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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

中田祝夫先生の精力家ぶりに驚嘆した(築島裕)

2021-05-19 05:01:54 | コラムと名言

◎中田祝夫先生の精力家ぶりに驚嘆した(築島裕)

 築島裕『古代日本語発掘』(學生社、一九七〇)を紹介している。本日は、その五回目(最後)で、奈良の薬師寺に泊りこんだ体験を回想しているところを紹介する(八二~八六ページ)。

 南都西の京の薬師寺は、三重塔や日光・月光菩薩、それに仏足石などでとりわけ有名であり、近頃は観光ブームで、訪れる人も非常に多いが、それらと道を隔てた北側、即ち、近鉄の西の京の駅から向って道の左側(北側)に本坊がある。その本坊の裏はすぐ田圃に続いているのだが、その本坊と同じ構の中で西北の隅に、小さな白い経蔵がひっそりと立っていることに、気が附く人はあまり多くないと思う。薬師寺の本坊の西側をずっと北方に、唐招提寺の方へ向って行く細い道がある。近頃はその左側に新しく駐車場が出来て騒々しくなったが、その駐車場と道を隔てて向い側の土塀のすぐ内側に、この経蔵のあるのが見える。
【中略】
 今の経蔵は土蔵造の二階建で、中に入って見ると、書籍がぎっしりと詰っていた。
 昭和二十八年〔一九五三〕の夏のことである。
 中田祝夫〈ナカダ・ノリオ〉先生・小林芳規〈ヨシノリ〉氏と私と三名が、この書箱の目録を作成する目的で二週間滞在した。
 先ずこの経蔵内の書籍を全部庫外に運び出し、経蔵のすぐ傍にある金蔵院〈コンゾウイン〉の大広間に並べた。金蔵院には、信徒の宿泊する百畳敷位の大広間があって、其処へ順々に並べるのである。尤も、今回の整理は、大略のものであるから、書目と冊数と書写又は刊行の年を注記する程度に止めたのであるが、真夏の炎暑の折に二週間連日の作業は、相当に大変であった。しかし、次々に目の前に現れる古書を整理していると、興味津々として文字通り暑さを忘れた。
 お寺に泊り込んだのは、この度が私には始めての経験であった。中田先生はその頃まだ東京教育大学の助教授で、三十歳代であられ、大著刊行の準備に忙しくしておられた頃であった。小林氏は東京文理大を卒業されたばかりで同学専攻科に在箱されていたが、その前の年〔一九五二〕の夏に京都の仁和寺へ同行したのに続いて二回目であった。大学は違うけれども、中田先生の教を受けたという同学の誼〈ヨシミ〉があった。私は当時中央大学に奉職しており、未だ独身であった。
 お寺の食事は庫裡〈クリ〉の板間で、橋本凝胤管長以下総勢十人程のお坊さん達の下座に畏って〈カシコマッテ〉正座して頂くのであった。朝は奈良茶粥【ちやがゆ】というもので、どろどろのお粥である。年来お粥の苦手な私には全く閉口であった。昼食も夕食も大抵一汁一菜位で、味付なども都会の美食に馴れた者にとっては到底口に合わぬものであった。古く、托鉢によって施しを受けた僧侶は、一山の人々が施物〈セモツ〉を持寄って雑炊などにして食するということを聞いていた。この薬師寺の粗食によって、僧寺の戒律の厳しさの一端に触れたような気持がした。
 気持の上ではよく判っていても日が経つにつれて年若い二人は、とても我慢出来なくなって来た。中田先生は元来月ケ瀬〈ツキガセ〉の産で、奈良の近くである上、以前から寺院の風などには親近しておられ、このような食事もさほど意に介せられず、朝は五時頃から起出して仕事をされ、在も夜半近くまで頑張られるという精力家ぶりで、ほとほと驚嘆した。
 或る夜こっそり内緒で二人で寺を抜出し、奈良の町へ出掛けてカツ丼をパクついたりしたことも懐かしい思出となった。又或る時には、パンが無性に食べたくなって、奈良の町へ出たのは良かったが、何処にもパンを出してくれる食堂がなく、やっと見付けた処も、マーガリンか何かを附けたもので、ひどく不味かったのを覚えている。大体奈良という所は食べ物のまずい所で、駅近くの食堂でも東京の場末〈バスエ〉などより遥かに悪く、値段だけは結構高い。観光地の悪い面が現れている感じだった。最近は近鉄の駅の附近などには中々気のきいた店も出来たようだが、当時は今とは随分違っていたものだ。

「中田先生は元来月ケ瀬の産で」とあるが、中田祝夫(一九一五~二〇一〇)は、奈良県添上郡(そえがみぐん)月瀬村(つきせむら)出身。一九六八年(昭和四三)、月瀬村は、改称して月ヶ瀬村(つきがせむら)となる。二〇〇五年(平成一七)、月ヶ瀬村が奈良市に編入、添上郡が消滅。
 なお、「中田先生は元来月ケ瀬の産で、……このような食事もさほど意に介せられず」云々は、決してホメ言葉ではない。

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