詩人の壺井繁治〈ツボイ・シゲジ〉を批判した一件について紹介している。
 以下は、呉氏が引く、『抒情の論理』(未來社、一九五九)の一節である。

 わたしの関心は、この二つの詩が、意識的にか無意識的にか、おなじ発想でかかれ、その間に戦争がはさまっているという事実だ。この事実をもとにして、二つの詩のちがいをあげれぼ、一方は、擬ファシズム的煽動におわり、一方は、擬民主主義的情緒におわっていることだけだ。わたしは、詩人というものが、こういうものなら、第一に感ずるのは、羞恥であり、屈辱であり、絶望である。戦争体験を主体的にどううけとめたか、という蓄積感と内部的格闘のあとがないのだ。(略)もしこういう詩人が、民主主義的であるなら、第一に感ずるのは、真暗な日本人民の運命である。

 この部分を引用した呉氏は、この一文について、次のようにコメントしている。

 吉本隆明は壺井繁治の詩想の凡庸さ、詩人としての鈍感さを批判する。壺井は、南部鉄瓶さえ持ち出せば戦時ファシズムも戦後民主主義も詩に詠める〈ヨメル〉と思っている。まるで俳句の「根岸の里のわび住まい」みたいなものだ。これをくっつけさえすれば俳句の型になる。壺井には詩人としての「内部的格闘」が欠落しているのだ。詩人としてこれほど恥ずかしいことはない。こういう怒りである。吉本のこの怒りは至極真っ当である。

 吉本は、壺井が「戦争体験を主体的にどううけとめたか」を問うている。呉氏は、「壺井には詩人としての内部的格闘が欠落している」と指摘している。
 しかし、もし、吉本の「関係の絶対性」なる論理に従うならば、壺井が「戦争体験を主体的にどううけとめたか」を問うのは無理というものではないのか。「壺井には詩人としての内部的格闘が欠落している」という指摘もあたらないはずだ。
 すなわち壺井は、戦中においては、当時の「関係の絶対性」に操られて「擬ファシズム的煽動」を担い、戦後は、同じく当時の「関係の絶対性」に操られて「擬民主主義的情緒」を振りまいた。ただ、それだけなのではないか。詩人というものは(大衆というものは、知識人というものは)、所詮そうしたものだ、というのが、「関係の絶対性」なる論理から導かれる結論なのではないか。
 吉本隆明の「関係の絶対性」なる論理は、「自由な選択にかけられた人間の意志」を相対化しようとするものであり、露骨に言えば、戦争責任を、あるいは思想責任を解除のための論理だったと思う。呉氏は、こうした観点から、吉本の壺井批判の矛盾を指摘すべきだったのではないだろうか。【この話、さらに続く】

*昨日のコラム「世にいう『本願ぼこり』と吉本の『関係の絶対性』」に対しては、やや反応があったもようです。アクセス数は、歴代11位でした。歴代のアクセス数ベスト11は以下の通り。

1位 本年4月29日 かつてない悪条件の戦争をなぜ始めたか(鈴木貫太郎)    
2位 本年2月26日 新書判でない岩波新書『日本精神と平和国家』(1946) 
3位 本年2月27日 覚醒して苦しむ理性(矢内原忠雄の「平和国家論」を読む)  
4位 昨年7月2日  中山太郎と折口信夫(付・中山太郎『日本巫女史』)    
5位 本年2月14日 ナチス侵攻直前におけるポーランド内の反ユダヤ主義運動  
6位 本年7月21日 〔この日は、ブログの更新をせず〕 
7位 本年6月23日 小野武夫博士の学的出発点(永小作慣行の調査)
8位 本年4月30日 このままでは自壊作用を起こして滅亡する(鈴木貫太郎)  
9位 本年7月5日  年間、二体ぐらい、起き上がってゆくのがある
10位 本年6月29日 西郷四郎が講道館入門した経緯についての通説と異説   
11位 本年7月26日 世にいう「本願ぼこり」と吉本の「関係の絶対性」

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