◎小磯首相の放送「大命を拝して」(1944・7・22)
昨日の続きである。昨日は、『週報』四〇五号(一九四四年七月二六日発行)から、「組閣までの経緯」のところを紹介した。本日は、小磯国昭首相が、一九四四年(昭和一九)七月二二日夜におこなったラジオ放送「大命を拝して」を紹介してみたい(三~四ページ)。
大 命 を 拝 し て 内閣総理大臣 小 磯 国 昭
今回揣【はか】らずも盟友米内〔光政〕海軍大将と共に御召しに浴し、重大時局下、組閣の大命を拝しましたことは洵に〈マコトニ〉恐懼〈キョクク〉感激に堪へません。
ひたすら 大御稜威〈オオミイツ〉に頼り、国民大和一致の協力を得て一身を難局の突破に献げ、あくまでも大東亜戦争完勝のため臣節の限りを尽し、以て 叡慮を安ん奉らんことを期するのみでありまず。
聖戦の真義については既に大詔に昭らかにせられ、朝野拳々〈ケンケン〉措かざるところであり、また国民努力の目標は開戦以来、しばしばの機会に声明せられたところでありまして、今更これを繰返す必要がありませぬ。たゞ不肖〔自分〕をしてこの際一言を費さしひるものありとすれば、それは現下の国難に臨む我我国民の信念と、これを行ふ実践力の上に、今一段の徹底を必要とする点であります。
即ち、大東亜戦争においては支那事変の後を承け、崇高なる國體の本義に基づく国民伝統の道義修錬に顕著なる進境を示し、それが外、赫々〈カッカク〉たる戦果となり、内、幾多数ふべき戦力の増強となつて今日に及んだのでありますが、しかしながら心を虚【むな】しうして国内態勢の諸相を省みるとき、国民的固有道義の自覚と発揚とにおいて、今一歩の潜心工夫を要するものあるを看取【かんしゆ】いたすのであります。蓋しこれ一億同胞が遠く肇国【てうこく】の由来に鑑み、國體の本義に透徹し、我いま臣子として何をなすべきかの命題を個々の心境の上に闡明【せんめい】し、しかして敢然〈カンゼン〉各自の本分に挺身することによつて、豁然【くわつぜん】たる新境地を打開し、直前〔ためらわずに〕驀進〈バクシン〉して一気に勝を制すべき端緒【たんしよ】を把握するに至るべきを確信いたすのであります。
現下吾人の直面する戦况の起伏は、これ皇国の民をして世界人類のため前途大いになすところあらしめんとしての神意に出づる試練にほかならずと解するのでありまして、一億のすべてが固有伝統の国民道徳に徹し、必勝の信念を以て戦ひ抜くことのみが、この試練に打ち克つて国家の光栄を保全する唯一の道なのであります。
不肖小磯菲薄【ひはく】を顧みず、この見地に立ち、国民諸君と共に内〈ウチ〉、大いに道義を昻揚して物心戦力の増強を策し、外、盟邦との連繋をますます緊密にして、戦争目的の達成に邁進せんことを期するものであります。
国民諸君の現戦局に対する決然たる発憤が、必ずや鉄の団結となつて、政府の決戦方策に一層の協力を払はるべきことを信じて疑ひません。 (昭和十九年七月二十二日夜放送)
小磯国昭首相のラジオ放送(一九四四年七月二二日)、および談話(同日)についての注釈・コメントは次回。
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